事業譲渡12のメリット・デメリット|M&Aとの違いや成功事例も
事業を継ぐ人がいない場合や、継げそうな人が見つからない場合に検討すべき選択肢が「事業譲渡」です。しかし、事業譲渡の言葉は耳にしたことがあっても「どのようなメリットがあるのかわからない」「M&Aや会社分割とどう違うのか」といった疑問を持つ人もいるでしょう。
この記事では、事業譲渡に関するメリット・デメリットを合わせて12個紹介します。また、M&Aなどとの違いや成功事例についても解説します。事業譲渡のメリットを理解して自分の事業を次世代に継がせたい人は、ぜひ参考にしてください。
目次
事業譲渡とは?
事業譲渡とは、会社の事業の全部、または、一部を別の会社へ譲り渡すことです。売り手と買い手が互いに合意して、初めて行われます。売り手側は事業全体を、買い手側は対価としての現金を引き渡します。
譲渡するのは事業に関連するあらゆる財産です。主に以下のようなものを譲り渡します。
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- 建物、設備などの有形資産
- 知的財産、ノウハウなどの無形財産
- 会社従業員などの人材
- 取引先をはじめとした顧客
事業譲渡では、上記の資産を個別に引き継ぐ必要があります。包括的な譲渡は行いません。
事業譲渡とM&Aの違い
事業譲渡は、M&Aの手法の一つです。売り手は事業を売却することで次世代に事業の引き継ぎができ、買い手はさらなる企業成長が見込めるのが特徴です。
一方、M&Aとは、合併と買収に関する手法の総称を指します。事業譲渡をはじめ、株式譲渡、会社分割などと、さまざまな手法がM&Aに該当します。
「事業譲渡によりM&Aを実施する」というイメージで押さえておくとよいでしょう。
会社分割との違いとメリット・デメリット
事業譲渡と会社分割の違いやメリット・デメリットは以下のとおりです。
事業譲渡 | 会社分割 | |
違い | ・資産、負債、従業員などの権利義務を個別に引き継ぐ | ・資産、負債、従業員などの権利義務を包括的に引き継ぐ |
メリット | ・不要な負債を引き継ぐリスクを減らせる | ・事業の引き継ぎに加えて経営再編や事業のスリム化なども達成できる |
デメリット | ・法務手続きが煩雑化しやすい | ・不要な負債も引き継いでしまう |
事業譲渡は、事業に関わる権利義務の引き継ぎを個別に行います。そのため、必要なものだけを引き継げ、負債のようにリスクの高いものは引き継がなくても問題ありません。
事業売却の対価は現金で支払われ、売り手側は譲渡益を受け取れます。ただし、法務手続きが煩雑化しやすく、譲渡が成立するまでに時間がかかるのが難点と言えるでしょう。
一方、会社分割は事業に関わる権利義務の引き継ぎを包括的に行います。
事業売却の対価は株式などで支払われ、売り手側は株主扱いになります。子会社やグループ会社に事業を引き渡すときにも使われる手法で、事業承継だけでなく経営再編も実現可能です。一方で、不要な資産も引き継いでしまうため、余計なリスクを背負うことになってしまいます。
株式譲渡との違いとメリット・デメリット
事業譲渡と株式譲渡の違いやメリット・デメリットは以下のとおりです。
事業譲渡 | 株式譲渡 | |
違い | ・譲渡益を会社が受け取れる ・経営権が売り手に残る | ・譲渡益を株主が受け取れる ・経営権が買い手に移る |
メリット | ・売り手の法人格を残せる ・採算の取れる事業に集中できる | ・経営権を掌握できる ・事業拡大につながる |
デメリット | ・取得する資産に消費税がかかる | ・不要な負債も引き継いでしまう ・株式集めに苦労する |
事業譲渡は会社の事業を売買するM&A手法です。そのため、事業の対価は現金として売り手に支払われます。譲渡益で新事業展開や負債の返済が可能です。一方、譲渡益には法人税がかかるため、利益が想定していたよりも少ないと感じる場合もあるでしょう。
株式譲渡は、買い手側へ株式を譲り渡すため、経営権が移ります。買い手側は株主総会で発言力を強められ、事業拡大につなげられます。一方、不要な負債も引き継いでしまうので注意が必要です。また、買い手が株式を集めるのに時間がかかる可能性もあります。
【売り手側】事業譲渡のメリット・デメリット
売り手側が事業譲渡をするメリット・デメリットは以下のとおりです。
メリット | デメリット |
・譲渡利益が入る ・コア事業に集中できる ・残したい資産を確保できる | ・譲渡益に法人税が課せられる ・負債が残る可能性がある ・譲渡会社は競業が禁止されている |
売り手側にとって事業譲渡は経営面でのメリットが大きいのですが、財務面ではデメリットも存在します。詳しい内容について見ていきましょう。
売り手側の3つのメリット
売り手側の3つのメリットは以下のとおりです。
