中小企業の後継者問題の現状は?原因と解決策を解説
中小企業の経営者の多くが直面する「後継者問題」。
事業の将来性はあるものの、跡取りがいないために、廃業の危機に瀕する企業は少なくありません。
今回の記事では、深刻化する中小企業の後継者問題について、
- 後継者問題の現状と原因
- 具体的な解決策
- 注目のM&Aによる事業承継
など、役立つ情報をわかりやすく解説します。
中小企業の後継者問題とは?
中小企業の後継者問題とは、後継者不足を理由に廃業する企業が増えている社会的な課題のことです。
少子高齢化や価値観の多様化などを背景に、親族内での事業承継が年々難しくなっています。経営者の高齢化と共に、後継者問題は中小企業の大きな課題です。中小企業庁の調査によると、廃業予定企業の3割が「適当な後継者がいない」ことを廃業の理由に挙げています。
後継者問題の深刻化は、中小企業の廃業を招き、地域経済や雇用、そして日本経済全体に大きな影響を与えかねません。早めに準備を始め、M&Aや外部招聘など多様な選択肢を検討すれば、問題の解決につながります。中小企業の経営者は、後継者問題にしっかりと向き合い、対策を講じましょう。
中小企業の後継者問題の現状
中小企業の後継者問題は、年々深刻化しています。
- 全体的に後継者不在率は改善傾向にあるものの、依然として高い水準にある
- 若い年代の経営者でも、後継者問題は無視できない
- 地域によって、後継者不在率に大きな差がある
- 業種別では、自転車小売業者や医療業で後継者不在率が特に高い
- 近年は親族内承継から、第三者承継へのシフトが進む
後継者問題の現状について、データを交えながら詳しく解説します。
後継者問題による廃業の増加、2025年問題とは?
帝国データバンクの全国「後継者不在率」動向調査によると、2023年の後継者不在率は53.9%と過去最低を更新しました。2011年の65.9%から徐々に改善傾向にあるものの、依然として中小企業の半数以上が、後継者問題を抱えている状況です。
2025年問題も、後継者問題を深刻化させる一因です。2025年問題とは、団塊の世代が75歳以上となり、超高齢化社会に突入することで生じる様々な社会的課題のことを指します。
2025年には経営者が70歳以上の企業が約245万社に達し、そのうち約127万社が後継者不在による廃業・倒産の危機となると予測されています。仮に127万社が廃業となった場合、約650万人の雇用が失われ、約22兆円ものGDPが消失します。
政府は、事業承継税制による相続税・贈与税の優遇措置や、第三者承継支援などの施策を推進しています。2025年問題を見据えると、後継者問題はより一層の対策が求められる、重要な課題といえるでしょう。
年代別の後継者問題
<年代別 後継者不在率>
年代別 | 2018 | 2019 | 2020 | 2021 | 2022 | 2023年 | 22年比 |
30代未満 | 94.1 | 91.9 | 92.7 | 91.2 | 89.3 | 85.3 | ▲4.0pt |
30代 | 92.7 | 91.2 | 91.1 | 89.1 | 86.3 | 82.9 | ▲3.4pt |
40代 | 88.2 | 85.8 | 84.5 | 83.2 | 79.3 | 75.1 | ▲4.2pt |
50代 | 74.8 | 71.6 | 69.4 | 70.2 | 65.7 | 60.0 | ▲5.7pt |
60代 | 52.3 | 49.5 | 48.2 | 47.4 | 42.6 | 37.7 | ▲4.9pt |
70代 | 42.0 | 39.9 | 38.6 | 37.0 | 33.1 | 29.8 | ▲3.3pt |
80代以上 | 33.2 | 31.8 | 31.8 | 29.4 | 26.7 | 23.4 | ▲3.3pt |
全国平均 | 66.4 | 65.2 | 65.1 | 61.5 | 57.2 | 53.9 | ▲3.3pt |
帝国データバンクの全国「後継者不在率」動向調査によると、2023年の後継者不在率は、全ての年代で過去最低を更新しました。80代以上の経営者で後継者が決まっていない企業は23.4%と、5社に1社以上の割合で後継者不在の状況にあります。
70代の経営者では、後継者不在率は29.8%と高い水準にあり、60代でも37.7%と深刻な状況が続きます。50代以下の経営者は、後継者不在率が減少傾向にあるものの、30代未満でも4.0pt、30代で3.4ptの減少にとどまり、若い経営者の間でも後継者問題は無視できない状況です。
