株式譲渡したとき社員はどうなる?影響・利点・手続きの流れ・無償譲渡の可否などを解説
株式譲渡を社員・従業員に対して行うケースがあります。EBO(Employee Buyout・エンプロイーバイアウト)と呼ばれる手法が、社員に株式譲渡するM&Aのパターンです。
中小企業のオーナーを悩ませる後継者問題の解消策として、注目されています。
この記事では、以下の点について解説します。
- 社員・従業員へ株式譲渡を行う目的
- 社員・従業員へ株式譲渡を行うメリット
- 社員・従業員へ株式譲渡のリスクと注意点
- 社員・従業員へ株式譲渡する方法
- 社員・従業員への株式譲渡は無償でできるのか
目次
株式譲渡とは?
株式譲渡とは、企業の株主が保有する株式を譲渡することです。これに伴い、株式の購入者が会社の経営権を引き継ぎます。株式譲渡は、中小企業のM&Aでよく利用される手法です。企業規模の拡大や組織再編、事業承継といった目的でも行われます。
株式譲渡に伴う大きな変更点は、会社の経営者が変わることです。しかし、企業の資産や取引上の契約、従業員などは新しい経営者に引き継がれます。変更事項が少なく手続きが比較的簡便で済むのが、株式譲渡の特徴です。
自社の株式に対する譲渡制限はありません。株主総会での承認を得なくても、株式譲渡を実行できます。ただし、株式譲渡にともない譲渡益が発生した場合は、譲渡所得となり税金の納入義務が発生する点にご注意ください。
株式の譲渡先には主に、次の4つのパターンがあります。
- 自社の社員・従業員(EBO・EmployeeBuyout・エンプロイーバイアウト)
- 自社の経営陣(MBO・ManagementBuyOut・マネジメント・バイアウト)
- 第三者の企業(M&A)
- 親族(親族内承継・生前贈与)
なお、この記事で取り扱うのは、ひとつめの、自社の社員や従業員に対する株式譲渡です。
社員・従業員へ株式譲渡を行う目的
社員や従業員に株式譲渡する目的は、次の4つです。
- 事業の継承
- 会社の業績アップ
- 社員のモチベーション向上
- 福利厚生の一環として
それぞれについて、詳しくご説明します。
事業の継承
株式譲渡の対象を自社の社員や従業員にする目的のひとつが、事業の承継です。株式とともに、経営権を後任となる社員に譲ることで、経営者が引退したのちも会社は存続します。
中小企業庁の調べで、中小企業の経営陣における高齢化の傾向が顕著であると明らかになりました。社長の平均年齢は増加傾向にあり、2023年時点で63.76歳に達しています。
社長の平均年齢が高齢になるほど後継者不在に窮している傾向があることは、後継者難による倒産件数によっても明らかになっています。
株式会社東京商工リサーチが2023年に実施した調査では、後継者不在率調査が61.09%と初めて60%を超えたと報告されています。
これらのデータから、中小企業の後継者不足の深刻さが垣間見えます。後継者がいなければ、M&Aによる売却もしくは廃業を検討せざるを得ません。
そこで経営を引き継ぐ対象として有力な候補に挙がるのが、自社の社員や従業員です。
自社の業務から経営方針まで理解する社員に経営権を引き継がせれば、企業風土や既存の取引先との関係性を維持したまま、企業経営を存続させられる可能性が高まります。
出典:東京商工リサーチ – 2023年「全国社長の年齢」調査
出典:株式会社東京商工リサーチ – 2023年「後継者不在率」調査
会社の業績アップ
社員や従業員に株式譲渡すると、安定した事業運営の維持による業績アップが期待できます。主な理由は、次の3点です。
- 安定株主の確保による経営権や決定権の維持
- 社内の軋轢の軽減
- 取引先との関係を継続しやすい
安定株主とは、長期にわたって安定的に株式を保有する株主を意味します。短期的な株価の変動や、企業の業績によって株式を手放す可能性が低い安定株主の存在は、株価の安定のために欠かせません。経営陣の合意を得ずに株式が売却されることに伴う敵対的買収を防ぐ効果にもつながります。
社員や従業員が安定株主になることは、経営者の変更後の企業における安定的な運営基盤の構築における重要な要素です。
また、株式譲渡ではなくM&Aを選択した場合、新たなシナジー効果が生まれるものの、新たなメンバーを交え、社内外の関係性を再構築しなければなりません。取引先企業によっては、こういった変化を嫌う可能性が考えられます。社内において、不協和音が生じる可能性もあるでしょう。
