法務デューデリジェンスとは?チェックリストの内容から費用相場まで徹底解説
M&Aを行う場合、売り手企業の法的な環境を把握してリスクをヘッジしていくために、法務デューデリジェンスは重要です。
実際にどのような項目をチェックする必要があるのか、費用はいくらかかるのか、気になる人は少なくないでしょう。
そこで本記事では、
- 法務デューデリジェンスとは
- 法務デューデリジェンスを行う目的やタイミング
- 法務デューデリジェンスのチェックリスト
- 法務デューデリジェンスの流れ
- 法務デューデリジェンスの実務を担う専門家
- 法務デューデリジェンスの費用相場
について詳しく解説していきますので、参考にしてみてください。
目次
法務デューデリジェンスとは
法務デューデリジェンスとは、M&Aにおいて買い手が売り手に対して、法的な観点から行う調査・分析です。
英語表記では、Legal Due Diligenceであり、略して法務DDと呼ばれる場合もあります。
M&Aを計画していく際には、事前に調査・分析を行って、法的リスクを適切に把握していかなければなりません。
法務デューデリジェンスの結果、法的リスクの程度によっては、買収条件の変更にも繋がります。
また、M&Aを行った後における対応の検討を必要とする場合もあり、多角的視点で法務デューデリジェンスを実行するのが望ましいです。
法務デューデリジェンスを行う目的
法務デューデリジェンスを行う目的は、法的な問題点を明らかにして、透明性を高めることです。
法律上の問題点が明らかになっていない企業をM&Aするのは、リスクが高いと言えます。
M&Aを行った後に問題が顕在化すれば、企業の継続が断たれてしまう可能性も考えられるからです。
法務デューデリジェンスにより法的なリスクを明らかにして、買収する企業を適切に評価することで、買収価格を引き下げたり、経営方針を変更する場合もあります。
法律上の問題は、企業における取引の障害となり経営判断に影響していくので、法務デューデリジェンスで事前に把握するのが賢明です。
法務デューデリジェンスを行うタイミング
法務デューデリジェンスを行うタイミングは、M&Aの基本合意した後、最終合意を締結する前です。
M&Aは以下の基本的な流れで実施されます。
- M&A仲介業者とのアドバイザリー契約
- ノンネームシートで提案、ネームクリア
- 企業価値評価・スキームの選択
- トップ面談
- 基本合意
- デューデリジェンス実施
- 最終契約
法務デューデリジェンスを行った結果、法的なリスクが想定よりも大きいなど、買い手側において、契約条件の変更を行っても契約締結できない状況であると判断した場合には、M&Aを断念せざるを得ない可能性もあります。
法務デューデリジェンスのチェックリスト
法務デューデリジェンスでは、確認するべき項目をチェックリストとしてまとめておく必要があります。
こちらでは、法務デューデリジェンスにおけるチェックリストを以下の項目ごとに解説していきます。
- 会社組織
- 株主・株式の状況
- 取引・契約
- 資産・負債
- 人事・労務
- 法令遵守・許認可
- 訴訟・その他紛争
- コンプライアンス
- 環境問題
- 知的財産権
会社組織
会社組織では、対象企業が法律に従って設立されているか、対象会社の経営にあたってコンプライアンスに違反していないかを確認します。
会社組織では、以下の項目がチェック対象です。
- 定款
- 社内規程類
- 商業登記簿謄本
- 取締役会議事録
株式会社や持分会社は、それぞれ会社の種類に応じて会社法における設立手続きにより設立しなければなりません。
また株式譲渡によるM&Aを行う場合、株式に譲渡制限が付されているのであれば、会社法139条1項に基づき取締役会設置会社では取締役会決議、取締役会非設置会社では株主総会決議が必要なので注意しなければなりません。
株主・株式の状況
株主や株式の状況とは、対象会社の株式が適正な手続きにより発行された株式であり、株主が瑕疵ある手続きにより株式を取得していないかなどをチェックします。
M&Aを行ったあとに、譲り受けた株式が瑕疵ある手続きにより発行された株式であることなどが発覚して無用なトラブルに発展する可能性も考えられるからです。
他の株主と株式を持ち合うことになるのであれば、他の株主と共同経営することになるのですから、他の株主の素性、構成や持ち株比率などをしっかりと調査しておかねばなりません。
法務デューデリジェンスにおいて、株主の構成や株券の状況も含めて、株主名簿や株主総会議事録を確認しておくのが望ましいです。
取引・契約
取引・契約では、対象企業の取引状況や今行っている契約についてチェックします。
各取引・契約の有効性や適法性、契約によって生じる権利関係に問題がないか、確認していかなければなりません。
