事業売却とは?4種類の売却方法とかかる税金、注意点について解説
事業売却とは、整理したい一部の事業や事業全体を別の企業に売却することで、損失を広げないようにするだけでなく、経営資源の効率化を目的として実施される場合もあります。売却で得た利益で新しいビジネスの展開を目的としたケースもあるでしょう。
この記事では、事業売却方法やかかる税金、注意点などについて解説します。新たな事業の展開を考えている人や事業承継に悩んでいる人は、ぜひこの記事を参考に、事業売却を検討してみてください。
事業売却とは?意味や目的
事業売却とは、会社または事業のすべて、もしくは一部を第三者に売却することです。事業そのものだけでなく、資産や負債・商品・流通経路・従業員も売却対象になります。
事業売却の主な目的は、次のとおりです。
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- 不採算部門を整理する
- ベンチャー企業のイグジット
- 後継者不足
複数の事業を展開している場合、不採算部門の整理を実施し、経営資源を効率化させることが主な目的です。また、ベンチャー企業が起業時の投資資本回収のために、第三者に事業を売却するイグジットを目的とするケースもあります。
昨今では、後継者不足を理由に事業売却を選ぶ中小企業が増えているのも特徴です。
実施年 | M&A実施件数 |
2013年 | 215件 |
2014年 | 343件 |
2015年 | 521件 |
2016年 | 844件 |
2017年 | 1,221件 |
2018年 | 1,535件 |
2019年 | 1,886件 |
2020年 | 2,139件 |
参考:「中小企業の経営資源集約化等に関する検討会取りまとめ~中小M&A推進計画~」
2013年と2020年を比較すると、M&Aの実施数が1,924件も増えており、中小企業の事業売却が増加傾向にあるといえるでしょう。
事業の売却価格の算出方法
事業の売却価格の算出は、基準にする数値によって次の3種類の方法に分けられます。
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- 時価純資産価額法:事業の純資産を基準にする
- DCF法:事業の収益性を基準にする
- EBITDA倍率:金利支払い前・税引き前・減価償却前・その他償却費前利益を基準にする
時価純資産価額法では、事業の資産と負債の時価を算定します。算出時点での純資産額を時価で評価するため、客観性が高いのが特徴です。
一方で、DCF(ディスカウント・キャッシュ・フロー)法は、過去の業績による利益だけでなく、将来の成長率も評価します。しかし、主観的予測が入りやすく、中小企業の売却価格の算出には不向きといえるでしょう。
買収後の投資回収年数がわかることから、中小企業でも利用しやすいのがEBITDA倍率です。何年で投資した資金を回収できるか事前にわかるため、損失を抱えるリスクを減らせます。
事業売却の4つの手法
事業売却には次の4つの手法があります。
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- 株式譲渡
- 事業譲渡
- 会社分割
- 合併
それぞれの手法の特徴と流れを理解したうえで、自社に合った方法を選びましょう。
1.株式譲渡
株式譲渡は、保有する株式を買手に譲渡する手法です。会社の経営権だけでなく、負債や契約・知的財産・許認可・従業員・顧客などすべてを譲り渡します。
ただし、買手は経営権をそのまま引き継ぐことから、欲しい事業以外にも不採算事業もまとめて引き受けるリスクがあるので注意しましょう。簿外債務を避けるためには、事前調査や買収監査が欠かせません。
株式譲渡の流れは次のとおりです。
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- 譲渡承認の請求(譲渡制限付き株式の場合)
- 取締役会・株主総会での承認
- 株式譲渡契約の締結
- 株式名簿の書き換え
- 決済
双方の合意が取れれば、支払い完了後に株式名簿を書き換えるだけで手続きが終わるため、中小企業のM&Aで選ばれる傾向にあります。
2.事業譲渡
事業譲渡は、事業の一部や全部を個別に承継する手法です。
資産や負債を個別に譲渡するため、簿外債務を引き受けるリスクを減らせます。また、整理したい事業だけを売却できるのも特徴です。
しかし、デメリットとして、個別に譲渡するので、それぞれの名義変更をしなければなりません。雇用契約や許認可、取引先との契約も結び直しが必要なことから、手続きに手間と時間がかかります。
事業譲渡の流れは次のとおりです。
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- 事前調査
- 契約締結
- 引渡・決済
許認可や各種契約を引き継ぎできない可能性もあるので、昨今ではあまり選択されません。
3.会社分割
会社分割は事業の一部や全部を分割してほかの会社に移転する手法です。整理したい部分のみを売却できるため、契約や許認可も一部を覗き原則そのまま引き継ぎできます。
また、分割の仕方によって、次の2種類に分けられるのも特徴です。
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- 吸収分割:分割した事業を既存企業が承継する
