TSAとは?M&Aにおける意味や契約内容、開始までの流れについて解説

 

M&Aの成功を実現させるためには、すべてのプロセスをスムーズに行わなければなりません。中でも重要となるのが「TSA」です。TSAとは、最終段階での契約のこと。TSAがスムーズにいかなければ、円満な契約は叶わないでしょう。

TSAを滞りなく進めるためには、実施するタイミングや対象となる業務などを把握しておく必要があります。とはいえ、初めてのM&Aではわからないことも多いため、不安に思う会社経営者や担当者は少なくありません。

そこで本記事では、M&AにおけるTSAについて詳しく解説します。契約内容や開始までの流れなども紹介しますので、ぜひ参考にしてみてください。

M&AにおけるTSAとは ?

TSA(Transition Service Agreement)とは「遷移中のサービスに関する契約」という意味があります。M&Aにおける契約にはいくつかの手順がありますが、TSAは最も重要な契約の一つです。

M&Aでは、契約を締結すればすべて完了とはなりません。契約締結後は、売り手企業から買い手企業へ事業やサービスを移行する必要があります。事業やサービスを移行する過程では、予期せぬトラブルに見舞われる可能性も否定できません。

TSAには、移行中にトラブルが生じた際に、売り手企業と買い手企業のどちらに責任があるのかを明確にする役割があります。もし責任の所在が明確化されていなければ、サービス停止を余儀なくされ顧客満足度の低下にもつながりかねません。

TSAによって責任の所在が明確化されていれば、事業やサービスの移行もスムーズに進むでしょう。

M&AのTSAが行われるタイミング

M&AにおいてTSAを行うタイミングは、一連の契約交渉後です。M&Aの契約プロセスは、準備・交渉・最終契約の3つのフェーズで進められます。なお、最終契約には、デューデリジェンス・最終条件交渉・最終契約・クロージングの流れで進められますが、TSAはデューデリジェンスのタイミングで実施するのが理想です。

デューデリジェンスとは、M&Aにおける買い手企業となる企業が、売り手企業となる企業のリスクについて調査することを指します。TSAのタイミングが遅れた場合、業務に支障が出る恐れがあります。期間は1~2カ月ほどかかるため、その間に並行してTSAを実施できます。

デューデリジェンスの期間を活用することで、最終条件交渉や最終契約などをスムーズに行えるでしょう。

M&AのTSAの対象となる主な業務

M&AにおけるTSAの対象となる主な業務は、以下の4つです。それぞれ詳しく見ていきましょう。

  • 1.バックオフィス業務
  • 2.ロジスティクス
  • 3.サプライチェーン・マネジメント
  • 4.経営に関する機密情報

バックオフィス業務

まず挙げられるのが、バックオフィス業務です。バックオフィス業務とは、フロントオフィス業務をサポートする業務のことです。

フロントオフィス業務 営業
マーケティング
販売
開発・製造
コールセンターなど
バックオフィス業務 人事
総務
経理
財務
労務など

フロントオフィス業務は、企業が売上を伸ばすために欠かせない業務です。しかし、業務量が多く煩雑化しやすいため、リソース不足や離職率の増加といった課題を抱えています。そこで、フロントオフィス業務をサポートするバックオフィス業務により課題を解決できることがメリットです。

特にグループ企業においては、バックオフィス業務を実施している企業が増えている傾向が見られます。

ロジスティクス

ロジスティクスも、TSAにおける対象領域となる業務です。ロジスティクスとは、コストを抑えながら顧客ニーズに対応するための業務で、計画・実行・管理の3部門に分かれています。

M&Aにおいては、契約締結後も顧客ニーズに応えつつ業務を継続しなければなりません。しかし、市場や顧客ニーズは日々変動しているため、需要と供給のバランスを維持する必要があります。リスクを回避するための施策を実施するには、それなりのコストもかかるでしょう。

そこでロジスティクスにより、コストをおさえながら需要と供給のバランスを維持する必要があります。

サプライチェーン・マネジメント

サプライチェーン・マネジメントとは、仕入れ・調達・物流までのプロセスを一貫して行うことです。主にグループ企業で導入されている施策です。

仕入れから物流まで一連のプロセスは、それぞれ個別に行うことも可能です。しかし、個別に行うとコストがかかるだけでなく、一連の流れを把握できないことによりトラブルが生じる恐れもあります。

