エステサロン業界のM&A動向・スキーム・相場・事例・メリット

エステサロン業界の概況

エステサロンの基本的な定義や、市場動向について解説します。

定義

エステサロンに明確な定義はありませんが、美容や健康を目的とした施術を提供する施設を一般的に「エステサロン」と呼びます。

総務省の「日本標準産業分類」では、エステティック業は「手技又は化粧品・機器等を用いて、人の皮膚を美化し、体型を整える等の指導又は施術を行う事業所をいう」とあります。エステにはボディエステやフェイシャルエステなど、さまざまな種類がありますが、医療行為や薬の処方は禁止されています。

(参考:日本標準産業分類 エステティック業|e-sat 政府の統計窓口

市場動向

続いて、近年におけるエステサロンの売上や店舗数の推移を見てみましょう。

売上

株式会社矢野経済研究所が2024年2月に発表した「エステティックサロン市場規模推移」によると、エステサロンの市場規模は2019年度の約3617億円から毎年減少しており、23年度は前年度比99.2%で約3139億円となる見込みです。背景にはコロナ禍以降の接触を避ける傾向や、物価高による節約志向などの影響があると考えられます。

(参考:エステティックサロン市場に関する調査を実施(2024年)|株式会社矢野経済研究所

https://www.yano.co.jp/press-release/show/press_id/3444)

店舗数

厚生労働省による「平成27年度生活衛生関係営業 経営実態調査報告 美容業」の報告書では、平成17年・平成22年・平成27年の美容業施設数のデータが記載されています。

これによると、平成27年度に対象となった284施設のうち、約88.7%の252施設が個人経営であり、美容業の施設では個人経営の施設が多いと分かります。さらに過去の構成割合を比較すると、平成17年では個人経営店舗の割合が67.7%、平成22年では約77.6%と年々上昇の一途をたどっていることが分かります。

このデータはエステサロンに絞ったものではなく、美容業全般の店舗を対象にしていますが、エステサロンの市場動向を知る上でも参考になります。

(参考:平成27年度生活衛生関係営業 経営実態調査報告 美容業 報告書 P.3
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000501315.pdf)

業界が抱える課題

後継者問題

経営者の高齢化が進むと、事業の後継者を探す必要がでてきます。後継を頼める人がいない場合、運営を縮小せざるを得ない状況となります。
後継者問題は、エステサロン業界に限らず、様々な業種で社会的課題になっています。
前述した美容業の経営実態調査報告には、後継者についての記述もあり、全体の78.2%の施設では「後継者なし」と答えています。特に個人の店では後継者がいない店舗が約82.5%にものぼっています。

人材不足

近年は少子高齢化の影響もあり、どの業界でも慢性的な人材不足を抱えています。特にエステサロンは女性スタッフの割合が多いため、結婚や出産を機に離職するなど、入れ替わりが激しい業界です。そうした定着率の低さが人材不足に拍車をかけています。

価格競争の激化

開業に特別な資格がいらないエステサロンは、参入障壁が低いため市場は飽和状態にあります。そのため、少しでも多くの顧客を獲得しようと、エステサロン同士の価格競争も激化しています。消費者にとって価格が下がるのはいいことのように思えますが、利益率が低くなると個人経営の店などは経営を維持できず、潰れる店が続出して市場規模の縮小につながってしまいます。

エステサロン業界のM&A動向

前述した問題を解決するための方法のひとつが、M&Aです。M&Aとは株式や事業の譲渡による企業の合併・買収のことで、資本の移動などを伴う資本譲渡も広義のM&Aに分類されます。ここからはエステサロン業界に多いM&Aを目的別に紹介します。

財務基盤の安定化を目的としたM&A

個人経営や零細・中小のエステサロンは、売上が店の存続にすぐ影響を及ぼします。経営の不安定なエステサロンは、大手エステサロンのように資本力がある企業とM&Aを行うことで、財政基盤を安定させることが可能です。

