【専門家監修】 M&Aにおける価格相場の算出方法とは?

M&A(エムアンドエー)は、企業の成長戦略や市場拡大、技術獲得などさまざまな目的を達成するための重要な手段です。M&A取引を行う過程では、買収対象の企業価値を適正に評価することが極めて重要となります。

今回の記事では、

  • M&Aにおける企業価値評価の意義
  • 価格算出に影響を与える要因
  • 価格算出時の一般的なアプローチや方法

など、M&Aにおける企業価値の評価では利益の何倍が望ましいと考えられるかをわかりやすく解説します。企業の買収や売却を検討している経営者やM&Aに関わるプロフェッショナルにとって有用な情報を提供するので、ぜひ参考にしてください。

M&Aは利益の何倍が目安?

M&Aの際、企業の価値を利益の何倍かで判断するのは一概には困難です。難しい理由は、市場環境や対象となる産業の特性、企業固有の特性によって、その適正な倍率が大きく異なるためです。

例えば、成長産業に属する企業は、将来の利益増加が見込まれるため、現在の利益に対して高い倍率で評価される傾向があります。一方で、成熟産業や縮小傾向にある産業の企業では、より控えめな倍率が適用されることが一般的です。

加えて、企業のバリュエーションに際しては、EV/EBITDA倍率が参考にされることが多くあります。これは、企業価値(EV)をEBITDA(利益の一種で、税金、利息、減価償却前の利益)で割ったもので、企業が生成するキャッシュフローを元にした評価指標です。

ただし、この倍率も業界や市場の状況によって適正な範囲が変動します。一般的な目安としては、上場企業の場合、EV/EBITDA倍率が8から10倍程度とされますが、非上場企業や特定の産業においてはこの限りではありません。

したがって、M&Aにおいて企業価値を評価する際には、利益の何倍かという単純な計算ではなく、市場環境や産業の特性、そして具体的な企業の状況を総合的に考慮する必要があります。これにより、より現実に即した、公正な企業価値の算定が可能となります。

M&Aにおける価格相場とは

M&A(Mergers and Acquisitions:合併と買収)における価格相場とは、一般的に企業の事業売却や会社売却時に設定される金額のことを指します。M&Aにおける価格は、売り手と買い手の間で交渉され、最終的な買収金額に反映されます。

M&Aにおける価格決定は複雑なプロセスであり、複数の要素に基づいて行われます。このプロセスの難しさと重要性を理解するためには、まずM&Aがどのような場合に行われるか、そしてその価格がどのようにして決まるのかを把握することが必要です。

M&Aは、企業が成長戦略の一環として他社を買収したり、競争力を強化するために特定の事業部門を売却したりする場合など、さまざまなシナリオで行われます。買収の目的には、市場シェアの拡大、新技術や資産の取得、効率化によるコスト削減などがあります。

一方、売却側の目的としては、ノンコア事業の整理、資金調達、経営資源の最適化などが挙げられます。

M&Aにおける譲渡価格を決める要素は多岐にわたります。これらの要素には、企業の財務状況、市場における位置づけ、将来の成長見込み、保有する特許や技術、ブランド価値などが含まれます。

また、市場環境や経済状況の変化も、価格決定に大きな影響を与えます。買収対象の企業が保有する資産や負債、従業員のスキルといった内部要因と、業界の競争状況や経済全体のトレンドといった外部要因が、総合的に評価されます。

価格決定のための一般的な方法としては、企業価値(EV: Enterprise Value)を基にした評価があります。これには、市場価値、資産価値、収益性といった複数の指標が考慮されます。さらに、EV/EBITDA倍率(企業価値÷EBITDA)などの財務比率を用いることで、業界標準に基づいた価格評価が可能になります。

しかし、これらの方法はあくまでも参考値であり、最終的な価格は売り手と買い手の間での交渉によって決定されます。

M&Aにおける価格相場を理解することは、売り手にとって適正価格での事業売却を実現するため、また、買い手にとって過大な買収価格を避けるために重要です。

M&Aプロセスにおいては、専門的な知識を持ったアドバイザーの意見を参考にしながら、複数の評価方法を駆使し、市場環境や産業の動向を踏まえた上で、適切な価格決定を目指すことが求められます。

