中小企業M&Aが増加している背景や目的を解説。M&Aの成功ポイントや成功事例も紹介

中小企業のM&Aが増加傾向にあります。企業の事業承継や成長戦略の一環として行われるM&Aには、多様な目的と手法が存在し、中小企業の経営者やステークホルダーにとって必要不可欠な情報となっています。

そこで今回の記事では、

  • 中小企業M&Aが増加している背景
  • 中小企業M&Aの目的
  • 中小企業M&Aの進め方
  • 中小企業M&Aでの成功ポイント
  • 中小企業M&Aの相談先

などについて詳しく解説します。

中小企業M&Aとは

中小企業M&Aは、中小企業の定義に基づいた中小企業同士、または中小企業と大企業間の合併や買収を指します。

日本における中小企業のM&A件数は年々増加しており、市場規模も拡大の一途をたどっています。

株式会社レコフデータの調査によると、M&A件数は増加傾向で推移しており、2021年には過去最多の4,280件を記録。この背景には、M&Aを事業承継や成長の手段として見るポジティブな視点の広がりがあります。

出典: 2022年版 中小企業白書

中小企業M&Aが増加している背景

中小企業M&Aが増加している背景には、以下の要因が挙げられます。

  • 後継者不在率の増加
  • 経営者の高齢化
  • 親族内承継の減少
  • M&Aに対する意識変化

それぞれの要因について詳しく解説していきます。

後継者不在率の増加

経営者の高齢化と後継者問題は、多くの中小企業が直面する大きな課題です。特に、団塊の世代が後期高齢者に達する2025年問題が迫る中で、後継者不在の問題はより一層深刻化しています。

日本全国の社長の平均年齢は2022年に60.4歳に達し、70歳近くでの社長交代が多く見られる現状があります。後継者の確保には5年から10年の期間を要するため、適切なタイミングでの後継者確保は困難を極めます。

この背景には、経営者の高齢化、後継者不在率の増加、そして事業承継に対する意識の変化があります。以下では、後継者不在率の増加に焦点を当て、中小企業M&Aとの関連性について考察します。

経営者の高齢化は、日本の中小企業における後継者不在率の増加に直接的な影響を与えています。東京商工リサーチの発表によると、2023年に後継者不在率は61.09%に達し、初めて60%を超えました。前年比で1.19ポイントの上昇となり、この問題の深刻さが浮き彫りになっています。

代表者の年齢が60代、70代、そして80歳以上になると、後継者不在率はそれぞれ46.18%、30.53%、23.83%と高い数値を示しており、後継者の確保が困難であることが示されています。

出典 : 2023年「後継者不在率」調査|東京商工リサーチ全国「後継者不在率」動向調査(2023年|帝国データバンク

経営者の高齢化

日本の中小企業界では、経営者の高齢化が深刻な問題です。東京商工リサーチが実施した『2022年「全国社長の年齢」調査』によると、社長の平均年齢は2022年に63.02歳と過去最高を記録しました。

この高齢化は、後継者不在や事業承継の問題を引き起こし、企業の存続に大きなリスクをもたらしています。特に、60代以上の社長の比率が60%を超え、後継者難による倒産が増加している現状は、中小企業にとって切実な課題となっています。

高齢の社長が率いる企業では、業績悪化の傾向が顕著です。特に70代以上の社長を持つ企業では、赤字率が25.8%、連続赤字率が13.3%に達しています。

このような状況は、高齢経営者が過去の成功体験にとらわれ、設備投資や経営改善に消極的になりがちな点も一因と考えられます。また、事業承継や後継者育成の遅れが企業存続に支障をきたすこともあり、経営者の高齢化は事業継続の大きな課題の一つです。

出典 : 2022年「全国社長の年齢」調査 東京商工リサーチ

親族内承継の減少

日本の中小企業における事業承継の伝統的な形態である親族内承継が、現在減少しています。これは、後継者候補が家業ではなく、異なるキャリアを選択する傾向が強まっているためです。