全ての年代で後継者不在率が改善傾向にあるとはいえ、依然として深刻な水準となっています。70代以上の経営者においては、早急な対策が求められる状況といえるでしょう。各企業は、経営者の年代を考慮しながら、計画的に後継者の選定や育成に取り組んでいく必要があります。
都道府県別の後継者問題
<都道府県別 後継者不在率>
都道府県別 | 2023年 | 2022年 | |
1 | 鳥取県 | 71.5 | 71.5 |
2 | 秋田県 | 70.0 | 69.9 |
3 | 島根県 | 69.2 | 75.1 |
4 | 北海道 | 66.5 | 68.1 |
5 | 沖縄県 | 66.4 | 67.7 |
43 | 鹿児島県 | 43.8 | 46.4 |
44 | 佐賀県 | 43.1 | 46.8 |
45 | 和歌山県 | 43.0 | 46.2 |
46 | 茨城県 | 42.1 | 42.7 |
47 | 三重県 | 30.2 | 29.4 |
都道府県別の後継者不在率を見ると、地域によって大きな差があります。2023年の調査では、後継者不在率が最も高いのは鳥取県で71.5%、秋田県が70.0%、島根県が69.2%と続きます。
一方、後継者不在率が最も低いのは、三重県で30.2%、茨城県が42.1%、栃木県が43.0%です。
鳥取県と三重県を比較すると、その差は41.3ptにも及びます。鳥取県では、全国平均を大きく上回る深刻な後継者不足の状況が続いている一方で、三重県では比較的スムーズに事業承継が進んでいるといえます。
地域によって、産業構造や経済状況、文化的背景などは異なるものの、各都道府県の実情に合わせて後継者対策が求められています。
産業・業種別の後継者問題
<産業・業種別 後継者不在率>
産業・業種別 | 2023年 | 2022年 | |
1 | 自動車・自転車小売 | 66.4 | 66.7 |
2 | 医療業(医院・診療所等) | 65.3 | 68.0 |
3 | 職別工事業 | 64.6 | 67.1 |
4 | 専門サービス | 63.4 | 68.1 |
5 | 郵便・電気通信 | 61.9 | 65.3 |
45 | 飲食料品製造 | 43.4 | 47.2 |
46 | 窯業・土木製品製造 | 42.1 | 46.6 |
47 | パルプ・紙製品製造 | 39.0 | 44.8 |
48 | 金融・保険 | 38.0 | 41.3 |
49 | 化学工業・石油製品等製造 | 37.6 | 43.3 |
後継者不在率が高い産業・業種は、自動車・自転車小売や医療業など、個人経営や小規模事業者の割合が高い分野です。一方、製造業や化学工業など大企業の割合が高い分野では、後継者不在率が相対的に低くなっています。
企業規模や事業の特性によって、後継者問題の深刻さに違いがあります。小規模事業者の事業承継支援や、大企業の強みを生かした製造業の活性化など、業種に応じた柔軟な対策が求められるでしょう。
後継者問題における事業承継動向
<就任経緯別 推移>
2023年 | 2022年 | |
内部昇格 | 35.5 | 33.3 |
同族承継 | 33.1 | 37.6 |
M&Aほか | 20.3 | 18.6 |
外部招聘 | 7.2 | 7.1 |
創業者 | 3.9 | 3.4 |
近年、後継者問題を抱える中小企業の事業承継方法に、変化が起きています。2022年までは「同族承継」が最も一般的な方法でしたが、2023年には「内部昇格」が35.5%となり、初めて同族承継を上回りました。
同族承継の割合が4.5pt減少する一方で、内部昇格は2.2pt増加しています。また、M&Aによる第三者承継も2022年の18.6%から2023年には20.3%と、1.7ptの増加を見せています。
少子高齢化や価値観の多様化により、従来の同族承継を止めて、幅広い選択肢から最適な事業承継方法を選ぶ企業が増えているといえるでしょう。特に、M&Aによる第三者承継の増加は、後継者問題解決の新たな手段として注目されています。
各企業は、自社の状況を見極めながら、事業承継方法を検討する必要があります。同族承継にこだわらず、内部昇格やM&Aなど、多様な選択肢を視野に入れることが、後継者問題解決の鍵となります。
中小企業の後継者問題が起こる原因