対象企業にとって重要な取引先との契約関係が、M&Aによってどのように変化するのかを事前に把握していくことで、M&Aを行った後における経営方針を検討することができます。
M&Aを実行したことにより、取引が打ち切られてしまう可能性があるのであれば、経営状況の悪化することを予測することができます。
例えば、取引先との契約でチェンジオブコントロール条項(COC条項)が設けられている場合では、M&Aによって経営権が変わった際に取引先から契約を解除される可能性があります。
COC条項が取引についている場合には、特に注意が必要です。
資産・負債
資産・負債では、所有権や担保権、保証債務などについてチェックします。
不動産や金融資産などにおける所有権や担保権は、契約内容の確認をしておかなければなりません。
資産の性質・状態を含めて、M&Aの後においても問題なく利用できる資産であるかは確認しておくべき項目です。
また、簿外負債があることもある場合には返済義務を引き継ぐことになるので、簿外負債が存在していないか慎重に調査しておくのが賢明です。
人事・労務
人事・労務では、ハラスメントの有無や労働環境などについてチェックを行います。
セクハラやパワハラなどが横行している環境では、後に大きな問題になる可能性が高いです。
労働環境においても、労働基準法を遵守した適切な労働条件のもと、管理が行われているか確認しておかなければなりません。
また、従業員のエンゲージメントによっては、M&Aにより退職してしまう可能性も考えられます。
M&Aが人事や労務にどのような影響を与えていくのか、M&Aを行った後における労働環境を想定しておくことが大切です。
法令遵守・許認可
法令遵守・許認可では、対象会社の運営にあたって関連した法令を遵守しているか、必要な許認可申請を行っているかチェックします。
M&Aを行ったあとに法令を遵守していないことが明らかになれば、予期せぬ事態により大きな損失を被る可能性があるからです。
事前に法令違反が発見されれば、M&A自体がなくなる場合もある重要な事項と言えます。
また、特定の事業には許認可が必要であり、許認可を受けていなければ行政処分や法的な責任を負う場合もあるので注意しなければなりません。
訴訟・その他紛争
訴訟・その他紛争では、訴訟の有無や訴訟に繋がる原因がないかをチェックします。
M&Aによって取得する企業が現時点で訴訟を抱えていないかは、当然確認しておかなければなりません。
訴訟問題は大きな支出を伴う場合があるので、特に注意しなければならない項目であり、過去の訴訟から将来的に訴訟されるリスクがないかも合わせて理解しておくのが賢明です。
訴訟やその他紛争は、請求される金額の支払いなどの直接的な影響だけではなく、営業の障害となる可能性があります。
コンプライアンス
コンプライアンスでは、法令遵守だけではなく、企業内部における倫理観やモラルなど、統制が図られているかをチェックします。
コンプライアンスが適切に行われているかの確認は、内部通報や内部統制が適切に存在しているかにより判断しなければなりません。
内部通報や内部統制が適切に整備されているか、運用されているかの確認を行い、実際に機能しているか調査・分析します。
また、反社会的勢力との関係がないかも確認しておき、予期せぬリスクをヘッジしていくことも大切です。
環境問題
環境問題では、工場や研究施設などにおける環境汚染のリスクをチェックします。
工場などでは、関連する法律に違反していると、M&Aを行っても動かすことが出来ない可能性もあります。
環境問題から生ずる原状回復するためのコストの把握が、M&Aの条件に影響する場合も考えられるので注意が必要です。
環境における問題の把握は、法務デューデリジェンスではなく、環境デューデリジェンスで取り扱われることも多いと言えます。
知的財産権
知的財産権では、知的財産の権利を侵害していないか、適切に管理が行われているかチェックします。
一般的な知的財産権には以下の項目があります。
- 特許権
- 実用新案権
- 商標権
- 著作権
知的財産権を侵害している場合には、損害賠償請求や差し止め請求だけではなく、刑事罰が問われる場合もあるので注意しなければなりません。
また、知財管理により取得した知的財産権を、運用できているのか把握しておくと有用です。
商標や特許などの知的財産を保有している場合は、商標登録簿や特許登録原簿などを実際に確認します。
法務デューデリジェンスの流れ
法務デューデリジェンスには流れがあり、どのような手順で行っていくのか、把握しておきましょう。
法務デューデリジェンスの基本的な流れに沿って、以下の項目ごとに解説していきます。
- 1.調査範囲と調査体制の検討
