【専門家監修】事業承継とは?中小企業の現状と具体的なプロセスを解説
中小企業の経営者の多くが事業承継問題に直面しています。
事業承継問題とは、経営者の高齢化などに伴って経営権を後任の経営者に承継する際に生じるさまざまな問題のことをいいます。
今回の記事では、
- 中小企業における事業承継の現状と課題
- 中小企業における事業承継の方法
- 中小企業における事業承継のプロセス
など、中小企業の事業承継プロセスと注意点についてわかりやすく解説します。
中小企業経営者のなかで、事業の承継を検討している方に向けて有用な情報を提供するのでぜひ参考にしてください。
事業承継とは?
事業承継は、企業の経営者や所有者が自身のビジネスや財産を次の世代、もしくは新たな所有者に引き継ぐプロセスを指します。事業承継のプロセスは、企業の継続性を保つために不可欠であり、特に中小企業においてはその重要性が強調されています。
中小企業は日本の企業数の約99%(小規模事業者は約85%)を占め、雇用の約69%(小規模事業者は約22%)を創出しているため、社会経済の基盤を支える中核となっています。
事業承継は、単に「株式の承継」と「代表者の交代」に限らず、事業そのものを承継する取り組みです。そのためには、「人(経営)」、「資産」、「知的資産」の3つの経営資源の適切な承継が必要とされます。円滑な事業承継を実現するには、これらの経営資源を後継者に適切に承継させることが必須です。特に、事業の強みや競争力の源泉となる知的資産の承継は、次世代に技術やノウハウを確実に引き継ぎ、事業の継続と発展を確保する上で極めて重要です。
事業承継は複雑で多面的なプロセスであり、適切な準備と計画によってのみ、成功へと導くことができます。その過程で、各類型の特徴を理解し、事業の現状と将来の展望を考慮した上で、最も適切な承継の道を選択しなければなりません。
中小企業における事業承継の現状と課題
日本経済を支える中小企業は、その継続性を確保するための事業承継が重要な課題となっています。しかし、事業承継を巡る環境は決して簡単なものではなく、多くの中小企業がさまざまな困難に直面しています。以下は、中小企業における事業承継の現状と課題に関する要点です。
- 経営者の高齢化
- 後継者不在率の上昇
- 後継者不在による廃業予定企業の増加
- 事業承継の相談件数と成約件数
経営者の高齢化
出典: 中小企業庁
過去20年間で、中小企業経営者の平均年齢は50代から60代〜70代へと大きく上昇しています。この傾向は、事業承継の必要性を高める一因となっており、経営者の世代交代が進んでいない実態が浮き彫りになっています。
後継者不在率の高止まり
出典: 中小企業庁
中小企業の約50%以上が後継者を確保できていない状態にあります。後継者不在の問題は、どの年代の経営者層にも共通しており、事業継続の見通しが立たない企業が多くなっています。
後継者不在による廃業予定企業の増加
出典: 中小企業庁
約3割の廃業予定企業は、後継者の不足が主な廃業理由とされています。これに加え、中小企業の約6割が廃業を予定しており、その多くが廃業の具体的な理由を後継者不在に求めています。この状況は、貴重な雇用機会や地域経済への貢献が失われることを意味しています。
事業承継の相談件数と成約件数
令和2年度 参考(※1) | 令和3年度 | 令和4年度 | |
事業承継診断実施件数 | 162,311 | 223,880 | 214,716 (前年度比96%) |
親族内承継の支援完了件数 | -(※2) | 1,043 | 1,270 (前年度比122%) |
経営者保証解除支援件数 | 1,738 | 2,647 | 3,222 (前年度比122%) |
出典: 中小企業基盤整備機構
令和3年度は、事業承継に関する相談件数と成約件数が前年度を大きく上回りました。これは、事業承継への関心の高まりとともに、支援を求める中小企業が増加していることを示しています。この動向は、事業承継が中小企業経営者にとって切実な課題となっていることを物語っています。