中小企業の後継者問題が起こる背景には、少子高齢化による後継者不足や親族内承継の減少、従業員承継の難しさなど、さまざまな要因が複雑に絡み合います。
さらに、経営者の高齢化が進む一方で、後継者育成の遅れや対策不足、経営・事業の将来性への不安なども、後継者問題に拍車をかけているといえるでしょう。
次に、中小企業の後継者問題が起こる原因について、詳しく解説します。
少子高齢化の影響と承継者不足
少子高齢化の影響で、中小企業の後継者問題はより深刻さを増しています。2023年の出生数は過去最少を記録し、少子化には歯止めがかかりません。経営者の高齢化が進む一方で、後継ぎとなる子どもがいない、あるいは少ないケースが増えており、事業を承継できる若年層自体のボリュームが減少しています。
今まで中小企業の事業承継の中心であった親族内承継も、少子高齢化や価値観の変化によって減少傾向です。家業を継ぐことよりも自分の興味や適性に合った仕事を選ぶ傾向が強まっていることも、原因の1つです。
親族内承継の減少
親族内承継では、相続税や贈与税の負担、親族間の紛争リスクなどの課題があります。経営者自身が子どもに事業を引き継ぐことに、積極的でないケースも増えています。
親族内承継の減少は、中小企業の後継者問題を深刻化させる要因の1つです。今後は親族外への承継やM&A など、多様な選択肢を視野に入れて、事業承継を進めることが求められています。
従業員承継ができない
親族内承継が難しい場合、従業員への事業承継も選択肢の1つです。ただし、従業員承継にも多くの課題があります。
まず、従業員に経営者としての適性やリーダーシップがあるとは限りません。優秀な従業員であっても、経営のノウハウや資質が不足している場合、事業の継続と発展は難しいでしょう。
また、事業承継には株式の譲渡が必要ですが、従業員が自社株を取得するための資金調達は簡単ではありません。銀行からの融資や個人保証などのリスクを従業員が負担することは、大きな障壁となります。
さらに、オーナー企業特有の人間関係や企業文化が、従業員承継の妨げになることもあります。
後継者不足への対策遅れ
後継者不足への対策遅れは、中小企業の事業承継問題の一因です。事業承継は、後継者の選定、教育、経営資源の引き継ぎなど多岐にわたるプロセスです。事業承継には、ある程度の期間が必要となります。
事業承継の準備には、3年以上の時間がかかるといわれています。上のグラフにある通り、1万1,170社において「3~5年程度」が26.9%「6~9年程度」が13.8%「10年以上」が11.2%となっており、約半数の企業が3年以上の時間をかけているのです。後継者に移行する際は、早期から計画的な準備が求められます。
経営・事業の将来性への不安
最近では、デジタルトランスフォーメーション(DX)の流れが加速し、ビジネス環境は大きく変化しています。多くの中小企業では、新しいビジネスモデルへの対応が遅れており、将来の事業継続に不安があるのが現状です。
急速な技術革新や市場の変化に適応できない企業は、競争力を失い、業績悪化のリスクにさらされます。こうした状況下で、経営者は事業の先行きに不安を感じ、後継者の育成や承継準備に十分な時間と資源を割くことが難しくなっています。
将来の事業継続に自信が持てない経営者の中には、自分の代で事業を終わらせようと考える人も少なくありません。
資金調達ができない
事業を引き継ぐ際には、株式の取得や相続税の支払いなど、多額の資金が必要です。しかし、中小企業は担保力が乏しく、金融機関からの融資は非常に困難です。経営者の個人保証を外すことも難しく、後継者が多額の債務を抱えてしまうリスクがあります。
資金調達の問題から、せっかく後継者が見つかっても、事業承継が実現しないことがあります。事業承継のためには、資金調達の支援策を広げることは重要といえるでしょう。
買い手が見つからない
後継者不在の中小企業にとって、M&Aによる第三者承継は有力な選択肢の1つです。しかし、実際には買い手が見つからないケースが多く、M&Aは簡単には実現しません。
買い手が見つからない主な理由としては、中小企業の経営状態や将来性に対する不安があります。業績不振や債務超過に陥っている企業や、事業の先行きが不透明な企業は、なかなか買い手は見つからないでしょう。
中小企業の事業は、オーナー経営者の個人的な人脈や技術に依存していることがほとんどです。経営者の退任後も事業を継続できるかどうかが懸念点として残ります。
