M&Aにおける偶発債務とは|偶発負債の具体例4つと会計での取り扱いについて解説
偶発債務は「将来起きる確率は低いものの、発生する可能性がある債務」であり、M&Aにおいて大変重要な要素です。
M&Aを検討しているなら、偶発債務について必ず事前に理解しておきましょう。
本記事では偶発債務について、4つの具体例と会計での取り扱い基準について詳しく解説します。
M&A成立後の偶発債務発生リスクを最小限に抑える方法も紹介しているので、ぜひ参考にしてください。
M&Aにおける偶発債務とは?
偶発債務は「現時点では債務を抱えていないものの、将来的には抱える可能性がある債務」を指します。
現時点で正確な負債額が決まっていないため貸借対照表には記載されませんが、財務諸表に注記する必要があります。
偶発債務を抱えることになると、買収後の企業価値や財務状況に多大な影響をもたらし、M&A失敗の原因になりかねません。
M&Aの取引時には財務諸表の注記に記載されている内容はもちろん、それ以外の偶発債務の可能性も詳細に調査しておくことが大切です。
偶発債務に似た用語として簿外債務、引頭金についてもそれぞれ解説していきます。
偶発債務は簿外債務に含まれる
簿外債務は実質的に債務を負っているにもかかわらず、貸借対照表に計上されない債務を指します。
偶発債務も簿外債務の一種であり、次の債務があげられます。
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- 偶発債務
- 退職給付債務
- リース債務
M&Aで企業の価値を適切に評価するために、簿外債務の存在は非常に重要です。
予想外の簿外債務や偶発債務リスクがあった場合、買い手側の財務状況に多大な影響を及ぼす可能性があります。
一方で、M&A成立後に簿外債務がはじめて明らかになった場合、損害賠償の請求対象となります。
M&Aで企業の売却を検討している場合は、偶発債務を含む簿外債務は正直にすべて開示しておきましょう。
引頭金との違い
引頭金とは、会社が将来の大きな出費に備えて準備しておく資金を指します。
貸借対照表において引頭金は計上されますが、偶発債務は計上されません。日本税理士連合会によって発表されている「中小企業の会計に関する指針」では、以下のすべてに該当するものを引当金と定めています。
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引用:日本税理士連合会「中小企業の会計に関する指針(28p)」
引頭金の例として、従業員への賞与として準備している賞与引頭金や、建物や設備の修繕費用である修繕引当金があげられます。
偶発債務は発生の可能性が低いことと金額の見積もりが難しく、引頭金の設定概要のうち3,4に該当しないため引頭金には含まれません。
引頭金が買収対象企業の税務状況や資金需要を理解するうえで重要な指標であるのに対し、偶発債務は将来的な財務リスクを評価するうえで欠かせない指標です。
偶発債務に該当する具体例4つ
偶発債務の具体例として、次の4つがあげられます。
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- 債務保証
- 第三者からの訴訟による損害賠償
- 割引手形・裏書手形での取引
- デリバティブを所有
M&Aにおいてはこれらの偶発債務を適切に把握し、リスクを評価することが重要です。
1.債務保証
債務保証とは、売り手側企業が関連会社や取引会社の債務に対して行っている保証です。
債務保証は信用の低い会社が資金を調達する際に有効であり、売り手側企業によって借入企業が負う責任を補完します。
もし売り手側企業の保証している会社が債務不履行になった場合、売り手側企業が代わりに債務を負うことになってしまいます。
保証していた債務を負うことで、売り手側企業の財務が大きく圧迫される可能性も少なくありません。
売り手企業が債務保証をしている場合は、保証先の財務状況や保証の規模などを詳細に確認し、リスクを評価する必要があります。
2.第三者からの訴訟による損害賠償
売り手側企業が第三者から訴訟を起こされ、係争に巻き込まれている場合も偶発債務に含まれます。
訴訟の結果次第では、損害賠償金や和解金などを支払わなければならないケースも少なくありません。
第三者から訴訟される事例として、次の例があげられます。
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- 売り手側企業のサービスに不具合
- 著作権や特許権を侵害
- 労働条件の違反やハラスメント
訴訟によるリスクは財務状況の圧迫だけではなく、企業価値の低下につながりかねません。
M&Aを検討する際は潜在的な訴訟リスクについて、内容や進行状況の詳細を調査しておくようにしましょう。
