M&Aにおけるストラクチャリングとは?ストラクチャーを検討するための要素3つと注意点
ストラクチャリングは自社にとって最適なストラクチャー(スキーム)を選定するために用いられる手法で、M&Aにおいて大変重要な役割をはたしています。
ストラクチャーとはM&Aの取引形態である、株式譲渡、事業譲渡、分割、合併、株式交換、株式移転の総称です。
会計・税務・法務の3つの観点からしっかりと検討し、M&Aを進めていくことが大切です。
本記事ではM&Aにおけるストラクチャリングについて、ストラクチャーの種類と選定時に押さえておくべきポイントについてわかりやすく解説しています。
M&Aで最適なストラクチャーを選定したいと考えている人はぜひ参考にしてください。
目次
M&Aにおけるストラクチャリングとは
ストラクチャリングはM&Aにおいて最適な取引の構造を設定する手法で、次の目的で行われます。
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- リスクの最小化
- 税務の最適化
- シナジー効果の最大化
会計・財務・法務の3つの観点から検討し、最適なストラクチャー(スキーム)を選択していきます。
ストラクチャーによっては偶発債務の潜在的リスクを負ってしまうため、事前に入念なデューデリジェンスを行って対策する必要があります。
ストラクチャーの種類によって最終的な関係や手続きなども変わってくるため、目的に合わせた選択が必要です。
ストラクチャーの決定はM&Aにおいて大変重要な工程であり専門知識が必要になるため、弁護士・会計士・税理士・ファイナンシャルアドバイザーなどの専門家への依頼をおすすめします。
ストラクチャリングはM&Aのプロセス全体で行う
ストラクチャリングはM&Aおける以下のプロセスすべてにおいて必要不可欠です。
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- 対象企業の選定
- デューデリジェンス
- 交渉と契約成立
- 実行
M&Aの初期段階では対象企業を選出し、目的に即した幅広いストラクチャーを検討します。
そのあと実施するデューデリジェンスの結果をふまえ、売り手側企業の潜在的リスクや課題を考慮して選択肢を絞り込む作業が必要です。
次に売り手側企業と買い手側企業で交渉し、お互いの目的や条件をすり合わせて最適なストラクチャーを決定します。
M&A成立後は選定したストラクチャーに必要な手続きや取引に進んできます。
M&Aを成功させるためにはプロセス全体でストラクチャリングに取り組み、それぞれのプロセスで柔軟にストラクチャーを検討していくことが大切です。
M&Aにおける代表的なストラクチャー(スキーム)の種類
M&Aの取引における代表的なストラクチャー(スキーム)を6つ紹介します。
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- 株式譲渡
- 事業譲渡
- 会社分割
- 合併
- 株式交換
- 株式移転
それぞれ税務・会計・法律的に影響が異なるため、どの取引形態が合っているか事前に確認しておきましょう。
株式譲渡
株式譲渡はもっともよく用いられるストラクチャーで、買い手側企業が売り手側企業のもつ株をすべて保有することで経営権を得る手法です。
メリット | デメリット |
・手続きが難しくない ・資産・負債・契約すべてを引き継げる | ・潜在的なリスクも引き継ぐ |
株式譲渡は株式譲渡契約書の締結と現金の受け渡しのみで完了するため、ほかのストラクチャーと比べて手続きが少なくなります。
株式譲渡は経営権が移動するだけなので、従業員や取引先への影響が少ないという特徴もあります。
一方で、資産や負債をすべて包括して引き継ぐため、債務保証や第三者からの訴訟などの偶発債務を負うリスクも考慮しなければなりません。
負債を負うリスクを回避するためにも、事前に入念なデューデリジェンス(事前調査)を実施しておく必要があります。
事業譲渡
事業譲渡は事業の一部またはすべてを譲渡し、経営権は譲渡しない手法です。
不採算事業を切り離し、別の事業にコミットしたい場合に活用されます。
メリット | デメリット |
・引き継ぐ事業を選べる ・負債を引き継ぐリスクを回避できる | ・手続きが複雑 ・契約について承諾が必要 |
事業譲渡では事業に関わる人材・設備・ノウハウ・契約などの有形・無形資産を個別に選定して売買できます。