- 新設分割:新しく設立した企業が分割した事業を承継する
会社分割は、次の流れで実施されます。
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- 分割計画書の作成または分割契約書の締結
- 株主総会・取締役会での承認
- 債権者への通知
- 登記手続き(会社分割の実施)
株式譲渡と事業譲渡のよい部分を取り入れられ、手間がかからない手法であることから、会社分割を選ぶ企業は増えています。
4.合併
合併は複数の会社をひとつの法人格に統合する手法です。合併される側の会社は解散となり、合併する側の法人がすべてを包括承継します。
また、合併の仕方によって、次の2種類に分類されるのも特徴です。
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- 吸収合併:既存企業を合併法人とする
- 新設合併:新設した会社を合併法人とする
合併される側の会社の株主は、合併法人の株主になるため、株主保有割合の調整に時間がかかる傾向にあります。
合併の流れは次のとおりです。
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- 合併計画の作成
- 株主総会・取締役会での承認
- 債権者への通知
- 登記手続き(合併の実施)
グループ再編に多く利用されることから、中小企業にはあまり選択されません。
事業売却にかかる税金
事業売却にかかる主な税金は、次の表のとおりです。
手法 | 課税対象 | 主な税金と税率 |
株式譲渡 | 経営者・株主 | 所得税等(譲渡所得):20.315% |
事業譲渡 | 法人 | 法人税等:約30% |
会社分割(非適格の場合) | 経営者・株主 法人 | <経営者・株主の場合> 所得税:最大55.945% <法人の場合> 法人税:約30% |
合併(非適格の場合) | 経営者・株主 法人 | <経営者・株主の場合> 所得税:最大55.945% <法人の場合> 法人税:約30% |
参考:「事業売却とは?事業を売却する方法や相場、税金について解説」
事業売却は、手法ごとにかかる税金が異なるので注意しましょう。
株式譲渡:譲渡益に一律20.315%
株式譲渡では、売手の経営者や株主が得る譲渡益に、住民税と復興特別所得税を含めた所得税が一律20.315%かかります。一方で、課税資産の売買は発生しないため、消費税の対象にはなりません。
事業譲渡:法人税の課税対象
事業譲渡では、売手に発生した売却益が法人税の課税対象になります。
また、譲渡する資産に有形固定資産や無形固定資産などの課税対象が含まれている場合は、買手に消費税が発生するため注意しましょう。
消費税の主な課税対象は以下の表のとおりです。
課税対象 | 土地を除いた有形固定資産 無形固定資産 商品や原材料などの棚卸資産 営業権 |
非課税対象 | 土地 株式を始めとする有価証券 売掛金等の債権 |
不動産を譲渡する際は、買手に不動産取得税や登録免許税が発生します。
しかし、売却するのは会社の資産であるため、現金は売手に残るのが特徴です。
会社分割:要件を満たせば法人税がかからない
会社分割は、次の税制適格要件を満たしていれば、法人税がかかりません。
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- 金銭不交付要件
- 主要資産・負債引継要件
- 事業継続要件
- 事業規模要件または、経営参画要件
- 按分型要件
- 従業者引継要件
- 事業関連性要件
- 株式継続保有要件
ただし、事業売却に関連する会社分割の場合、金銭不交付要件や株式継続保有要件等に引っかかり、法人税が発生するため注意が必要です。
また、会社分割は会社の支配関係によって、要件の基準が異なります。支配関係の違いは次のとおりです。
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- 完全支配関係:子会社の株式を親会社が100%保有している
- 親子関係(支配関係):子会社の株式を親会社が過半数保有している
- 共同事業:支配関係がない
それぞれの支配関係の満たすべき要件は以下の表のとおりです。
完全支配関係 | 親子関係 | 共同事業 | |
金銭等不交付要件 | ◯ | ◯ | ◯ |
按分型要件 | ◯ | ◯ | ◯ |
主要資産・負債引継要件 | ◯ | ◯ | |
従業者引継要件 | ◯ | ◯ | |
事業継続要件 | ◯ | ◯ | |
事業関連性要件 | ◯ | ||
事業規模要件または、経営参画要件 | ◯ | ||
株式継続保有要件 | ◯ |
要件を満たしているかは、税理士やM&Aの専門家に相談しましょう。
一方で、株主の譲渡益と不動産は課税対象になります。そのため、譲渡所得税と不動産税、登録免許税が発生します。
会社分割は、課税資産の売買は該当しないので、消費税はかかりません。
合併:要件を満たせば法人税がかからない
合併も会社分割と同様に、税制適格要件を満たすことで法人税がかかりません。しかし、要件を満たさなければ、譲渡益に法人税が発生します。
会社分割と同様に、会社の支配関係によって、要件の基準が異なるので注意が必要です。基本的に、支配関係が薄くなるほど、法人税を節約するための要件は厳しくなっていきます。
また、課税資産の売買は発生しないので、消費税はかかりません。
事業売却前に準備すべき4つのこと
