美容院・美容室業界におけるM&A動向・スキーム・価格相場・事例
目次
はじめに
近年では、美容院・美容室業界においても、後継者不在の課題解決や競争力の強化などを目的にM&Aを行うケースが増えています。本記事では、M&Aや事業継承を検討している経営者に向けて、美容院におけるM&A動向とスキームの種類、実施する際の流れ、成功事例などをご紹介します。
美容院・美容室業界の概況
業界の定義
厚生労働省が定めた美容師法では、美容業界の美容院・美容室の定義を、パーマやカット、ヘアアレンジ、メイクによって美しく容姿を整える施設としています。美容院・美容室・ヘアサロンなど複数の呼び方があるものの、法律上での正式名称は全て美容所です。また、美容室と理容室はどちらも髪を整える施設ですが、共通の資格ではありません。美容法では、理容室で行われている顔剃りを、美容室のメニューとして設けることを禁止しています。
近年の市場動向

厚生労働省がまとめた「令和4年度衛生行政報告例の概況」では、美容所の数が前年度と比べて2.1%増加したと報告しています。2018年から毎年数千件単位で施設数が増加していることから、美容サロン市場は拡大を続けているようです。
また、美容院・美容室の利用者数が近年増加傾向にあることを示すデータもあります。中小企業ビジネス支援サイトJ-Net21が行ったアンケート調査の結果では、美容室の利用率は2023年度時点で5年前の2018年度から約11%上昇、これまで美容室を利用したことのない非ユーザーの数は5年前より約16%減少したことが示されました。
なお、今後の動向として、高齢者や障がい者の方を対象とした訪問美容など、新たなサービス体系の充実も期待されています。
■令和4年度衛生行政報告例の概況 | 厚生労働省
(参照URL)https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/eisei_houkoku/22/
■市場調査データ 美容院(2023年版) | J-Net21[中小企業ビジネス支援サイト]
(参照URL)https://j-net21.smrj.go.jp/startup/research/service/cons-biyoin2.html
売り上げ
株式会社矢野経済研究所が行った「理美容サロン市場に関する調査(2023年)」では、美容サロン市場の売り上げが2018年に1兆5047億円、2020年では1兆3810億円と落ち込んだものの、その後は徐々に市場規模が拡大し、2022年には1兆4804億円まで回復したことを報告しています。2020年には新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、市場が縮小しました。しかし、2022年には美容に対するニーズが高まったことで市場規模は2020年以前の状態に近づくまで拡大し、今後も市場の成長が見込まれます。
●理美容サロン市場に関する調査を実施(2023年) | 株式会社矢野経済研究所
(参照元)URL:https://www.yano.co.jp/press-release/show/press_id/3287
店舗数
前述のように、厚生労働省が公表したデータから、美容所の施設数は年々増加傾向にあることが分かっています。具体的な数値を挙げると、2019年には25万4422施設、2021年は26万4223施設、2022年には26万9889施設でした。2020年の新型コロナウイルス感染拡大後も施設数は変わらず増加していることから、美容のニーズは今後も拡大を続ける可能性が高いため、美容院・美容室業界の市場は堅調であると予測されます。
従業員数
厚生労働省の調査では、美容所に従事する美容師の数は2018年時点で53万3814人、美容所に勤める従業員は2021年に56万1475人、2022年が57万1810人と徐々に増えていることを示しています。また、1店舗当たりの従業員数は約2.1人程度と推移されることから、小規模サロンが増加しているという見解を示しました。
美容サロンのニーズは今後もしばらく拡大が続くと予測される反面、将来的な人手不足も懸念されています。上述したように、美容所の数は年次で増えているのに対し、美容師免許取得者数は2005年に2万9442人をピークとして2012年には1万7623人まで落ち込み、2013年からは徐々に数を増やしているもののサロン数の上昇に追いついていないのが現状です。
業界が抱える課題
後継者問題