さらに、買い手候補となる企業とのつながりが少ないことや、M&Aの価格設定の難しさなども、買い手を探す難易度を高めています。
中小企業がM&Aで買い手を見つけるためには、自社の強みを活かした事業の磨き上げと、早期からのM&Aの準備が重要になるでしょう。
中小企業の後継者問題を解決する方法7選
中小企業の後継者問題を解決する方法はいくつかあります。特に有効な7つの手段を紹介します。
- M&Aによる事業承継
- 後継者募集のマッチングサイトの活用
- 事業承継・引継ぎ支援センターの活用
- 同族承継、従業員への承継・教育
- 外部招聘
- 株式公開(IPO)
- 廃業
それぞれの特徴を次の表でまとめました。
解決方法 | メリット | デメリット |
M&Aによる事業承継 | ・売却資金の獲得 ・従業員の雇用維持 |
・会社名や経営方針が変わる可能性 |
後継者募集のマッチングサイト | ・全国から幅広い出会いの機会 | ・サイトの選択が重要 |
事業承継・引継ぎ支援センター | ・国や自治体の信頼性 ・M&Aが難しい企業に最適 |
・対応数や実績はまだ少ない |
同族承継、従業員への承継 | ・比較的スムーズな引継ぎ | ・教育に時間がかかる |
外部招聘 | ・即戦力の経営者 | ・企業文化の継承が難しい |
株式公開(IPO) | ・資金調達や信用力の向上 | ・上場基準が高い |
廃業 | ・清算により債務を解消 | ・会社の資産価値が失われる |
それぞれの解決策について、より詳しく解説します。
M&Aによる事業承継
M&Aによる事業承継は、近年増加している後継者問題の解決策です。M&Aは、会社が黒字で事業自体に将来性がある場合、特に有効な手段といえます。後継者不在で廃業の危機に瀕していたとしても、M&Aによって事業を引き継いでくれる企業が見つかれば、会社を存続できるでしょう。
M&Aを行うと、会社名が変更になったり、経営方針が変わる可能性はあります。M&Aを行えば、売却資金を獲得できます。さらに、従業員の雇用を守れる点は、M&Aの大きなメリットです。
後継者募集のマッチングサイトの活用
後継者募集のマッチングサイトでは、後継者が見つからずに困っている企業と、会社を継ぎたいと考えている個人をマッチングします。
マッチングサイトを利用すれば、全国各地から自社の条件に合う後継者候補を探せます。異業種からの思わぬ出会いもあるかもしれません。登録しているのは会社を引き継ぐ意欲の高い人材ばかりなので、条件が合えばスムーズに話を進められます。
マッチングサイトにはさまざまな運営会社やサービス内容のものがあります。近年は、大手企業の人材や投資ファンドなども後継者候補として登録するサイトもあります。自社の事業内容や規模、理想の後継者像などをしっかりと整理した上で、最適なマッチングサイトを活用しましょう。
事業承継・引継ぎ支援センターの活用
事業承継・引継ぎ支援センターは、国や都道府県が運営する公的機関です。中小企業の事業承継をサポートする場所で、相談件数は年々増加傾向にあります。
民間のM&Aマッチングサービスでは対応が難しい場合、事業承継・引継ぎ支援センターは特に力を発揮します。例えば、負債を抱えていたり、赤字が続いていたりして、なかなか買い手が見つからない企業でも、センターに相談することで、打開策が見えることがあるでしょう。
センターでは、専門家による無料の相談対応はもちろん、希望に合う後継者候補の紹介、M&Aや事業承継の手続きのサポートなども行います。事業引継ぎに関する各種セミナーの開催や、補助金・助成金の案内など、様々な形で中小企業をバックアップします。
国や自治体が全面的に支援してくれるため、安心感があるのは大きなメリットです。事業承継対策に行き詰まったら、まずは最寄りのセンターに相談するとよいでしょう。
同族承継・従業員への承継・教育
同族承継や従業員への承継は、古くから行われる事業承継の方法です。近年は、特に従業員への承継、つまり内部昇格の割合が増加傾向にあります。帝国データバンクの調査によると、2023年には内部昇格が同族承継を初めて上回り、最も多い承継方法となりました。
内部昇格のメリットは、後継者が社内の事情に精通しているため、比較的スムーズに事業を引き継げる点です。社員との信頼関係も築けているので、承継後の経営もやりやすいでしょう。