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一つずつ詳しく解説します。
①譲渡利益が入る
売り手側が事業譲渡をすると、譲渡対価が受け取れます。譲渡対価は、譲渡する事業の時価額に数年間の営業価値を加えた価額等です。受取は現金で、リタイア資金や新事業への設備投資の元手、負債の返済などに利用できます。
会計書類に記載されている資産や負債の価格である簿価よりも高い金額で事業を売却できれば、大きな利益を得られるでしょう。
②コア事業に集中できる
採算性の低い事業を売却できれば、事業を切り離せるため、採算の取れるコア事業により注力できます。売却時に得た利益をコア事業に投入すれば、事業価値をさらに高められる可能性もあるでしょう。
③残したい資産を確保できる
事業譲渡では、事業の一部のみを売却することも可能です。事業の一部を指定して売却した場合、必要な資産や人材、知財などは売却せず会社に残しておけます。
特に新規事業を始める場合は、譲渡利益を資金として設備投資や備品購入ができます。譲渡利益で自社が経営を優位に進められるのは、売り手側の事業譲渡のメリットといえるでしょう。
売り手側の3つのデメリット
売り手側の3つのデメリットは以下のとおりです。
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一つずつ詳しく解説します。
①譲渡益に法人税が課せられる
事業譲渡で生じた譲渡利益には、法人税が課税されます。法人税の税率は、譲渡利益の23.2%です。手元に残るのは譲渡利益の約7割であるため、想定以上に金額が少ないと感じる場合もあるでしょう。
ただし、事業譲渡によって利益が発生しなかった場合、税金は課税されません。
②負債が残る可能性がある
事業譲渡は資産や負債、従業員などの財産について、個別で引き継ぐかどうか決めていきます。そのため、買い手は負債を引き継ぐ必要がありません。もし買い手が負債を引き継がなければ、負債は手元に残ってしまいます。
会社分割や株式譲渡は資産や負債を丸ごと売却するため、負債は手元に残りません。負債を持ち続けなければいけないリスクがある点を理解しておきましょう。
③譲渡会社は競業が禁止されている
会社法第21条によれば、事業を譲渡した会社は20年間譲渡したものと同じ事業を行うことはできません。譲渡時の契約上で特約をした場合は、期間が30年間に延長されます。
ただし、競業が禁止されているのは事業を譲渡した市町村と、そこに隣接する市町村内のみです。全く別の市町村に会社ごと移るのであれば、譲渡したものと同じ事業を再度行えます。
【買い手側】事業譲渡のメリット・デメリット
買い手側が事業譲渡をするメリット・デメリットは以下のとおりです。
メリット | デメリット |
・会社の成長につながる ・節税効果が期待できる ・負債は引き継がなくてよい | ・消費税がかかる ・許認可申請の必要がある ・場合によっては株主総会の特別決議が必要になる |
買い手側にとって事業譲渡は経営面や財務面でメリットがありますが、税務面や実務の多さでデメリットが存在します。詳しい内容について見ていきましょう。
買い手側の3つのメリット
買い手側の3つのメリットは以下のとおりです。
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一つずつ詳しく解説します。
①会社の成長につながる
買い手が事業を買収できれば、技術やノウハウなどの無形財産を取得できます。既存の技術やノウハウと組み合わせれば、技術開発のコストカットや新たな手法の開発などができ、より効率よく事業が営めます。
売り手の会社の従業員と個別に雇用契約できれば、新規の顧客獲得や人材の確保も可能です。事業の増収が見込めれば、会社の成長にもつながります。
②節税効果が期待できる
買い手は営業権を5年にわたって償却でき、税務上の損金に算入できます。経費として組み込めるため、節税が可能です。
営業権はのれんとも呼ばれ、知財やノウハウ、技術のような、将来収益を生み出せる価値のある無形資産を指します。
なお、株式譲渡では税務上ののれんが生じないため、損金として計上できず、節税できません。
③負債は引き継がなくてよい
事業譲渡では負債を引き継ぐ必要はありません。資産や負債、雇用契約などを個別に引き継ぐためです。余計な負債を引き継がないため、債務超過や倒産のリスクを減らせます。また、知的財産や価値のある資産など将来に有用な部分だけを引き継げるため、自社の成長につながります。
買い手側の3つのデメリット
買い手側の3つのデメリットは以下のとおりです。
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一つずつ詳しく解説します。
①消費税がかかる
