事業承継の手順とは?必要な書類と手続きの流れについて解説

事業承継を検討している経営者のなかには、どのような準備をすればいいのかわからない、税金はどのくらいかかるのか不安という方が多いのではないでしょうか。
事業承継は単に後継者に経営を託すだけでなく、事業の発展・持続可能性を高めるうえで適任な方を選ぶ必要があります。また、準備には相応の期間を要するため、前もって準備が重要です。
本記事では、事業承継の概要や手続きの流れ、税金などについて解説します。これから事業承継を検討している方はぜひご覧ください。
事業承継とは
事業承継は、自社の経営を経営者(後継者)へ移譲することで、企業は次世代に渡って存続することが可能になります。事業承継が行われない場合、経営者の引退時にはその会社を閉じなければならない状況になります。
多くの経営者は、長年築き上げた事業を閉じることを望んでいません。そのため、経営者が引退したあとも企業を存続させたい場合、将来的には事業承継を行う必要があります。
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事業承継をおこなう3つの方法
事業承継をおこなう方法は以下の3つに大別され、後継者がだれかにより区別されます。
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- 親族に承継する
- 従業員または外部の後継者に承継する
- M&Aをおこなう
とくに日本の中小企業では長らく家族内承継が主流でしたが、近年は少子化や職業観の多様化により、親から子への承継が減少傾向にあります。
一方で、企業内承継も効果的な選択肢とされていますが、後継側の資金面などの課題もあり、すべての企業に適した方法とは限りません。
そういったなか、第三者への事業承継を目的としたM&Aが注目を集めており、新たな事業承継の選択肢として脚光を浴びています。
以下ではそれぞれの概要やメリットを解説します。
親族に承継する
親族に承継することは親族内承継といい、経営者の家族、たとえば配偶者や子どもを次の経営者として指名する事業承継の手法です。
メリットとしては、後継者の選定が比較的容易であることが挙げられます。また、事業の株式や資産の移譲には、相続や贈与という選択肢があります。しかし、親族に事業を継がせる際は、後継者教育が重要です。従業員や役員として企業に参加させ、経営者としての準備を整える必要があります。
また、従業員や取引先が新しい後継者を受け入れるためのベース作りも欠かせません。親族内承継では、後継者自身から不満が出ることもあります。最初は意欲的でも、経営学習を進めるうちにモチベーションが下がることもあるため、後継者教育の過程で定期的に意思疎通を図り、必要に応じて適性を再評価することも大切です。
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従業員または外部の後継者に承継する
従業員や役員を将来の経営者として指名する方法を、社内事業承継といいます。メリットは、会社の内部事情に精通し、その文化や業務を深く理解している人物を後継者として選べることでます。さらに、その人物の性格やリーダーシップの適性を事前に把握しやすいという点も大きなメリットです。
しかし、社内事業承継では、後継者が経営者の家族ではないため、株式の移譲を相続で行うことはできません。このため、後継者は株式を購入する必要があり、資金を準備しなければなりません。資金調達が難しく後継者候補が辞退することもあり、そのために社内承継計画が頓挫するケースもみられます。
解決策の一つとしては、事業承継に向けて長期的な計画を立て、後継者が資金準備を行えるよう時間を確保することなどが挙げられます。また、資金調達の方法を模索するために、公的支援を受けるなどの選択肢も検討する価値があります。
また、最大のハードルとして個人保証の引継ぎが課題に挙げられます。社内で後継者がみつからない場合は、外部から経営経験のある人材や幹部候補人材を採用し、承継候補とするなどのケースもあります。
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M&Aをおこなう
M&Aは「Mergers and Acquisitions」の略称で、合併(Mergers)と買収(Acquisitions)を指します。従前、親族や社内で後継者が見つからない場合、多くの経営者が事業を閉じる選択をしていましたが、近年では中小企業を含むさまざまな規模の企業でM&Aが普及し、事業承継の一つの手段として選ばれるようになりました。