そこでサプライチェーン・マネジメントを実施すれば、仕入れから物流までの流れを把握しやすくなります。

なお、サプライチェーン・マネジメントがスムーズに行われない場合、業務停止にもなりかねません。TSAでの業務対象となる場合は、移行後に機能が停止しないような対策を取る必要があります。

経営に関する機密情報

経営における機密情報も、M&AにおけるTSAでは対象となる領域です。M&Aを実施する際、売り手企業から買い手企業に引き継がれるものは、株式や事業だけとは限りません。企業や譲渡の種類による違いはあるものの、経営に関する機密情報が含まれる場合があります。

もし経営に関する機密情報が漏洩すれば、企業の信用を失いかねません。情報漏洩があった場合は罰則が課せられたり、企業の信用を失えば経営不振につながったりする恐れがあります。経営に関する機密情報の漏洩リスクに備えるため、秘密保持契約を締結することが重要です。

M&AにおけるTSA開始までの流れ

M&AにおけるTSA開始までの流れは、準備・交渉・最終契約の3ステップです。それぞれのフェーズについて詳しく解説します。

  • 1.準備フェーズ
  • 2.交渉フェーズ
  • 3.最終契約フェーズ

準備フェーズ

まず、準備フェーズの主なタスクは以下の通りです。

  • 秘密保持契約書の締結
  • アドバイザリー契約書の締結
  • 企画価値評価の実施と企画概要書の作成

秘密保持契約書には、開示社から得た情報を第三者に公開したり、M&A以外の目的で使用したりしないことを約束する旨が記載されています。契約期間や契約違反があった場合の罰則などを定めておくことで、情報漏洩リスクを抑制できることがメリットです。

アドバイザリー契約の締結は、仲介会社よりM&Aに関するアドバイスを得る目的があります。仲介会社はM&Aに関する知識やノウハウを持っているため、スムーズに進められることがメリットです。

企画価値評価は、売り手企業の価値を算出する際に用いられます。企画概要書は、企画価値評価の実施に基づくデータが記載されており、買い手企業が検討する際の材料となるものです。

交渉フェーズ

交渉フェーズの主なタスクは以下の通りです。

  • トップ面談
  • デューデリジェンス

トップ面談は、売り手企業と買い手企業の経営陣が、双方の理解を深める目的で実施します。ただし、この段階では契約に関する具体的な交渉は行いません。双方の価値観やビジョンなど、書面では把握できない情報のすり合わせが主な目的です。

デューデリジェンスは、企業に関するさまざまな情報を調査する目的で行います。企業情報を精査する必要があるため、弁護士や税理士など専門家の助けを借りながら実施するのが一般的です。

デューデリジェンスの実施により、対象となる企業の経営状況やリスクを把握できます。M&Aにおいては重要となるプロセスです。

最終契約フェーズ

最終契約フェーズの主なタスクは以下の通りです。

  • 基本合意
  • 最終契約の締結・クロージング
  • ディスクロージャー

まず、基本合意はこれまでのプロセスを振り返り、その先のスケジュールを確認する目的があります。ここで基本合意書を締結しますが、基本合意書に法的拘束力はありません。法的拘束力はないものの、基本合意書の締結は買収の意思が高いと見ていいでしょう。

最終契約の締結では、法的拘束力のある契約を交わします。ただし、最終契約書の締結には、双方の合意が欠かせません。その後、経営権が売り手企業から買い手企業に譲渡されるとクロージングとなり、契約が完了します。

ディスクロージャーは、取引先や従業員に向けて情報を開示することです。その後TSAを実施することにより、M&A完了となります。

M&AのTSAに関連する契約の種類

M&AにおけるTSAに関連する契約の種類は「最終契約」と「業務委託契約」の2種類です。それぞれの契約について詳しく見ていきましょう。

  • 1.最終契約
  • 2.業務委託契約

最終契約

最終契約は、クロージング開始までの期間に締結しなければなりません。また、譲渡形態によって契約書の内容が変わります。

  • 株式譲渡:株式譲渡契約書
  • 事業譲渡:事業譲渡契約書

いずれの場合も、クロージングの条件にTSAの締結を含めることで、契約締結の確実性が高まることがメリットです。なお、最終契約からクロージングまでの期間は、最短で1カ月、長い場合は1年以上とケースによって異なります。