事業譲渡で売り手の資産を取得した場合、資産額の10%が消費税としてかかります。消費税は建物や設備に加えて、のれんのような無形資産にも課税されます。譲り受けた資産の多くが対象になると考えておきましょう。
かかった消費税は、売り手が受け取って納税してくれます。そのため、買い手側で消費税納税に関する手続きは必要ありません。
②許認可申請の必要がある
事業譲渡の場合、買い手は許認可を引き継げません。許認可とは、特定の事業を営むために必要な手続きのことです。もし許認可の必要な事業を引き継ぐ場合、買い手は事前に許認可を取得しておく必要があります。
なお、会社分割では一部業種を除き許認可を引き継げます。許認可を要する事業を買収する場合は、会社分割も視野に入れるとよいでしょう。
③場合によっては株主総会の特別決議が必要になる
売り手の事業をすべて譲り受ける場合に限り、買い手は株主総会を開いて特別決議による承認を得なければなりません。
株主総会の特別決議が承認されるには、株主の議決権の2/3以上の賛成が必要です。もし、株主総会で反対意見が出て事業譲渡が承認されなかった場合は、株主が納得できるよう契約内容を練り直さなければなりません。株主を納得させられなければ、事業の買収を諦めなければならないケースもあるでしょう。
株主総会を開く場合は、多くの株主に納得してもらえるよう十分な準備をして臨みましょう。
事業譲渡が与える従業員への影響
事業譲渡をする場合、契約内容によっては従業員の生活を左右する場合があります。雇用の取り扱いや、従業員にもたらされるメリット・デメリットを解説します。
事業譲渡後の雇用の取り扱い
事業譲渡後の従業員との雇用契約は、事業を譲渡した会社ではなく、買い手である譲受した会社と結びます。
事業譲渡は従業員の雇用契約について個別に同意を得る必要があるため、譲受会社で雇用を継続する場合は、新たに雇用契約に関する同意書を用意し、従業員の意志を確認する必要があります。
もし従業員を解雇する場合は、解雇予定日の30日前までに通達してください。通達を怠ると労働基準法違反となり、処分や罰則が課される可能性があります。
従業員にもたらされるメリット
事業譲渡により従業員にもたらされる主なメリットは、以下のとおりです。
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- 雇用が守られる
- 譲渡会社だけでなく譲受会社のノウハウも知れる
- 新しい環境での成長が期待できる
事業譲渡で従業員を引き続き雇えれば、雇用を維持できて従業員の生活が守られます。また、譲受会社で働くことで新たな知見やノウハウを得られ、より成長できる可能性があると考えられます。
事業譲渡の話を従業員にすると、不安を感じさせるかもしれません。上記のメリットがあることを確実に伝え、安心して譲受会社で働いてもらえるよう配慮しましょう。
従業員にもたらされるデメリット
事業譲渡により従業員にもたらされる主なデメリットは、以下のとおりです。
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- 環境の違いでストレスを感じる可能性がある
事業譲渡の完了後は譲受会社の社員として働くことになるため、環境や風土の変化が従業員のストレスになる可能性があります。仕事の進め方や同僚、上司とのコミニュケーションがうまくいかないと、仕事に支障をきたす場合もあるでしょう。
従業員に不安やストレスを与えないよう、事業譲渡の話は早めに知らせておくとよいでしょう。
事業譲渡の成功事例3選
以下に事業譲渡の成約事例を紹介致します。
トレンダーズによるMimi Beautyの事業譲渡
2023年、トレンダーズ株式会社は、美容メディア「MimiTV」の事業を新設した子会社「Mimi Beauty株式会社」に譲渡しました。
この事業譲渡は、SNSを活用したデジタル美容コンテンツに特化するための戦略的な動きとして行われました。
MimiTVは、主に若年層向けに美容関連の情報をSNSを通じて配信しており、美容業界の最新トレンドや商品レビューを扱っています。トレンダーズはこの事業譲渡を通じて、Mimi Beautyをより独立したブランドとして強化し、美容業界での影響力を高めることを目指しています。
トレンダーズは、従来からSNSマーケティングやインフルエンサーマーケティングに強みを持っており、MimiTVを新たな独立事業として発展させることで、デジタルコンテンツ分野での多様化を進めています。
この譲渡後、Mimi Beautyは、SNSを利用したコンテンツの展開をさらに強化し、ブランド力を高めるとともに、新しい収益モデルを模索しています。
この事業譲渡により、トレンダーズは他のデジタル領域への事業拡大を計画しており、今後も新たなメディアやマーケティングサービスの開発を進めることが期待されています。
引用元:https://www.marr.jp/genre/topics/news/entry/54049
