事業譲渡の進め方:成功への手順とポイント

「どのような手順で事業譲渡を進めればよいのか」、「事業譲渡を成功させるためには何をする必要があるのか」、「事業譲渡に必要な手続きは何か」など、疑問に感じているのではないでしょうか。
本記事では、初めて事業譲渡を行う個人・法人に向けて、事業譲渡の進め方や成功への手順、ポイントについて解説します。
事業譲渡の進め方
事業譲渡の手順は以下のとおりです。
手順1 | 事業譲渡の準備 | 譲渡の動機と目的の明確化 譲渡可能性の検討と市場調査 法的および税務上のアドバイスの取得 |
手順2 | 譲渡計画の策定 | 譲渡のスコープと範囲の定義 評価と価格設定の方法 交渉戦略の立案 |
手順3 | 買い手の選定と交渉 | 買い手候補の特定と評価 交渉の開始と条件の合意 交渉における重要なポイントの抑え方 |
手順4 | 契約の締結 | 譲渡契約の作成と内容 契約交渉と合意の確定 法的手続きと契約締結 |
手順5 | 譲渡の実施 | 事業資産の引渡しと移行計画 従業員や顧客への説明と移行支援 組織変更の実施と資産移転手続きの完了 |
手順6 | 譲渡後のフォローアップ | 譲渡後の運営サポートと問題解決 買収者との関係の維持と業務連携 法的および税務上のアフターケアの確保 |
それぞれの手順について解説します。
事業譲渡の準備
事業譲渡では、始めに事業譲渡の準備を行います。事業譲渡の準備を進めるポイントは以下の3つです。
- 譲渡の動機と目的の明確化
- 譲渡可能性の検討と市場調査
- 法的および税務上のアドバイスの取得
それぞれのポイントについて解説します。
譲渡の動機と目的の明確化
事業譲渡の準備を進めるポイントの1つ目は、譲渡の動機と目的の明確化です。なぜ事業を譲渡するのか、事業を譲渡することで期待することは何かを明確にしておかなければ、事業を譲渡する企業をスムーズにみつけられなかったり、譲渡先企業との価格・条件交渉が上手くいかなかったりする恐れがあります。
事業の売り手側・買い手側の主な目的は以下のとおりです。
事業の売り手側の目的 | 事業の買い手側の目的 |
経営資源を集中させたい 資金繰りを改善したい 廃業に向けて事業を整理したい 事業を継承したい | 事業規模を拡大したい 販路を拡大したい 優秀な人材を確保したい 新技術を確保したい |
自社の目的と買い手側の目的をマッチさせることで、事業譲渡を成功させやすくなるでしょう。
譲渡可能性の検討と市場調査
事業譲渡の準備を進めるポイントの2つ目は、譲渡可能性の検討と市場調査です。事業を譲渡したいと考えていても、買い手がいなければ譲渡は成立しません。
また、事業を譲渡することで得られる資金は、事業の市場価格によって左右されます。自社の事業に興味を持つ企業はあるのか、どのくらい評価されるのかを調査しておきましょう。
法的および税務上のアドバイスの取得
事業譲渡の準備を進めるポイントの3つ目は、法的および税務上のアドバイスの取得です。事業譲渡の手続きには法的な専門知識と複雑な税務処理が必要なため、自社スタッフだけ事業を譲渡しようとすると、法的なトラブルが発生したり、間違った税務処理をしたりする恐れがあります。
事業譲渡を開始する段階で、外部から法的および税務上のアドバイスを取得しておきましょう。
譲渡計画の策定
事業譲渡の準備が出来たら、次に譲渡計画の策定を行います。
譲渡計画の策定を進めるポイントは以下の3つです。
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- 譲渡のスコープと範囲の定義
- 評価と価格設定の方法
- 交渉戦略の立案
それぞれのポイントについて解説します。
譲渡のスコープと範囲の定義
譲渡計画の策定を進めるポイントの1つ目は、譲渡のスコープと範囲の定義です。事業譲渡には、すべての事業を譲渡するケースと、事業の一部だけを譲渡するケースがあります。
事業の一部だけを譲渡する場合でも、不採算の事業を譲渡して事業全体をスリム化するのか、業績のよい事業を譲渡して本業を立て直すのかといったように、譲渡する事業の範囲を定義しておくことが重要です。
評価と価格設定の方法
譲渡計画の策定を進めるポイントの2つ目は、評価と価格設定の方法です。譲渡する事業の経営状態や所有する資産、抱えている課題、市場の動向などから、事業が市場からどのくらい評価されるのかを想定し、売却価格を設定します。
会社をなるべく高く売る方法とは?注意点や価格の算出方法などを解説
交渉戦略の立案
譲渡計画の策定を進めるポイントの3つ目は、交渉戦略の立案です。事業譲渡では、事業を譲渡する相手を自社で探すのか、交渉を自社で直接行うのかなど、買い手との交渉戦略を決める必要があります。
事業譲渡を取引先や従業員に知られたくない場合は、M&Aアドバイザなどの専門家に依頼しましょう
買い手の選定と交渉
譲渡計画の策定ができたら、次に買い手の選定と交渉を行います。
買い手の選定と交渉を進めるポイントは以下の3つです
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- 買い手候補の特定と評価
