個人事業主の事業譲渡とは?|メリット・デメリットと基本的な手続きの流れを解説

個人事業主のなかで事業譲渡を考えている人にとっては、どのような方法で事業譲渡を行えばよいか悩んでいる人もいるでしょう。本記事では事業譲渡の方法や、メリット・デメリット、手続きの流れについて詳しく解説します。事業を次のステージへと進めたい方にとって必読の内容です。
目次
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個人事業主の事業譲渡とは?
事業譲渡とは
事業譲渡とは、法人や個人事業主が自らの事業を他者に譲渡することを指します。個人事業主の場合は株式がないため、相続や贈与、M&Aで事業譲渡を行うことが一般的といえます。
個人事業主の定義
個人事業主とは、法人化せずに自身の責任とリスクで事業を運営している自営業者を指します。ここでいう「事業」は原則として、独立・反復・継続の3つの要素をすべて満たしている仕事です。
個人事業主になるためには、税務署に開業届を提出する必要があります。また、事業を行うためには法人と同様で、事業内容によっては関連署からの許可を得る必要があります。
事業譲渡と事業売却の違い
事業売却は事業の一部、もしくはすべてを他者へ売ることを指します。売却できるものは資産や負債、商品、従業員なども含まれます。採算がとれない事業部を切り離すことで、他部門へ集中的に投資ができることから、経営効率化を目的として行われることが一般的です。事業売却は、事業譲渡と同義で大きな違いはありません。
事業売却の種類
事業売却には、以下の2種類があります。
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- 全部譲渡
- 一部譲渡
全部譲渡は会社が持つすべての事業が対象になる一方で、一部譲渡は持っている事業の一部のみが対象です。譲渡対象を細かく決められるため、どの事業を残すかどうか判断するためによく利用されます。不採用事業の切り出しに、上記の方法で選ばれることが多いのも特徴です。
個人事業主の事業譲渡の方法
個人事業主が事業譲渡するときは、以下3つの方法が一般的です。
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- 贈与
- 相続
- M&A
それぞれの手法の特徴を紹介していきます。
贈与
事業譲渡の方法の一つとして、贈与があります。これは、事業主が自身の事業を無償で従業員などの他者に譲る行為です。従業員など、第三者へ譲り渡す際によく用いられる方法です。
贈与の場合は、資産の額に応じて受け取る側が10%~55%の範囲で贈与税を納める必要があります。この範囲は相続税よりも大きいため、後継者に譲り渡したい場合でも、現実的な選択とはいえないこともあります。
相続
事業主を引退する場合や事業主が亡くなってしまった場合に、その子どもへ事業資産を移し経営を引き継ぐことを指します。事前に適切な遺言書の準備や事業継承計画がある場合は、その計画に従って相続を行います。
相続の場合も資産に応じて10~55%の範囲で、税金が課せられます。
M&A
M&Aは、ほかの企業や個人に事業を売却する方法です。一般的に、事業の後継者がいない場合や老後資金の獲得のためにこの手法がとられます。
現在は、M&Aの仲介会社やプラットフォームが多数存在します。M&Aの仲介会社を利用すると仲介手数料が発生しますが、後継者に相続税や贈与税が課されることがない点がメリットといえます。そのため、相続や贈与よりも手元に多くお金が残りやすいのが特徴です。
事業譲渡の売り手側・買い手側のメリット・デメリットまとめ
事業譲渡の売り手・買い手側に発生するメリット・デメリットを一覧でまとめました。
メリット | デメリット | |
売り手 |
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買い手 |
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事業譲渡の売り手側のメリット
事業譲渡を行う際、売り手側にはいくつかのメリットがあります。
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- 事業の一部だけでも譲渡できる
- 従業員や資産を可能な限り残せる
- 後継者がいない場合の対策につながる
- キャッシュが得られる
それぞれを詳しく説明します。
事業の一部だけでも譲渡できる
事業譲渡の大きなメリットの一つは、事業の全体ではなく一部を譲渡できる点です。これにより、売り手は重要な事業領域を維持しつつ、収益性が低い部門や管理が難しい事業分野を切り離せます。
法人全体の再生が厳しい場合であっても、特定事業のみ引継ぎ再生が可能となります。経営資源の効率化と集中化を促進することに役立つでしょう。