しかし自社の社員や従業員が株式譲渡によって経営を引き継げば、社内外の関係性や業務に大きな影響を及ぼす事態の回避が可能です。むしろ、それまでの実績をバネに、フレッシュでバイタリティあふれる経営者の下、一層の業績拡大も期待できます。
社員のモチベーション向上
自社社員や従業員への株式譲渡は、社員のモチベーション向上に貢献します。
持ち株比率によって権限は異なりますが、株式を保有することは、つまり、企業運営に対して発言権を持つのと同義です。
持ち株比率による株主の権限
持ち株比率 | 株主に認められる権限 | 対応する法令 |
1%~ | ・株主総会の招集通知に株主提案の内容を記載するよう求める権利 | 会社法303条2項 |
3%~ | ・株主総会の招集を求める権利 ・帳簿の閲覧及び謄写を求める権利 |
会社法297条1項 会社法433条1項 |
持ち株比率が33.4%~ (全体の3分の1~) |
株主総会の特別決議を単独で否決する権限 | ー |
50%~ | 株主総会の普通決議を単独で可決できる権限 (=会社の意思決定のほとんどが単独で可能) |
会社法309条1項 |
66.7%~ (全体3分の2~) |
株主総会の特別決議を単独で可決できる権限 | 会社法309条2項 |
たとえば、株式を社員間に分散して譲渡した場合、会社が業績を上げて利益が出れば、株主として配当金を受け取る権利を有します。社員であると同時に株主になれば、会社の利益が自らの利益に反映することを、社員に認識できるでしょう。
現場で日々業務に取り組む従業員は、会社の利益率向上による自らの収益アップを体感しにくい傾向があります。しかし、現場社員のモチベーションが低いままでは、業績アップは困難です。
福利厚生の一環として
社員(従業員)持株制度を活用し、福利厚生の一環として株式を配る方法があります。
社員(従業員)持株制度とは、社員による自社株式の取得を奨励する制度です。会員となる社員の給与や賞与から毎月自動的に拠出金を天引きし、自社株式を共同購入します。利益が発生した場合は、拠出額に応じて配当金などを得られる仕組みです。
ライフスタイルに合わせて、社員が自身で拠出金の額を自由に調整できます。社員にとって、積立貯金の感覚で手軽に資産運営できるのがメリットです。
また、会社側には、安定株主を確保や社員のモチベーションアップによる業績の向上が期待できます。福利厚生の充実は、人事採用におけるアピールポイントです。人材獲得に際して、自社の魅力として訴求するのもよいでしょう。
社員・従業員へ株式譲渡を行うメリット
社員・従業員へ株式譲渡を行うメリットには、次の3つがあります。
- 企業間の株式譲渡より手続きが簡単
- 後継者問題を解決できる
- 創業者も一定の利益を獲得できる
企業間の株式譲渡より手続きが簡単
自社の社員や従業員へ株式譲渡を行う場合、他社企業とのM&A間に比べて、簡便な手続きで完了するメリットがあります。両者のおよその流れを比較したものが、下の表です。
自社社員に株式譲渡する際の手続き概要 | M&Aする際の手続き概要 |
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自社社員に株式譲渡、M&Aの株式譲渡のいずれの場合でも、基本的な流れは同様です。しかし、自社社員への株式譲渡では、社内の手続きのみで完了します。
これに対してM&Aでは、登記申請手続きが必要です。M&Aの場合、上記の株主譲渡にかかる手続きのほかに、契約詳細の交渉や調整、買収先企業の調査、各種合意書類の作成といった膨大な業務への対応が必須です。
なお、株式譲渡は原則として、譲渡する側と譲受ける側の双方の合意があれば実施できます。ただし、譲渡制限がついた株式の譲渡に際しては、譲渡承認請求が必須です。譲渡制限がついた株式の譲渡とは、すべての株式において譲渡制限に関する規定を設けているケースを指します。この場合、取締役会あるいは株主総会の許可を得なければ譲渡できません。
また、会社法第137条1項にのっとらない、つまり、譲渡承認請求せずに株式譲渡を進めた場合、譲渡無効となる可能性がありますのでご留意下さい。
後継者問題を解決できる
後継者不在は、中小企業の経営者を悩ませる深刻な問題のひとつです。実際、後継者不在により、黒字にもかかわらず廃業する中小企業があとを絶ちません。
中小企業庁の調べによれば、休廃業・解散した企業のおよそ6割が、経営面では黒字でした。
出典:中小企業庁