- 交渉の開始と条件の合意
- 交渉における重要なポイントの抑え方
それぞれのポイントについて解説します。
買い手候補の特定と評価
買い手の選定と交渉を進めるポイントの1つ目は、買い手候補の特定と評価です。事業を譲渡するためには、候補となる買い手を選定し、買い手に十分な資金力があるのか、自社の事業を高く評価するのかを見極める必要があります。
交渉の開始と条件の合意
買い手の選定と交渉を進めるポイントの2つ目は、交渉の開始と条件の合意です。事業を譲渡する買い手を選定したら、買い手との交渉を開始し、譲渡する際の条件を話し合います。自社から買い手へ条件を提示するだけでなく、買い手側から意向表明書が提出されることもあります。
また、事業譲渡先から競業避止義務を提示される場合があります。競業避止義務とは、事業を譲渡する側が、譲渡する事業と競業する事業を行わない義務です。
事業を譲渡した会社(以下この章において「譲渡会社」という。)は、当事者の別段の意思表示がない限り、同一の市町村(特別区を含むものとし、地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)第二百五十二条の十九第一項の指定都市にあっては、区又は総合区。以下この項において同じ。)の区域内及びこれに隣接する市町村の区域内においては、その事業を譲渡した日から二十年間は、同一の事業を行ってはならない。 引用元:会社法第二十一条 |
事業譲渡契約書に特約を設けることで、事業を譲渡した日から三十年の期間内に限り、競業避止義務の期間を延長したり、短縮したりすることが可能です。特約により競業避止義務自体を排除することも可能ですが、不正な競争の目的をもって同一の事業を行うことは禁止されています。
交渉における重要なポイントの抑え方
買い手の選定と交渉を進めるポイントの3つ目は、交渉における重要なポイントの抑え方です。
交渉を有利に進めるためには、以下の点を意識する必要があります。
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- Win-Winを目指す
- 買い手と信頼関係を築く
- 代替案を用意しておく
- 買い手側の心理状態を読み取る
- 妥協できる基準を設定しておく
自社にとって都合の良い条件ばかりを買い手側に提示しても、買い手側が合意するとは限りません。売り手側と買い手側の双方が納得できる内容の条件提示を心がけ、代替案・妥協案も用意した上で交渉成立を目指しましょう。
契約の締結
買い手の選定と交渉が出来たら、次に契約の締結を行います。
契約の締結を進めるポイントは以下の3つです
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- 譲渡契約の作成と内容
- 契約交渉と合意の確定
- 法的手続きと契約締結
それぞれのポイントについて解説します。
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譲渡契約の作成と内容
契約の締結を進めるポイントの1つ目は、譲渡契約の作成と内容です。
事業譲渡契約で作成する書類は以下のとおりです。
意向表明書 | 買い手側の条件やスケジュール、案件の興味度合いなどを記載する |
基本合意書 | 売り手側と買い手側の交渉で合意した内容をまとめた書類 |
事業譲渡契約書 | 事業譲渡契約を締結する際に作成する |
臨時報告書 | 有価証券報告書の提出義務がある企業が一定の要件を満たす場合、財務局に臨時報告書を提出することが義務付けられている |
契約交渉と合意の確定
契約の締結を進めるポイントの2つ目は、契約交渉と合意の確定です。事業譲渡の交渉では、買い手側から意向表明書が提示されるケースもあります。
交渉の結果買い手側との合意が確定したら、交渉で合意した内容をまとめた基本合意書を作成します。
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法的手続きと契約締結
契約の締結を進めるポイントの3つ目は、法的手続きと契約締結です。事業譲渡契約書を作成・提出し、買い手側からの承認が得られれば、事業譲渡契約が成立します。
事業譲渡契約書に記載する主な内容は以下のとおりです。
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- 契約者
- 目的
- 譲渡日
- 対価
- 支払い方法
- 表明保証
- 賠償・補償
- 契約解除
- 秘密保持
- 競業避止義務
- 役員・従業員の取り扱い
- 費用負担・準拠法・裁判管轄などの一般条項
記載する内容は会社法で定められているわけではありませんが、記載した内容には法的拘束力があるので注意が必要です。
譲渡の実施
契約の締結ができたら、次に譲渡の実施を行います。
譲渡の実施を進めるポイントは以下の3つです
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- 事業資産の引渡しと移行計画
- 従業員や顧客への説明と移行支援
- 組織変更の実施と資産移転手続きの完了
