クリニックの売却の方法は?M&Aの売却相場と価格の設定方法を解説

「クリニックを売却したい」

「売却したらいくらになるのか知りたい」

個人医院や病院などの売却を検討している方へ、この記事ではクリニックの売却方法や売却価格の相場などを解説します。

クリニックは事業として売却する方法と、不動産として売却する2つの方法で売却できます。

そして、個人医院と医療法人では、売却手段が異なるので注意が必要です。

少しでもよい条件で売却できるように、売却価格の算定方法についてもしっかりと理解しておくことが重要です。

個人クリニックの2つの売却方法

個人クリニックを売却する方法は、以下の2つです。

    • 事業譲渡
    • 有形資産のみで売却

個人クリニックを売却する際の2つの方法を詳しく解説していきます。

1.事業譲渡

事業譲渡とは事業の一部または全部の権利と義務を譲渡することです。

医療機関の売却で事業譲渡した場合、以下のような権利や資産を譲渡します。

    • 医療機器、備品、薬品など
    • 土地や建物などの固定資産
    • クリニックの名称や患者、カルテなど
    • 在籍するスタッフ

クリニックの運営に必要な不動産や備品や機械や患者などを個別に譲渡します。

どのようなものを譲渡するのかは、事業譲渡契約書に個別に記載していきます。

なお、売却によって不動産や知的財産などの権利が移る場合には登記手続きも必要です。

2.有形資産のみ居抜きで売却

有形資産のみを居抜きで売却する方法で、不動産を売却することとほとんど変わりません。

建物や設備や医療機械や内装などをそのまま売却する方法で、クリニックを廃業する際に用いられます。

居抜きで売却することによって、買い手は建物をクリニックに改装する費用や、備品を新たに購入する費用を抑えて開業できます。

患者や名称などの有形資産以外のものは引き継ぎません。

また、売却先は必ずしも医師や医療法人だけではありません。たとえば、クリニックだった居抜き物件をレストランとして使いたい飲食業者などにも売却できるでしょう。

医療法人の5つの売却方法

医療法人を売却する方法は、以下の5つです。

    • 持分を譲渡
    • 役員・社員・評議員が交代し経営権を譲渡
    • 吸収合併
    • 吸収分割
    • 事業譲渡

それぞれの売却方法を理解して、最適な方法を選択できるようになりましょう。

1.持分を譲渡

医療法人には社団医療法人と財団医療法人の2種類あり、社団医療法人は医療法人の持分を譲渡することで売却できます。

社団医療法人の持分は株式会社の株式に相当するため、持分を売却することで医療法人の持ち主を変更できます。

社団医療法人も持分は出資額とは無関係に一人一票ですので、過半数の持分を譲渡すればクリニックの経営権の譲渡が可能です。

財団医療法人も持分のある医療法人ですので、持分の売却によって譲渡が可能です。

2.役員・社員・評議員が交代し経営権を譲渡

医療法人の役員・社員・評議員が、売り手側から買い手側に交代することで経営権が譲渡されます。

どのような種類の医療法人でも、役員を交代させる方法であれば譲渡が可能です。

交代する役員へ相場よりも高い退職金を支払うことで、M&Aの対価の支払いとするのが一般的です。

3.吸収合併

買い手の医療法人が売り手の医療法人を吸収し、ひとつの医療法人となる方法です。

医療法人の吸収合併をおこなうには、以下の条件を満たす必要があります。

    • すべての社員(財団医療法人は理事うち3分の2以上)の合意
    • 都道府県知事の許可
    • 吸収合併に異議のある債権者へ異議申し立て期間を設ける(債権者保護手続き)
    • 登記