廃業に至った理由として、およそ3割が後継者を見つけられなかったことを挙げている点も注目すべきです。
出典:中小企業庁
中小企業の経営者年齢の高齢化が進んでいます。最新のデータでは、そのピークは、60代から70代と示されました。
後継者不在率は、70代の経営者でおよそ40%に上ることも報告されています。
後継者不在によって、経営状態が良好であるにもかかわらず廃業せざるを得ない状況に陥るのは、社会的な観点から考慮してもあまりに大きな損失です。こういった事態を避け、積み上げた企業という資産を後世につなぐためにも、自社社員への株式譲渡による後継者の擁立は、検討に値します。
創業者も一定の利益を獲得できる
株式譲渡に伴い、前経営者にも一定の利益が見込まれるケースがあります。これが「のれん代」です。
のれん代とは、企業が保有する無形固定資産を意味します。具体的には、次のようなものがのれん代に計上される無形固定資産です。
- ブランド力
- 技術力
- 人材
- ブランド力
たとえば、株式の金額は1億円です。しかし、株式譲渡の際に、無形固定資産を含めて算定し売却できれば、1億円の株式をより大きな金額で交換できます。このとき発生する差額が、のれん代です。
ただし、負債がある場合はのれん代の影響で資産がマイナスになる可能性もある点に、ご注意ください。
なお、企業のある一定時点における資産・負債・純資産の状態を表した書類である貸借対照表には「のれん」と記載します。
社員や従業員に株式譲渡して経営権を移行するケースでは、資金調達自体が困難なケースが多い傾向です。そのため、のれん代による利益は望みにくい傾向があります。
しかし、他の企業への株式譲渡では、のれん代による利益率アップが見込めるため、積極的にアピールしたいポイントです。
社員・従業員へ株式譲渡するリスク
社員や従業員への株式譲渡は、さまざまなメリットをもたらします。しかし、メリットのみならず、リスクがある点にご注意ください。具体的なリスクには、次のようなものがあります。
- 事業の抜本的な改革や成長は見込めない
- 譲渡した株式がさらに第三者へ渡る可能性
- 配当金で経営が圧迫される可能性
事業の抜本的な改革や成長は見込めない
他社に会社の経営権や株式を譲渡するM&Aと異なり、自社の社員への株式譲渡では事業の抜本的な改革や成長は見込めません。
M&Aの場合、経営資本が変更になることから、取引先にも大幅な変更が生じます。経営方針や事業の進行の仕方も変わる可能性が高く、事業自体の変革が可能です。
しかし、すでに在籍していた社員が新しい経営者になる自社社員への株式譲渡の場合、企業風土や業務戦略に、大きな変更は生じにくい傾向があります。
前経営者は、自身が構築した企業の在り方を存続したいと考えるのが一般的です。そういった前経営者の意志を引き継ぐことが、新たな経営者のもとで事業をスムーズに進めるコツでもあります。
ただし、刻々と変わるビジネスシーンにあって、変化しない在り方は、ときとしてリスクです。株式譲渡に伴って社内人材から新たな経営者を迎えた際は、自社の抱える課題に一丸となって取り組み、企業としての成長を目指してください。
譲渡した株式が更に第三者へ渡る可能性
他の会社にM&Aで譲渡するのではなく、自社の社員に株式譲渡して経営権を譲渡する理由の1つに、企業文化を維持できる点が挙げられます。
確かに自社の社員に株式譲渡すれば、それまでの企業文化を引き継ぐ経営者として軽に従事する可能性もあるでしょう。しかし、株式は保有者の自由意志で売買可能です。たとえば、業績が順調に伸びたことで自社株の価値が上昇した場合、株式が売却されることも考えられます。
持ち株比率次第では、経営権を保てなくなる可能性もゼロではありません。
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- 持ち株比率が33.4%以上(全体の3分の1以上):株主総会の特別決議を単独で否決する権限
- 持ち株比率が50%以上:株主総会の普通決議を単独で可決できる権限(=会社の意思決定のほとんどが単独で可能)
また、株主には会社の情報の開示を求める権限があります。たとえば、自社社員が第三者に株式を売却し、新しい株主が自社の情報開示を求めた場合、開示請求を拒むことはできません。
万が一、この新しい株主が自社と利益相反のある立場であった場合、情報流出のリスクにもつながります。こういったリスクを回避するために活用したいのが、譲渡制限株式です。