この傾向の変化は、事業承継において多くの中小企業が直面する課題の一つであり、M&Aがこれを解決する有効な手段として注目されています。

長年にわたり、多くの中小企業では親族、特に子どもや近親者による事業承継が一般的でした。しかし、時代の変化と共に若い世代の価値観やキャリアに対する考え方が多様になり、親族の事業を引継ぐよりも、異なる分野でキャリアを築くことを選ぶケースが増えています。

この結果、親族内の後継者が見つからないという問題が顕著になっています。

M&Aに対する意識変化

近年、中小企業によるM&Aへの意識が大きく変化しています。以前はなじみの薄かったM&Aが、事業承継の選択肢や企業規模拡大、事業多角化の手段として身近な存在になりつつあります。

中小企業庁の「2021年版 中小企業白書」によると、買収に対して33.9%、売却(譲渡)に対しても21.9%が「プラスのイメージになった」と回答。いずれも「マイナスのイメージになった」を大きく上回る結果となりました。

このことから、中小企業の間でM&Aが徐々に受け入れられる傾向にあることがわかります。

出典 : 2021年版 中小企業白書|中小企業庁

中小企業M&Aの目的

中小企業がM&Aを行う目的は、多岐にわたります。譲渡(売却)側と譲受(買収)側それぞれで以下のものがあります。

譲渡(売却)側の目的 内容
後継者問題の解決 経営者の高齢化や適任者不在による後継者不足を解消したい
自社単独での成長への限界 市場の変化や競争の激化に対応し、成長の機会を模索したい
従業員の雇用維持 経営状況悪化に伴う廃業や解散を回避し、従業員の雇用を守りたい
資金調達 資金繰りの改善や投資資金を調達したい
譲受(買収)側の目的 内容
優秀人材の獲得 即戦力となる人材を獲得し、企業の競争力を強化したい
事業成長までの期間短縮 新規事業の立ち上げ期間を短縮し、事業拡大を加速させたい
新規事業への参入 新しい市場や事業領域へ効率的に進出したい

それぞれの立場から見たM&Aの目的を解説します。

譲渡(売り手)企業の目的

中小企業においてM&Aを検討する際、売り手側が抱える様々な課題や目標がM&Aの動機となります。

譲渡(売り手)企業の目的は以下の通りです。

  • 後継者問題の解決
  • 自社単独での成長への限界
  • 従業員の雇用維持
  • 資金調達

ここでは売り手企業がM&Aに至るまでの背景と、M&Aによって期待される成果について掘り下げていきます。

後継者課題の解決

中小企業における後継者不足は深刻な問題です。経営者の高齢化が進む中、後継者を見つけられず、事業の継続が困難となるケースが増加しています。このような状況下で、M&Aは有効な解決策の一つとなり得ます。

自社単独での成長への限界

市場の変化や競争の激化により、自社だけの力では成長の限界を感じる企業も少なくありません。M&Aによって他社とのシナジーを生み出し、新たな成長機会を掴もうとする狙いがあります。

従業員の雇用維持

経営難によって従業員の雇用維持が難しくなった際に、M&Aを選択する企業も存在します。特に、家族経営の中小企業では、従業員との絆も深く、雇用維持は大きな目的となります。

資金調達

成長投資や負債返済など、資金ニーズに応えるためにM&Aを活用するケースもあります。特に、資金調達の選択肢が限られる中小企業にとって、M&Aは資本力のある企業と結びつくチャンスを提供します。

譲受(買い手)企業の目的

一方で、M&Aを通じて他の企業を買収する譲受(買い手)側には、自社の成長加速や新たな市場への進出など、多岐にわたる目的が存在します。

譲受(買い手)企業の目的は以下の通りです。

  • 優秀人材の獲得
  • 事業成長までの期間短縮
  • 新規事業への参入

優秀人材の獲得

人手不足が問題視される中、特定のスキルを持った人材を確保するためにM&Aを行う企業も増えています。特に、新規事業展開や技術力の強化を目指す場合、優秀な人材の獲得は重要な取り組みの一つです。