資産や負債に関しても自由に選定できるため、適切なデューデリジェンスを行えば偶発債務の潜在的リスクも回避可能です。
一方で、手続きが株式譲渡に比べて複雑という点には注意しましょう。
M&A成立後は買収企業の従業員や取引先において、買い手側企業が再度契約しなおす必要があります。
譲渡対象の従業員と再度契約しなおす際には、原則として従業員の同意が必要となることも留意しておきましょう。
分割
会社分割は会社を事業ごとに引き継ぐ手法であり、大きく以下の2つに分けられます。
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- 新設分割
- 吸収分割
新設分割では売却した企業に対し新たな法人を設立し、吸収分割では売却した企業を既存の法人で継承します。
売り手企業側で会社の立て直しを図っている場合や、好調な事業に集中したい場合に活用されることが多い手法です。
事業ごとに引き継ぐという点では事業譲渡と似ていますが、会社分割では資産・負債・契約を個別には扱いません。
手続きは事業譲渡に比べて簡単ですが、潜在的な負債を抱えるリスクが高くなるため入念なデューデリジェンスが求められます。
合併
合併は売り手側企業と買い手側企業をひとつの会社に統合する手法で、大きく以下の2つに分けられます。
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- 新設合併
- 吸収合併
新設合併は合併する会社を一度消滅させ、新たに設立する会社に統合させる方式です。
吸収合併は合併する会社のうち1社を存続させ他の会社を吸収する方式で、多くのM&Aで吸収合併が選択されています。
吸収された企業は消滅し、資産・負債・契約などが包括的に買い手側企業に引き継がれます。
複数の事業がひとつに統合されるため、シナジー効果が期待できるのもメリットのひとつと言えるでしょう。
しかし負債などもすべて引き継ぐため、債務保証や第三者からの訴訟など偶発債務のリスクも否定できません。
潜在的リスクを事前に把握しておくためにも、ストラクチャー決定の際は入念なデューデリジェンスが必要となります。
株式交換
株式交換とは買い手側企業が売り手側企業の株式を取得し、かわりに買い手側企業の株式を売り手側企業に一定割合保有させる手法です。
メリット | デメリット |
・契約の際に現金の持ち出しが必要ない ・M&A成立までが早い | ・潜在的リスクを抱える ・株価下落のリスクがある |
株式交換は買収の際に現金の持ち出しを必要としないため、大規模なM&Aに適しています。
株式による取引で資金調達の負担が軽減されるほか、M&Aは株主総会の決議のみで実行できるため比較的スピード感のある取引が可能です。
一方で、株式交換は売り手企業のすべてを包括的に引き継ぐため、潜在的な負債のリスクも負ってしまいます。
また株式交換によって買い手側企業では新たに株を発行するため、1株あたりの価値の下落にも気を付けましょう。
株式交換は交換比率を取り決めるのが難しいため、現金対価や株式移転など他の手法と組み合わせるケースも少なくありません。
株式移転
株式移転は複数の企業が共同で持株会社を設立し、各社の株主に持株会社の株式を交付する手法です。
株式交換とよく混同されますが、親会社となるのが買収側企業か新設会社かの違いがあります。
メリット | デメリット |
・契約の際に現金の持ち出しが必要ない ・組織としての独立性を維持できる | ・持株会社の設立が必要になる ・経営方法次第ではシナジー効果を期待できない |
株式移転も株式交換と同様、株式の交付によって取引されるため現金の持ち出しが必要ありません。
株式移転では売り手側企業が子会社として組織の独立性を維持できるため、経営の体制や人事制度の変化も少なくスムーズな統合が可能です。
一方で、新設会社を設立するために法的手続きや株主総会の開催などが必要になります。
新システムの導入や組織体制の整備などで、一定のコストもかかる点に留意しておきましょう。
またグループ内での部門重複や子会社間の関連性が低い場合には、シナジー効果が得られにくいケースもあります。
ストラクチャーの決定に必要な3つの要素
ストラクチャーを決定するためには以下の3つの要素が重要になります。
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- 会計
- 税務
- 法務