近年では、美容院・美容室業界における経営者の高齢化が進み、後継者不在問題に悩むサロンが増えています。美容師として働くには、美容師免許が必須です。また美容師法により、美容師が2名以上従事する美容所では、必ず管理美容師免許取得者を置く必要があります。個人経営の美容院・美容室では、親族に資格保有者がいないといったケースも珍しくありません。この場合、店舗を任せられる資格保有者を採用することにより後継者問題を解決できます。しかし、人材不足が深刻化する昨今、求人は難しくなっています。
競合数の増加
美容院・美容室の数が増える一方で、美容師を目指す学生の数は減少傾向にあるようです。このような状況から、美容院・美容室の美容業界は今後ますます人手不足が進むと予測されています。日本では、少子高齢化による人口減少が深刻化しています。美容院・美容室の数が増加し続ける中で、必要なスタッフの確保が困難になるだけでなく、顧客数の減少も避けられません。
競合数が多い美容院・美容室にとって、顧客の獲得が難しくなることは売り上げの減少に直結します。売り上げをどう維持するかといった問題を解消しなければ、店舗の存続は困難になるかもしれません。
離職率の高さ
2023年にホットペッパービューティーアカデミーが実施した「美容サロン就業実態調査」の結果によると、ヘアサロンに従事する美容師の初職就業期間は1年未満が9.2%、3年未満は38.2%となっています。過去に美容関連の職業に就いていた方を対象に行ったアンケート調査の結果では、美容師を離職するまでの期間1年未満が13.6%、3年未満は46.5%でした。
離職理由には「専門性の高さに対して給料が低い」「従業員の人柄」などの声が多く、離職率を下げることも今後の大きな課題です。離職率の低下を実現するには、従業員の給与改善、働きやすい職場環境づくりに対して前向きに取り組まなければなりません。
● 【美容就業実態調査2023】 チャート集 | ホットペッパービューティーアカデミー(P15・P69)
(参照元)URL:https://hba.beauty.hotpepper.jp/wp/wp-content/uploads/2023/04/data_work_20230422.pdf
美容院・美容室業界のM&A動向
大・中規模の動向
美容室の規模によりM&Aの傾向は異なります。大・中規模ヘアサロンでは、他業種の企業や投資ファンドによるチェーン店の買収などが増加しています。
小規模の動向
小規模のヘアサロンの場合、M&Aによって買い手に経営や店舗設備、従業員など全ての権利を譲渡するだけでなく、ほかの選択肢を検討する経営者も少なくありません。例えば、内装はそのままで店舗の権利などを売却する居抜き、店舗経営を第三者へ委託する運営委託のほか、好立地に店舗があればスケルトン状態にしてから土地や建物を売却するなど、状況に応じた方法で事業承継が行われています。
美容院・美容室業界におけるM&A手法(スキーム)
株式譲渡
株式譲渡とは、売り手側の企業が保有している株式を買い手側に譲渡し、経営権を引き継ぐM&A手法です。株式譲渡契約では、当事者の合意により効力が発生しますが、権利を行使するには株主名簿の名義を書き換える必要があります。店舗や美容室のブランド、設備、従業員、店舗運営、ノウハウなどの全てが買い手側に引き継がれます。
事業譲渡
事業譲渡とは、会社全体を売却対象とするのではなく、対象とする事業の全てを譲渡する全部譲渡、事業の一部を選択して譲渡する一部譲渡によって事業を引き継ぐM&A手法です。会社の組織や経営権を変えることなく対象の資産などを売却できます。ただし、事業に関わる契約先、従業員との雇用契約など、契約関係の全てを結び直す必要があるため、手続きは煩雑になりがちです。
個人経営や小規模の美容院・美容室では、事業譲渡を選ぶ経営者のほうが多い傾向にあります。
美容院・美容室業界のM&A実施時の価格相場
美容院・美容室業界のM&A実施時の価格相場は、数百万円〜1千万円台が多いとされています。
価格は「時価純資産+営業利益×年数」の計算式により算出することが可能です。店舗数が多い場合、企業の買収にかかる費用が数億円になるケースもあります。将来的な収益性が認められる店舗・企業であれば、高額で買収できる可能性は高くなります。
M&A以外の売却を検討する方法もありますが、居抜きの場合は収益性などが考慮されず、店舗や設備にのみ価格が付けられるため、売却額の相場は数百万程度になることも珍しくありません。
M&Aを活用したほうが企業にとってプラスとなるケースは多くあります。
M&Aで企業価値を算出する方法として、以下の3つが挙げられます。
コストアプローチ
企業の貸借対照表に記載されている「純資産」の金額をもとに企業価値を算出する方法です。「簿価純資産法」「時価純資産法」などの計算方法があります。客観的な価値を算出できる反面、将来的な収益は反映されないといったデメリットがあります。