事業成長までの期間短縮

自社のリソースだけで新規事業を立ち上げる場合、多大な時間とコストがかかります。既存の事業を持つ企業をM&Aによって取り込むことで、市場参入のスピードを上げることが可能です。

新規事業への参入

事業の多角化を図る上で、M&Aは効果的な手段となります。特に、新たな市場への参入や、自社と異なる業種に事業展開する場合には、M&Aによってリスクを抑えながら事業拡大を図れます。

中小企業M&Aのスキーム・手法

中小企業のM&Aでは、事業や企業の価値を適切に移転させるための様々なスキームや手法が用いられます。

中小企業M&Aを実行するにあたり、以下のスキーム・手法があります。

  • 株式譲渡
  • 事業譲渡
  • 会社分割
  • 株式交換・株式移転

これらの手法は、企業の特性、目的、戦略に応じて選択され、M&Aの成功に大きく寄与します。

株式譲渡

株式譲渡は中小企業のM&Aにおいて選ばれる事が多い手法で、経営権の移転を直接的に実行できます。この方法を採用することにより、買い手は新たな経営戦略を迅速に実行に移すことが可能です。特に全株式を取得できれば、企業の独立性を維持しつつ、強い決定権と経営の自由度を享受できます。

一方、この方法では、見えない債務や予期せぬリスクを引き受ける可能性も。そのため、企業買収前の厳密な調査が不可欠です。また、多くの株主が存在する場合、合意に至るまで時間がかかり、意思決定過程でつまずくことがあります。これらデメリットへの対策を入念に講じることで、株式譲渡はM&Aにおける効果的なステップとなるでしょう。

事業譲渡

事業譲渡は、企業の事業を一部または全て別の企業に移転する手法であり、特定の事業単位のみを移転する場合に用いられます。このアプローチを取ることで、売り手は必要ない部門や資産を整理し、会社全体の効率化を図れる一方で、買い手は既存の事業に新たな価値を追加できる機会を得られます。

譲渡される事業の価値に基づいた対価が直接会社に入るため、会社の財務状況に直接的な影響を与え、その資金を他の事業展開や財務改善に活用できます。しかし、事業の分離には複雑な手続きが必要になり、取引に伴う税務上の影響も十分に検討する必要があります。また、譲渡する事業が会社の主軸事業である場合、会社の収益構造に大きな変化をもたらすため、戦略的な計画が必要です。

会社分割

会社分割は、企業の一部を切り離し新たな法人として再編したり、他社に統合したりする手法です。特に事業の特定部門を明確に分けたい時や、異なる事業分野への明確なリソース配分を望む場合に適用されます。このプロセスには、新設分割と吸収分割の2つのタイプがあります。

新設分割では、企業が自らの事業の一部を新たに設立する別の法人に移転させます。これにより、特定の事業を集中的に成長させられるだけでなく、新会社の独立した経営による柔軟性の獲得も期待できます。ただし、分割により新たに生まれる企業の初期段階での安定性や、市場での認知確立が欠かせません。

吸収分割では、既存の企業が他の企業に自社の事業の一部を統合させる形を取ります。既存企業にとっては、経営資源の最適化や、非核心事業の効率的な切り離しが可能となり、事業ポートフォリオの整理を実現できます。しかし、事業の移転には従業員や取引先との調整が必要であるため、移転先企業の経営方針と調和を図ることが不可欠です。

いずれの方法も、会社分割を行うことで、経営資源をより効率的に活用し、それぞれの事業の競争力を高めるという点で戦略的な意義を持ちます。また、譲渡対価は、分割型会社分割の場合は株主に、分社型会社分割の場合は会社に入るため、タックスプランニングとともにどこに現金が入るのかという観点で計画することが求められます。