ただし、経営者としての教育やマインドを養うのには、一定の時間がかかります。会社によっては数年から10年以上の育成期間を設けているところもあります。同族承継の場合は、親族間の相続問題などで思わぬトラブルが起きる危険性もあるでしょう。
社内の人材を後継者に選ぶことで、会社の理念や文化を守りながら、事業を継続できるのは大きなメリットです。長期的な視点を持って、計画的に後継者を育成することを検討しましょう。
外部招聘
外部招聘とは、親族や自社の従業員ではない第三者を後継者として迎え入れる方法です。社内に適した人材がいない場合や、新しい視点を経営に取り入れたい場合に効果的です。
外部招聘の対象となるのは、主に他社の経営者や役員クラスの人材です。特に、長年の取引で信頼関係のある会社の経営陣を後継者として指名するケースもあります。事業内容を理解してもらいやすい上、スムーズに承継を進められる可能性が高まります。
専門的な知識やスキルを持つ人材を外部から招くことで、会社の弱点を補強したり、新たな事業を展開したりできるでしょう。ただし、社内の事情に疎い後継者では、社員との意思疎通がうまくいかない危険性があります。社風や文化の違いから、トラブルが生じる可能性もあり得ます。
外部招聘を検討する際は、候補者の経歴や人柄をしっかりと見極めることが大切です。社内の理解を得るための努力も欠かせません。十分なコミュニケーションを取りながら、新しい体制づくりを進めましょう。
株式公開(IPO)
株式公開(IPO)は、後継者問題の解決策としてはハードルが高いですが、条件を満たしている企業にとっては検討を進めてもいいでしょう。
IPOのメリットとしては、資金調達力や社会的信用の向上、優秀な人材の確保などにつながります。株主として参加してもらうことで、経営の透明性も高まるでしょう。
ただし、IPOには厳しい審査基準があります。例えば、ジャスダック(スタンダード市場)での上場を目指す場合、直近1年間の利益が1億円以上であることや、時価総額が10億円以上であることなどが要件として求められます。
また、上場準備には膨大な時間とコストが必要です。社内体制の整備や、ディスクロージャー(情報開示)の徹底など、クリアしなければならない課題は多岐にわたります。さらに、上場後も株主への説明責任を果たし続ける必要があります。株価の変動によっては、経営の自由度が制限されるリスクもあるでしょう。
IPOは、後継者問題の解決策としてはハードルが高い選択肢です。条件を満たす優良企業にとっては、大きな飛躍のチャンスにもなり得ます。自社の状況を冷静に分析し、専門家のアドバイスも踏まえながら、慎重に検討しましょう。
廃業
廃業は、後継者問題の解決策としては、最終手段です。M&Aや事業承継、IPOなどの選択肢を検討した上で、どうしても会社の存続が難しい場合に選ばれる手段となります。
廃業を選択する際は、まず会社が抱える負債を全て清算する必要があります。借入金の返済や、取引先への支払いなどを済ませ、債権者との関係を整理しなければなりません。
また、従業員の雇用問題にも配慮が必要です。解雇予告や退職金の支払い、再就職支援など、従業員の生活に影響が出ないよう、できる限りの手を尽くしましょう。
廃業では。創業以来築き上げてきた信用や、従業員との絆、地域との関わりなどを手放さなければなりません。経営者にとって、廃業は精神的にも非常につらい選択肢となるでしょう。
しかし、時には潔く身を引くことが、関係者全員のためになることもあります。事業の継続に見通しが立たない状況で、無理に会社を存続させると、多くの人を不幸にしてしまうかもしれません。
廃業を選択する際は、自社の状況を冷静に分析し、専門家のアドバイスも参考にしながら、慎重に検討を重ねましょう。後継者問題の解決策として、他の選択肢が尽きた場合のみ、廃業を決断しましょう。
中小企業の後継者問題はM&Aで解決
中小企業の後継者問題は、M&Aを活用することで、効果的に解決できる可能性があります。
- 後継者不在の中小企業でも、M&Aで事業を存続できる
- M&Aでは、会社の売却益を得て、経営者の引退資金や従業員の雇用維持にもつながる
- M&Aで、新たな経営資源や技術、ノウハウを獲得できる
M&Aを成功させるためには、適切な買い手企業を見つけることが重要です。M&Aのプロセスには、専門的な知識が必要となるため、仲介会社や専門家の支援を受けた方がよいでしょう。
M&Aの基本的な説明から、中小企業がM&Aを活用するメリットまで、詳しく解説していきます。
そもそもM&Aとは?