3.割引手形・裏書手形での取引
偶発債務の具体例として、割引手形と裏書手形もあげられます。
割引手形 | 期日が到来していない受取手形を銀行で現金化 |
裏書手形 | 期日が来ていない受取手形を取引先の支払手形として使用 |
割引手形と裏書手形はどちらも、手形の支払人が支払いを拒否した場合に不渡りとなってしまいます。
不渡りになった場合、現金化した銀行や裏書手形を渡した取引先に対して売り手側企業が債務を負うことになります。
場合によっては手形の金額に加え、銀行における遅延利息や取引先の不利益に対する損害賠償が発生する可能性も否定できません。
割引手形や裏書手形は見落としやすいですが、M&Aの際に必ず確認しておく項目のひとつです。
4.デリバティブを所有
デリバティブとは株式・債権・通貨などに依存して価値が決まる金融商品で、代表例として次があげられます。
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- 為替予約
- 先物取引
- スワップ取引
- オプション取引
主に為替や金利によるリスクを回避する目的で所有されます。しかし一定条件化では、損をしてしまうため注意が必要です。
為替予約契約をしていた例では、為替レートが予想に反して大きく不利な方向へ動いた場合、損害を被ってしまうケースもあります。
契約時にこれらの損益は確定できないため、デリバティブの所有も偶発債務に位置づけられます。
偶発債務の会計基準について
偶発債務がある場合は、その存在を株主や取引先などに明示しなければなりません。
そのためのポイントとして、次の2つがあげられます。
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- 貸借対照表には計上しない
- 貸借対照表の注記には記載する必要がある
上記をしっかり押さえ、売り手企業の財務状況を正確に把握しましょう。
貸借対照表には計上しない
偶発債務は決算日時点で負債額の計上ができず、予測も難しいことから貸借対照表には記載しません。
貸借対照表は作成時点の企業の財政状況を明示する財務諸表のひとつで、負債・資産・純資産の残高を示すものです。
不正確な偶発債務を計上してしまうと、財務状況が実際よりも悪く見えて関係者に誤解を与えるリスクがあります。
さらに財務諸表自体の信頼性を損なう可能性も否定できません。
偶発債務は発生の可能性が高まり、金額の見積もりが可能になった段階ではじめて引当金として計上されます。
M&Aにおいては将来的リスクとして非常に重要な要素のため、詳細に把握しておくようにしましょう。
財務諸表の注記には記載する必要がある
偶発債務は貸借対照表には計上しませんが、関係者が財務状況を把握しやすいよう財務諸表の注記に記載する必要があります。日本の会計基準においても、偶発債務の可能性は財務諸表の注記に記載するよう要求されています。
偶発債務の内容や金額の明示は、財務状況の透明性を保つうえで大変重要です。
利害関係者が該当企業を適切にリスク評価できるほか、信頼関係を築く重要な役割を担っており、とくにM&Aでは売り手側の潜在的リスクを把握するための重要な判断材料です。
M&A実施時に後の偶発債務のリスクを抑えるポイント3つ
M&A成立後に偶発債務が起こるリスクを回避するためのポイントを3つ紹介します。
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- デューデリジェンス(買収監査)の実施
- 表明保証条項を記載
- 事業譲渡スキームへの変更
潜在的なリスクを少しでも減らすために、ぜひ参考にしてください。
デューデリジェンス(買収監査)の実施
デューデリジェンスとはM&Aで買い手企業が売り手企業に対して事前に行う調査で、資料分析や社員へのインタビューを実施し、買収に伴うリスクについて評価します。
偶発債務の可能性についても、財務諸表の分析や契約書の精査、関係者への聞き取り調査などで徹底的な調査が必要です。
貸借対照表の注記だけではなく、総合的に偶発債務のリスクを評価していきます。
デューデリジェンスは種類が豊富で、専門的な知識が必要なため公認会計士や弁護士、税理士などの専門家に依頼するのが一般的です。
デューデリジェンスの種類
デューデリジェンスにはさまざまな種類があり、目的や会社の規模によって必要なものを組み合わせて調査します。
デューデリジェンスの代表的な種類として、以下があげられます。
事業デューデリジェンス | 市場における対象企業の将来性を調査 |
財務デューデリジェンス | 財務諸表をもとに財務状況を調査 |
法務デューデリジェンス | 対象企業が抱える法的リスクを調査 |
税理デューデリジェンス | 税金の申告漏れや納税処理について調査 |