それぞれのポイントについて解説します。
事業資産の引渡しと移行計画
譲渡の実施を進めるポイントの1つ目は、事業資産の引渡しと移行計画です。
事業譲渡によって移転する主な資産は以下のとおりです。
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- 債務
- 売掛金
- 買掛金
- 雇用契約
- 不動産契約
- 地位
- 許認可
- 取引先契約
事業資産をどのように引き渡すのか、いつ引き渡すのかを計画します。
従業員や顧客への説明と移行支援
譲渡の実施を進めるポイントの2つ目は、従業員や顧客への説明と移行支援です。事業譲渡したことを従業員や顧客へ説明し、事業譲渡によって直接影響を受ける従業員や顧客に対しては、移行支援を実施します。
事業を譲渡する企業に取締役会が設置されており、事業譲渡が「重要な財産の処分や重要な財産の譲受」に該当する場合、会社法362条4項に基づき、取締役会の決議が必要です。
ただし、譲渡する事業が「重要な財産の処分や重要な財産の譲受」に該当しない場合には、代表取締役の判断だけで事業を譲渡することが可能です。
また、事業のすべてを譲渡する場合、もしくは譲渡する事業が純総資産の5分の1を超える場合には、株主総会の特別決議を得る必要があります。譲渡する事業が純総資産の5分の1を超えない場合は簡易事業譲渡となるため、株主総会の特別決議は不要です。
また、事業譲渡は株主の利益に大きな影響を及ぼすため、事業譲渡に反対の株主は株式の買取を請求する権利があります。反対する株主が買取を請求できるのは、株主総会で決議に反対する旨を書面で会社に通知した場合です。事業譲渡に反対の株主から株式の買取を請求された場合、公正な価格で株式を買い取る必要があります。
組織変更の実施と資産移転手続きの完了
譲渡の実施を進めるポイントの3つ目は、組織の編成の実施と資産移転手続きの完了です。組織の編成の実施では、事業譲渡によって変化した組織に合わせて組織図を作成します。資産移転手続きでは、事業譲渡に伴う財産や債務、権利などを買い手側に移行させる名義変更手続きを行います。
たとえば、事業譲渡に伴い商号を変更する場合には商業登記申請が、不動産を譲渡する場合には不動産登記申請が必要です。
譲渡後のフォローアップ
譲渡の実施が出来たら、最後に譲渡後のフォローアップを行います。
譲渡後のフォローアップを進めるポイントは以下の3つです
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- 譲渡後の運営サポートと問題解決
- 買収者との関係の維持と業務連携
- 法的および税務上のアフターケアの確保
それぞれのポイントについて解説します。
譲渡後の運営サポートと問題解決
譲渡後のフォローアップを進めるポイントの1つ目は、譲渡後の運営サポートと問題解決です。通常の事業譲渡であれば、事業を譲渡する買い手と関わりを持つことはなく、譲渡後のフォローアップは必要ありません。
一方、事業承継として事業譲渡を行う場合や、事業を譲渡する買い手と事業に関して関わりを持つ場合には、譲渡後の運営サポートと問題解決を行います。
買収者との関係の維持と業務連携
譲渡後のフォローアップを進めるポイントの2つ目は、買収者との関係の維持と業務連携です。通常の事業譲渡であれば、事業の譲渡先との関係を維持したり、業務提携を行ったりする必要はありません。
一方、事業に関する権利や資産を譲渡したうえで、事業の譲渡先と業務提携を行い、事業に関する実務を引き受けるケースもあります。
法的および税務上のアフターケアの確保
譲渡後のフォローアップを進めるポイントの3つ目は、法的および税務上のアフターケアの確保です。事業譲渡後の法的および税務上の手続きは買い手が行うため、事業を譲渡した側がアフターケアを行う必要はありません。
一方、事業譲渡により従業員を解雇する場合は、解雇する従業員から個別に同意を得る必要があります。
また、雇用手続きについては買い手側で行いますが、従業員の労働環境を維持するために、最低限のアフターケアは必要です。
まとめ
今回は、初めて事業譲渡を行う個人・法人に向けて、事業譲渡の進め方や成功への手順、ポイントについて解説しました。事業譲渡を進めるには、買い手の選定から交渉、基本合意書・事業譲渡契約書の作成、株主への通知、株主総会開催など、さまざまな手続きが必要です。
事業譲渡の進め方に不安を感じる場合は、事業譲渡に精通した税理士やM&Aアドバイザ―に相談しましょう。
▼監修者プロフィール

岩下 岳(S&G株式会社 代表取締役) S&G株式会社
新卒で日立Gr.に入社。同社の海外拠点立上げ業務等に従事。
その後、東証一部上場のM&A仲介業界最大手の日本M&Aセンターへ入社ディールマネージャーとして、複数社のM&A(株式譲渡・事業譲渡・業務提携等)支援に関与。IT、製造業、人材、小売、エンタメ、建設、飲食、ホテル、物流、不動産、サービス業、アパレル、産業廃棄物処分業等、様々な業界・業種でM&Aの支援実績を有する。現在はS&G代表として、M&Aアドバイザー、及び企業顧問に従事している。