株式交換

株式交換は、企業が他の企業を完全子会社化する際に頻繁に用いられる手法です。株式交換では、買い手企業が自己の株式を用いて対象企業の株式と交換することで、対象企業を自己の支配下に置きます。その結果、対象企業は買い手企業の完全子会社となり、買い手企業は対象企業を保有する全ての株主に対して自社株式を交付します。現金を払うことなくM&Aを行える点が大きな特徴です。

ただし、株式交換の結果、完全子会社となる株主が買い手企業の株主に加わることになるため、買い手企業の既存株主の持ち株比率は下がります。このため完全子会社が計画以上の業績を達成することにより1株の価値が上がらない場合、既存株主にとって価値が減少することになります。また新たな株主が加わるため、株主間で新たな利害関係が生じることがあります。

株式移転

株式移転は、経営統合を目的として企業群全体の再編を図る場合に採用される方法です。このアプローチでは、既存企業の株主が保有する株式を新設する持株会社に渡し、それと引き換えに新設会社の株式を受け取ります。結果として、各企業は新設会社の完全子会社となり、持株会社がグループ全体の経営を統括する構造を作り出します。

株式移転を用いることで、複数の企業間で経営資源の最適配分を図ることが可能になります。戦略的な意思決定と実行がスムーズに進められます。ただし、各企業の株主にとっては持株会社に対する直接の投資に変わるため、それまで投資していた企業の業績や価値ではなく、グループ全体の業績や価値に対して株価が反映されることになり、株式移転前とは投資の意味合いが異なります。

株式移転は、事業ポートフォリオの再構築や戦略的事業再編に有効な手段であるものの、複数の企業の利害を調整し、移転に伴う複雑な手続きを適切に管理する必要があります。

中小企業M&Aにおける価格の算出方法

中小企業M&Aにおける価格算出は、事業の真の価値を反映し、双方の合意に至るための重要なプロセスです。

価格の算出方法には以下の手法があります。

  • コストアプローチ
  • インカムアプローチ
  • マーケットアプローチ

これらの方法は目安となる数値を提供するものの、最終的な価格は売り手と買い手間の合意によって決まります。市場の動向、企業の状況、交渉の進行など、多くの要因が価格に影響を与えるため、柔軟な対応が求められます。

コストアプローチ

コストアプローチは、中小企業のM&Aにおける企業価値算定において重要な手法です。このアプローチは、特に企業の資産を再現するのに必要なコストを基に企業価値を評価します。

具体的には、「簿価純資産法」や「時価純資産法」に基づいて企業価値を算出します。この手法は、企業の実質的な価値を「資産」の視点から捉え、評価することに焦点を当てています。

簿価純資産法は、企業の貸借対照表に記載されている資産の簿価から負債を差し引いた純資産の価値をもとに企業価値を算出する方法です。この方法は、企業が保有する資産の簿価に基づくため、資産の市場価値や将来性は反映されません。そのため、実際の市場価値とは異なる場合がある点に注意が必要です。

時価純資産法では、企業が保有する資産を現在の市場価値で評価し、その合計から負債を差し引いて企業価値を算定します。この方法は、資産の時価を用いるため、簿価純資産法よりも実際の市場環境を反映した企業価値の算出が可能です。特に不動産や特許権など、市場価値が簿価と大きく異なる資産を多く保有している場合に有効な手法とされます。

コストアプローチにおける具体的な計算法は、まず企業が保有するすべての資産の評価を行います。簿価純資産法の場合は貸借対照表に記載されている簿価を基に計算し、時価純資産法の場合は各資産の現在の市場価値を調査し、算定します。次に、評価された資産の合計から企業が負っている負債を差し引き、純資産の価値を求めます。最終的にこの純資産の価値が、コストアプローチによる企業価値となります。

インカムアプローチ

インカムアプローチは、収益還元法とも呼ばれる企業価値評価の手法の一つです。将来予想される利益やキャッシュフローを現在価値に割り引いて企業の価値を算出する方法であり、特に安定した収益を上げている企業や将来性のある企業の評価に有効です。この手法は、市場株価法やマルチプル法とともに、中小企業のM&Aで広く採用されています。