M&Aを行う買い手は、対象企業に何らかの価値を見出して買収を決定します。その結果、買収された企業は継続し、事業も引き続き行われます。新しい経営者は外部の第三者ではありますが、事業承継という目的は達成されます。
また、買い手は通常、充分な資金力を持っているため、買収後の企業は安定した経営と事業の拡大が期待できます。
さらに、企業や事業を売却する経営者にとっては、売却によって得られる多額の売却益もメリットといえるでしょう。
親族へ承継する際の手順
以下では親族へ承継する際の手順を手続きの流れや必要な書類、発生する税金に分けて解説します。
手続きの流れ
親族への事業承継は、経営者の存命中と死後で手続きが異なります。経営者が亡くなった場合、相続という形で後継者に事業が承継されます。この場合は遺言書が事前に作成されており、親族の合意も得られていれば、スムーズに承継が進みます。
遺言書がない場合は、法定相続分に従って株式や資産が分配されるため、後継者が事業を継続するのに必要な株式や資産を得られないリスクがあります。具体的には、法定相続分に従って分配されると、株式については相続人全員で共同保有している状態になります。これを「準共有」といいます。
この場合、株式の取扱いは会社法106条により、権利行使者を決めて会社に通知しなければ権利行使をすることができなくなります。もしも社長が全株式を保有した状態で亡くなると、権利行使者が決まるまでは会社の重要な決定ができず機能不全を起こすリスクがあります。
これを防ぐためには、遺産分割協議を通じて、後継者が必要な株式や資産を相続することが重要です。通常、後継者が事業に必要な資産を継承することと引き換えに、他の相続人には代償金が支払われます。
また、遺留分減殺請求権も考慮する必要があります。事業承継法の特例を利用すれば、事業運営に不可欠な株式などを遺留分計算から除外することが可能です。さらに、事前に固定合意を設定しておくことで、価額の算定時に際して値上がりした分を負担せずに済みます。
経営者が存命中に事業承継を行う場合は、生前贈与も一つの手段です。この場合、株式の譲渡は取締役会や株主総会の承認を経て、後継者へと移されます。
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必要な書類
親族内承継において用意しておくべき書類は以下のとおりです。
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- 遺言書
経営者が亡くなったあと、親族間でのトラブルを避けるために、事業承継に影響を与える財産の分割方法を明確に記録しておく文書です。自筆で記述された遺言書も有効ですが、公証人を介した公正証書遺言のほうが確実性は高いとされています。 - 生前贈与契約書
生前贈与は契約書がなくても実行できますが、将来的なトラブルを避けるため、形式を整えて契約書を作成しておくのがよいでしょう。 - 事業譲渡契約書
事業やその一部を後継者に引き継ぐ際に、資産や従業員の取り扱い、営業権などを定める文書です。
- 遺言書
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- 株式譲渡契約書
経営者が保有する株式を後継者にスムーズに譲渡するための契約書です。
- 株式譲渡契約書
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- 遺産分割協議書
遺言書がない場合、相続人が協議を通じて遺産の分割方法を決定し、その結果を文書化するものです。
- 遺産分割協議書
発生する税金
通常の相続や贈与の場合、金額に応じて相続税や贈与税が課されますが、事業承継税制を利用することで、事業の株式を後継者に譲渡しても、後継者には税金が課されません。ただし、株式を譲渡する経営者には「譲渡所得」として税金が課されます。
この譲渡所得は、株式を取得した時の価格と譲渡した時の価格の差額から計算され、譲渡時に株式の価値が購入時より増加していれば、その差額が売却益となります。売却時の手数料などを差し引いたあとの金額が譲渡所得となり、これが課税の対象になります。
従業員または外部の後継者に承継する際の手順
以下では、従業員または外部の後継者に承継する際の手順を解説します。
手続きの流れ
従業員や第三者に事業承継を行う場合、主に2つの選択肢があります。