店舗数拡大を目的としたM&A

エステサロンが店舗数を拡大しようとする時にもM&Aが行われることがあります。ノウハウを持った既存の店舗を利用することで、買い手側は一から店を建てるよりコストや時間をかけず、店舗数を拡大できます。

コンプライアンス体制強化を目的としたM&A

エステは健康にも関わりが深いため、法令順守などコンプライアンスが重視される業界です。コンプライアンス確立のノウハウを持つ企業に買収されることで、社内のコンプライアンス体制が強化され、対外的にはイメージアップをはかることができます。

エステサロン業界におけるM&A手法(スキーム)

株式譲渡

株式譲渡とは、買い手が売り手側の株式の過半数を取得することで、その企業の経営権を得るスキームです。買い手側企業は、相手の株式の過半数を取得すれば対象企業を子会社化できます。また売り手側は従来の企業形態を維持でき、手続きも簡単なため、M&Aを迅速に行えるメリットがあります。ただし売り手側に負債などがあった場合、買い手側はそれも引き継がなければなりません。

事業譲渡

事業譲渡とは、売り手側の事業や権利、資産などの一部を選んで買収することができるスキームです。どの事業や資産を引き継ぐかは買い手側が決められるため、相手の負債などは引き受けずに済みます。ただ手続きが複雑で、事業譲渡で得た利益には法人税がかかるなどのデメリットもあります。

エステサロン業界のM&A実施時の価格相場

価格相場

M&Aにおける売却価格は、企業の規模や財務状況、ブランド力や経営統合による相乗効果など、さまざまな要素を複合的に考慮して決定するため、決まった公式に当てはめて算定できるわけではありません。

ただ、M&Aにおける買収価値の評価方法の中でも、比較的算出が簡単な年買法(年売法)というものがあり、それに当てはめることで買収価格の目安を知ることは可能です。年買法は以下の計算式で求められます。

時価純資産+営業利益×3~5

時価純資産は、貸借対照表の資産と負債時価で評価して算出しますが、すべての資産と負債時価を算出するには多大な手間と時間がかかるため、通常は簿価と時価の乖離が大きいもののみ適用します。

また、営業利益にかける倍率は、企業の将来性や相乗効果による利益の大きさを考慮して決められ、将来性や相乗効果が大きい企業ほど掛率が高くなります。

企業価値を算出する3つのアプローチ

コストアプローチ

貸借対照表の資産から負債を差し引いた、企業の純資産額をもとに企業価値を算出する方法をコストアプローチといいます。明確な数字を用いて価値を評価できるため、市場での評価を定めにくい中小企業のM&Aでは有効なアプローチです。個人経営や中小規模の施設が多いエステサロンでは、コストアプローチによる企業価値の算出も多くなっています。

マーケットアプローチ

その企業の市場価格から、企業価値を算出する方法をマーケットアプローチといいます。市場価格は、上場企業の中で似た規模や事業内容の企業と比較することにより算出できます。比較対象があるため客観性が高い上、市場のトレンドを反映させやすいメリットがあります。ただし上場企業の中で類似の企業があることや、市場価値を定めやすいことが条件となるため、個人経営や中小のサロンでは難しく、大手サロンに適したアプローチ方法です。

インカムアプローチ

その企業の将来の収益や、キャッシュフローなどをもとに企業価値を算出する方法をインカムアプローチといいます。その企業の将来性も加味できるところが最大の特徴で、できたばかりのエステサロンでも企業価値が高く算出される可能性があります。ただ、将来性は客観的な基準があるわけではないため、主観的な評価になりやすいのがデメリットです。

エステサロン業界でM&Aを実施するメリット

売り手側のメリット

後継者問題の解消

個人経営のサロンなどでは、後継者問題を抱える店舗が少なくありません。しかしM&Aによって会社の経営権や店舗の運営を引き継いでもらえ、後継者を得られます。

大手傘下に入ることによる経営基盤強化

M&Aで全国展開する大手エステサロンの傘下に入った場合、その知名度や豊富な資金力により、経営基盤を安定させたり、強化したりすることが可能です。

エステティシャンの雇用維持

後継者問題や業績不振などに悩むエステサロンがM&Aを行い、事業が継続されれば、そこで働くエステティシャンの雇用も維持されます。大手サロンの傘下に入った場合などは、かえって条件や待遇が改善される場合もあります。