人事デューディリジェンス | 雇用条件・労働条件について調査 |
大企業のM&Aでは大がかりなデューデリジェンスを行うケースが多いでしょう。
一方で、中小企業ではコストや時間に限りがあるため、リスクの高い法務・財務・税務を重視して効率的にデューデリジェンスを行う傾向にあります。
デューデリジェンスの内容
デューデリジェンスの内容は主に次の3つに分けられます。
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- 資料分析
- 所在確認
- マネジメントインタビュー
デューデリジェンスでは買い手企業が売り手企業に対して、事前に資料開示の請求を行います。
財務諸表や契約書、訴訟関連資料などを詳細に分析し、正確性や法令に違反していないかの確認も怠らないようにしましょう。
所在確認では不動産・施設・設備について、資産の実在性に相違がないかや状態について確かめます。
さらに経営陣に向けてインタビューを実施することで、資料や所在確認だけでは得られない情報を確認可能です。
上記3つの方法を組み合わせ、対象会社をさまざまな角度から調査して買収に伴うリスクを総合的に判断します。
表明保証条項を記載
表明保証条項とは売り手側企業の法務・税務・財務にかかわる情報が事実であることを証明する取り決めです。
表明保証条項を定めることで、売り手側企業に事実をすべて開示させられるというメリットもあります。
M&A契約時に表明保証した内容が事実と異なり、それによって損害が発生した場合は損害賠償を請求できます。
M&A成立後に万が一表明保証条項と異なる事実が発覚した場合も、金銭的保証について明記しておけば致命的なリスクは避けられるでしょう。
一方で、表明保証条項に記載される内容が不十分であった場合、買い手企業側は不利益を被る可能性も否定できません。
買収後のリスクを最小限に抑えるためにも、表明保証条項は税理士や弁護士などの専門家からアドバイスを受けながら慎重に作成しましょう。
サンドバッキング条項の記載
サンドバッキング条項は売り手企業側の表明保証した内容が事実でなかった場合、買い手側がそれを知っていたか否かにかかわらず責任を追及できる条項です。
買い手側がデューデリジェンスで偶発債務の可能性について知っていた場合も、売り手企業側に責任を追及できます。
サンドバッキング条項は買い手側の保護を目的としているため、売り手側は採用を慎重に判断する必要があります。
事業譲渡スキームへの変更
事業譲渡は売り手企業から譲り受ける資産や負債を選択できるため、偶発債務のリスクを回避する選択肢のひとつです。
株式譲渡では法人を丸ごと買収するため、偶発債務も引き継いでしまう恐れがあります。一方で、事業譲渡には次のようなデメリットも存在します。
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- 手続きが複雑で時間がかかる
- 譲渡益に対して課税される可能性がある
- 従業員の承諾が必要になる
事業譲渡以外に、吸収分割・株式交換・株式移転などのスキームでも偶発債務のリスク回避は可能です。
M&Aのスキームを検討する際にはそれぞれのメリット・デメリットを比較し、個々の状況に合わせて最適な方法を選択しましょう。
事前にしっかり調査して偶発債務のリスクを抑えよう
本記事では偶発債務について具体例と会計での取り扱い、M&Aでリスクを押さえるポイント3つについて解説しました。
M&Aにおいて偶発債務は、買収後の財務状況や企業の価値を左右する重要な項目です。
偶発債務は財務諸表の注記に記載が求められますが、認識されていない偶発債務がある可能性も否定できません。
売り手側企業でも認識されていない潜在的な偶発債務を調査するためには、専門家による徹底的なデューデリジェンスが有効です。
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【ディスクリプション】
偶発債務は現時点で発生しておらず、将来発生する可能性がある債務を指します。M&A成立後に発生すると買収価格の調整や損害賠償の請求対象となることも。本記事では偶発債務について、具体例やM&Aでのリスクを抑えるポイントについて解説します。
▼監修者プロフィール

岩下 岳(S&G株式会社 代表取締役) S&G株式会社
新卒で日立Gr.に入社。同社の海外拠点立上げ業務等に従事。
その後、東証一部上場のM&A仲介業界最大手の日本M&Aセンターへ入社ディールマネージャーとして、複数社のM&A(株式譲渡・事業譲渡・業務提携等)支援に関与。IT、製造業、人材、小売、エンタメ、建設、飲食、ホテル、物流、不動産、サービス業、アパレル、産業廃棄物処分業等、様々な業界・業種でM&Aの支援実績を有する。現在はS&G代表として、M&Aアドバイザー、及び企業顧問に従事している。