M&Aの価格相場を決める重要な要素

M&A(合併および買収)の価格相場を決定する際には、いくつかの重要な要素が考慮されます。

  • 1.純資産
  • 2.M&A完了後に見込まれる利益
  • 3.企業価値・バリュエーション
  • 4.無形資産

これらの要素は、企業の実態を正確に反映し、買い手と売り手双方が納得できる価格設定の基礎となります。以下に、特に重要な要素について解説していきます。

1.純資産

純資産は、価格を決める際の根拠として用いやすい重要な指標です。企業の資産から負債を差し引いた金額が純資産であり、この数値は企業の財務健全性を示す基本的な指標とされます。買収を検討する際、純資産の大きさは、企業の価値を判断する上での出発点となります。

2.M&A完了後に見込まれる利益

特に中小企業の場合、過去3年間の営業利益の平均値を基に、3〜5年分の営業権として価格に上乗せすることが一般的です。この利益見込みは、買収後の企業がどの程度の収益を生み出すことができるかを評価する上で重要です。将来の収益性は、M&Aの価格相場を決定する上で不可欠な要因となります。

3.企業価値・バリュエーション

企業価値の評価(バリュエーション)は、事業価値と非事業用資産を合算することで算出されます。

事業価値は、主に企業の将来のキャッシュフローを現在価値に割り引いて評価され、非事業用資産は、企業の主活動以外で保有されている資産(例えば、投資不動産や事業と関連性のない保有有価証券、未使用の特許など)の価値を指すのです。

企業価値の評価は、M&Aにおいて企業全体の価値を測るためのもので、買収価格の交渉において中心的な役割を果たします。

4.無形資産

無形資産は、技術力、取引先、従業員、知名度、販路、ノウハウ、将来性、許認可など、目に見えない資産の総称です。これらの無形資産は、企業の競争力と将来の成長潜在力を大きく左右するため、M&Aの価格相場を決定する上で極めて重要です。無形資産の評価はその性質上複雑であるため、適切な評価を行うにはプロの専門家に依頼することが推奨されます。

M&Aの価格相場を決めるこれらの要素は、それぞれが相互に関連し合っており、総合的な評価を通じて適正な買収価格が決定されます。買い手と売り手双方にとって公平な価格設定を行うためには、これらの要素を細かく分析し、企業の真の価値を把握することが必要不可欠です。

M&Aの価格算出方法

M&Aの価格算出にはいくつかの方法があり、それぞれ異なるアプローチに基づいています。

  • コストアプローチ
  • マーケットアプローチ
  • インカムアプローチ
  • 年買法(年倍法)
  • EV/EBITDA倍率

それぞれのアプローチの特徴は、以下の表の通りです。

方法 特徴
コストアプローチ 譲渡企業の純資産を基礎として株式価値を評価する方法。
マーケットアプローチ 市場上の類似企業や取引事例から企業価値を評価する手法。
インカムアプローチ 将来の収益性を基に企業価値を算出する手法。
年買法(年倍法) 過去の利益に基づき、投資額が何年で回収可能かを評価する方法。
EV/EBITDA倍率 企業価値をEBITDAで割り、投資の魅力度を評価する指標。

まずは、コストアプローチに焦点を当てて解説します。

コストアプローチは、譲渡企業の純資産価値に着目した価格算定方法で、企業の財務状況を直接的に反映した価値を求める手法です。

コストアプローチ

コストアプローチは、譲渡企業の純資産価値を基に、株式価値を算定する方法です。このアプローチの主なメリットは、明瞭な財務データに基づくため、比較的計算が簡単である点です。また、財務諸表に基づいているため、客観性が高いという利点もあります。

一方、デメリットとしては、企業の将来性や市場の状況を直接的には反映しないため、企業の成長潜在力を適切に評価できない可能性があります。無形資産の価値を見過ごすことがあり、特に技術力やブランド価値が高い企業の場合、その価値を十分に評価しきれないこともあるでしょう。

時価純資産法

時価純資産法は、コストアプローチの中でも特に中小企業の評価によく使われる方法です。この方法では、企業の純資産を市場価値に基づいて再評価し、その上に営業権を加味して企業価値を算出します。この方法の利点は、現実の市場状況をある程度反映した価値を算定できる点にあります。

