小規模M&Aとは?案件の選定方法から成約までの具体的なプロセスを解説
小規模M&A(エムアンドエー)は、事業規模の小さい企業が行う合併・買収のことを指します。近年では、個人・小規模事業者におけるこのようなM&Aが注目されています。
今回こちらの記事では、
- 小規模M&Aの定義・メリット
- 小規模M&Aが増加している理由
- 小規模M&Aでよく用いられるスキーム
- 小規模M&Aの基本的流れ
などを全般的にわかりやすく解説します。
小規模M&Aとは?
小規模M&Aとは、事業規模の小さい企業が実施する合併・買収のことで、主に年間売上1億円未満の企業による案件を指します。
日本の事業者の多くは個人・小規模事業者であり、社会を支える個人・小規模事業者のM&Aが重要視されているのが現状です。
小規模M&Aに近いものとして、スモールM&AとマイクロM&Aがあります。
小規模M&Aを実施する前に、それらの用語の違いについて把握しておくことが大切です。
それぞれのM&Aの要件の違いを下表にまとめました。
小規模M&A | スモールM&A | マイクロM&A | |
対象事業 | 個人事業・小規模事業 | 個人事業・小規模事業 | 個人事業・小規模事業 |
譲渡金額 | 1,000万円以下 | 1,000万円以下 | 1,000万円以下 |
売上高 | 1億円未満 | 数千万円から5億円 | ー |
従業員数 | ー | 100名以下 | ー |
小規模M&AとマイクロM&Aは、全ての項目が定義付けされているわけではありません。
一方、スモールM&Aだけは譲渡金額や売上高、従業員数が明確に定義付けされています。
マイクロM&Aは、一般的にスモールM&Aよりも譲渡金額が低めに設定されているものをいいます。
それぞれ案件規模がやや異なる点だけは押さえておきましょう。
小規模M&Aが増加している4つの理由
小規模M&Aが増加している理由として、主に以下の4つが挙げられます。
- 後継者不足の小規模事業者の需要増
- M&A専門のマッチングサイトの増加
- 企業だけではなく、個人M&Aの増加
- 中小企業庁によるM&A施策の拡充
以下で詳細について解説します。
後継者不足の小規模事業者の需要増
小規模事業者の多くは後継者不足の問題を抱えており、後継者不足解消のために、小規模M&Aの需要が高まっています。
小規模事業者等のうち、2025年までに70歳を超える経営者が約245万人を突破し、約127万人が後継者不足の状態に陥ると予想されています。
小規模事業者の後継者不足の問題を放置すると、多くの雇用・GDPの損失につながってしまうため、M&Aによって問題を解消する必要があるのです。
かつては親族内承継や社内の人材による承継が主流でしたが、近年では第三者承継を実施するケースが増えています。
小規模事業者かどうかに関わらず、第三者承継の需要は今後拡大していくと考えられています。
M&A専門のマッチングサイトの増加
後継者不足の問題の拡大などによって、M&A専門のマッチングサイトが増加しました。
M&Aといえば、かつては代理人を介して実施されていました。
しかし、代理人を介したM&Aには、代理人とのコミュニケーションが不足すると、M&Aの意向を正しく伝えられないデメリットがありした。
一方で、M&A専門のマッチングサイトは、売り手と買い手が直接やり取りできる仕組みになっています。
直接相手企業と交渉できると、M&Aについての正確な意思を相手に伝えやすくなります。
また、M&Aに対する双方の合意があるまでは匿名で交渉できる点も高く評価されています。
これらの特徴を持つM&A専門のマッチングサイトが増加したことを背景に、M&Aについて相談する個人・小規模事業者が増加しているのです。
企業だけではなく、個人M&Aの増加
企業だけではなく、個人M&Aも増加しています。
個人M&Aの増加に合わせ、個人M&Aを仲介する業者も登場しているのが現状です。
特に個人事業主だと、業績が黒字でも後継者不足の問題を抱えているケースが多く見られます。
引き継ぎ先を見つけられず、黒字のまま廃業になってしまうことも珍しくありません。
個人M&A向けの業者がこのような課題を抱えた個人事業主のM&Aを支援していることから、個人でのM&Aが増加しています。
中小企業庁によるM&A施策の拡充
中小企業庁はM&Aを重要事項として位置付け、M&A施策の拡充を図っています。
例えば、事業承継税制などの税制の整備や関連ファンドへの出資などがその施策に該当します。
また、全国各地に公的支援機関を設置し、専門機関の拡充に大きく関わっているのも中小企業庁です。
今後も中小企業庁によるM&A施策が続き、個人・小規模事業者はM&Aに関する支援をより受けやすい環境になっていくと予想されています。