借入や保証の解消

経営者による個人保証のエステサロンの場合、会社が倒産すると債務を自身の財産で保障しなければならない可能性があります。しかしM&Aで経営権が買い手に渡れば、個人保証は解消され、財産を失うリスクを回避できます。

売却益の獲得

M&Aでエステサロンを売却すれば、売却益が得られます。高齢でリタイアを考えている経営者なら、その資金をリタイア後の生活に回すこともできます。また、まとまった売却益を得られれば、それを資金にして新たな事業も始められるでしょう。

買い手側のメリット

事業の拡大

M&Aにより売り手側の事業基盤を受け継げば、買い手側のエステサロンは事業を拡大できます。例えばフェイシャル専門のエステサロンがボディエステにも事業を拡大したい場合、最初から事業を立ち上げるより、ボディエステのサロンを買収した方が、時間もかからず低リスクで新規事業を始められます。

エステティシャンの獲得

エステ業界では人手不足が課題ですが、M&Aを行えば売り手側に雇用されているエステティシャンを獲得できます。すでに高い技術を持つエステティシャンを獲得することで、人材教育にかかるコストも削減できます。

ノウハウの獲得

M&Aでは、売り手側の技術や接客、集客などのノウハウを獲得できるのもメリットです。特に新事業に乗り出す場合は、既存のノウハウを活用した方が軌道に乗せやすくなります。

既存顧客の獲得

M&Aにより経営主体が変わっても、サービスやスタッフが変わらなければ、通い続ける固定客も多いでしょう。オープンしたばかりのサロンは固定客が着くまで経営が不安定ですが、M&Aにより既存顧客を獲得できれば、開店直後から安定した経営を行えます。

エステサロン業界のM&A案件・事例

エステサロン業界に関するM&A事例をご紹介します。
事業の売却・事業承継のご相談は下記よりお問い合わせください。

事例1 GFAによるヴィエリスの買収

2022年9月、GFA株式会社は、全身脱毛サロン「KIREIMO」を運営するヴィエリスの事業を一部買収しました。この取引は、経営再建中のヴィエリスの事業を支援しつつ、GFAが美容業界でのプレゼンスを強化する目的で行われました。

ヴィエリスは、KIREIMOを通じて全国に展開しており、特に若年層の女性顧客をターゲットにした全身脱毛サービスで知られています。KIREIMOは、リーズナブルな価格設定と高い施術技術で市場シェアを拡大してきましたが、経営難に直面していました。

GFAによる買収は、ヴィエリスのブランドを維持しながら運営体制の再編を図る狙いがあります。特に、スタッフの技術力やサービス品質の向上を目指し、既存顧客への影響を最小限に抑えつつ、経営の効率化を進めています。

今回のM&Aにより、GFAは美容業界での競争力を高め、サロン事業のさらなる拡大を目指しています。
引用元:https://maonline.jp/news/20230920d

事例2 AcroX HoldingsによるTACHIAOIの買収

2021年4月、AcroX Holdingsは、オリジナル化粧品を製造販売し、高品質なエステサービスを提供するTACHIAOIを買収しました。

TACHIAOIは、オリジナル商品開発に強みを持ち、顧客層には美容や健康に高い関心を持つ人々が含まれています。この買収により、AcroX Holdingsは、美容業界への進出を強化し、エステサロン事業の更なる成長を目指しました。

AcroXは、TACHIAOIが持つ美容技術や商品開発力を活かし、今後はオンライン販売の強化や、顧客の健康管理をサポートするサービスの導入も視野に入れています。

このM&Aは、AcroXの美容領域での事業多角化を進める上での重要な一手となっています。
引用元:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000006.000053775.html

