借入金があってもM&Aは可能?個人の連帯保証の取り扱いなどを解説
借入は企業における資金調達の一つです。しかし、M&A(エムアンドエー)による資金調達を検討する際に、借入があってもM&Aはできるのか、不安に思う方は少なくないでしょう。
また、借入がある場合は売り手にとっては借入金の返済や負債リスクの軽減などのメリットがありますが、買い手にとってはデメリットになるため買い手が見つかるのかという課題もあります。
そこで本記事では、
- 借入がM&Aに与える影響
- M&A後の借入金の取り扱い
- 借入金のあるM&Aにおいて買い手が注意すべき点
- M&Aにおける借入以外の資金調達方法
などをわかりやすく解説します。借入があってもM&Aができるのか不安な方や、借入金以外の資金調達方法を知りたい方に役立つ情報を紹介しますので、ぜひ参考にしてください。
目次
借入金とは?
借入金とは、企業経営者が他者から借りたお金のことです。
借りる相手は、金融機関・企業・個人などさまざまですが、以下の2種類がありそれぞれにメリット・デメリットがあります。
借入金の種類 | 概要 | メリット | デメリット |
短期借入金 | 借入から1年以内 | 金利が安い | 一時的な資金調達にすぎない |
長期借入金 | 返済期限が1年以上 | 長期間での返済が可能 | 審査は厳しい |
借入金により資金調達ができれば、資金繰りに余裕が生まれます。しかし、期日までに返済できなければ、資金繰りだけでなく事業の継続が困難になる恐れがあるのが留意点です。
長期借入金の場合は、返済期間が長くなりますが、金利は経費として計上できます。返せる範囲で計画的に利用すれば、節税や企業の社会的信用度の向上にもつながるでしょう。
M&Aにおける連帯保証の扱い
M&Aにおける連帯保証については、譲渡方法によって扱いが異なります。
- 株式譲渡:連帯保証も引き継がれる
- 事業譲渡:連帯保証は引き継がれない
そもそも連帯保証とは、企業が借入を行なう際に債務者が返済困難になった場合に、債務者に代わって返済をする保証人を立てること。企業では経営者が連帯保証人になるのが一般的です。
なお、2014年に施行された「経営者保証に関するガイドライン」では、経営者の連帯保証が不要になるケースもあります。
株式譲渡では、売り手が連帯保証の解除をした後に、買い手が連帯保証を引き継いで貰えるように交渉もできます。
事業譲渡では、連帯保証の引き継ぎはできません。M&Aで得た資金を返済に充て完済するといった解決策もあります。
M&Aは借入金がある場合でも可能か?
結論から言うと、M&Aは借入金があっても可能です。
ただし、借入金がある場合は、買い手を見つけるのは容易ではありません。M&Aは種類によって借入金の扱いが変わるため、借入金がどのようになるかを明確化しておく必要があります。
また、以下の条件を満たす企業であれば、借入金があってもM&Aができる可能性があるでしょう。それぞれに詳しく解説します。
- 1.同業他社と提携する場合
- 2.周辺企業と提携する場合
同業他社と提携することで、リスクを分散しコストを削減できます。M&A後に売上拡大が見込めれば損益を改善できるでしょう。
周辺企業との提携のケースでは、独自技術やノウハウを持っていることが前提です。買い手にとって魅力的な技術やノウハウなら、借入金があってもM&Aを実現できる可能性はあります。
M&A後の借入金の取り扱いについて
M&A後の借入金の取り扱いについては、先程も少し触れましたが、ここではさらに詳しく見ていきましょう。
取り扱いについては、以下の3つのパターンがあります。
- 1. 株式譲渡の場合
- 2. 事業譲渡の場合
- 3. 連帯保証を解除する方法
それぞれに扱いが異なるほか、メリット・デメリットもあるので注意が必要です。
株式譲渡の場合
M&Aにおける株式譲渡は、株式ごと買い手が所有するため、債務や借入金も同時に引き継がれます。売り手は、株式を含めて会社を丸ごと買い手に譲渡するため、従業員や取引先を買い手が引き継ぐことができるのもメリットです。
株式譲渡では、売り手がM&A前に株主名簿の把握と管理を徹底する必要があります。株主名簿の管理がずさんだったり、把握できていなかったりすれば、M&A後の経営に支障が出る恐れがあるので注意してください。
なお、株式譲渡では、全ての引き継ぎが完了するまでに時間がかかります。売り手が株主名簿を把握できていない場合は、完了するまでの間に双方で情報を共有しながら引き継いでいくのも選択肢の一つです。
事業譲渡の場合
M&Aにおける事業譲渡は、株式は売り手に残したままになるのが特徴です。基本的に債務や借入金は、売り手に残ります。事業譲渡では、「全事業譲渡」と「一部譲渡」に大別されるのが一般的です。
たとえば、売り手がM&Aでの資金調達を考えているものの、特定の事業は残し経営を続けたいと考えることもあるでしょう。一部譲渡であれば、特定の事業を残しておけます。売却した資金を経営の立て直しに活用できるのがメリットです。
なお、事業譲渡は個別に継承されることに留意しましょう。引き継ぐ事業に関わる従業員や取引先とは、個別契約が必要になるため手間がかかります。買い手には手間がかかりますが、借入金は引き継がずに済むのがメリットです。