事業売却を始める前に、次の4つの準備が必要です。
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- 事業売却の目的を明確にする
- 事業を譲渡するスケジュールを決める
- 事業の業績調整をする
- 売却条件の優先順位を定める
事業売却を成功させるためには事前の準備が重要です。高く売却ができるように会社の身辺整理をしておきましょう。
1.事業売却の目的を明確にする
事業売却をしてどの程度の利益を得て、どのような未来を手にしたいのかの目的を考えましょう。譲渡先を探すうえでも、売却の目的を明確にするのは重要です。
また、一般的に事業売却には3ヶ月〜2年程度かかるため、目的を明確にしておくことで、売却に関する意思決定を迷わずにできます。
2.事業を譲渡するスケジュールを決める
「いつまでに事業を譲渡したいか」のゴールを決めると、具体的に動けるようになります。
売却するなら、事業評価が高いときを狙いたいと考える人は多いでしょう。しかし、実際には、ビジネスの実力(内部環境)や市場の勢い(外部環境)などによって、評価は変化します。
スケジュールを決める際は、内部環境と外部環境を考慮したうえで逆算するのがおすすめです。
3.事業の業績調整をする
成長が期待できる事業は評価が高いため、財務状況やどのくらい稼げる力があるかを明確にしましょう。実績を明確にするだけでなく、中長期的な売上計画を用意しておくことで、将来の成長見込みをアピールできます。
一方で、不正取引や反社会勢力とつながりがあると買手が見つからないので、注意が必要です。管理体制に不備はないか、不透明な取引はないか事前に確認しておきましょう。
万が一、問題が見つかった場合は、顧問税理士に相談し、解消に努める必要があります。
4.売却条件の優先順位を定める
希望する売却条件のすべてを受け入れてくれる買手はほとんどないため、どの条件を優先するかの順位づけが欠かせません。
優先順位を定めることで、交渉の場での意思決定も進めやすいでしょう。売却金額や従業員の雇用など、譲渡する際に譲れない条件を整理しておくのが重要です。
事業売却の3つの注意点
事業売却を進める際には、次の3つの点に注意が必要です。
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- 株主の承認が必要な場合がある
- 負債をすべて承継するとは限らない
- 許認可を引き継げない可能性がある
売却が失敗する可能性もあるため、しっかりと注意点を把握しておきましょう。
1.株主の承認が必要な場合がある
売却手法によっては、株主の承認を得られないと事業売却ができません。
株式会社の場合、経営しているのは代表取締役や取締役ですが、会社を所有しているのは株主だからです。そのため、事業売却の際には、株主の承認を得る必要があります。
また、多くの株主から同意を得るために、事業売却についての説明もしなければなりません。
2.負債をすべて承継するとは限らない
事業譲渡の場合、承継範囲は買手企業との話し合いで決まるため、事業のすべてを譲り渡せるとは限りません。特に赤字を理由に事業売却する際は、現在の借入は今の会社に残る可能性があるので注意しましょう。
また、不明確な資産や負債はトラブルにつながる場合があることから、事前に目録を作成しておくのがおすすめです。
絶対に負債を手放したいなら、すべてを譲り渡せる株式譲渡を選びましょう。ただし、会社は存続できません。
3.許認可を引き継げない可能性がある
事業譲渡では、免許や資格、許認可を引き継げません。
事業に必要な許認可や資格がある場合は、買手が取得し直す必要があります。買手の不利益につながる可能性もあるので、事前に資格や許認可の有無を確認しておきましょう。
事業売却をして新しい一歩を踏み出しましょう
事業売却は、損失を最小限に防ぐためだけでなく、経営資源の集中や起業時の投資回収を目的にも実施されます。昨今では、中小企業の事業売却も年々増加傾向にあります。
売却手法によって、事業の一部を譲渡するのか、包括的に承継するのかが異なるため、目的に合った方法を選びましょう。ただし、事業の一部を譲渡する場合は、負債を引き継ぎできない可能性があります。
また、売却時に発生する税金については、事業売却の手法によっても異なるので、税理士や公認会計士などの専門家に相談するのがおすすめです。少しでも有利に交渉を進められるように、事業業績の整理や中長期的な売上計画も準備しましょう。
【メタディスクリプション】
この記事では、事業売却の4つの手法や税金、注意点について解説しています。事業売却とは、第三者に事業の一部やすべてを売却することです。損失を最小限に防ぐためだけでなく、経営資源の効率化を図る目的で行われます。事業売却を検討している方はぜひご確認ください。
▼監修者プロフィール

岩下 岳(S&G株式会社 代表取締役) S&G株式会社
新卒で日立Gr.に入社。同社の海外拠点立上げ業務等に従事。
その後、東証一部上場のM&A仲介業界最大手の日本M&Aセンターへ入社ディールマネージャーとして、複数社のM&A(株式譲渡・事業譲渡・業務提携等)支援に関与。IT、製造業、人材、小売、エンタメ、建設、飲食、ホテル、物流、不動産、サービス業、アパレル、産業廃棄物処分業等、様々な業界・業種でM&Aの支援実績を有する。現在はS&G代表として、M&Aアドバイザー、及び企業顧問に従事している。