最適なストラクチャリングを行うためにも、ぜひ参考にしてください。
会計
会計の観点では、企業の財務状況や資金の流れを正確に理解しておくことが大切です。具体的には以下の項目の検討が含まれます。
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- 財務諸表の分析
- 企業価値の評価
- 資金調達・回収の計画
財務諸表や企業価値の分析では、財務デューデリジェンス(事前調査)で潜在的なリスクも含めて適切に評価するようにしましょう。
資金調達と資金回収の計画も事前に立て、M&Aによる取引が財務戦略に合致し、長期的な収益性と成長が期待できるか検討する必要があります。
ストラクチャーを選定しM&Aが成立してから、どのような損益が発生しうるか具体的に算出しておくことが大切です。
M&Aによって達成したい財務上の目的を明確にし、それに合わせて最適なストラクチャーを検討していきましょう。
税務
税務の観点ではM&Aでの取引にかかる売り手側、買い手側それぞれの税負担について検討する必要があります。
オーナー経営者が株式譲渡で事業を売却した場合、譲渡価格から必要経費を引いた金額に、所得税・住民税・特別復興所得税を合算した20.315%が課税されます。
事業譲渡では資産の種類や譲渡の方法によって異なる税率が適用されるため、売却前に資産ごとでかかる税率を詳しく分析しておくことが大切です。
買い手側企業も取得した株式や減価償却の方法、期間によって税負担が変わるため、事前に細かく分析しておきましょう。
法務
法務の観点からは、各ストラクチャーごとの必要な法的手続きについて確認しておきましょう。
たとえば事業譲渡では、従業員や取引先に対する個別の再契約が必要となります。独占禁止法の企業結合規制への対応も重要で、売り手側と買い手側の売上高合計額によっては、公正取引委員会への届け出や審査が必要となるケースもあります。
また、取引に関する以下の法的リスク最小化も必要です。
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- 法令遵守
- 契約違反
- 訴訟リスク
- 知的財産権の侵害
- 雇用法
これらのリスクを適切に管理するために、入念なデューデリジェンスで契約内容・訴訟関連書類・知的財産関連書類について、事前にすべて洗い出しておきましょう。
ストラクチャー選定で押さえておくべきポイント
ストラクチャーを選定するうえで押さえておくべきポイントを以下の観点から解説します。
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- 買い手のポイント
- 売り手のポイント
買い手側、売り手側によって押さえるポイントが異なるため、それぞれ参考にしてください。
買い手のポイント
買い手側におけるストラクチャーを選定するためのポイントは以下の2つです。
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- 事業の取得範囲
- M&A成立後の形態
資産・事業・株式など対象によって必要な手続きが異なるため、目的に合った取得対象を選定しましょう。
買収による財務負担と、将来的な収益性を慎重に検討したストラクチャーの選定が必要です。
M&A成立後の形態も双方の事業内容に合わせて検討する必要があり、関連性が高い場合は「事業統合」という選択が高いシナジー効果を期待できるでしょう。
売り手側企業と買い手側企業の事業の関連性や関係性を個別に分析し、最適なストラクチャーを選定することが大切です。
売り手のポイント
売り手側におけるストラクチャーを選定するためのポイントは以下の3つです。
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- 売却の目的に合致した選定
- 税務効果の最適化
- M&A成立後のリスク管理
後継者不在による引退や新規事業の立ち上げなど、目的によって最適なストラクチャーを選定する必要があります。
リタイアによる売却であれば、多くのケースで手続きがシンプルな株式譲渡が選択されます。
不要な事業や債務を切り離したい場合は、事業譲渡を検討するケースが多いでしょう。
株式譲渡が一律20.315%の税負担であるのに対し、事業譲渡では資産の種類によって税率が異なります。
売り手側の背景や目的に応じて、税務コストを最小限に押さえられるようなストラクチャーを個別で選定していくことが大切です。