従業員や資産を可能な限り残せる
事業譲渡を通じて、売り手は重要な従業員や資産を残すことが可能です。買い手とのあいだで、「どこまで譲渡・継承するか」を明確に決めて合意がとれていれば、特定の条件のもとで従業員の雇用を維持することや、重要な資産を売却対象から外せます。
後継者がいない場合の対策につながる
個人事業主にとって後継者不在は大きな課題ですが、事業譲渡はこの問題に対する有効な解決策を提供します。事業譲渡を通じて、事業主は自らの事業を継続させられ、同時に適切な後継者を見つけ出すことが可能です。
個人事業主にとって後継者不在は大きな課題ですが、事業譲渡はこの問題に対する有効な解決策となるでしょう。事業譲渡を行うことで、事業を継続させることが可能です。また、廃業しなくてよいため、従業員の失業を心配する必要はありません。
キャッシュが得られる
事業譲渡のもう一つのメリットは、売却から得られるキャッシュです。事業譲渡は、事業そのものが売買の対象になるため事業の現金化ができます。買い手が譲渡される事業に魅力を感じている場合は、現在の価値よりも高く評価してもらえ、大きな利益が得られる可能性もあります。
事業譲渡の売り手側のデメリット
一方で、事業譲渡には売り手側にとっていくつかのデメリットも存在します。
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- 従業員や関係者それぞれ契約を引き渡さなければならない
- 競業避止義務を負う可能性がある
- 負債は肩代わりしてくれない恐れがある
- 譲渡益に所得税が発生する
これらのデメリットを理解し、対策を講じることは、事業譲渡を成功させる上で不可欠です。
従業員や関係者それぞれ契約を引き渡さなければならない
事業譲渡では、事業に関連する全ての契約を新しいオーナーへと正しく引き継がねばなりません。新しい契約を従業員との間で結び直さなければならず、手間や費用が発生するでしょう。この過程でトラブルが生じると、売却プロセスに遅延が生じる可能性があります。
競業避止義務を負う可能性がある
事業譲渡契約の一環として、売り手が一定期間、同業他社への就職や会社設立などの競業行為を禁止する競業防止規定というものがあります。基本的に20年間は競業避止義務が発生するため、事業譲渡後に同じ事業を同一の市区町村および隣接する地域では行えません。
譲渡後の事業の価値を守るために必要な措置ではありますが、売り手にとっては将来のビジネスチャンスを制限する可能性もあります。
負債は肩代わりしてくれない恐れがある
事業譲渡を行う際、買い手が負債を引き受けることに同意しなかった場合は、売り手自身で負債を清算しなければなりません。
事業譲渡契約そのものには、負債の引継ぎがないため、事業に関わる資産のみを譲渡する内容になっています。そのため、負債の譲渡については別途、買い手から合意をもらったうえで契約を結ぶ必要があります。
譲渡益に所得税が発生する
事業譲渡で発生した譲渡益には所得税が課せられるため、節税対策が必要となる場合があります。ただし、譲渡益が出たとしても、ほかの部分で損失が大きい場合は相殺されるため必ずしも税金が課せられるわけではありません。
しかし、譲渡益が出た際には税金がかかるため思ったよりも手元にお金が残らなかった、ということもあり得ます。
事業譲渡の買い手側のメリット
事業譲渡のプロセスでは、買い手側にもさまざまなメリットが存在します。
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- 債権者への通知が不要
- 税金対策につながる
- リスクは承継しなくてもよい
以下で、事業譲渡が買い手側にもたらす主要なメリットを解説します。
債権者への通知が不要
一般に、事業譲渡の際、買い手は売り手の債権者へ通知する必要がありません。債権の移転手続きが行われる場合は別ですが、基本的には債権者保護手続きは不要です。
債権者への通知プロセスを省略できると時間とコストの節約につながり、事業の移行を迅速に進められます。
税金対策につながる
事業譲渡は、買い手にとって税金対策になることが期待できます。事業譲渡の際の買取価格が譲渡された事業の時価を上回り、超過になった金額を「のれん」と呼びます。「のれん」を買い手側は5年間償却できるため、のれんが計上される場合は節税対策になるのです。
リスクは承継しなくてもよい
買い手は、売り手の事業から生じる特定のリスク(税金や時間外手当の未払いなど簿外負債)を承継する必要がありません。事業譲渡契約において、特定の負債や訴訟リスクを除外できれば、買い手はより安全な立場で事業を引き継ぐことが可能となります。
事業譲渡の買い手側のデメリット
事業譲渡を検討する買い手側にも、デメリットは存在します。
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- 手続きに手間がかかる