1つ目は現経営者が保有する株式を後継者に売却し、経営権と株式の所有を両方とも第三者に移譲する方法です。この場合、後継者は経営の全責任を担うことになります。
2つ目の方法は、現在の経営者やその親族が株式を引き続き保有しつつ、経営権のみを第三者に移譲するパターンです。この方法は、将来的に親族が再び経営を引き継ぐことを予定している場合などに適しています。
資金調達に課題がある場合、MBO(マネージメント・バイ・アウト)が有効な手段となりうる場合もあります。MBOは、後継者が中心となって新たな会社を設立し、その会社を通じて銀行や投資ファンドからの融資や出資を受け、必要な株式を購入する戦略です。
また、事業関連の融資では、従来経営者の個人保証が一般的でしたが、事業承継の過程で「経営者保証に関するガイドライン」にもとづき、後継者の個人保証が解除される可能性もでてきました。これにより、後継者が過度な財務リスクを負わずに事業を引き継げるようになっています。
従業員承継の方法と流れ!事前に把握しておくべきリスクや注意点を解説
必要な書類
従業員、または外部の後継者に承継する際の必要書類は以下のとおりです。
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- 株式譲渡承認請求書
会社の定款で株式の譲渡に制限が設けられている場合、譲渡するためには取締役会の承認が必要になります。この承認を得るために提出するのが株式譲渡承認請求書で、譲渡される株式の数や譲渡相手の情報を記載します。 - 株式譲渡契約書
株式の譲渡が承認されたあとは、譲渡の詳細を定めた株式譲渡契約書を作成します。譲渡の条件や支払い方法、名義変更の手続きなどが記載されます。また、契約の解除や損害賠償に関する内容も含まれることが一般的です。 - 株式名義書換請求書
株式の譲渡が完了し、株主が変更された後は、新旧株主が株式名義書換請求書を作成し、会社に提出します。 - 株主名簿
株主が変更されたことを反映させるために、株主名簿を更新する必要があります。
- 株式譲渡承認請求書
発生する税金
従業員または外部の後継者への事業承継においても、後継者が株式を受け継ぐ際には直接的な税金の負担は生じません。しかし、株式を譲渡する現経営者は、売却益に対して税金がかかる点は親族への事業承継と同様です。
具体的には、売却した株式の取得コストを差し引いた譲渡益が課税の対象となります。
M&Aをおこなう際の手順
以下ではM&Aをおこなう際の手順を解説します。
手続きの流れ
M&Aは複雑で専門知識を要するため、専門家に依頼するのが一般的です。M&Aでは事業売却側と買収側の双方の同意が必要であり、両者の利害を調整し合意点を見つけ出すことが重要です。
M&Aの専門業者は、「代理人型(FA:ファイナンシャルアドバイザー)」と「仲介型」に分けられます。代理人型は売り手のみと契約し、売り手の利益を最大化するために買い手との交渉をサポートします。一方、仲介型の業者は売り手と買い手双方と契約を結び、中立的な立場から双方が合意にいたるように仲介します。
選定した業者はまず事業を分析し、適切な売却候補先を特定します。その後は、デューデリジェンス(事前調査)、経営者間の面談、最終交渉を経て、両者の合意にもとづき契約が締結されます。その結果、事業統合へと進みます。
適切なM&A業者を選ぶ際は、自社のビジョンや戦略に合致し、経営者の意向を理解してくれる業者を選ぶことや、自社の業種や市場環境に精通した業者であることが重要です。
M&A仲介会社とは?FAとの違いや選ぶ際のポイントなどを紹介
必要な書類
以下は、M&Aをおこなう際に必要な書類です。
候補先への打診時に必要な書類
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- ロングリスト・ショートリスト
売却候補先の広範なリストがロングリストで、これを詳細な調査を経て絞り込んだものがショートリストです。
- ロングリスト・ショートリスト
- M&Aにおけるロングリストとは?作成時のポイント4つと注意点についても解説
- ショートリストとは?ロングリストとの違いや意味、役割や作り方を解説
- ノンネーム概要書
候補先に自社の概要を匿名で紹介する書類で、業種や売上、地域などの基本情報が含まれます。
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- 秘密保持契約書 (NDA)