- 2.必要資料の開示請求
- 3.資料の検討と精査
- 4.マネジメントインタビュー
- 5.現地調査
- 6.報告書の作成、最終報告
1.調査範囲と調査体制の検討
法務デューデリジェンスでは、調査範囲と調査体制の検討から始めます。
広い範囲を緻密に調査するのが望ましいですが、コストや時間がかかり過ぎてしまうのであれば、対象会社の営業の妨げやM&Aを実行することへの支障になります。
費やせるコストや時間を前提として、ニーズを反映した最適な調査範囲を設定していくことが必要です。
また、法務デューデリジェンスは専門知識がなくてはならず、外部機関への依頼を視野に入れて調査体制を検討します。
2.必要資料の開示請求
調査範囲や調査体制の検討が終われば、必要資料の開示請求を行います。
専門家によるチェックリストを参考に、必要な資料のリストを作成して、売り手側(対象会社)に開示請求するのが一般的です。
売り手側はすべての情報を開示してくれるとは限りませんので、必要な資料を買い手側が適切にリストアップして開示請求しておかなければなりません。
M&Aの後に、必要な情報提供を受けないことで問題が生じたとしても、買い手側が資料を請求しなかったことによる責任になる可能性もありますので、漏れなく開示請求を行う必要があります。
3.資料の検討と精査
請求した資料が開示されれば、資料の検討・精査を行います。
M&Aにおける資料は、膨大であり効率的かつ正確に閲覧していかなければなりません。
閲覧していく過程で追加で必要な資料が出てきた場合には、その都度売り手側の企業に請求を行います。
資料を閲覧しながら、マネジメントインタビューを行う際の質問リストとしてまとめておくと効率的です。
見逃しが生じていれば、後に大きな問題になる恐れもあるので、丁寧な閲覧が求められます。
4.マネジメントインタビュー
資料の検討と精査が終われば、マネジメントインタビューを行います。
売り手側の経営者や役員、従業員と面談をして、企業における具体的な状況を実質的に読み解いていきます。
資料の検討と精査により生じた疑問や不明点を質問することで、明らかにしておくのが大切です。
中でも経営者は、最高経営責任者であり意思決定の中核を担う人物なので、重要視して調査や面談等を行いましょう。
5.現地調査
現地調査では、実際に現地に足を運んで調査しますが、一般的にはマネジメントインタビューと同時に行われます。
社外に持ち出せない機密情報もあるため、実際に現地において確認を行っておかなければなりません。
機密情報は、詳細かつ重要な情報であり資料請求の際における資料では把握できなかった、新たな問題点が出てくることもあります。
6.報告書の作成、最終報告
現地調査までが終わると報告書を作成して、買い手企業に最終報告を行います。
議題となるのは、法務デューデリジェンスを行った結果、どのような法的な問題が発見されたのか、問題が経営に与える影響です。
法的な問題の影響が大きい場合には、M&Aにおける取引価格や条件に影響を与える可能性もあります。
両者が最終的な合意ができないと判断した場合、破談になる場合も考えられるので、慎重に行っていかなければなりません。
法務デューデリジェンスの注意点
法務デューデリジェンスでは、法律に関する詳しい理解が求められるので、簡単に出来る業務ではありません。
法律の問題は、企業の経営に関連する大きな問題に発展してしまうこともあり、慎重に調査・分析する必要があります。
法務デューデリジェンスでは、以下の注意点を意識するのが重要であり、項目ごとに解説していきます。
- 提出資料や数値だけで判断しない
- 他分野のデューデリジェンス結果も考慮する
- 情報の漏えいに注意する
- 企業法務やM&Aの専門家に依頼する
提出資料や数値だけで判断しない
提出された資料や数値だけで判断してしまうと、形式的な判断になってしまいかねません。
インタビューや調査を通じて、実質的な企業の状況を把握しながら、判断していくのが望ましいです。
提出された資料や数値は、意図的であるか否かに関わらず、前提としている状況が誤っている場合もあります。
実際に自分の目で見ていくのが、法務デューデリジェンスで最適な判断をするのに重要です。
他分野のデューデリジェンス結果も考慮する
デューデリジェンスは、法務デューデリジェンスだけではなく、他の分野におけるものもあります。
他の分野におけるデューデリジェンスの結果と整合を図りながら、勘案していくのが望ましいです。
他分野には以下のデューデリジェンスがあります。
- 財務デューデリジェンス
- 環境デューデリジェンス
- 人事デューデリジェンス
- ITデューデリジェンス
他分野におけるデューデリジェンスと連携して、幅広い視野観点から検討していくのが、実質的な判断には重要です。
