合併時に役員への退職金はどうなるのか?手続きの方法と注意点を解説

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「合併時に役員に退職金を支払えるのか」、「どうやって会社合併時に役員へ役員退職金を支給するのか」「合併時に役員に退職金を支払う場合にはどのような点に注意すればよいのか」など、疑問に感じているのではないでしょうか。

本記事では、会社合併時に役員へ役員退職金を支給することを検討している法人に向けて、会社合併時における役員退職金支給の概要から、退職金の支給対象者、退職金支給の手続き、合併時に役員に退職金を支払う場合の注意点、役員退職金の計算方法について解説します。

目次

合併時に役員に退職金を支払うことはできる

会社合併時に役員へ役員退職金を支払えるのは、以下の要件を満たしている場合のみです。

    • 役員が退職もしくは退任している
    • 役員退職金について定款に定めている
    • 役員への役員退職金の支給について、株主総会の決議で承認を得ている

会社が合併した際に消滅会社に在籍していた役員が退職する場合は退職金を支払えますが、存続会社で役員として勤務する場合についても、その役員へ役員退職金を支給することは可能です。

また、分掌変更により事実上役員を退職したケースや、会社清算に伴う清算人に選定されたケースについては、役員が退職していない場合でも、役員退職金を支払えます。

一方、退職金制度について就業規則で定めているだけの場合は、従業員へ退職金を支給することはできるものの、役員への退職金支給はできません。退職した役員へ役員退職金を支給するには、役員退職金について定款に定めているか、役員への役員退職金の支給について株主総会の決議で承認を得る必要があります。

退職金の支給対象者

退職金、および役員退職金の支給対象者となるのは会社を退職した従業員、および役員です。原則として、従業員や役員が退職していない場合は退職金、および役員退職金を支給できません。

ただし、以下に該当する役員については、退職していない場合にも役員退職金を支給できます。

    • 分掌変更により事実上役員を退職したケース
    • 会社清算に伴う清算人に選定されたケース
    • 存続会社で役員として勤務するケース

消滅会社で役員として勤務していて、存続会社で一般社員として勤務する場合は実質的に役員を退職したとみなされるため、役員退職金を支給することが可能です。ただし、存続会社で役員として勤務する場合については、役員退職金を支給できません。

また、消滅会社の役員が消滅会社の清算人に選定された場合は、会社清算が完了するまで退職はしないものの、株主会議での決議をもって退職したとみなし、役員退職金を支給することが可能です。

存続会社で役員として勤務する場合についても、その役員へ役員退職金を支給することは可能です。会社合併では従業員の雇用が存続会社へそのまま継承されるため、本来であれば合併に伴って従業員は退職したことにはならず、退職金を支給できないと解釈できます。

しかし、国税庁の判断においては、打切支給の退職手当等として退職金を支給することが可能としています。

参考資料:合併に伴い被合併法人の従業員に支給する一時金

退職金支給の手続

会社合併時に役員へ役員退職金を支給する手続きは以下のとおりです。

    • 消滅会社で決議し、消滅会社で支給する方法
    • 消滅会社で決議し、存続会社で支給する方法
    • 存続会社で決議し、存続会社で支給する方法

それぞれの手続きについて解説します。

消滅会社で支給する方法

会社合併時に役員へ役員退職金を支給する手続きは、消滅会社で支給する方法があります。会社合併の効力が発生する日の前までに、消滅会社の株主総会で役員への役員退職金支給を決議し、承認を得ることで、消滅会社で役員へ役員退職金を支給できます。

消滅会社で決議し、存続会社で支給する方法

会社合併時に役員へ役員退職金を支給する手続きのもうひとつは、消滅会社で決議し、存続会社で支給する方法です。会社合併の効力が発生する日の前までに、消滅会社の株主総会で役員への役員退職金支給を決議し、承認を得ることで、存続会社で役員へ役員退職金を支給できます。

存続会社で役員へ役員退職金を支給できるのは、会社を合併することで、「役員へ役員退職金を支給する」という債務が消滅会社から存続会社へ引き継がれるためです。

存続会社で決議し、存続会社で支給する方法

存続会社で決議し、存続会社で支給する方法もあります。会社合併の効力が発生する日のあとに、存続会社の株主総会で役員への役員退職金支給を決議し、承認を得ることで、存続会社で役員へ役員退職金を支給できます。