詳細な情報を交換する前に、秘密保持のための契約を結びます。
- 秘密保持契約書 (NDA)
- M&AでのNDA(秘密保持契約)とは?|締結目的から作成時の注意点まで完全解説
- インフォメーション・メモランダム (IM)
企業情報を詳細に記した資料で、買い手に対して会社をより深く理解してもらうために使用します。 - 意向表明書
M&Aを進めたいという候補先からの意向を示す書類です。
- インフォメーション・メモランダム (IM)
交渉で必要になる書類
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- 基本合意書
M&Aにおける基本合意書(MOU)とは?記載内容、法的拘束力の発生についても
売買の重要な基本条件について、一定時点で初期合意した基本的な事項を確認するためにそれを文書化したものです。
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- デューデリジェンス
買収側が提示された資料や情報が適正か否かなど売却側の企業を詳細に調査し、問題がないか判断することを指します。
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- 最終意向表明書
デューデリジェンス後に、最終的な買収意向を示す書類です。 - 売買契約書
売買の条件、責任などを定めた書類です。株式譲渡契約書や事業譲渡契約書など名称は異なることはありますが、法的拘束力のある書類です。 - 最終合意書
取引の最終条件を定めた契約書で、クロージング後の保証期間を設定することが一般的です。
- 最終意向表明書
- M&Aの最終契約書(DA)とは?他の契約書との違いについて解説
- TSA (Transition Service Agreement)
事業分離後の移行期間におけるサービス管理に関する合意です。
- TSA (Transition Service Agreement)
TSAとは?M&Aにおける意味や契約内容、開始までの流れについて解説
事業承継の手続きをスムーズにおこなうには事前準備が重要
事業承継は、単に後継者にバトンを渡すこと以上に計画的で段階的なアプローチが必要であり、とくに後継者教育は時間を要します。実際には、事業承継が5年以上を要することも珍しくありません。準備を早期に始めることで、後継者に必要なスキルや知識を身につけさせるための十分な時間を確保できます。
また、後継者がすでに決まっている場合でも、すぐに引継ぐことが最適とは限りません。「準備が整っている」と過信せず、実際に後継者が経営を担えるかどうか、しっかりと評価し教育する時間を確保することが重要です。
本来であれば事業承継にとりかからなければならない年齢なのに、後継者がみつからないまま月日が経ち、望まぬ廃業に至るケースが日本全国であふれており、今後も増加することが確実視されています。
短期間で事業承継を完了させたい場合や内部に適切な後継者がいない場合は、M&Aを利用した事業承継も一つです。M&Aによる事業承継は、外部からの新しい経営力を取り入れる機会を提供し、事業の発展・持続可能性を高めることが期待できます。とはいえ、M&Aはそのプロセス自体が複雑で専門的な知識を要するため、より十分な準備と専門家のサポートが不可欠です。
まとめ
本記事では、事業承継の概要やその手順、必要書類や税金などについて解説しました。事業承継は、経営権や事業資産、知的資産などを後継者に引き継ぐことを指します。
事業承継を成功させるためには、後継者の選定、教育、および組織内外への周知といった多岐にわたるステップが必要です。そのため、前もって綿密に計画し実行することが、事業承継の成否に大きく影響します。
現経営者がすべての責務を単独で遂行するのは困難であるため、できるだけ早いタイミングで専門家に相談しましょう。
▼監修者プロフィール

岩下 岳(S&G株式会社 代表取締役) S&G株式会社
新卒で日立Gr.に入社。同社の海外拠点立上げ業務等に従事。
その後、東証一部上場のM&A仲介業界最大手の日本M&Aセンターへ入社ディールマネージャーとして、複数社のM&A(株式譲渡・事業譲渡・業務提携等)支援に関与。IT、製造業、人材、小売、エンタメ、建設、飲食、ホテル、物流、不動産、サービス業、アパレル、産業廃棄物処分業等、様々な業界・業種でM&Aの支援実績を有する。現在はS&G代表として、M&Aアドバイザー、及び企業顧問に従事している。