事例3 ファクトリージャパングループによる株式会社凛の買収

2018年、ファクトリージャパングループは、リラクゼーションとエステを提供する「和み庵」を運営する株式会社凛を買収しました。

和み庵は、エステティックとリラクゼーションを融合した独自のサービスを展開しており、特にリピーター率が高いことで知られていました。ファクトリージャパングループは、整体やカイロプラクティックの事業を運営しており、この買収により、顧客に提供できるサービスの幅を広げました。

買収後、ファクトリージャパングループは、従業員の働きやすい環境を整備し、人材の定着率を向上させるとともに、和み庵のリピーター顧客を維持しながら、新規顧客の獲得を進めています。また、エステと整体を組み合わせた新たな施術メニューの開発も検討されています。
引用元:https://factoryjapan.jp/archives/1803

事例4 ANAPによるアセアンビューティーホールディングスとの資本提携

2020年9月、アパレル企業ANAPは、アジア市場でエステサロンを展開するアセアンビューティーホールディングスとの資本提携を行いました。

ANAPは、ファッションと美容の融合を図るべく、エステサロン事業への進出を進めており、この提携により、アジア地域での市場拡大を目指しています。アセアンビューティーホールディングスは、現地での美容サロン事業で成功を収めており、そのノウハウを取り入れることで、ANAPはアジア市場でのプレゼンスを強化しました。

この提携により、両社は相互にサービスを提供し合い、ファッションと美容のクロスセルを行う戦略を進めています。また、アジア市場における美容トレンドに合わせた新しいサービスの開発も進められています。
引用元:http://ke.kabupro.jp/tsp/20200923/140120200923494874.pdf

エステサロン業界でM&Aを実施する流れ

M&Aの専門家へ相談

M&Aを検討している場合、まずは専門家に相談してみましょう。M&A仲介会社のほか、銀行などの金融機関や事業承継・引継ぎ支援センターなどの公的機関などに相談する方法もあります。専門家に相談することにより、適したM&Aのスキームや自社の価値などを明確にでき、具体的なプランを立てられます。

マッチング候補の検討と選定

M&Aのプランが決まれば、自社の希望やビジョンに合った企業の候補を選定します。その際、情報漏洩を防ぐためにも、ある程度企業の数を絞るほうが得策です。

トップ面談の実施

候補先の企業が決まれば実際に交渉に移ります。相手先の感触が良ければ、トップ同士の面談を実施します。

基本合意契約の締結

トップ面談で条件面などが合意に至れば、基本合意書を作成して基本合意契約を締結します。一部を除き原則として法的拘束力はないため、後で条件などは変更できますが、一般的に売り手側には独占交渉権が付与されます。

デューデリジェンス

デューデリジェンスとは、買い手側による売り手側の詳細な調査のことです。ここで売り手側企業の業務内容や財務、会計や法務の内容を詳しく調査し、最終締結に向けて条件を調整していきます。そこで基本合意の際に明かされていなかったリスクが発覚した場合は、条件を変更できます。

最終契約

条件が整い最終的な合意に至れば、最終契約書の作成をもってM&Aはクロージングとなります。

まとめ

エステサロンのM&Aは、売り手側にとっては売却益の獲得や後継者問題の解決、買い手側にとってはスタッフや顧客の獲得、事業拡大などのメリットをもたらします。M&Aを行う際は、計画の作成や自社の価値評価、交渉や調査にも専門的な知識が必要です。M&Aを検討している場合は、まず専門的な機関に相談しましょう。

▼監修者プロフィール

岩下 岳

岩下 岳(S&G株式会社 代表取締役) S&G株式会社

新卒で日立Gr.に入社。同社の海外拠点立上げ業務等に従事。
その後、東証一部上場のM&A仲介業界最大手の日本M&Aセンターへ入社ディールマネージャーとして、複数社のM&A(株式譲渡・事業譲渡・業務提携等)支援に関与。IT、製造業、人材、小売、エンタメ、建設、飲食、ホテル、物流、不動産、サービス業、アパレル、産業廃棄物処分業等、様々な業界・業種でM&Aの支援実績を有する。現在はS&G代表として、M&Aアドバイザー、及び企業顧問に従事している。