ただし、企業の将来性や成長潜在力を直接反映しきれないというがデメリットです。

簿価純資産法

簿価純資産法は、評価対象企業の資産と負債の帳簿価額に基づいて株式価値を計算する方法です。この方法は、会計上の数値に依存するため、計算の透明性が高いというメリットがあります。

しかし、簿価での計算のため、資産の時価や市場の変動を考慮できないというのが、大きなデメリットです。特に、資産価値が市場での評価と大きく異なる場合、企業価値を適切に反映しない結果となることがあります。

マーケットアプローチ

M&A取引において企業価値を評価する方法は複数存在しますが、その中でも特に「マーケットアプローチ」は市場の実際のデータを基にした評価方法です。

マーケットアプローチは、譲渡企業の市場価値に着目し、同業他社や業界全体の動向を反映させることで、企業の価値を算定します。マーケットアプローチには「市場株価法」と「マルチプル法」という2つの方法があります。

マーケットアプローチの最大のメリットは、市場の現実を反映した価値を評価できる点です。実際に取引されている価格や業界の平均値を基にするため、透明性が高く信頼性のある評価ができます。特に市場のトレンドや業界の将来性が価格に直接影響するため、現在の市場状況を適切に評価が可能です。

一方でデメリットとしては、市場情勢の変動によって評価額が大きく変動する可能性があることです。また、特定の業界や市場に詳細なデータが必要なため、情報収集に大きな労力がかかることもあります。さらに、マーケットアプローチは市場データに依存するため、評価対象が上場企業でないと情報が限られ、正確な評価が難しい場合があります。

市場株価法

市場株価法は、上場会社の場合に適用される評価方法です。具体的には、対象企業の平均株価を基にして株式の価値や企業価値を評価します。この方法の利点は、実際の市場データに基づくため、市場参加者の評価を直接反映できる点にあります。

しかし、この手法は上場会社にのみ適用可能であり、非上場企業では使用できないことが主要なデメリットです。

マルチプル法

マルチプル法は、市場株価法と異なり、上場企業だけでなく非上場企業の評価にも適用可能な方法です。この手法では、類似の上場企業の株価や財務指標を参考にし、EBITDAや売上あるいは特定のKPI(重要業績指標)に対する倍率(マルチプル)を適用して価値を算出します。

マルチプル法のメリットは、業界平均や市場の評価を基に非上場企業の価値を推定できる柔軟性です。ただし、適切な比較対象を見つけることや、使用する倍率の選定には専門的な知識が必要となる場合があります。

マーケットアプローチは、市場の実情を基にした企業評価を行うための有効な手段ですが、その適用には注意深い分析と適切な情報収集が必要です。

インカムアプローチ

インカムアプローチは、企業の将来の収益能力を評価する方法で、主に収益性の高い企業や成長性を持つ企業の価値を算定する際に使用されます。このアプローチでは、将来得られると予測されるキャッシュフローや利益を現在価値に割り引くことで、企業価値の算出が可能です

インカムアプローチの中で特に重要な手法として、DCF法(ディスカウント・キャッシュフロー法)、収益還元法、配当還元法があります。

DCF法

DCF法は、将来企業が生み出すと予想されるフリーキャッシュフローを、適切な割引率で現在価値に割り引いて評価する方法です。この割引率は、投資家から求めらている期待リターンに該当する加重平均資本コスト(WACC)で表されます。DCF法の最大のメリットは、企業の将来性やビジネスモデルの持続可能性を直接的に反映できる点です。

しかし、将来のキャッシュフローを予測することの難しさや、適切な割引率の選定に主観が介入しやすい点がデメリットとして挙げられます。

収益還元法

収益還元法は、企業の将来の利益を現在価値に割り引いて評価する方法です。特に、安定した利益を上げ続ける企業や、成熟した業界に属する企業の価値評価に適しています。この方法は、将来の収益を予測し、それを特定の割引率で現在価値に還元することに基づいています。

収益還元法の利点は、収益性の視点から企業の価値を評価できる点です。しかし、収益予測の不確実性や、業界特有のリスクを適切に反映させる必要があるなどの課題も存在します。

配当還元法

配当還元法は、株主に対する将来の配当の現在価値を基に企業価値を算定する方法です。この手法は、特に配当支払いの安定している上場企業や、配当による収益還元を重視する投資家にとって有用です。配当還元法の魅力は、実際に株主に還元される配当金額に基づくため直感的に理解しやすい点にあります。