これらの現状と課題は、中小企業が直面する事業承継の難しさを浮き彫りにしています。経営者の高齢化、後継者不在、廃業予定企業の増加、事業承継に関する相談と成約件数の増加は、中小企業が将来にわたってその活力を維持し発展していくために、事業承継の問題に積極的かつ戦略的に取り組む必要があることを示しています。各企業だけでなく、政府や支援機関も連携し、事業承継の円滑化を支援する取り組みがより一層求められています。
中小企業の事業承継は3種類
中小企業の事業承継は、経営の継続性と成長の観点から非常に重要です。これには主に3つの方法があります。
- 親族内承継
- 従業員承継
- M&Aによる社外への引継ぎ
以下は、これらの種類を比較した表です。
事業承継の種類 | 対象 | 主な特徴 |
親族内承継 | 子供や孫などの親族 | 心情面での受け入れやすさ、長期準備期間の確保、相続を通じた資産・株式の移転が可能 |
従業員承継 | 社内の従業員 | 経営者能力のある人材の選定が可能、経営方針の一貫性維持 |
M&A(社外) | 第三者(他企業や創業希望者など) | 適任者が社内外に広く求められ、会社売却からの利益が得られる |
親族内承継(子供や孫)
親族内承継は、経営者が自身の子供や孫などの親族に会社経営を引き継ぐ方法です。この方法は、親族間での絆や信頼に基づくもので、心情面での受け入れやすさや、経営理念や企業文化の継続が期待できます。また、相続等を通じて事業資産や株式をスムーズに移転できる点も大きな利点です。しかし、子どもの中には、家業を継ぐ意思がない場合もあり、親族内承継の困難性が近年増しています。
親族外承継(企業内の従業員)
親族以外の従業員などに会社経営を引き継ぐ方法です。この方法では、経営者能力のある人材を社内から選定し、経営方針の一貫性を保つことが可能です。長期間にわたり企業で働いてきた従業員であれば、企業文化や事業運営のノウハウを深く理解しているため、スムーズな事業継続が見込めます。ただし、資金力の問題や親族株主の了解が必要な場合もあります。
M&A(第三者承継)
株式譲渡や事業譲渡を通じて、社外の第三者に事業を引き継ぐ方法です。この方法は、適任者が社内にいない、または新たな経営資源を求める場合に適しています。社外の第三者に事業を引き継ぐことで、新しいビジネスチャンスや成長機会を見出すことができる可能性があります。また、経営者は会社売却から利益を得ることも可能です。ただし、適切な引継ぎ相手を見つけるためには時間と労力が必要です。
これらの事業承継方法はそれぞれに特徴があり、中小企業の経営者は自社の現状と将来の目標に基づいて、最適な選択をする必要があります。
中小企業の事業継承までのプロセス
事業承継は、単に経営権を次世代に渡すだけでなく、企業の持続可能性と成長を確保するための重要なプロセスです。特に中小企業においては、その準備と実施が企業の未来を左右します。ここでは、中小企業の事業承継を成功に導くためのステップを詳細に解説します。
- 経営状況や会社資産の情報整理
- 事業承継に向けて経営改善も必要
- 事業承継の方法を検討する
- 事業承継の計画の策定
- M&A仲介などの専門家に相談する
1.経営状況や会社資産の情報整理
事業承継の初期段階で最も重要なのは、経営状況や会社資産の詳細な情報整理です。これには財務状況の把握はもちろん、従業員の構成、顧客基盤、供給チェーンの状況、保有する知的財産権など、会社が持つあらゆる資産と負債のリストアップが含まれます。この段階で業界の将来性や競合との比較など、外部環境の分析も行います。この情報整理は、後継者や買収希望者が企業価値を正確に評価するための基盤となります。また、経営課題の特定にも繋がり、事業承継計画の策定に不可欠です。
2.事業承継に向けて経営改善も必要
次に、経営改善を行います。これは、企業が抱える問題点を改善し、承継後の事業の成長を支えるための施策です。経営改善には、財務健全化、コスト削減、営業戦略の見直し、新たな市場への進出、技術革新、人材育成など、幅広い取り組みが含まれます。特に、後継者が事業を引き継いだ後も、安定した経営を継続し、成長を促進するためには、これらの改善措置が不可欠です。効果的な経営改善は、事業の競争力を高め、企業価値を向上させることで、後継者や第三者にとって魅力的な承継対象となります。