主に「配当還元法」や「収益還元法」、「DCF法(割引キャッシュフロー法)」などが用いられ、具体的な計算法を通じて、市場における企業の相対的な価値を把握できます。

配当還元法は、企業が将来支払う見込みの配当を現在価値に割り引いて企業価値を算出する手法です。この方法は、特に配当支払いが安定している企業や、投資家が配当収入を重視する場合に適しています。配当還元法は、将来の配当予想額と割引率をもとに、企業の株式が持つ現在の価値を計算します。

収益還元法では、企業の将来の収益性を基に企業価値を推定します。業種ごとの平均収益率を用いて、企業の将来収益を現在価値に割り引くのが一般的です。この方法は、将来の成長性や収益性に焦点を当て、業界内での相対的な企業価値を把握するのに役立ちます。

DCF法は、企業の将来にわたるフリーキャッシュフロー(FCF)を予測し、適切な割引率で現在価値に割り引くことによって企業価値を算出する手法です。この方法は、企業の将来のキャッシュフローの生成能力に注目し、その価値を現在価値で評価します。

DCF法は、長期的な視点で企業価値を捉えられるため、成長性の高い企業や、将来的なキャッシュフローの変動が大きい企業の評価に適しています。

マーケットアプローチ

マーケットアプローチは、市場での取引事例や類似企業の評価額を参考にして、企業の価値を推定します。特に、市場株価法は、公開市場での企業の株価を基にその企業価値を算出する方法です。中小企業の多くは非公開企業であるため、直接的な適用は難しい場合も。しかし、同業他社や類似業種の公開企業の株価を参考に、比較・分析することで間接的に価値を推定することが可能です。

マルチプル法では、業界平均の倍率(マルチプル)を用いて企業価値を算定します。一般には、EBITDA(利払い前税引き前償却前利益)や営業利益などの財務指標に対する業界の平均倍率を適用し、企業価値を評価します。この方法は、業界データが利用可能である場合に特に有効です。

マーケットアプローチを適用する際には、まず関連する市場データや類似企業の取引事例を収集することが必要となります。

ただ、中小企業のM&Aでは、「純資産額+3年分の営業利益」を取引価格とする方式が採用れることが多いです。

中小企業M&Aの一般的な流れ

中小企業のM&Aは、後継者不在などを契機に会社や事業の存続・発展のために第三者へ承継するプロセスです。この過程は、計画から実行に至るまで複数の段階に分かれ、各段階で重要なポイントが存在します。

以下は、中小企業M&Aの基本的な流れです。

  • M&Aに関わる各種契約
  • M&A対象企業の選定・打診
  • トップ面談・条件交渉
  • 基本合意契約の締結
  • デューデリジェンス(買収監査)の実施
  • 最終契約締結・クロージング
  • PMI(買収後フォロー)の実施

それぞれのポイントについて、詳しく解説します。

M&Aに関わる各種契約

中小企業のM&Aプロセスでは、成功への道を確実なものにするため、いくつかの重要な契約が結ばれます。これらの契約は、取引の安全性を確保し、両当事者の利益を守るために不可欠です。主要な契約には、NDA(秘密保持契約)や仲介契約が含まれます。

M&A取引を進める上で最初に締結されることが多いのが、「NDA(Non-Disclosure Agreement)」です。この契約は、取引に関わる情報が外部に漏れることを防ぐ目的で使用されます。

特に中小企業では、業務の特性上、機密情報が競合他社に知られることは大きなリスクとなり得るため、この契約によって情報の秘密が厳守されます。NDAは、買い手が売り手の情報を詳細に調査するデューデリジェンス前に締結されることが一般的です。

中小企業のM&Aにおいて、売り手や買い手がM&A仲介業者やアドバイザリー会社のサービスを利用する場合、「仲介契約」が締結されます。この契約は、仲介業者が提供するサービスの範囲、役割、報酬(成功報酬や固定報酬など)を定めるものです。