しかしながら、配当政策によっては企業価値の評価が難しい場合があり、また、成長企業など配当を行わない企業には、適用が難しいというデメリットがあります。

年買法(年倍法)

年買法、または年倍法は、コストアプローチとインカムアプローチを組み合わせたM&A価格算出手法です。この方法は、特定の期間(通常は年数)にわたって得られる利益を基に、企業価値を算出します。具体的には、過去の収益データや将来の収益予測を基に、利益の何倍で企業を評価するかを決めることになります。

年買法の最大の特徴は、コストと収益のデータを直接組み合わせる点です。これにより、企業が将来にわたって生み出すであろう価値を現在の価格に換算することが可能になります。

しかし、この手法には主観的な要素が強く入り込むため、算出される価格の正確性には限界があります。特に、将来の収益予測に関する見解の違いが、売り手と買い手間で大きな価格差異を生む原因になりがちです。そのため、双方の納得感を得るのが難しい場合があります。

EV/EBITDA倍率

EV/EBITDA倍率は、企業の株式価値に純有利子負債と少数株主持分を加えたもの(企業価値、EV)を、EBITDA(税引前利益+支払利息+減価償却費、または、営業利益+減価償却費)で割ることで算出されます。

EV/EBITDA倍率は、対象企業と類似する企業の平均的なEV/EBITDA倍率と比較して検討している株式価値が割高か割安か等を簡易的に検証する際に有用です。。

一般に、EV/EBITDA倍率は8〜10倍とされていますが、これは業界や市場の状況によって大きく異なるため、企業の規模を考慮することが重要です。倍率が低いほど、企業は割安であり、買収後の回収期間が短くなることを示します。逆に、高い倍率は企業が割高であり、回収に長期間を要することを意味します。

M&Aの価格算出時の注意点

M&Aの価格算出時には、正確性と透明性を確保するためにいくつかの重要な注意点があります。

  • 事実と異なる情報を買い手に提示しない
  • M&A仲介会社に任せきりにしない
  • 価格は最終的に双方の交渉で決まる

これらのポイントを把握し、適切に対応することで、双方にとって公正で納得のいく取引を実現することが可能です。

事実と異なる情報を買い手に提示しない

売り手企業が買い手企業に提供する情報は、真実かつ正確さが必要です。誇張や事実と異なる情報を提供すると、デューデリジェンスの過程で買い手に判明し、信頼性を損なうだけでなく、訴訟を含む法的なリスクにも直面する可能性があります。これは、取引の中断や破談、さらには財務的な損失につながるリスクを高めます。

M&A仲介会社に任せきりにしない

M&A取引は複雑で専門的な知識を要するため、多くの企業は仲介会社の力を借ります。仲介会社は手続きをスムーズに進める上で大きなメリットを提供しますが、全てを任せきりにすることは推奨されません。

仲介会社にも得意とする業界や取引形態があり、売り手企業自身も取引に関する理解を深め、アクティブに関与することが重要です。これにより、最適な条件で取引を進めることが可能になります。

価格は最終的に双方の交渉で決まる

M&Aにおける企業価値の算出方法は多岐にわたりますが、算出された価格はあくまで基準値に過ぎません。実際の取引価格は、買い手と売り手の間での交渉を通じて最終的に決定されます。同一企業でも、交渉の結果、算出された価格と実際の取引価格には大きな差が生じることがあります。

そのため、価格算出時にはあらゆる側面から企業価値を検討し、交渉においては双方が納得できる条件で合意に至ることが不可欠です。

▼監修者プロフィール

岩下 岳

岩下 岳(S&G株式会社 代表取締役) S&G株式会社

新卒で日立Gr.に入社。同社の海外拠点立上げ業務等に従事。
その後、東証一部上場のM&A仲介業界最大手の日本M&Aセンターへ入社ディールマネージャーとして、複数社のM&A(株式譲渡・事業譲渡・業務提携等)支援に関与。IT、製造業、人材、小売、エンタメ、建設、飲食、ホテル、物流、不動産、サービス業、アパレル、産業廃棄物処分業等、様々な業界・業種でM&Aの支援実績を有する。現在はS&G代表として、M&Aアドバイザー、及び企業顧問に従事している。