4.吸収分割

吸収分割とは、医療法人同士のM&Aで実施される方法です。

売り手の医療法人が一部の事業を切り離して買い手の医療法人へ譲渡し、買い手の医療法人は譲渡を受けた事業を吸収してひとつの医療法人となります。

たとえば、総合病院が小児科だけ切り離し、大手こどもクリニックへ売却するようなケースで用いられます。

なお、吸収分割は吸収合併を実施する際に必要なすべての条件を満たすことに加えて「職員の保護手続き」も必要です。

以下の医療法人は、吸収分割が実施できないので注意しましょう。

    • 持分あり社団医療法人
    • 財団医療法人

5.事業譲渡

事業譲渡とは医療法人が保有する権利を個別に譲渡する方法です。

有形資産、患者のカルテ、クリニックの名称など、譲渡する権利や義務を個別に検討して譲渡します。

手続きが複雑になるものの、買い手にとって不要な財産や権利などを譲渡する必要のない点がメリットです。

事業譲渡は、以下のようなケースで活用されます。

    • 持分のない医療法人
    • 医療機関の事業の一部分のみを売却する
    • 個人開業医へ事業の一部を売却する

個人クリニックの売却価格の相場

個人クリニックを売却する際の相場は、譲渡する資産と負債の価値を評価するのが基本です。

一般的に個人に帰属している負債を譲渡することはないので、基本的には資産の価値のみを基準に売却価格を決定します。

事業譲渡においては、カルテやクリニックの名称なども引き継げますが、このような、いわゆる「のれん」といわれる価値は算定されないのが一般的です。

個人クリニックでは院長の腕や評判など、属人的な要素によって付加価値が成り立っている部分が多くなっています。

もしも名称を引き継いだとしても、直接的に今後の売上につながるとは考えにくいです。

そのため、個人クリニックの売却相場は、譲渡する有形資産の価値に左右されると理解しておきましょう。

医療法人の売却価格の相場

医療法人を売却する際には、売却方法によって価格相場は異なります。

    • 持分譲渡の対価
    • 経営権譲渡の対価
    • 吸収合併の対価
    • 吸収分割の対価
    • 事業譲渡の対価

それぞれの売却方法による売却相場を詳しく解説していきます。

1.持分譲渡の対価

持分譲渡の場合には「現在の利業利益などから算出されるクリニックの価値×持分の比率」で売却価格が算出されます。

たとえば、クリニックの価値が3億円と算出され譲渡する持分が60%であれば、1億8千万円が売却価格です。

2.経営権譲渡の対価

持分あり社団医療法人の経営権を譲渡する場合の対価は、持分譲渡と同じく「現在の利業利益などから算出されるクリニックの価値×持分の比率」です。

また、持分なし社団医療法人の場合には、後退する経営陣に対して通常の退職金よりも多くの退職金を支払うことで、対価の支払いに替えることが一般的です。

3.吸収合併の対価

吸収合併の売却価格は「現在の利業利益などから算出されるクリニックの価値(年倍法)」として算定するのが一般的です。

対価は持分を保有している人に金銭で支払うか、買い手の医療法人の持分を付与する方法があります。

4.吸収分割の対価

吸収分割の売却価格は、年倍法やDCF法などで譲渡される事業の価値を算出します。

たとえば、譲渡される事業が小児科であれば、小児科のみの営業利益などを基準に算定します。

吸収分割は持分なしの医療法人のみ利用できる方法なので、対価は金銭で支払うのが一般的です。

院長または法人に対して支払うことが可能です。

5.事業譲渡の対価

事業譲渡の売却価格は、譲渡される事業や資産の価値を個別に算定して決定します。

譲渡する資産などの価値を個別に算定しなければなりません。

また、事業の一部を譲渡する場合は、譲渡する事業のみの営業利益を個別に計算し、年倍法(営業利益×3〜5年で算出される企業価値)によって事業価値を算出します。

事業場譲渡では、譲渡価格の算出が煩雑になる点に注意しましょう。

事業譲渡によって役員の退職が伴う場合には、役員退職金の形で売却代金の支払いをおこないます。

クリニックの売却価格の考え方

クリニックを売却する際には、時価純資産+営業権(のれん)で算出するのが基本です。

時価純資産とは、貸借対照表の資産と負債を加味して算出されるクリニックの純資産で「資産−負債」で計算します。

「のれん」とは、数字や目に見えない事業の価値のことです。たとえば、M&Aによって有名店の屋号を承継して営業した場合と知名度がない屋号で出店した場合とでは、提供する料理は同じでも有名店の方が多くの売上が期待できます。