会社法127条により、原則として株主は、自身の有する株式の譲渡が許されています。しかし、同法107条1項1号により株式会社は、譲渡の際に株式会社の承認を要する株式を発行できます。これが譲渡制限株式です。
譲渡制限株式は、取締役会や株主総会の許可を得ずに譲渡できません。譲渡制限株式であれば、会社が望まない第三者に自社の株式が譲渡される事態を未然に回避できます。
譲渡制限株式を発行する際は、同法107条2項1号と108条2項4号によって、以下の事項を定款で定めることが義務付けられています。
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- 株式を譲渡により取得することについてその株式会社の承認を要する旨
- 一定の場合において株式会社が譲渡承認をしたものとみなすときは、その旨とその「一定の場合」
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譲渡制限は、一部もしくはすべての株式に付す、選択が可能です。すべての株式に譲渡制限を付す会社は「株式譲渡制限会社」もしくは「非公開会社」と呼ばれます。
中小企業で株式譲渡を検討する際は、譲渡制限株式も念頭においてください。
配当金で経営が圧迫される可能性
会社の業績が上がり利益が上がるのは喜ばしいだけではありません。会社にとって、負担が増える側面もあります。特に株式を発行している企業の場合、利益を上げると株主にその一部またはすべてを配当金として支払うことを検討する必要があります。。これは、自社株を譲渡した社員に対しても同様です。
さらに、株主が従業員である場合、当然給与支払いに伴う負担も生じます。
社員・従業員へ株式譲渡するときの注意点
社員や従業員に株式譲渡するときは、以下の4つの点にご注意ください。
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- 経営者にふさわしい人物を選定
- 社員に購入資金がない可能性を考慮
- 他の社員の心情に配慮
- 配当金を考慮
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経営者にふさわしい人物を選ぶ
株式譲渡に伴って経営権も移譲する場合、対象となる人物は、経営者として十分なスキルを有していなければなりません。
たとえワーカーとして優秀な社員であっても、経営者としての資質を有するとは限りません。経営者の業務は、単純な実務にとどまりません。経営に関する知識や経験、対人関係スキルや人脈も必要です。
経営者が交代したことで業績が傾く事態に陥らないように、株式とともに経営権も譲渡する人材は、慎重に選定する必要があります。
社員に購入資金がない可能性を考慮する
会社の株式を社員に譲渡する際、社員には十分な資金力が求められます。まず、株式を購入するための資金が必要です。これに加えて経営権を譲渡するに際しては、会社の負債や担保といった負債も含めて承継します。
こういった資金面での事情を考慮すると、社員が一人で株式譲渡に対応するのはかなりの困難を極めます。
万が一、株式譲渡に伴う資金調達が困難な場合は、次のような対応を検討する必要があります。
対応方法 | 特徴 |
従業員持株会の設置 | ・拠出金の給与控除や奨励金の支給、取得資金の貸し付け、といった便宜により、社員の自社株取得をサポートする社内制度 (従業員持株会の設置手順は後述) |
経営承継円滑化法の金融支援 | ・各都道府県の知事の認定を受けた会社の後継者に対して、事業承継のための資金調達の支援を実施 ・中小企業信用保険法や日本政策金融公庫法の特例がある |
所有と経営の分離 | ・株主と経営者を分離し、現経営者が株主として企業を評価し続ける |
株式を無償で譲渡 | ・金銭を伴わずに株式を譲渡 ・状況によって双方に税の支払い義務が発生 (株式を無償で譲渡する方法は後述) |
種類株式 | ・9つの権利について内容の異なる株式を発行できる |
属人的株式 | ・3つの権利について内容の異なる株式を発行できる ・非公開会社のみ可能 |
他社員のモチベーション低下
社員に株式譲渡する場合、譲渡対象となる社員はモチベーションが上がり意欲を高めるでしょう。しかし、それ以外の社員は十分かつ平等な評価をされていないと、不満を感じる可能性があります。
こういった社内での分断は、人間関係の不安や社内全体の士気の低下につながります。不満の目は早々に摘み取らねばなりません。