3.事業承継の方法を検討する
さらに、事業承継の方法を慎重に検討します。選択肢は大きく分けて、親族内承継、従業員承継、第三者承継(M&A)の3つです。親族内承継は、事業の伝統や家族の絆を重んじる場合に適していますが、後継者の意欲や能力、親族間の合意形成が課題となることがあります。従業員承継は、企業文化の継承や従業員のモチベーション向上が期待できますが、資金調達や経営権移譲のプロセスが複雑化する場合があります。第三者承継(M&A)は、後継者がいない、または事業の拡大を目指す場合に有効ですが、企業文化の変化や従業員の不安が伴うこともあります。それぞれの方法にはメリットとデメリットがあり、企業の現状や将来のビジョンに基づいて適切な選択を行う必要があります。
4.事業承継の計画の策定
事業承継プロセスにおいて、計画の策定は極めて重要なステップです。特に親族内承継や従業員承継の場合、事業の未来像と実現のためのロードマップを明確にする必要があります。計画策定は、事業の持続可能性を確保し、新たなリーダーのもとでの発展を目指すための基盤となるものです。
事業引き継ぎ支援センター
事業承継に際して、幅広い支援が必要となる場面が多々あります。事業承継・引継ぎ支援センターは、事業承継全般にわたる相談に応じる公的な窓口として機能します。ここでは、経営者だけでなく後継者も含めた相談が可能で、承継の各段階で必要となる具体的なアドバイスや情報提供を受けることができます。
事業承継に関するガイドライン
事業承継におけるさまざまな疑問や手続きの方法については、中小企業庁の公式ホームページから確認することができるガイドラインが公開されています。これには、承継方法の選択から準備、実施のプロセスまで、具体的な指針が示されており、承継計画策定の際の参考資料として極めて有用です。
出典:中小企業庁
5.M&A仲介などの専門家に相談する
第三者承継としてM&Aを選択する場合、専門的な知識と経験を持つ仲介者や専門家への相談が不可欠です。最近では、オンラインでのマッチングサービスも増加しており、より多様な選択肢から最適なパートナーを見つけることが可能になっています。
M&A仲介会社への相談
M&A仲介会社は、売り手と買い手のマッチング、価格交渉、契約書の作成といったプロセス全般をサポートします。これらの仲介会社は、豊富な経験とネットワークを活用して、企業のニーズに合った最適な取引を実現させるためのアドバイスを提供します。
M&Aマッチングサイトへの登録
M&Aマッチングサイトは、仲介業者を介さずに直接売り手と買い手を繋げるプラットフォームです。仲介手数料を削減できるため、特に小規模な取引においてコスト効率良く利用することができます。サイト上でのプロフィール公開や条件のマッチングを通じて、相手方を探すことが可能です。
事業承継は、単なる権利の引き継ぎにとどまらず、企業文化や価値観、そして従業員や顧客との関係も継承する重要なプロセスです。親族内承継、従業員承継、M&Aという異なる方法があり、それぞれに適した準備と計画が求められます。専門家や支援機関への相談を通じて、適切な準備と対策を講じることが、スムーズな事業承継への鍵となります。
中小企業の事業承継に関わる支援策一覧
中小企業の事業承継においては、様々な支援策が用意されています。これらの支援策を理解し、適切に活用することで、スムーズな事業承継が可能になります。
- 事業承継税制
- 事業承継・引継ぎ補助金
- 経営承継円滑化法に基づく金融支援
- 遺留分に関する民法の特例
- 所在不明株主に関する会社法の特例
事業承継税制
事業承継税制は、中小企業経営者が直面する贈与税や相続税の負担を軽減するための重要な制度です。この制度は、非上場企業の株式に関わる税金を大幅に軽減し、事業承継を促進します。特に2027年12月末(法人向け)または2028年12月末(個人事業主向け)までの期間限定で、事業承継時にかかる非上場株式の贈与税や相続税が実質的にゼロになる場合があります。これにより、事業の次世代へのスムーズな移行が促進されます。法人向けと個人事業主向け、二つの形態が存在し、それぞれのニーズに応じた支援を提供します。