マーケットアプローチ
対象となる企業の時価総額、M&A市場での取引価格に着目して企業または事業価値を算出する方式です。上場企業の場合には「市場株価法」、類似企業の例がある場合には「類似会社比較法(マルチプル法)」を用いて算出します。
インカムアプローチ
企業の将来的な収益をもとに企業価値を算出する方法です。主に「DCF法」「配当還元法」「収益還元法」による計算方法が用いられています。将来の収益力まで含め評価される計算方法ですが、主観的になりやすかったり、将来的な収益が予測できなかったりする場合には、算出が難しいといったデメリットもあります。
美容院・美容室業界でM&Aを実施するメリット
売り手側のメリット
後継者問題の解決
後継者不在問題を抱えている場合、M&Aにより経営者の引退後、美容院・美容室の経営を外部企業に譲渡して経営を引き継いでもらえます。
従業員の雇用維持
M&Aによって美容院・美容室の経営が継続された場合、スタッフの雇用を維持することが可能です。従業員の労働条件もそのまま引き継がれますが、事業譲渡を選択した場合は、新たに契約を結び直す必要があります。
大手傘下に入ることによる集客増
競合他社が多く経営が困難なケースでは、M&Aで大手グループの傘下に入るのも有効な手段です。大手グループの傘下に入ると、高いブランド力で集客を増やせる可能性が高くなります。また、資金を活用して事業を拡大できるなど、経営の面でも大きなメリットを得られるはずです。
売却益の獲得
経営者が買い手企業に美容院・美容室を譲渡した場合、譲渡によって高額の売却益が入ります。売却した資金をもとに新しい事業を起こしたり、将来の生活資金にしたりするなど、獲得した利益を有効に活用することが可能です。
借入や保証の解消
美容室の経営で借入をした負債があるケース、経営者が個人保証をしているケースもM&Aによる譲渡が適しています。M&Aが成立すれば、美容院・美容室の負債や個人保証なども買い手企業に移ることがメリットです。
買い手側のメリット
新規顧客の獲得
M&Aでは既存の店舗を買収するため、店舗の顧客を引き継げます。これにより、安定した収益を獲得できる点が大きなメリットです。
即戦力の従業員の獲得
従業員の引き継ぎが可能なM&Aであれば、経験豊富な美容師を即戦力として獲得できるため、人員不足を解消できます。
経営資源の引き継ぎ
美容室を新規オープンする際は、店舗だけでなく、機材などの経営資源を準備しなければなりません。一方、M&Aで事業の全てもしくは必要な範囲を買収すると、新しく経営資源をそろえるよりも費用を削減できるケースがあります。
新規事業への参入
異業種から美容業界への新規参入を検討している場合、M&Aで美容院を買収したほうがスムーズです。設備や従業員などのリソース、顧客、取引先なども引き継げるため、安定した経営が実現します。
美容院・美容室業界のM&A案件・事例
美容院・美容室業界に関するM&A案件をご紹介します。
事業の売却・事業承継に関するご相談は、下記よりお問い合わせください。
事例1 ブルパス・キャピタルによるAshantiの買収
2021年、投資ファンドのブルパス・キャピタルは、首都圏を中心に約50店舗を展開する美容室チェーン「Ashanti」に資本参加しました。Ashantiは「amie」ブランドで展開するヘアサロンを中心に、多くの顧客を抱えています。このM&Aは、Ashantiのさらなる成長を目的とし、特に全国展開を視野に入れた事業拡大が狙いです。
ブルパス・キャピタルの投資によって、Ashantiは経営基盤を強化し、広告やITインフラの強化を進め、顧客データの活用や効率的なマーケティングにより、収益性の向上が期待されています。また、ファンドのネットワークを活かした他業態とのシナジーも見込まれています。
引用元:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000013.000073363.html
事例2 ジャフコグループとAZ-Starによるヘッドライトの買収
2021年、ジャフコグループと企業投資ファンドのAZ-Starは、140店舗以上を展開する「ヘッドライト」を買収しました。ヘッドライトは、美容師や施術者と業務委託契約を結ぶ独自のビジネスモデルで、低価格帯の施術を提供してきました。このM&Aの背景には、アジア市場への新規進出や、ヘッドライトの成長加速があります。
ジャフコグループは、ヘッドライトの持つ店舗展開力と顧客基盤を活用し、グローバル展開を視野に入れた成長戦略を推進しています。また、買収後もヘッドライトの独自のビジネスモデルを維持しつつ、企業価値の向上を目指しています。