退職金の支給に、吸収合併契約での定めは必要無い

原則として、退職する役員への役員退職金の支給について吸収合併契約で定める必要はありません。しかし、会社合併に伴い役員へ役員退職金を支給すると消滅会社の資産が減少するため、吸収合併の判断をするもとにした資産情報と差異が生じることになります。

会社合併までに会社の資産が変動する要素は、役員退職金だけではありません。しかし、役員退職金は高額になるケースも多いため、退職する役員への役員退職金の支給についても吸収合併契約に規定しておくことをおすすめします。

退職金の支給議案は、吸収合併契約の承認と別議案にする必要がある

退職する役員への役員退職金の支給について吸収合併契約に規定した場合も、退職金の支給に関する株主総会の決議は、吸収合併契約の承認とは別の決議する必要があります。

退職する役員への役員退職金の支給を前提条件として、吸収合併契約が株主総会の決議で承認されたとしても、その決議はあくまでも吸収合併契約を承認するかであり、退職する役員への役員退職金の支給自体は別に決議する必要があるためです。

消滅会社で決議し、消滅会社で支給する場合、もしくは消滅会社で決議して存続会社で支給する場合は、消滅会社で退職する役員への役員退職金の支給を決議し、存続会社で決議し、存続会社で支給する場合は、存続会社で退職する役員への役員退職金の支給を決議します。

合併時に役員に退職金を支払場合の注意点

合併時に役員に退職金を支払う場合の注意点は、以下の2つです。

    • 支払いタイミングとプロセス
    • 税務上の考慮事項と会計処理

支払いタイミングとプロセス

合併時に役員へ役員退職金を支払う場合の注意点は、役員に退職金を支払うタイミングと、役員へ役員退職金を支給するプロセスです。

前述したように、合併時に役員に退職金を支払うタイミングには、以下の2つがあります。

    1. 会社合併の効力が発生する日の前までに消滅会社で役員へ役員退職金を支給する
    2. 会社合併の効力が発生する日の後に存続会社で役員へ役員退職金を支給

上記1の場合には、会社合併の効力が発生する日の前までに消滅会社での株主総会で役員への役員退職金支給を決議し、承認を得る必要があります。

一方、上記2のケースでは、会社合併の効力が発生する日の前までに消滅会社での株主総会で役員への役員退職金支給を決議し、承認を得る方法と、会社合併の効力が発生する日のあとに存続会社の株主総会で役員への役員退職金支給を決議し、承認を得る方法があります。

役員へ役員退職金を支給するのは存続会社ではあるものの、消滅会社側で役員への役員退職金支給を決議し、承認を得るケースがある点に注意しましょう。

役員へ役員退職金を支給するプロセスは以下の2つです。

    1. 会社合併の効力が発生する日の前までに消滅会社の株主総会で役員への役員退職金支給を決議し、承認を得る
    2. 会社合併の効力が発生する日のあとに存続会社の株主総会で役員への役員退職金支給を決議し、承認を得る

上記2のケースでは、株主総会の決議と役員への役員退職金支給は存続会社で行われるため、消滅会社で役員への役員退職金支給を決議する必要はありません。

一方、上記1のケースでは、消滅会社で役員へ役員退職金を支給するケースと、存続会社で役員へ役員退職金を支給するケースがあります。

役員へ役員退職金を支給するプロセスにより、どちらの会社で役員退職金を支給するかが異なる点を注意しましょう。

税務上の考慮事項と会計処理

税務上の考慮事項と会計処理にも注意が必要です。役員へ支給する役員退職金は損金として計上できますが、税務上妥当とはいえないような高額な役員退職金を役員へ支給した場合は、税務調査で役員退職金の損金計上が否認される恐れがあります。

一般的に、役員退職金の計算では功績倍率法が利用されています。

功績倍率法による役員退職金の計算式は以下のとおりです。

役員退職金(役員退職慰労金) = 退職時の月額報酬 × 勤続年数 × 功績倍率

上記計算式における功績倍率は企業が自由に設定するものであり、法的に定められているわけではありません。つまり、ほかの企業と比べて著しく高い功績倍率を設定している企業の場合は、役員退職金が税務上妥当とはいえないような高額になってしまうことです。

税務調査を受けた場合に役員退職金が税務上妥当とはいえないような高額だとみなされた場合は、1年あたり平均法で役員退職金の再計算が行われ、差額に対する法人税が発生する恐れがあります。