公的支援機関は特に個人・小規模事業者の相談に親身になってくれるため、相談先の1つとして検討してみてください。
小規模M&Aのメリット
小規模M&Aのメリットとして、主に以下のものが挙げられます。
- 1.創業時のリスク・コストを抑制できる
- 2.投資回収のスピードを上げられる
- 3.リスク分散ができる
以下で詳細について解説します。
1.創業時のリスク・コストを抑制できる
小規模M&Aのメリットとして、創業時のリスク・コストを抑制できる点が挙げられます。
すでに事業を行っている企業を買収して事業を始められるため、創業時に発生するリスク・コストを抑制しやすいといえます。
特に、初期投資に苦労する個人M&Aにおいて、リスク・コストの抑制は大きなメリットとして作用しやすいです。
2.投資回収のスピードを上げられる
小規模M&Aのメリットとして、投資回収のスピードを上げられる点も挙げられます。
M&Aはシナジー効果などのさまざまなメリットを享受でき、生産性や企業成長率の向上につながりやすいと考えられます。
生産性や企業成長率の向上を実現できると、投資した分のリターンを早い段階で回収できるでしょう。
3.リスク分散ができる
小規模M&Aはリスク分散ができる点もメリットの1つです。
事業が成長するかどうかは、業界・業種の動向や業績の良し悪しなどで変わってきます。
1社だけでなく複数の企業を買収することで、いずれかの事業の成績が落ちてもほかの事業で補填できるといったように、リスクの分散が可能です。
小規模M&Aでよく用いられるスキーム
小規模M&Aでよく用いられるスキームとしては、主に以下のものが挙げられます。
- 株式譲渡
- 事業譲渡
以下でそれぞれのスキームの詳細とメリット・デメリットについて解説します。
株式譲渡のメリット・デメリット
株式譲渡は、株式を取得することで実質的に相手企業の経営権を獲得する方法です。
小規模の企業でも株式会社なら株式、合同会社なら持分を取得することで経営権を取得できるため、小規模事業者であるために株式譲渡が選択肢に入らないということはありません。
株式譲渡のメリットとして、スムーズに取引しやすい点が挙げられます。
株式譲渡は包括承継となっており、株式取得の手続きによって会社全体の権利・義務を承継できます。
少ない手続きで承継できれば、譲渡にかかる時間も短縮可能です。
また、買収側においては、事業の許認可を譲受しやすい点も株式譲渡のメリットとして挙げられます。
株式譲渡は事業の許認可ごと承継されるため、経営元が変わっても許認可の再取得は必要ないことを押さえておいてください。
一方で、株式譲渡のデメリットとして、柔軟な承継手続きは実施しづらい点が挙げられます。
株式を一定以上取得した場合に獲得できる権利は、事業単位の運営権ではなく会社単位の経営権です。
会社の経営権を丸ごと取得するしかない点に注意しましょう。
売却側においては、採算の取れていない事業が含まれる場合、売却価格を低く見積もられてしまう点も株式譲渡のデメリットです。
株式譲渡では全ての事業を譲渡することになるため、売却価格を高めたい場合でも、譲渡する事業を個別に選択しての価格調整はできません。
事業譲渡のメリット・デメリット
事業譲渡は当該事業のみを直接買収する形で運営権を獲得する方法です。
売却側が当該事業を売却後も別の事業を続ける場合には事業譲渡が用いられ、小規模の企業でも採用しやすいといえます。
事業譲渡のメリットとして、それぞれの状況に合わせた取引を実施しやすい点が挙げられます。
株式譲渡の場合とは異なり、売却側であれば採算の取れていない事業の譲渡を避けて、売却価格を高めることが可能です。
また、企業経営が継続できる点も事業譲渡のメリットでしょう。
株式譲渡を行うと、法人格は残っても事業が残らない状態となってしまいます。
一方の事業譲渡であれば、部分的な事業の切り離しができるため、企業経営自体は継続できる状況がつくりやすいです。
一方で、事業譲渡のデメリットとして、競業避止義務が課せられる点が挙げられます。
競業避止義務とは、事業譲渡後20年は同一・周辺事業を同一・周辺地域で運営できないという決まりです。
また、事業譲渡では、当該事業に付随する債権債務の処理や従業員の移籍等、個別に決めなければならないことが多く、手続きが複雑化しやすいというデメリットもあります。
小規模M&Aのプロセス・流れ
小規模M&Aのプロセス・流れは主に以下の通りです。
- 1.M&A候補の選定
- 2.M&A候補とのマッチング
- 3.トップ面談・条件交渉
- 4.基本合意書を締結
- 5.デューデリジェンスの実施
- 6.最終条件の調整
- 7.クロージングの実施
- 8.PMIの実施
以下で詳細について解説します。