引用元:http://www.az-star.com/news/pdf/pressrelease_20210201.pdf
事例3 ヤマノホールディングスによるL.B.Gの買収
2019年、ヤマノホールディングスは、中価格帯の美容室を展開するL.B.Gの株式52%を取得し、子会社化しました。L.B.Gは、首都圏を中心に複数店舗を展開しており、地域密着型のサービスが強みです。ヤマノホールディングスは、このM&Aを通じて、美容事業全体の成長を目指しています。
この買収により、ヤマノホールディングスはL.B.Gの既存顧客基盤を活用し、経営資源を統合してスケールメリットを享受することを狙っています。また、店舗展開の加速と収益性の向上を目指し、グループ全体でのブランド力強化に取り組んでいます。
引用元:https://www.yamano-hd.com/wp-content/uploads/2019/08/20190821LBG%E5%8F%96%E5%BE%97%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E3%81%8A%E7%9F%A5%E3%82%89%E3%81%9B%EF%BD%8E.pdf
事例4 CLSAキャピタルパートナーズによるAguグループの買収
2020年、香港系投資ファンドCLSAキャピタルパートナーズは、全国展開する美容室チェーン「Aguグループ」を買収しました。Aguグループは、特に若年層に人気の美容室チェーンで、全国に複数店舗を展開しています。このM&Aは、CLSAが日本国内でのリテール投資を強化する一環として行われました。
CLSAは、Aguグループの顧客基盤を活かし、アジア地域への事業展開や新店舗開発を加速させることを目指しています。また、グループの経営ノウハウを活用し、さらなる収益性の向上が期待されています。
引用元:https://www.nikkei.com/article/DGXMZO27582260R00C18A3TJ2000/
美容院・美容室業界でM&Aを実施する流れ
M&Aの専門家へ相談
M&Aは、さまざまな知識が必要とされます。取引では高額の資金が動くケースもあるため、M&A仲介業者などの専門業者に相談することをおすすめします。M&A仲介業者には、それぞれ得意な業界があるため、美容室のM&Aを依頼する際には、同じ業界で豊富な実績を持つ仲介業者を選択するようにしましょう。
マッチング候補の検討と選定
M&Aの目的や条件をある程度決定し、M&A仲介業者が所有する相手先企業のリストから自社に合ったM&A先の企業を検討・選定します。希望する企業に社名などを伏せたノンネームシートを提示して交渉を打診します。
トップ面談の実施
経営者同士といったトップによる面談です。M&A後の方針だけでなく、お互いの人間性を知るという目的も含まれています。秘密保持契約を締結し、お互いに詳細な内容を伝えたうえで売却条件やスケジュールなどの初期交渉を実施します。
基本合意書の締結
譲渡対象・価格・役員・従業員の雇用など、M&Aの内容がまとまった段階で基本合意書の締結を行うステップです。
デューデリジェンス
買い手側が売り手側の企業の財務や店舗を調べるため、公認会計士・弁護士などの専門家に依頼してデューデリジェンスを実施します。売り手側はデータの提供を行うなどして、買い手側に協力しなければなりません。
最終契約
デューデリジェンスの結果から、必要に応じて条件、価格などの最終的な交渉を行います。お互いが内容に合意したのちに、最終契約書を作成して契約を締結します。
まとめ
美容業界は、今後も市場の成長が期待できる業界です。美容院・美容室の店舗数は増加傾向にある反面、将来的な人員不足や競合他社との競争激化など、今後さまざまな課題に直面すると考えられています。特に小規模サロンでは、後継者不在問題に悩む経営者が少なくありません。M&Aを行うことにより、経営を継続しながら雇用を維持したり、収益増加が見込めたりするなど、さまざまなメリットが期待できます。
▼監修者プロフィール

岩下 岳(S&G株式会社 代表取締役) S&G株式会社
新卒で日立Gr.に入社。同社の海外拠点立上げ業務等に従事。
その後、東証一部上場のM&A仲介業界最大手の日本M&Aセンターへ入社ディールマネージャーとして、複数社のM&A(株式譲渡・事業譲渡・業務提携等)支援に関与。IT、製造業、人材、小売、エンタメ、建設、飲食、ホテル、物流、不動産、サービス業、アパレル、産業廃棄物処分業等、様々な業界・業種でM&Aの支援実績を有する。現在はS&G代表として、M&Aアドバイザー、及び企業顧問に従事している。