この目に見えない価値のことを「のれん」といいます。

のれんから、損害賠償の支払いなどの将来的に生じる可能性のあるリスクを控除して企業価値を算出するのが一般的です。

このようにクリニックの売却価格は純資産価格に「のれん」を加味した金額で算出するのが基本です。

なお、個人クリニックを売却する際には、「のれん」は加味されないケースが多いので注意しましょう。

クリニック売却で発生する税金

クリニック売却には以下のような税金が発生します。

譲渡の種類発生する税金課税対象者
個人クリニックの事業譲渡所得税・住民税売り手の院長
医療法人の持分譲渡所得税・住民税売り手の役員
医療法人の役員交代所得税
退職所得に対する所得税
売り手の役員
医療法人の吸収合併法人税・地方税売り手法人
(退職金として給付する場合は売り手の役員)
医療法人の吸収分割法人税・地方税(売り手法人)
所得税・住民税(売り手役員)
売り手法人
(退職金として給付する場合は売り手の役員)
医療法人の事業譲渡法人税・地方税(売り手法人)
所得税・住民税(売り手役員)
売り手法人
(退職金として給付する場合は売り手の役員)

どのような形で売却するかによって課税対象が異なります。

また、医療法人の場合には役員へ退職金として売却代金が支払われるケースがあり、役員個人に退職所得税が課税されます。

個人クリニックの場合、売り手側の院長やオーナーに所得税や住民税が課税されるのみです。

一方、医療法人の場合には、法人へ対価を支払うのか役員個人へ対価を支払うのかによって、課税対象も異なります。

クリニックの売却価格の算出方法

クリニックの売却価格を算出するには、以下の2つの方法を使用するのが一般的です。

    • DCF法
    • 年収倍法

それぞれの算出方法や特徴を詳しく解説していきます。

1.DCF法

DCF法とはディスカウントキャッシュフロー方式の略称で、クリニックが生み出すキャッシュフローから企業の価値を算出します。

具体的にはクリニックが企業が運営するのに必要なお金と、投資に必要なお金を支払った後に残るキャッシュであるフリーキャッシュフローを計算し、そこから「現在の価値はいくらか」を算出します。

フリーキャッシュフローは以下の数式で計算可能です。

「フリーキャッシュフロー=営業利益×(1-税率)+減価償却費-投資額-運転資金増加額」

なお、DFC法は上場企業などのM&Aで利用される方法ですが、計算式が複雑なので規模が小さいクリニックのM&Aで使用されることはあまりありません。

2.年倍法

年倍法とは営業権(のれん) の価値を『直近年度の営業利益の3〜5年分』と見積もり、この営業権を企業価値として算定する方法です。

計算方法が非常に簡単なので、中小企業のM&AやクリニックのM&Aにもしばしば利用されます。

たとえば、直近の営業利益が1,000万円であれば、年倍法による企業価値は3,000万円から5,000万円程度です。

実際の売買価格は「年倍法によって求められた企業価値×持分」で計算されるため「クリニックを売却したらいくらになるのか」を簡単に計算できます。

クリニックは専門家に相談し適切な方法で売却しよう

個人クリニックを売却するのか医療法人を売却するのかで、手続きが異なります。

個人クリニックの場合には、事業譲渡か有形資産の譲渡という2つの方法しかありません。

年倍法を利用すれば売却価格の算定も難しくないので、当事者同士でも売却できる可能性があります。

また、有形資産の売却は不動産会社の領域なので、廃業する場合は不動産会社へ相談しましょう。

しかし、医療法人を売却するのであればスキームがいくつもあり、手続きも煩雑になります。

どの方法が最適なのかは医療法人の形態やM&Aの形によって異なるため、専門家へ相談しましょう。

ディスクリプション

クリニックの売却は個人か法人かによって売却価値の算出方法や売却方法が異なります。とくに、医療法人は売却方法が多岐に渡るので注意が必要です。医療法人の売却方法や価格算出方法について詳しく解説します。

▼監修者プロフィール

岩下 岳

岩下 岳(S&G株式会社 代表取締役) S&G株式会社

新卒で日立Gr.に入社。同社の海外拠点立上げ業務等に従事。
その後、東証一部上場のM&A仲介業界最大手の日本M&Aセンターへ入社ディールマネージャーとして、複数社のM&A(株式譲渡・事業譲渡・業務提携等)支援に関与。IT、製造業、人材、小売、エンタメ、建設、飲食、ホテル、物流、不動産、サービス業、アパレル、産業廃棄物処分業等、様々な業界・業種でM&Aの支援実績を有する。現在はS&G代表として、M&Aアドバイザー、及び企業顧問に従事している。