事業承継・引継ぎ補助金
事業承継・引継ぎ補助金は、中小企業や小規模事業者が事業承継を行う際に必要となる経費の一部を補助する制度です。この補助金は、事業の再編や統合を含む事業承継を契機に、経営革新などの新しい取り組みを行う企業を支援します。経営資源の有効活用や事業の持続可能性の強化を目的としています。
経営承継円滑化法に基づく金融支援
経営承継円滑化法に基づく金融支援は、事業承継において必要となる資金へのアクセスを容易にするための制度です。これにより、事業承継の際に必要となる資金の融資が可能となり、承継後の事業運営や成長のための資本を確保することができます。特に、承継者が自社の株式を購入するための資金や、新たな事業計画に必要な資金に対する支援が提供されます。
遺留分に関する民法の特例
遺留分に関する民法の特例は、事業承継の際に遺留分の問題を円滑に解決するための制度です。この特例により、自社株式や事業用資産を遺留分算定基礎財産から除外することが可能となり、遺留分の問題が事業承継の障害となるのを防ぎます。これにより、より多くの企業が円滑な事業承継を実現できるようになります。
所在不明株主に関する会社法の特例
所在不明株主に関する会社法の特例は、事業承継において株式買取り等の手続きに必要な期間を大幅に短縮するための制度です。従来、5年間必要だった手続きが、特例により1年間に短縮されるため、事業承継のプロセスが迅速化されます。これにより、所在不明株主の問題が事業承継の障壁となるのを大幅に減少させることができます。
中小企業が事業承継で失敗しないポイント
中小企業が事業承継を行う際に失敗しないためのポイントは、計画的な準備と適切な専門知識の活用にあります。
- 情報収集を早めに
- 専門家への相談
事業承継は単なる経営者の交代以上のものであり、企業の未来にとって重要なマイルストーンです。その成功の鍵は、情報収集と専門家への相談の二つに大きく依存します
情報収集を早めに
事業承継を円滑に進めるためには、後継者の育成、引き継ぎの計画、場合によってはM&Aについても長期的な視点での検討が必要です。このため、事業承継に関する情報収集はなるべく早期から始めるべきです。市場の動向、業界の成功例や失敗例、政府の支援制度や税制の変更など、様々な情報が事業承継の戦略を練るうえで役立ちます。また、早期から情報収集を始めることで、予期せぬ問題に対する準備期間も確保でき、柔軟に対応することが可能になります。
専門家への相談
事業承継は複雑なプロセスであり、専門的な知識が必要となる場合が多々あります。法律、税務、財務、人事など、様々な分野での専門知識が要求されるため、プロフェッショナルな専門家への相談が不可欠です。経験豊富な専門家は、他社の事例や最新のトレンドを基に具体的なアドバイスを提供できるだけでなく、デューデリジェンス(買収対象の調査)のような専門的なプロセスの支援も行います。専門家のアドバイスを受けることで、事業承継に関するリスクを最小限に抑え、より良い判断を下すことが可能になります。
事業承継の成功は、適切な準備と情報の理解に大きく依存します。早期からの情報収集と専門家との協力により、中小企業は事業承継の過程をスムーズに、かつ効率的に進めることができるでしょう。
▼監修者プロフィール
岩下 岳(S&G株式会社 代表取締役) S&G株式会社
新卒で日立Gr.に入社。同社の海外拠点立上げ業務等に従事。
その後、東証一部上場のM&A仲介業界最大手の日本M&Aセンターへ入社ディールマネージャーとして、複数社のM&A(株式譲渡・事業譲渡・業務提携等)支援に関与。IT、製造業、人材、小売、エンタメ、建設、飲食、ホテル、物流、不動産、サービス業、アパレル、産業廃棄物処分業等、様々な業界・業種でM&Aの支援実績を有する。現在はS&G代表として、M&Aアドバイザー、及び企業顧問に従事している。