株式譲渡を受ける社員だけが優遇されている、と他の社員に感じさせないような対策が必要です。たとえば「評価体系を見直す」「個別面談によって業務に対する希望やビジョンの聞き取りを実施する」といった策を講じてください。
会社の成長とのバランスを取る
株式の一部を社員が保有している場合、注意すべきは配当金に伴う負担です。
配当金の負担が大きくなり、会社の維持や成長促進に充当する資金が不足したのでは、会社の存続を左右する事態に繋がりかねません。
配当金の比率(配当利回り)は一般的に、4%以上が高配当といわれます。配当利回りと会社の成長度合いがアンバランスにならないよう、慎重に検討する必要があります。
社員・従業員へ株式譲渡する方法
社員や従業員へ株式を譲渡する方法は、2つあります。
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- 報酬として譲渡
- 「従業員持株会」を設置して譲渡
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報酬として譲渡する場合
報酬として自社株を譲渡する場合、次の2つの手順を経ます。
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- 株価を算定
- 株式を譲渡
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報酬として自社株を社員に譲渡する際に最初に行うのが株価の算定です。株価の算定方法には、主に次の4つがあります。
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- 純資産価額方式
- 収益方式
- 配当還元方式
- 類似業種比準方式
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これらの株価算定方法は、いくつかを組み合わせて活用するほか、利用できる株主に条件が設定されているケースなど、さまざまです。
たとえば、M&Aでは、企業の将来的な成長を見込んだ株価算定方法を利用します。その一方で、経営に関与しない少数株主の相続では、過去の配当金のみを基準に株価を評価するケースがあります。
このように、適切な株価の算定方法の見極めには、専門的な知識が欠かせません。誤った方法で株価算定すると、係争や裁判になる可能性があります。株価算定については、専門家や有識者にご相談ください。
自社株の株価算定が完了すれば、具体的な株式譲渡の手続きに移ります。
「従業員持株会」を設置して譲渡する場合
自社社員や従業員に株式譲渡する方法の2つ目は、従業員持株会を設置して譲渡する方法です。拠出金の給与控除や奨励金の支給、取得資金の貸し付け、といった便宜によって、社員の自社株取得をサポートします。
従業員持株会の設置は、次の4つのステップで進みます。
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- 株式譲渡の対象となる社員や従業員の範囲を決定
- 規約を作成
- 説明会を開催
- 株式を譲渡
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従業員持株会の設置に際しては、対象となる社員の範囲を決定します。ただし、従業員持株会に参加できるのは、正社員もしくは小会社の社員です。それ以外の雇用経済の従業員は該当しません。
続いて自社株式を譲渡するにあたって、遵守すべき規約を定めます。規約に記載する具体的な項目の例は、以下のとおりです。
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- 入・退会
- 拠出金
- 奨励金
- 株式の購入・引出
- 名義変更
- 退会時の持分生産
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規約ができたら、対象となる社員を集めて説明会を開催します。このとき、従業員持株会への参加を希望する社員を募ってください。
従業員持株会に参加すると、毎月一定額が給与から天引きされ、会員から集めた資金を用いて会社の株式を共同購入する流れです。買い付けた株式は、拠出金に応じて分配されます。
社員・従業員への株式譲渡は無償でできる?