役員退職金の計算方法

役員退職金の計算方法は以下の2つです。

    • 功績倍率法
    • 1年あたり平均法

一般的には、功績倍率法を採用するケースが多いようです。

基本的な計算式と考慮すべき要素

功績倍率法による役員退職金の計算式は、以下のとおりです。

役員退職金(役員退職慰労金) = 退職時の月額報酬 × 勤続年数 × 功績倍率

役員の功績倍率の目安は以下のとおりです。

代表取締役3.0
専務取締役2.4
常務取締役2.2
取締役1.8
監査役1.6

功績倍率は企業が自由に設定するものであり、法的に定められているわけではありません。

昭和55年の東京地裁判決を元に規定するケースが多いようです。

役員退職金の1つの考え方として功績倍率というものがあり、退職金計算で上記計算を用いたとき、功績倍率2倍から3倍程度までが不当に高額ではない範囲という考え方になります。しかし、あくまで1つの考え方となるため、必ずしもこれで安全というわけではありません。

たとえば、在任期間において最後の月だけ給与をあげるなど、計算式にあてはまる場合であっても高額と判断される可能性はあります。

1年あたり平均法功績倍率法による役員退職金の計算式は、以下のとおりです。

役員退職金(役員退職慰労金) = 1年当たり退職金 × 勤続年数

1年当たり退職金とは、自社と類似した企業における役員退職金の1年当たりの平均額です。

前述した功績倍率法で算出した役員退職金(役員退職慰労金)が不当に高額だった場合など、特殊な事情がある場合に採用されます。

合併前後の企業における計算の違い

役員退職金は法的に定義されていないため、どのような計算式を用いて算出するかは企業の自由です。消滅会社と存続会社で利用する計算方法や功績倍率が異なるケースもあるため、どちらの会社で役員退職金を受けとるかにより、役員が受け取る役員退職金の金額が異なる可能性があります。

異なる合併形態(吸収合併、新設合併)における退職金の扱い

吸収合併や新設合併の場合、雇用契約や労働条件、退職金制度などはそのまま消滅会社から存続会社へ包括的に受け継がれます。どちらの合併形態であっても複数の退職金制度が存在するため、一定期間経過後に退職金制度を統一するケースが一般的です。ただし、退職金制度の変更には従業員の合意が必要であり、会社側が一方的に変更はできません。

合併時、一般社員への退職金については同意が必要

前述したように、会社が合併した後に存続会社で退職金制度の内容を変更する場合は、一般社員からの同意が必要です。原則として、会社が合併する際には、雇用契約や退職金制度についてはそのまま消滅会社から包括的に存続会社へ引き継がれます。

しかし、会社が合併した後には消滅会社の退職金制度と存続会社の退職金制度が重複して存在することになるため、退職金制度を見直すケースが一般的です。

退職金制度を見直す場合は、一般社員からの同意を得たうえで、同意書に署名捺印をしてもらう必要があります。退職金制度の見直しについて一般社員からの同意を得ることなく、消滅会社の退職金制度よりも著しく低い基準で退職金を支給した場合は、従業員側から訴訟提起を受ける恐れがあります。

まとめ

今回は、会社合併時における役員退職金支給の概要から、退職金の支給対象者、退職金支給の手続き、合併時に役員に退職金を支払う場合の注意点、役員退職金の計算方法について解説しました。

会社合併で消滅会社の役員が退職する場合だけでなく、存続会社でも役員として勤務する場合であっても、役員へ役員退職金を支給できます。

役員退職金の支給には株主総会の決議が必要ですが、役員に退職金を支払うタイミングや役員へ役員退職金を支給するプロセスにより、どちらの会社で決議するのか、役員退職金を支給するのかが異なります。

▼監修者プロフィール

岩下 岳

岩下 岳(S&G株式会社 代表取締役) S&G株式会社

新卒で日立Gr.に入社。同社の海外拠点立上げ業務等に従事。
その後、東証一部上場のM&A仲介業界最大手の日本M&Aセンターへ入社ディールマネージャーとして、複数社のM&A(株式譲渡・事業譲渡・業務提携等)支援に関与。IT、製造業、人材、小売、エンタメ、建設、飲食、ホテル、物流、不動産、サービス業、アパレル、産業廃棄物処分業等、様々な業界・業種でM&Aの支援実績を有する。現在はS&G代表として、M&Aアドバイザー、及び企業顧問に従事している。