吸収分割とは?新設分割との違いやメリット・デメリットをわかりやすく解説
「会社の事業の一部を売却したい」
「新設分割との違いを知りたい」
このような疑問を抱いている方へ、本記事では吸収分割の概要やメリット・デメリットを解説していきます。
吸収分割にはシンプルかつ低コストで売却できますが、株主の地位と株価へ影響を与える可能性があるので注意が必要です。
会社を効率的に売却するためには、吸収分割と新設分割の違いをしっかりと理解し、メリットを得られる方法を選択することが重要です。
吸収分割とは?2つの分社方法を解説
吸収分割とは、会社の事業のうち特定の事業のみを分離して売却する方法のことで、以下のような分割方法があります
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- 分社型吸収分割
- 分割型吸収分割
それぞれの2つの方法について詳しく解説していきます。
分社型吸収分割
分社型吸収分割は、分割会社が承継会社へ会社を分割した上で、株式や金銭を対価として受け取る方法です。
単純に譲渡した側が譲渡を受ける側から対価を受け取るので、もっともわかりやすい方法だと言えます。
分割型吸収分割
分割型吸収分割とは、分割会社が会社を分割した上で承継会社へ譲渡する方法です。
買収の対価は金銭か株式で支払えます。株式として対価を受け取った場合、分割された会社の株主は承継会社の株主にもなるので、間接的に買収後も経営権を取得できます。
新設分割と吸収分割の違い
新設分割とは、新たに会社を設立して譲渡する事業を新会社へ承継させる方法です。
新設分割にも、分割会社へ金銭や株式などを交付する「分社型吸収分割」と、分割会社の株主へ金銭や株式を交付する「分割型吸収分割」の2種類に分かれます。
分割事業を承継会社の子会社としたい場合には、新設分割が向いている場合もあります。
吸収分割の5つのメリット
吸収分割は新設分割と比較して以下の5つのメリットがあります。
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- 低コストで実施できる
- 事業譲渡よりも移転手続きがシンプル
- 経営のスリム化集中化が図れる
- 従業員の同意が不要
- 組織や株主を整理できる
低コストかつシンプルに実施できるのが大きな特徴です。
5つのメリットについて詳しく解説していきます。
1.低コストで実施できる
吸収分割は新設分割のように、新たに会社を設立する必要がないので低コストで会社を分割できます。
また、分割会社へ支払う対価として承継会社の株式を選択すれば、株式を発行すればよいので多額の買収資金の用意が必要ありません。
さらに、分割会社の資産を簿価で承継会社が引き継げる「適格分割」が認められた場合には、消費税も発生しません。
2.事業譲渡よりもシンプルに手続きできる
吸収分割は事業譲渡によって事業を売却するよりも、手続きがシンプルです。
事業譲渡した場合には、取引先との契約関係などの個別の同意が必要になります。
しかし、吸収分割で事業を売却するのであれば、権利義務は一般承継により引き継がれます。
債権者や契約先や従業員と個々に同意を得たり再契約をしたりすることなく手続きを進めることが可能です。
3.経営のスリム化集中化が図れる
吸収分割で収益率の低い事業や赤字になっている事業を売却すれば、会社は不採算事業を整理してスリム化や集中化を図ることが可能です。
分割した事業に投下していた人材といった経営資源を別事業に移せるので、経営の集中化が図れます。
売却資金でコア業務へさらなる投資を行うことで、収益力も高められるでしょう。
4.従業員の同意が不要
吸収分割は他社が持つ権利義務を一括して承継する包括承継に該当するので、従業員の個別の同意なしで事業の分割を進められます。
事業譲渡は従業員の同意が必要になるので、吸収分割の方が手続きをスムーズに進められる点がメリットです。
なお、労働基準法に則った手続きでなければ、吸収分割そのものが無効となってしまうリスクもあるので注意してください。
5.組織や株主を整理できる
吸収分割を実施することによって、分割会社の組織や株主を整理できます。
会社が規模拡大・多角化してくると、どうしても組織や株主の構成が複雑になります。