仲介業者は、適切な取引相手の探索、価格交渉のサポート、契約書の作成支援など、M&Aプロセスのさまざまな段階で重要な役割を担います。

中小企業M&Aを成功に導くためには、これらの契約に加えて、取引の各段階で発生する可能性のある様々なリスクを予測し、それらに対応するための条項を契約に盛り込むことが重要です。両当事者の合意のもと、公正かつバランスの取れた契約を結ぶことが、双方にとって最良の結果をもたらします。

M&A対象企業の選定・打診

中小企業におけるM&Aプロセスの初期段階で重要なのが、対象企業の選定と打診です。この過程では、潜在的な売り手や買い手を見つけ、M&Aの可能性について話し合います。

M&A対象企業の選定においては、ノンネーム資料(匿名の企業概要書)が用いられることがあります。これは、企業名を明かさずに事業内容や財務概要、強みなどの基本情報をまとめたものです。対象企業の興味を引き、秘密保持契約(NDA)の締結へと進むための第一歩となります。

ノンネーム資料を通じて、買い手は多くの候補から興味を抱いた企業を選出し、さらなる情報開示を求めることが可能です。

近年では、中小企業M&Aを支援するオンラインプラットフォームが存在します。これらのプラットフォームは、売り手企業と買い手企業をマッチングさせるサービスを提供。利用者は匿名で事業情報を公開し、興味を持った相手と接触することが可能です。

プラットフォームの利用を通じ、地域や業界を超えた幅広いM&Aの機会と出会えるため、特に後継者問題を抱える中小企業にとって有効な手段となっています。

選定した対象企業に対する打診は慎重に行いましょう。直接接触する場合は、あらかじめ秘密保持契約の締結を提案することで、双方の信頼関係を築きつつ、具体的な交渉へと進められます。

また、M&A仲介業者やアドバイザーを通じて間接的に打診する方法も。専門的な知見を持つ第三者が間に入ることで、よりスムーズにプロセスを進めることが可能です。

トップ面談・条件交渉

M&Aプロセスにおいて、トップ面談と条件交渉は、成功の鍵を握る重要なステップです。売り手と買い手のトップが直接会談し、互いの企業価値や将来のビジョンについて深く理解を深めるとともに、M&Aの具体的な条件について議論を進めます。

トップ面談は、M&Aの初期段階で行われることが多く、会談を通じて両社のトップが直接対話を持つことで、双方の信頼関係の構築を目指します。また、この面談は、M&Aに対する双方の基本的なスタンスや期待、企業文化や事業戦略に対する理解を深める機会となります。互いの意向が一致すれば、具体的な条件交渉へと進む準備が整うことになります。

トップ面談を経て、双方がM&Aの実施に前向きであると判断した場合、具体的な条件交渉へと移行します。条件交渉では、価格設定、支払い方法、経営権の移行期間、従業員の扱い、さらには将来の業務展開に至るまで、多岐にわたる項目について話し合われます。交渉は複数回にわたって行われることが一般的であり、この過程で秘密保持契約(NDA)や基本合意書(LOI)などの文書が交わされることもあります。

トップ面談と条件交渉は、M&Aを成功に導くための重要なプロセスです。両社のトップが直接会談し、企業間の信頼関係を築くことで、双方にとって有益な合意に至る可能性が高まります。また、条件交渉では、双方の要望や利益を適切にバランスさせることが重要であり、その過程で専門家の知見を活かすことも成功のためには不可欠です。

基本合意契約の締結

中小企業M&Aプロセスの中核となる基本合意契約は、買い手と売り手間での合意の範囲と条項を定めるためのものです。これには、M&Aの基本的な枠組みを定めるものから、将来にわたる具体的な義務まで含まれることがあります。