期間に違いはあっても、期間内にTSAに関する契約内容を精査しておくことで、最終契約後スムーズにTSAからクロージングまで進められるでしょう。ただし、ケースによっては、TSAからクロージングまでに長い時間がかかる場合があることに留意しましょう。

業務委託契約

業務委託契約は、業務の一部を外部に委託する際に結ぶ契約のことです。業務委託契約は、売り手企業が買い手企業に対してどの業務を提供するかを決める目的があります。よって売り手企業が業務を行うという契約ではありません。

なお、売り手企業がTSAに基づく業務やサービスの提供を受けるためには、別途業務委託契約を締結する必要があります。また、業務委託契約では、業務内容が曖昧な場合トラブルにつながる恐れがあるため、具体的に提示することも大切です。

M&AのTSAの主な契約内容

M&AにおけるTSAの主な契約内容は、以下の4種類です。それぞれの契約内容について詳しく解説します。

  • 1.サービス提供者と受給者
  • 2.サービスの範囲
  • 3.サービスの対価と支払い条件
  • 4.契約の有効日と終了日

サービス提供者と受給者

そもそもM&Aは、サービス提供者となる「売り手企業」と、受給者となる「買い手企業」の合意によって成立するものです。契約を締結するに当たって、それぞれの立場が曖昧では思わぬトラブルに発展する恐れがあります。

M&AにおけるTSAでは、サービス提供者と受給者を明確化してください。それぞれの立場を明確化した上で一連のプロセスを進めていけば、思わぬトラブルを回避できるため、契約締結までスムーズに進むでしょう。

サービスの範囲

サービス範囲が曖昧なままではトラブルに発展する恐れがあります。サービス提供者は受給者に対して、提供するサービスの範囲を明確化してください。

たとえば、バックオフィス業務で「人事」と「経理」のみを対象とする場合に、「バックオフィス業務」としか記載がなければ、すべてのバックオフィス業務が対象であると誤解されかねません。

サービス範囲を明確に定義しておけば、トラブルによるTSAまでの期間が伸びるといった事態を防げるでしょう。

サービスの対価と支払い条件

M&AにおけるTSAの契約では、サービス対価と支払い条件を明確化することも大切です。そもそもTSAによりサービスの提供を受ける場合は、対価を支払わなくてはなりません。その際には、支払い方法や条件を決めておく必要があります。

支払い条件には、月払い・半年払い・年払いなど、支払うタイミングも契約書への記載が必要です。支払いに関する条件が曖昧な場合、大きなトラブルに発展する恐れがあるため、条件は詳細に記載してください。

契約の有効日と終了日

契約の有効日と終了日は、明確に記載してください。売り手企業と買い手企業の双方が同意の上でM&Aの契約締結からTSAに至ったとしても、何らかの事情で途中解約になる場合があります。また契約期間を過ぎても、契約を延長したいと考える場合もあるでしょう。

契約有効日前に解約する場合はそれが可能なのか、契約終了日移行も継続が可能なのかなどを定めて記載しておけば、イレギュラーな状況にも冷静に対処できます。M&AにおけるTSAも契約の一種ですので、あらゆる事態を想定し備えておくと安心です。

まとめ

TSAとは、M&Aにおける最終段階での契約を意味します。M&Aにおいては、売り手企業から買い手企業に事業やサービスを移行するまでの期間にトラブルが生じることもあるでしょう。そこで、TSAによって遷移中のサービスに関する責任の所在を明確にしておけば、冷静に対処できます。

また、M&AにおけるTSAをスムーズに進めるためには、タイミングや対象となる業務・契約の種類なども把握しておけなければなりません。本記事で紹介した情報を参考にM&AにおけるTSAへの理解を深め、M&Aを成功させてください。

▼監修者プロフィール

岩下 岳

岩下 岳(S&G株式会社 代表取締役) S&G株式会社

新卒で日立Gr.に入社。同社の海外拠点立上げ業務等に従事。
その後、東証一部上場のM&A仲介業界最大手の日本M&Aセンターへ入社ディールマネージャーとして、複数社のM&A(株式譲渡・事業譲渡・業務提携等)支援に関与。IT、製造業、人材、小売、エンタメ、建設、飲食、ホテル、物流、不動産、サービス業、アパレル、産業廃棄物処分業等、様々な業界・業種でM&Aの支援実績を有する。現在はS&G代表として、M&Aアドバイザー、及び企業顧問に従事している。