たとえば、株主や取締役の数が多い企業では注力すべきと考えている事業が異なるので、意見がまとまらずにスピーディーに意思決定できないリスクがあります。
このような場合は、吸収分割を実施することで、事業ごとに会社組織や株主の整理が可能です。
吸収分割の4つのデメリット
吸収分割には、以下の4つのデメリットがあります。
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- 株主からの同意が必要になる
- 株主構成と株価に変化が生じる
- スケールメリットが減り現場が混乱する可能性がある
- 税負担が増える可能性がある
会社を分割することで、株主の利益を害する可能性があるので事前の説明は丁寧に行いましょう。
4つのデメリットを詳しく解説していきます。
1.株主からの同意が必要になる
吸収分割を実施するには、株主総会の特別決議を開催し3分の2以上の株主から同意が必要です。
経営者や取締役の一存では分割を決められないので、スムーズに特別決議を得られない可能性が高い時には、事前の説明や根回しなどの手間がかかります。
2.株主構成と株価に変化が生じる
事業を分割すれば会社の資産価値や収益力が下がるので、株価が下落する可能性があります。
承継会社においても、買収がネガティブに判断されれば企業イメージや対外的な信頼の低下を招き、株価下落の要因になるでしょう。
また、対価として承継会社の株式を交付する場合には、株主構成が変わる可能性があり、既存株主の権利を害することになります。
3.スケールメリットが減り現場が混乱する可能性がある
分割会社においては、事業を分割したことによって会社の規模が小さくなります。
複数の事業で使用する材料を大量で仕入れることで、コストを引き下げていた場合には、スケールメリットが失われることによってコストが上昇する可能性があるでしょう。
また会社の規模縮小によって、従業員のモチベーションが下がったり、経営状態に不安を感じたりすることで、現場が混乱するリスクもあります。
4.税負担が増える可能性がある
吸収分割によって会社の規模が大きくなると、承継会社の税負担が増える可能性があります。
買収によって資本金と資本積立金の後継額が増加すると、法人住民税の均等割、事業税の資本割が増加します。
どの程度の税負担が増加するのか、あらかじめシミュレーションしたうえで意思決定しましょう。
吸収分割の手続きの流れ
吸収分割をM&A仲介業者が実施する場合、以下のような流れで手続きを行っていきます。
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- 吸収分割契約書を作成し、承継企業と締結する
- 従業員へ分割の時期、勤務場所、労働形態などを通知する
- 分割会社と承継会社双方が株主へ通知して株主総会での特別決議の承認を受ける
- 反対株主への株式買取請求通知をして株式を買い取る
- 債権者に対して分割に対して異議申し立て受け付ける旨を通知
- 独占禁止法の「分割の届出制度」に該当する場合は、公正取引委員会へ届出を行う
- 契約書記載の効力発効日を迎えてから2週間以内に登記を行う
株主、従業員、債権者へ事前の説明などが必要になるので、専門家と相談したうえで漏れのないように進めていきましょう。
吸収分割に必要な費用
自社で吸収分割の手続きを進める場合、最低限、以下の費用は必要になります。
登録免許税 | 分割会社:一律3万円 承継会社:吸収分割によって資本の額が変動しない場合は3万円 吸収分割によって資本が増加する場合は総資本額の0.7% |
専門家への依頼費用 | 会社分割登記申請:5万円〜 公告手続き:3万円〜 吸収分割契約書の作成:1万円〜 議事録作成:5千円〜 |
官報公告費用 | 吸収分割の公告のみ:行22字×24行程度で3,589円 吸収分割の公告+決算公告:37,165円程度 |
書類作成や登記申請は専門家へ依頼せずに自社で行うことで、コストを削減可能です。
しかし、登録免許税と官報への広告費用は必要なので、自社ですべて手続きを行う場合でも4万円〜10万円程度の費用が発生することを理解しておきましょう。
吸収分割で必要な労働契約の承継とは?