連帯保証を解除する方法
M&Aでは、連帯保証を解除する方法があります。
ただし、買い手側の承諾なしで連帯保証の解除はできません。買い手側が連帯保証人を引き継いでもいいと承諾を得る必要があります。株式譲渡は借入金も買い手に引き継がれるため、自動的に連帯保証も解除されるのが一般的です。
しかし、株式の一部のみを譲渡するケースでは、連帯保証が解除されない場合があります。一部の株式のみを譲渡する場合も、連帯保証の解除は買い手の承諾が必要になることに留意してください。M&Aにおいて連帯保証を解除する際は、売り手と買い手できちんと話し合う必要があります。
M&Aの買収側が借入金で注意すべきポイント
M&Aの買収側が借入金で注意すべきポイントは以下の2つです。
- 買収金額に妥当性があるかどうか
- デューデリジェンスを怠らない
借入金のある企業とのM&Aにおいては、メリットもデメリットも存在します。失敗しないためにも、本章で紹介する注意点を意識しながら見極めてください。
買収金額に妥当性があるかどうか
まず、買収金額に妥当性があるかを確認しましょう。株式譲渡では、株式の買収費用に加えて借入金の返済費用を用意しなければなりません。
借入金があっても買収するメリットが大きい場合は、金融機関からの融資を検討することもあるでしょう。しかし、負債が増えれば経営に支障が出て、会社の存続が困難になる恐れがあります。買収金額が妥当であるかは、慎重な見極めが必要です。
リスクを軽減するには、企業価値評価を参考にするといいでしょう。企業価値評価に基づき検討すれば、買収費用の目安を把握できます。企業価値評価は、株式を確認できない非上場企業の価値を見極めたいときにも活用可能です。
デューデリジェンスを怠らない
そして、デューデリジェンス(Due Diligence)を怠らないことも大切です。デューデリジェンスとは、投資で用いられる用語で、売り手の資産や負債などを調べる意味があります。
デューデリジェンスで調査する項目は以下の6つです。
- 1.財務
- 2.事業
- 3.人事
- 4.税務
- 5.法務
- 6.IT
なお、デューデリジェンスで正確な情報を入手するには、専門的な知識が必要になる場合があります。
自社で対応できない場合は、弁護士や税理士などプロのサポートを検討してください。プロのサポートを受けるには費用がかかりますが、リスクを見落としたまま買収すると経営に支障が出る恐れがあります。
デューデリジェンスを徹底すれば、リスクを軽減できるでしょう。
借入金のある会社でもM&Aを成功させるポイント
借入金がある会社でもM&Aはできるのか?不安な方もいると思います。ここでは、借入金のある会社でもM&Aを成功に近づけるポイントをいくつか紹介します。
明確な強みを持つ
前述にも記載しましたが、買い手側の買収ニーズを満たすことができれば、買い手先を見つけることは不可能ではありません。それと同時に買い手が魅力を感じなければ、借入金がなくてもM&Aは実現することはできません
具体的には、買い手先と親和性の高い領域で専門性の高い人材を確保できること、また独自技術やシステム、サービスのノウハウを保有しているなど、会社独自の強みを持っていることが買い手が買収先を評価する上で重要なポイントになります。
きれいな決算書を意識する
決算報告書の内容はM&Aにおける買い手が評価をする上でも、買収金額の交渉の際にも非常に大きな影響を与える項目です。特に買い手が注目するポイントは下記です。
- 固定費が抑えられているか
- 前期よりも売上・利益が伸びているか
- 不明瞭なコストがないか
- 役員・従業員への報酬が適正か
- 借入金の状況
M&Aにおける借入金以外の資金調達方法
では最後に、M&Aにおける借入金以外の資金調達方法を7つ紹介します。
- 1.株主割当
- 2.第三者割当
- 3.新株発行
- 4.LBO(レバレッジドバイアウト)
- 5. MBO(マネジメントドバイアウト)
- 6.金融機関の融資
- 7.日本政策金融公庫の融資
M&Aを行う際は、多額の費用が必要になります。借入金も資金調達方法の一つですが、他の方法を把握しておけば、リスクを分散できるでしょう。
それぞれの資金調達方法について詳しく解説します。
株主割当
まず、株式会社であれば「株主割当」が使えます。株主割当とは、既存の株主が持ち株に応じて、新株の割り当てを受ける権利を与えることです。株主割当によって増資が可能なことから、M&Aにおいて用いられることも少なくありません。
たとえば、20株にたいして1株を株主割当とした場合は、以下のようになります。
持ち株 | 株主割当 | 合計保有株 |
60株 | 3株 | 63株 |
100株 | 5株 | 105株 |
割合は一例ですが、全ての株主に対して一律で割り当てられます。持ち株が多いほど割合が増えるわけではありません。
ただし、株主割当はあくまでも権利を与えるだけであり、新株を購入するかどうかは株主が意思決定を行います。株主が新株を購入しないと判断した場合は、株主割当としての資金調達はできないのが留意点です。