イオンによるいなげやの事業譲り受け
2023年、イオン株式会社は、スーパーマーケットチェーン「いなげや株式会社」の事業を譲り受けました。この事業譲渡は、イオンが首都圏におけるスーパーマーケット事業を強化し、地域でのプレゼンスを高めるために行われました。
いなげやは、主に東京都や埼玉県などの首都圏でスーパーマーケットを展開しており、地域密着型の営業を行っていましたが、イオンとの提携により、経営効率化や事業基盤の強化が進められています。
イオンは、いなげやの地域での知名度や顧客基盤を活用し、首都圏の競争が激化するスーパーマーケット業界でのシェアをさらに拡大しました。また、いなげやはイオンの強力な仕入れ力や物流ネットワークを活用することで、コスト削減とサービス向上を目指し、より効率的な運営が可能となりました。これにより、両社のシナジーが生まれ、特に商品ラインナップの強化や流通の最適化が進められています。
この事業譲渡によって、イオンは首都圏での店舗網を広げ、いなげやもイオンの支援を受けながら、地域での顧客サービスの向上に取り組むことが期待されています。
引用元:https://www.aeon.info/news/release_85679/
関西ぱどによる「ぱど」商標権の取得
2021年、情報誌「ぱど」の商標権は、「Success Holders」から「関西ぱど株式会社」に譲渡されました。この譲渡は、地域密着型の広告事業を強化するための戦略的な一環として行われ、関西ぱどは「ぱど」というブランドの知名度と信頼性を活用して事業を展開しています。
「ぱど」は、かつて全国各地で発行されていたフリーペーパーであり、特に地域住民向けに広告情報やローカルニュースを提供していました。長年にわたり、地域の中小企業や店舗に対して広告の掲載機会を提供し、地元経済の活性化に貢献してきました。
関西ぱどは、この商標権の取得によって、ブランド価値を維持しつつ、地域に根ざした広告サービスを展開しています。特に、地元企業や店舗向けの広告やプロモーションを行い、地域経済とのつながりを強化しています。関西ぱどは、既存の「ぱど」のブランド力を最大限に活かしながら、新しいメディアやデジタルサービスの展開にも取り組んでおり、時代に合わせた広告市場での競争力を高めています。
また、この商標権の取得により、関西ぱどは「ぱど」の名前を使用した新たなコンテンツやサービスを開発することで、事業価値の最大化を図っています。従来のフリーペーパーの枠を超え、デジタルメディアやオンライン広告、地域マーケティングにシフトすることで、地元企業により効果的な広告ソリューションを提供しています。
商標権の譲渡は、単なる所有権の移動にとどまらず、ブランドの再活性化と新たな成長戦略の一環として位置づけられています。
引用元:https://www.marr.jp/genre/topics/news/entry/28288
まとめ|メリットとデメリットを把握して後悔のない事業譲渡を
事業譲渡に関するメリット・デメリットやM&Aなどとの違い、成功事例について解説しました。事業譲渡のメリット・デメリットを改めて振り返りましょう。
◼️売り手のメリット・デメリット
メリット | デメリット |
・譲渡利益が入る ・コア事業に集中できる ・残したい資産を確保できる | ・譲渡益に法人税が課せられる ・負債が残る可能性がある ・譲渡会社は競業が禁止されている |
◼️買い手のメリット・デメリット
メリット | デメリット |
・会社の成長につながる ・節税効果が期待できる ・負債は引き継がなくてよい | ・消費税がかかる ・許認可申請の必要がある ・場合によっては株主総会の特別決議が必要になる |
事業譲渡は従業員の生活に大きな影響を与えます。新しい環境で成長できる可能性がある一方、体や心がストレスに侵される可能性があるため、転籍後は十分なケアが必要といえるでしょう。
事業譲渡を利用して、ぜひ自分の事業を後世に残してください。
【メタディスクリプション】
当記事は事業譲渡のメリットとデメリットを売り手・買い手別に解説しております。M&Aとの違いや、事業譲渡が与える従業員への影響、3つの成功事例も掲載しているのでぜひ参考にしてください。
▼監修者プロフィール

岩下 岳(S&G株式会社 代表取締役) S&G株式会社
新卒で日立Gr.に入社。同社の海外拠点立上げ業務等に従事。
その後、東証一部上場のM&A仲介業界最大手の日本M&Aセンターへ入社ディールマネージャーとして、複数社のM&A(株式譲渡・事業譲渡・業務提携等)支援に関与。IT、製造業、人材、小売、エンタメ、建設、飲食、ホテル、物流、不動産、サービス業、アパレル、産業廃棄物処分業等、様々な業界・業種でM&Aの支援実績を有する。現在はS&G代表として、M&Aアドバイザー、及び企業顧問に従事している。