- 株主総会の特別決議が求められることがある
- 消費税がかかる
- 人材や技術が流出する恐れがある
これらのデメリットをしっかり理解し、適切に対処することが重要です。
手続きに手間がかかる
事業譲渡は複雑な法的手続きを伴うため、買い手側にとって時間と労力を要します。例えば、個別財産の所有権や契約上の移転手続き、従業員との再契約など、法的手続きは多岐に渡ります。
事前に法的手続きについては計画を立てておき、スムーズに譲渡が終えられるように準備 しましょう。
株主総会の特別決議が求められることがある
法人として事業譲渡を行う場合は、株主総会での特別決議が必要になることがあります。基本的に必要ない場合が多いですが、条件次第では株主総会での特別決議が必要になります。
消費税がかかる
事業譲渡には、消費税が課される場合があります。これは、譲渡される資産の種類や取引の条件によって異なりますが、買い手にとっては追加的な費用負担となる可能性があります。
人材や技術が流出する恐れがある
事業譲渡の過程で、重要な人材や技術が流出するリスクがあります。譲渡される事業にとって不可欠な従業員や、特定の技術知識を持つスタッフが留まらないことで、事業の価値が低下する可能性があります。
買い手はこのようなリスクを最小限に抑えるために、事業譲渡契約に適切な条項を設けるなどの対策を講じる必要があります。
個人事業主の事業譲渡の手続きの流れ
事業譲渡を行う際には、以下のようなステップで手続きが必要です。
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- 事業譲渡の準備を進める
- 譲渡先を検討する
- 交渉と契約
- 事業譲渡の完了
- 移転手続き・各所への届出などの手続き
ここでは、主要なステップを簡潔に解説します。
事業譲渡の準備を進める
事業譲渡の成功は、準備にかかっています。この段階では事業の強みや弱みを明確にし、適切な価格で買収してもらえるように情報を整理しましょう。
事業用資産は承継させることになるため、資産を第三者と共有している場合は、その第三者が承継を拒むリスクがあることを踏まえ、なるべく早い段階で現事業主の単独所有としておくことが望ましいといえます。
譲渡後にトラブルが発生しないように、事業のコンプライアンスなども改めて確認しておく必要があります。
譲渡先を検討する
譲渡先の選定は、事業譲渡の成功に直接関わる重要なプロセスです。事業の適合性や買い手のビジョンとの整合性を検討し、最適な譲渡先を選定することが非常に重要といえます。譲渡先は、事業譲渡の実績があるM&Aの仲介会社やプラットフォームを通じて探すとよいでしょう。
交渉と契約
譲渡先が決定したあとに、交渉が開始されます。この段階では価格設定や支払い条件、譲渡の範囲と時期など、事業譲渡に関する詳細が話し合われます。交渉が成功し合意に達したあとは、両当事者間で正式な契約書が作成されて署名されます。
事業譲渡の完了
契約書に署名したあと、事業譲渡は法的に完了します。事業譲渡契約書の記載内容に決まりはなく、売却事業の資産・負債、譲渡日や対価などを明記のうえ、締結します。
移転手続き・各所への届出などの手続き
事業譲渡が完了したら、新しい事業主は必要な移転手続きを行い、関連する公的機関への届出を完了させる必要があります。これには、税務署への届出や業種に応じた許認可の更新、商標や特許の名義変更などが含まれます。
また、許認可などについても当然に承継されるものではなく、許認可の酒類によっては取得し直す必要があります。許認可取得は複数の要件を満たさなければならない場合もあるため、事前に準備が必要です。適切な手続きを行うことで、事業のスムーズな移行を確実にします。
まとめ
事業譲渡は、個人事業主にとって重要な意思決定事項です。事業の拡大、後継者不在の解決、またはキャリアの変更など、さまざまな理由で事業譲渡を行う必要があるためです。買い手・売り手双方にメリット・デメリットをもたらすため、よく検討のうえ事業譲渡を行いましょう。
事業譲渡を成功させるためには、事業譲渡の各段階を慎重に進め、適切な準備と計画を行うことが重要です。専門家のアドバイスを積極的に求め、法的および財務的な側面を十分に検討することが、両当事者にとって有益な結果を導くために不可欠です。
▼監修者プロフィール

岩下 岳(S&G株式会社 代表取締役) S&G株式会社
新卒で日立Gr.に入社。同社の海外拠点立上げ業務等に従事。
その後、東証一部上場のM&A仲介業界最大手の日本M&Aセンターへ入社ディールマネージャーとして、複数社のM&A(株式譲渡・事業譲渡・業務提携等)支援に関与。IT、製造業、人材、小売、エンタメ、建設、飲食、ホテル、物流、不動産、サービス業、アパレル、産業廃棄物処分業等、様々な業界・業種でM&Aの支援実績を有する。現在はS&G代表として、M&Aアドバイザー、及び企業顧問に従事している。