1.M&A候補の選定
まずはサポートを依頼するM&Aの専門家の候補を選定します。
サポートを受けることで専門的な知識に基づいて手続きを進められ、M&Aが成功しやすくなります。
M&Aの主な専門家は以下の通りです。
- M&A仲介会社に依頼する
- マッチングサイトに登録する
- 士業に相談する
- 事業引継ぎ支援センター
それぞれのM&Aの専門家の特徴や、メリット・デメリットについて解説します。
M&A仲介会社に依頼する
M&A仲介会社は、売り手と買い手の間に立ち、双方の利益になる提案をしてくれる専門家です。
経験豊富なプロに依頼することによるメリットは大きいでしょう。
例えば、それぞれの分野のプロにM&Aにおけるさまざまな悩みを相談できます。
相談先に困った場合はM&A仲介会社を選択すれば、たいていの悩みは解消可能です。
しかし、M&Aを成功させるための徹底したサポートを受ける場合、M&A仲介会社に支払う成功報酬が高くなるデメリットがあります。
専門家に頼る場面が増えれば、その分コストが膨らみやすい点には注意が必要です。
費用対効果と予算を意識して依頼内容を決めましょう。
マッチングサイトに登録する
マッチングサイトは、M&Aにおいて売り手と買い手をマッチングさせるサイトです。
大手企業の場合はさまざまな企業との取引関係を持っており、交渉先が素早く決まりやすいです。
一方の小規模事業者の場合は、他企業などとの取引関係が少なく、交渉相手を探すところから苦労してしまいます。
マッチングサイトに登録することで、小規模事業者でも条件に合った交渉相手を見つけやすくなるでしょう。
また、マッチングサイトは仲介業者よりも手数料が安いというメリットがあります。
M&A仲介会社などとは異なり、交渉相手探しまでしかサポートしてもらえない代わりに手数料が抑えられているのです。
一方で、良い案件が見つかりにくい点はデメリットといえます。
相談するマッチングサイトによって扱っている案件の数が異なり、理想的なM&A案件が見つからないことも少なくありません。
士業に相談する
士業とは、具体的には税理士や公認会計士、弁護士などの専門家を指します。
税務の専門家が税理士、会計の専門家が公認会計士、法律の専門家が弁護士です。
士業に相談することには、信頼性の高いサポートが受けられるというメリットがあります。
M&A仲介会社などでも、M&Aにおいて最低限必要な各分野のアドバイスを受けることはできます。
しかし、士業などの各分野のエキスパートからの支援であれば、アドバイスの内容により納得しやすいでしょう。
士業でもマッチング支援を行っているものの、取り扱っている案件数が少ない点には注意が必要です。
士業に相談する場合は、マッチングサイトと並行して利用することで、案件探しで困ることが減るでしょう。
事業引継ぎ支援センター
事業引継ぎ支援センターは、国が運営しているM&Aの公的支援サービスです。
専門のセンターが設けられている場合もあれば、商工会議所が事業引継ぎ支援を実施している場合もあります。
事業引継ぎ支援センターには、手数料が無料であるというメリットがあります。
小規模事業者のM&A支援を目的として、国が運営・提供しているサービスであるため、コストを支払う必要がありません。
ただし、事業引継ぎ支援センターはM&Aのマッチングサポートまでは実施していないというデメリットがあります。
自力で交渉相手を探す必要があることから、事業引継ぎ支援センターを利用する場合も、マッチングサイトと並行して利用すべきです。
2.M&A候補とのマッチング
相談する専門家が決まったら、M&A候補先を探すためのマッチングを進めます。
M&A候補先を探す場合、どのような戦略で事業の成長を狙うか考えたうえで適切な相手を選びましょう。
事前にノンネームシートを作成しておくと、明確な指針に沿ってM&A候補先を探しやすいです。
ノンネームシートは、匿名で会社の概要をまとめた書類のことです。
ノンネームシートに企業情報を簡易的にまとめておき、M&A交渉の情報開示の際に提供する方法が一般的です。
3.トップ面談・条件交渉
M&A候補が決まったら、トップ面談・条件交渉に進みます。
トップ面談とは、売り手と買い手のそれぞれの経営者が直接顔を合わせてM&Aについてすり合わせを行うことです。
トップ面談では基礎情報を基にM&Aにおけるお互いの希望などをヒアリングし、交渉相手として適切な相手か判断します。
4.基本合意書を締結
面談したうえで交渉相手として適切だと判断できたら、基本合意書を締結します。
基本合意書はM&Aのスキームなど、M&Aの双方合意の内容をまとめた書類です。
必須ではありませんが、その前段階として意向表明書を発行することもあります。