情報の漏えいに注意する
機密情報を数多く取り扱うため、情報漏えいに注意していかなければなりません。
機密情報の漏洩は、企業において会社の経営に大きな影響を及ぼす可能性がある重要な事案です。
もし情報が漏えいしてしまえば、信頼関係が揺らいでしまうことになり、最悪の結果M&A自体がなくなってしまうかもしれません。
適正な取引を行う為にも、法務デューデリジェンスの各段階において最善の注意を払い、情報が漏えいしないようにしていく必要があります。
企業法務やM&Aの専門家に依頼する
法務デューデリジェンスは、法律に関する専門知識が必要なため、外部の専門家に依頼するのが一般的です。
法務デューデリジェンスを適切に行うには、企業法務に強い専門家に依頼するのが吉と言えます。
専門家の中でも詳細な専門分野があるので、企業法務に詳しくM&Aや法務デューデリジェンスを行った実績の豊富な専門家への依頼が鍵を握ります。
実績の豊富な専門家への依頼は、法務デューデリジェンスの実施だけではなく、多角的な視点で相談を行うことができて適宜アドバイスをして貰えるので有益です。
法務デューデリジェンスの実務を担う専門家
法務デューデリジェンスは誰が担うかという点において、特に決まりはありません。
買収側の従業員が行う場合もありますが、一般的には弁護士に依頼することが多いです。
M&Aは専門性が高く、依頼できる専門家が限られてくるので、M&Aに精通した弁護士を選ぶなど、依頼する専門家に注意して選択していく必要があります。
適切なM&Aを行うにあたって強力なサポートになるので、慎重に選択を行うのが賢明です。
弁護士
法務デューデリジェンスにおいて、最も必要な企業法務に関する知識を兼ね備えているのが弁護士です。
一方で、弁護士にもそれぞれの専門分野があり、M&Aを専門としている弁護士を選択していかなければいけません。
業務を依頼しても実績が豊富でなければ、円滑な業務を行っていくことが出来ないからです。
M&Aにおける専門家は弁護士だけに留まらず、他の専門家との協力が必要になってきます。
他士業とのネットワークがある弁護士に依頼できれば、M&Aをさらに円滑に進めていくことが可能です。
司法書士
司法書士も弁護士と同じく法律に関する専門家であり、登記や供託などの法律事務を実施します。
弁護士とは異なり法律上行える業務は限定されますが、法律の中でも登記の専門家である司法書士に依頼すれば、登記情報を閲覧して法律上の問題点がないか探っていけるようになるので有益です。
M&Aにおいて、法務デューデリジェンスは弁護士への依頼が多いですが、司法書士の視点から法律に関するリスクを把握していくことも大切です。
法務デューデリジェンスの費用相場
法務デューデリジェンスの相場は、調査の範囲や内容に応じて50〜500万円と幅広く、大規模になれば1,000万円を超えてくるケースもあります。
大規模なケースでは、調査・分析する資料が大量であり、大変な労力を要するので高額になりがちです。
法務デューデリジェンスは、M&Aにおけるプロセスの中でも特に専門的な知識が必要とされるため、費用が高くなります。
調査・分析を行う範囲によっても費用が異なるので、コスト面からも専門家と相談しながら決めていくのが望ましいです。
まとめ
今回は、法務デューデリジェンスにおけるチェックリストや費用相場まで解説してきました。
以下が法務デューデリジェンスのまとめです。
- 法務デューデリジェンスはM&Aにおいて法律的な観点から行う調査・分析
- 行う目的は法律的な問題やリスクを把握するため
- 行うタイミングは基本合意の後、最終合意の前
- チェックリストをうまく活用する
- 基本的な流れに沿って実施する
- 情報漏えいに注意して実質的に判断
- 実務を担う専門家は弁護士や司法書士
- 費用相場は50~500万円程度
法務デューデリジェンスは、M&Aにおいて法律的な観点から、問題点やリスクを把握していくのに重要な業務です。
他のデューデリジェンスと連携しながら、専門家の協力のもとに適切な取引を行えるよう、実績のある専門家の起用を検討してみてください。
▼監修者プロフィール
岩下 岳(S&G株式会社 代表取締役) S&G株式会社
新卒で日立Gr.に入社。同社の海外拠点立上げ業務等に従事。
その後、東証一部上場のM&A仲介業界最大手の日本M&Aセンターへ入社ディールマネージャーとして、複数社のM&A(株式譲渡・事業譲渡・業務提携等)支援に関与。IT、製造業、人材、小売、エンタメ、建設、飲食、ホテル、物流、不動産、サービス業、アパレル、産業廃棄物処分業等、様々な業界・業種でM&Aの支援実績を有する。現在はS&G代表として、M&Aアドバイザー、及び企業顧問に従事している。