吸収分割は従業員の同意なしで進められますが、それは、労働基準法に則った手続きである必要があります。
M&Aによって従業員は働く場所や雇用主が変わる可能性があるので、M&Aによって従業員の労働条件が変化するようなことがあってはなりません。M&Aの際に労働契約の承継を義務付けているのが「労働契約承継法」です。
事業譲渡で会社を分割する場合、買い手の会社の同意があれば労働契約をそのまま引き継げます。
しかし、吸収分割で労働契約承継法が適用される場合には、承継の際に所定の法的な手続きが必要になることに加えて、異議申し立ての申述期間が設けられます。そのため、事業承継と比較して労働契約の承継がスムーズに進まないケースがあるので注意しましょう。
吸収分割を行う場合には、労働者や労働組合への説明を丁寧に行い、スムーズに労働契約の承継が進むように配慮することも重要です。
吸収分割の税務上の注意点
吸収分割によって事業の一部を売却する際には、以下の3点に注意しておかないと高額な税金が課税される可能性があります。
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- 繰越欠損金を引き継げるケースが限られる
- 法人税・住民税の負担が増える
- 不動産取得税が課税されることがある
吸収分割を進めるうえでの税務における3つの注意点を詳しく解説していきます。
繰越欠損金を引き継げるケースが限られる
会社の分割の際に、承継会社が繰越欠損金を引き継げないケースがあります。
繰越欠損金を引き継ぐことによって、承継会社には大きな節税効果があります。
しかし、繰越欠損金を引き継げるのは、会社分割が「合併類似適格分割型分割」に該当した場合のみです。
「合併類似適格分割型分割」に該当するには、以下の3つのケースすべてを満たす必要があります。
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- 分割会社が営む主たる事業が、分割後に買い手の会社で引き続き継続される
- 分割会社が分割前に保有している資産を承継会社へ移転する
- 分割の日までに分割会社側の株主総会などで、分割後に分割会社を解体することが決議されること
簡単に言えば、分割会社の主たる事業と資産を承継し、かつ、分割会社が解体されることが決議されている場合のみ、繰越欠損金を引き継ぐことが可能です。
単に「不採算部門を切り離す」程度の分割では、引き継げないので注意してください。
法人税・住民税の負担が増える
吸収分割によって、承継会社の法人税や住民税の負担が増えることがあります。
資本金の額が増えると「法人住民税の均等割」と「事業税の資本割」が増えてしまうためです。
吸収分割を実施したことで承継会社の資本が増加する場合、どの程度の税負担が増えるのかあらかじめ確認しておきましょう。
不動産取得税が課税されることがある
吸収分割の際に、分割会社の不動産を承継会社が取得する場合には、不動産取得税が課されます。
不動産取得税は、固定資産税評価額の4%と非常に大きな税率となっているので、買収に伴いどの程度の不動産取得税の支払いが必要になるのか把握しておくことも重要です。
吸収分割は専門家へ相談して進めよう
吸収分割は会社の事業の一部を他社へ譲渡することです。
不採算部門などをカットすることによってコア業務へ集中できるだけでなく、株主や会社の各部門の整理にも繋がります。
しかし吸収分割を円滑に実施するためには、株主、従業員、債権者などへ事前の説明が必要です。従業員への説明がスムーズに進まないと吸収分割そのものが不可能になる可能性があります。
吸収分割をスピーディーに実施するためには、ノウハウを持った専門家へ相談するのがベストです。
会社や事業の売却を考えている方は、詳細な手続きを任せられる専門家へ相談しましょう。
ディスクリプション
会社を譲渡する方法として吸収分割があります。吸収分割のメリットとデメリットを理解して新設分割などと使い分けることが重要です。吸収分割の特徴やメリット・デメリットを解説していきます。
▼監修者プロフィール
岩下 岳(S&G株式会社 代表取締役) S&G株式会社
新卒で日立Gr.に入社。同社の海外拠点立上げ業務等に従事。
その後、東証一部上場のM&A仲介業界最大手の日本M&Aセンターへ入社ディールマネージャーとして、複数社のM&A(株式譲渡・事業譲渡・業務提携等)支援に関与。IT、製造業、人材、小売、エンタメ、建設、飲食、ホテル、物流、不動産、サービス業、アパレル、産業廃棄物処分業等、様々な業界・業種でM&Aの支援実績を有する。現在はS&G代表として、M&Aアドバイザー、及び企業顧問に従事している。