意向表明書は、買い手が売り手に買収に対する意思を提示するために情報や条件をまとめた書類です。
5.デューデリジェンスの実施
基本合意書の締結ができたら、デューデリジェンスを実施します。
デューデリジェンスとは、企業・組織の内部情報について調査することです。
企業・組織の内部情報について調べると、簿外債務などのリスクが判明することがあります。
M&A後に思わぬリスクを負うことがないように、事前に調査することが重要です。
デューデリジェンスには専門的な知識が求められるため、M&A仲介会社などの専門家に相談して進めましょう。
デューデリジェンスを行うことで、基本合意書で決めた条件に変更が加えられることもあります。
6.最終条件の調整
デューデリジェンスでの調査結果を踏まえ、スキームや株価、退職金など、M&Aの最終条件を決めます。
最終条件の調整が完了したら、最終契約書を締結します。
最終契約書が締結されるとM&Aが成立し、それ以降M&Aのキャンセルはできない点に注意してください。
7.クロージングの実施
最終契約書を締結すればM&Aの手続きが完了するわけではなく、その後クロージングを実施する必要があります。
M&A成立後には、経営権や経営資源などの移転が必要です。
事業譲渡を選択した場合は、譲渡する対象によっては手続きが増える場合がある点に気を付けましょう。
8.PMIの実施
最後に、PMIを実施します。
PMIは「Post Merger Integration」の略で、経営統合作業のことを指します。
獲得した経営資源などをどのように統合させるかについてあらかじめ決めておき、M&A実施後のタイミングですぐにPMIを進められるように準備しておきましょう。
小規模M&Aを成功させるポイント
小規模M&Aを成功させるポイントとして、主に以下のものがあげられます。
- 1.プロのM&Aアドバイザーに相談する
- 2.買収後の運営方法まで視野に入れる
- 3.デューデリジェンスを必ず実施する
以下で詳細について解説します。
1.プロのM&Aアドバイザーに相談する
小規模M&Aを成功させるには、プロのM&Aアドバイザーに相談するのがポイントです。
プロのM&Aアドバイザーに相談することで、専門知識を基にしたM&Aを実施しやすくなります。
具体的には、事業の成長を見込んだ高い売却価格での交渉が実現しやすくなるでしょう。
また、M&Aの過程では複雑な手続きが多いため、手続きに失敗するリスクを回避する意味でも、専門家の存在は欠かせません。
2.買収後の運営方法まで視野に入れる
小規模M&Aを成功させるポイントとしては、買収後の運営方法まで視野に入れる点も挙げられます。
M&Aを実施した後にどのような事業運営を進めるか明確にしておくと、株主・従業員からの信頼を失わずに済みます。
些細なきっかけで株主・従業員が離れてしまうリスクがあることを念頭に事業運営を進めましょう。
M&Aの手続きと平行して、M&A計画策定をあらかじめ済ませておいてください。
3.デューデリジェンスを必ず実施する
小規模M&Aを成功させるポイントとして、デューデリジェンスを必ず実施すべきという点も外せません。
M&Aには、成長している事業を取得できるだけでなく、負債を多く持つ事業を承継してしまうといったケースもあります。
特に売り手が小規模事業者であるほど、財務状況をよく見せようとすることが多いようです。
そこで、デューデリジェンスを実施することで、財務状況・経営状況を正しく把握したうえでM&Aが進められます。
前にも述べたように、デューデリジェンスを実施する際には専門家に相談しましょう。
まとめ
近年、個人・小規模事業者の多くが後継者不足の問題を抱えており、M&Aマッチングサイトが増加する傾向が見られています。
他にもさまざまな背景があり、小規模M&Aは増加しています。
ただし、小規模M&Aにはメリットもあればデメリットもあり、スキームによる特徴の違いもあるため、実施の決定には慎重な判断が必要です。
M&Aを実施するためには専門的な知識が必要となるため、専門家に相談することが重要です。
小規模M&Aを実施する際には、それぞれの悩みに適した専門家に相談したうえで手続きを進めましょう。
▼監修者プロフィール

岩下 岳(S&G株式会社 代表取締役) S&G株式会社
新卒で日立Gr.に入社。同社の海外拠点立上げ業務等に従事。
その後、東証一部上場のM&A仲介業界最大手の日本M&Aセンターへ入社ディールマネージャーとして、複数社のM&A(株式譲渡・事業譲渡・業務提携等)支援に関与。IT、製造業、人材、小売、エンタメ、建設、飲食、ホテル、物流、不動産、サービス業、アパレル、産業廃棄物処分業等、様々な業界・業種でM&Aの支援実績を有する。現在はS&G代表として、M&Aアドバイザー、及び企業顧問に従事している。