第三者割当
株式会社は「第三者割当」も使えます。第三者割当とは、誰でもいいわけではありません。自社の役員や取引先など、株主以外の第三者に新株式を割り当てる手法です。第三者割当は、主に非上場企業の資金調達方法として用いられています。
なお、第三者割当によって株数が増えると株の価値が下がる恐れがあるため、既存株主の同意が必要になる場合があります。
同意なしに行った場合は、既存株主が新株発行停止請求を行なう恐れがあるので注意してください。また、第三者割当も権利であるため、新株の購入に至らなければ資金調達はかないません。
新株発行
新株発行は、一般の人を対象にした公募により資金を調達する手法のこと。不特定多数を対象とするため、広く募集できるのがメリットです。
ただし、公募できるのは上場企業のみとなるので注意しましょう。非上場企業が新株発行をするには、株主総会で3分の2以上の賛成が必要になります。
仮に3分の2以上の賛成をえられたとしても、非上場企業は知名度が低いため資金調達に至らないケースは少なくありません。上場企業であれば知名度もあるため、資金調達の選択肢になるでしょう。
LBO(レバレッジドバイアウト)
LBO(レバレッジドバイアウト)は、買収される企業の将来的な利益を担保に、金融機関から融資を受ける手法です。M&Aにおいては、自己資金が少なくてもいずれ大きなリターンを得られる可能性があるなら、効率の良い資金調達方法といえるでしょう。
ただし、M&A後のリターンが見込めないと判断された場合は融資を受けられません。仮に融資が認められたとしても、想定していたよりリターンが少なければ、返済が困難になる恐れがあります。LBOによる資金調達では、慎重な見極めが必要です。
MBO(マネジメントドバイアウト)
MBO(マネジメントドバイアウト)は、自社経営陣が自社株式や事業を買い取る手法です。MBOの実施には多額の費用が必要になるため、金融機関からの融資を受ける前提があります。
しかし、自社経営陣による買収のため会社を手放さずに済むのがメリットです。事業の一部を買収すれば、経営体制のスリム化にも役立ちます。ただし、MBO後に経営が立ち行かなくなれば、返済できなくなる恐れがあるのが留意点です。
株式の一部を買い取るといった選択肢もありますが、買い取り後は経営陣が引き続き経営に携わることになります。
金融機関の融資
民間の金融機関から融資を受けるのも選択肢の一つです。資金調達方法としてはてっとり早いものの、審査に通過しなければ融資はうけられません。融資を受けられたとしても、自己資金が少なければ希望額を借りられないケースもあるでしょう。
新株を発行する場合は、既存株主の承諾が必要になったり、公募したりと手間がかかります。手間を掛けても新株割当が入る保障はありません。金融機関からの融資なら、手間をかけずに資金を調達できます。
ただし、融資を受けたら返済しなければなりません。無理なく返済できるかどうか、しっかりとシミュレーションしておくことも大切です。
日本政策金融公庫の融資
そして、日本政策金融公庫からの融資を受けるのも選択肢の一つです。日本政策金融公庫は、中小企業の資金調達の円滑化を支援しています。民間の金融機関から融資を受けるよりも、低金利で利用できるのがメリットです。
ただし、利用には条件があるため無条件で融資を受けられるわけではありません。条件を満たしていれば、最大14億4千万円(直接融資)が受けられます。
返済期間は以下の通りです。
- 設備資金:20年以内(うち措置期間5年以内)
- 運転資金:10年以内(うち措置期間5年以内)
M&A資金も対象になる場合があるので、金利をおさえたいときの資金調達方法として検討するといいでしょう。
出典:日本政策金融公庫
まとめ
M&Aは借入金があっても実施は可能です。ただし、連帯保証やM&A後の借入金の取り扱いは、状況に応じて変わるため慎重に見極めなければなりません。また、M&Aは売り手と買い手の双方で納得した上で進めていくため、メリット・デメリットを把握することも大切です。
M&Aにおいては、「株式譲渡」なのか「事業譲渡」なのかによっても、手順やM&A後の注意点は変わってきます。特に借入金のある企業を買収する場合は、リスクも覚悟しておかなければなりません。
いずれも買収金額の妥当性やデューデリジェンスを怠らないといった注意点を踏まえていれば、デメリットは回避できるでしょう。借入金以外の資金調達方法を参考にしながら、スムーズにM&Aを進められる方法を見出してください。
▼監修者プロフィール
岩下 岳(S&G株式会社 代表取締役) S&G株式会社
新卒で日立Gr.に入社。同社の海外拠点立上げ業務等に従事。
その後、東証一部上場のM&A仲介業界最大手の日本M&Aセンターへ入社ディールマネージャーとして、複数社のM&A(株式譲渡・事業譲渡・業務提携等)支援に関与。IT、製造業、人材、小売、エンタメ、建設、飲食、ホテル、物流、不動産、サービス業、アパレル、産業廃棄物処分業等、様々な業界・業種でM&Aの支援実績を有する。現在はS&G代表として、M&Aアドバイザー、及び企業顧問に従事している。