M&A(Mergers and Acquisitions)とは、企業の合併と買収を意味する言葉です。ある企業が他の企業の株式や事業を取得することで、経営権を獲得したり、事業を統合したりすることを指します。
最近では、中小企業におけるM&Aの件数は増加しています。中小企業庁の調査によると、2022年の中小企業のM&A件数は4,304件に上り、2000年と比べて約2.4倍にまで増加しました。
M&Aの件数が増加した背景には、後継者問題を抱える中小企業の増加があります。経営者の高齢化が進む一方で、事業を引き継ぐ後継者が見つからなくなっているのです。M&Aを活用することで、後継者不在の問題を解決し、事業が存続できるようになります。
出典:中小企業庁
売り手がM&Aをするメリット
売り手側がM&Aを行うメリットは多岐にわたります。
- 後継者不在で廃業の危機にあった会社を存続できる。会社の信用や取引関係も維持される
- 従業員の雇用を守れる
- 株式を売却することで創業者利益を得られる。得られた資金で、新たな事業への投資や、個人の資産形成が可能
- 新たな経営資源や技術、ノウハウを獲得できる。事業の成長と発展が期待できる
- 買い手企業の支援を受けることで、事業の健全化を図れる
ただし、M&Aにはリスクも存在します。
- 買い手企業との経営方針の違いから、従業員の士気が低下する可能性がある
- 買収後の統合作業が順調に進まない場合、期待したシナジー効果が得られないこともある
M&Aを検討する際は、メリットとリスクを十分に理解し、自社の状況に合った最適な選択を行いましょう。
M&Aはこんな企業・経営者におすすめ
M&Aは、次のような状況の企業や経営者に、おすすめの選択肢です。
- 後継者問題による黒字倒産のリスクがある
事業自体は黒字ですが、後継者不在のために廃業を検討している企業は、M&Aを活用することで事業を存続できます。
- 従業員の雇用は維持し続けたい
従業員への責任を果たし、雇用を維持したい経営者にとって、M&Aは有効です。
- 事業の将来性が不安
事業の先行きに不安を感じている経営者は、M&Aを通じて事業の成長や発展の可能性を探れます。買い手企業の経営資源を活用すれば、新たな事業展開が期待できるでしょう。
- できるだけ早く後継者問題を解決したい
後継者問題を抱えている経営者の中には、できるだけ早期に問題を解決したい人もいるでしょう。M&Aは、比較的短期間で後継者問題を解決させられます。
M&Aは、さまざまな課題を抱える企業や経営者にとって、有効な選択肢です。自社の状況を正確に把握し、専門家のアドバイスを参考にしながら、M&Aの可能性を検討しましょう。
まとめ
本記事では、中小企業の後継者問題について、現状と解決策を詳しく解説しました。
- 後継者問題は、中小企業にとって緊急の課題。放置すれば廃業に追い込まれるリスクがある
- 少子高齢化や価値観の変化で、親族内承継の割合は減少傾向
- 親族外承継や従業員承継、M&Aなどの選択肢が注目され、血縁に関わらない承継の割合は増加
- M&Aは、後継者問題の有効な解決策の1つであり、成功事例も増えている
- M&Aを通じて、会社の存続、従業員の雇用維持、創業者利益の確保ができる
- M&Aにはリスクも存在するため、専門家のアドバイスを参考に、慎重に検討する必要がある
今後、中小企業の後継者問題はさらに深刻化することが予想されます。経営者は、早い段階から事業承継の準備を進め、自社に適した解決策を検討しましょう。中小企業の健全な発展は、日本経済の活性化につながります。後継者問題の解決に向けて、今やれることをやりましょう。
▼監修者プロフィール
岩下 岳(S&G株式会社 代表取締役) S&G株式会社
新卒で日立Gr.に入社。同社の海外拠点立上げ業務等に従事。
その後、東証一部上場のM&A仲介業界最大手の日本M&Aセンターへ入社ディールマネージャーとして、複数社のM&A(株式譲渡・事業譲渡・業務提携等)支援に関与。IT、製造業、人材、小売、エンタメ、建設、飲食、ホテル、物流、不動産、サービス業、アパレル、産業廃棄物処分業等、様々な業界・業種でM&Aの支援実績を有する。現在はS&G代表として、M&Aアドバイザー、及び企業顧問に従事している。