またM&A成立後に発生する可能性がある潜在的リスクについて、スキームの選定や表明保証条項などで対策しておくことも有効です。
ストラクチャーの選定で注意すべきこと
ストラクチャーの選定で注意するべきことは以下の2つです。
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- ストラクチャーの種類によって税負担が異なる
- ストラクチャーの種類によって手続きが異なる
M&Aを進めるうえで重要な項目なので、ぜひ参考にしてください。
ストラクチャーの種類によって税負担が異なる
各ストラクチャーの税金や種類についても確認しておく必要があります。
例として、株式譲渡と事業譲渡の売り手側の税負担について以下にまとめました。
ストラクチャー | 税負担 |
株式譲渡 | 【個人】 ・所得税:20.315% (所得税・住民税・特別復興所得税) 【法人】 ・法人税:約30% |
事業譲渡 | 【個人オーナー】 ・所得税:20.315% (所得税・住民税・特別復興所得税) ・消費税 【法人】 ・法人税:約30% ・消費税 |
株式譲渡では個人と法人で売却益にかかる税率が異なります。
法人の場合は別事業と損益を通算できるため、別事業との合算で利益が0の場合法人税はかかりません。
事業譲渡では株式譲渡にかかる税負担に加えて、消費税が課税されます。
消費税は特許権や設備、売り手企業が販売目的で所有している製品などが含まれ、土地や有価証券は含まれません。
ストラクチャーの選択は売り手の税務負担に大きな影響をあたえるため、検討の段階で各選択肢における課税の影響を慎重に評価するようにしましょう。
ストラクチャーの種類によって手続きが異なる
M&Aにおける各種手続きの必要性について、ストラクチャーの種類ごとにまとめました。
ストラクチャー | 株式総会決議 | 債権者保護手続 | 適格要件の確認 |
株式譲渡 | 不要 | 不要 | 不要 |
事業譲渡 | 必要 | 不要 | 不要 |
会社分割 | 必要 | 必要 | 必要 |
合併 | 必要 | 必要 | 必要 |
債権者保護手続は債権者に取引の情報を通知し、債務履行の機会を提供する手続きです。
適格要件の確認では、M&Aでの取引が法的基準や税務上の優遇措置を受けられるかなどを確認します。
株式譲渡で必要な手続きは株式譲渡契約書の締結と現金の受け渡しのみであり、M&Aのなかではもっとも簡単な手法です。
事業譲渡では資産・負債の継承や従業員の再契約などの手続きが必要となり、株式譲渡と比較して手続きが複雑になります。
会社分割や合併ではさらに債権者保護手続きや適格要件の確認が必要となるため、関係者への配慮も必要になります。
手続きについて漏れや遅延が生じないよう、M&Aの進行は専門家の指導のもとで綿密に計画しましょう。
M&Aを成功させるためには適切なストラクチャーの選定が必要
本記事ではストラクチャリングについて、代表的なストラクチャーと選定のポイント、注意すべきポイントについて解説しました。
ストラクチャリングはM&Aのすべてのプロセスにおいて重要な役割をはたします。
ストラクチャーの選定を誤ってしまうと、潜在的なリスクの包括や売却益に対する予想以上の課税などさまざまな課題を抱える原因となってしまいます。
M&A成立後に後悔しないためにも、会計・税務・法務の3つの観点から多角的にストラクチャーを選定しましょう。
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【ディスクリプション】
ストラクチャリングがM&Aの各プロセスにおいてはたす役割は非常に重要です。
この記事では会計・税務・法務の3つの観点から、最適なストラクチャー(スキーム)を選定するためのポイントをわかりやすく解説しています。
▼監修者プロフィール

岩下 岳(S&G株式会社 代表取締役) S&G株式会社
新卒で日立Gr.に入社。同社の海外拠点立上げ業務等に従事。
その後、東証一部上場のM&A仲介業界最大手の日本M&Aセンターへ入社ディールマネージャーとして、複数社のM&A(株式譲渡・事業譲渡・業務提携等)支援に関与。IT、製造業、人材、小売、エンタメ、建設、飲食、ホテル、物流、不動産、サービス業、アパレル、産業廃棄物処分業等、様々な業界・業種でM&Aの支援実績を有する。現在はS&G代表として、M&Aアドバイザー、及び企業顧問に従事している。