社員や従業員への株式譲渡には、有償と無償の方法があります。ここまでは、有償の方法を中心に解説しました。
ただし、社員が株式譲渡にかかる金を用意できない場合は、会社の一存で無償での譲渡が可能です。
譲渡の際にかかる税金
金銭の授受が発生しない無償の株式譲渡の場合、税金は発生しないと誤解しがちです。しかし、実際は、無償での株式譲渡でも税金は発生します。
無償での株式譲渡の場合、取引の当事者が個人か法人かによって、税金の有無や種類が異なる点にご注意ください。無償の株式譲渡には、次の4つのパターンがあります。
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- 個人対個人の無償の株式譲渡
- 個人から法人への無償の株式譲渡
- 法人から個人への無償の株式譲渡
- 法人から法人への無償の株式譲渡
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長期の4つのパターンにおける税金についてまとめたものが、下の表です。
譲渡側→譲受側 | 譲渡側に課される税 | 譲受側に課される税 |
個人→個人 | 非課税 | 贈与税 |
個人→法人 | 所得税(譲渡所得) | 法人税(時価課税) |
法人→個人 | 法人税(役員給与・寄附損金不算入等) | 所得税(給与所得または一時所得) |
法人→法人 | 法人税(寄附損金不算入) | 法人税(時価課税) |
個人間で無償譲渡された際の譲渡側を除き、税金が発生します。
自社社員との間であっても、株式譲渡の手続きは複雑であり広範囲に渡る知識が必要です。誤った処理をすれば、あとになって大きなトラブルに発展する可能性があります。
万が一のトラブルを回避するためにも、税務や経理の専門家に相談しながら社員への株式譲渡を進めることが推奨されます。
株式の無償譲渡に関する手続きの流れ
無償での株式譲渡は、以下の手順で行います。
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- 株式譲渡承認請求書を提出
- 株主総会や取締役会で承認を得る
- 決議内容を通知
- 株式の無償譲渡契約を締結
- 株主名簿の書き換え
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有償の場合と基本的な流れは同様です。無償の場合も、株式譲渡承認請求書の提出を行ってください。
他社へ株式譲渡した際の社員への影響
株式譲渡を自社社員に行うのではなく、他社に行った場合、社員はどうなるのでしょうか。社員の不安を解消するために、知っておきたい事項です。
結論を先に申し上げると、譲受企業の判断次第、となります。
たとえば、雇用契約や労働条件は、株式の譲渡先企業にそのまま引き継がれます。従業員は、当面は従来と同様の労働条件で勤務を継続できるのが一般的です。
ただし、株式譲渡が完了したのち、給与規定や退職金の規定が変更される可能性はあります。待遇が改善されるか否かもしくは従来通りの規定を維持するかは、株式を譲受した会社の判断次第です。
まとめ
社員や従業員への株式譲渡は、後継者不足に悩む中小企業の経営者にとって、画期的な対策です。その反面で、資金調達に困難が伴う点は否めません。適切な人材の選定や株式譲渡の対象になる社員以外の人材への対応にも、細心の注意が必要です。
社員や従業員への株式譲渡を考えるなら、諸手続きを含め安心して相談できる専門家を頼ることが推奨されます。
▼監修者プロフィール
岩下 岳(S&G株式会社 代表取締役) S&G株式会社
新卒で日立Gr.に入社。同社の海外拠点立上げ業務等に従事。
その後、東証一部上場のM&A仲介業界最大手の日本M&Aセンターへ入社ディールマネージャーとして、複数社のM&A(株式譲渡・事業譲渡・業務提携等)支援に関与。IT、製造業、人材、小売、エンタメ、建設、飲食、ホテル、物流、不動産、サービス業、アパレル、産業廃棄物処分業等、様々な業界・業種でM&Aの支援実績を有する。現在はS&G代表として、M&Aアドバイザー、及び企業顧問に従事している。