基本合意契約では以下の情報が通常盛り込まれます。

基本合意契約の情報 内容
取引の主体 売り手と買い手の正確な企業名
対象資産の範囲 株式や事業単位など、M&Aの対象となる資産の明確な記述
価格と支払い条件 取引価格、支払い方法、支払いスケジュール
デューデリジェンスの範囲と期間 買い手が行うことが許される調査の範囲と期間
独占交渉期間 他の買い手との交渉を排除する期間
クロージングまでの主要な条件 クロージングに至るまでの主要な前提条件、例えば、必要な承認の取得や負債の精算
責任の制限と表明保証 双方が負う責任の範囲と保証
違約時の対応 合意に至らない場合の責任や解決策

契約書のひな型は、上記のような要素を適切にレイアウトし、法的要件を満たすためのものです。

通常、以下のような形式となります。

基本合意契約書
この基本合意契約書(以下、「本契約」という)は、[売り手の企業名](以下、「売り手」という)と[買い手の企業名](以下、「買い手」という)との間で、[契約締結日]に締結される。
第1条(取引の主体)
売り手は、[企業名]であり、住所は[住所]である。
買い手は、[企業名]であり、住所は[住所]である。
第2条(対象資産の範囲)
売り手は、本契約に従い、[詳細な資産の説明]を買い手に譲渡する。
第3条(価格と支払い条件)
本取引の価格は[金額]とし、買い手は[支払い条件]に従って売り手に対して支払う。
第4条(デューデリジェンスの範囲と期間)
買い手は、本契約締結後[期間]の間にデューデリジェンスを実施する。
第5条(独占交渉期間)
売り手は、[期間]内において他の買い手との交渉を行わない。
第6条(クロージングまでの主要な条件)
本取引のクロージングは、[必要な承認]の取得および[負債の精算]の完了を条件とする。
第7条(責任の制限と表明保証)
売り手と買い手は、本契約に記載された各自の表明と保証に責任を負う。
第8条(違約時の対応)
本契約の条件に違反した場合、[解決策]が適用される。
第9条(一般条項)
本契約は、[適用法]に準拠し、解釈される。
第10条(締結と効力)
本契約は、両当事者の署名が完了した日に有効となる。
署名:
売り手代表者氏名、肩書
買い手代表者氏名、肩書

この契約書のひな型は、M&A取引の複雑さや各企業の特定の要件に応じてカスタマイズされます。また、専門家によるレビューを通じて、各条項が適切に法的な保護を提供し、かつ双方の利益を確実にするためのものとなります。

デューデリジェンス(買収監査)の実施

M&Aの過程で重要な役割を果たすデューデリジェンスは、買収対象企業の真価を明らかにするために行われる徹底した調査です。その主目的は、投資や買収前に企業の資産、負債、契約、法務状況などを詳細に検証し、買収に伴うリスクを特定して価値を正しく評価することです。

デューデリジェンスは、売り手側が公表する情報だけでなく、財務、法務、営業、技術など、企業運営の全領域にわたって独自の調査を行い、M&Aの実施にあたって正確な判断を下せるようにするためのプロセスです。この過程では、隠れた負債や訴訟リスク、市場のポテンシャルなど、公表されていない重要な情報が明らかになることがあります。

デューデリジェンスの種類は以下の通りです。

種類 内容
財務デューデリジェンス 財務状況、収益性、資産の実態などを検証
法務デューデリジェンス 契約の有効性、訴訟リスク、知的財産権の状況などを検証
業務デューデリジェンス 市場のポジション、競合分析、顧客・サプライヤー関係などを検証
人事デューデリジェンス 従業員の能力や組織構造、労働関係法のコンプライアンス状況などを検証
環境デューデリジェンス 環境規制のコンプライアンスや汚染問題などを検証

デューデリジェンスの実施ステップは主に以下の通りです。

実施ステップ 内容
データルームの設置 売り手が設置するデータルームで関連文書を確認
専門家チームの構成 財務、法務、税務などの専門家でチームを構成し、調査を行う
チェックリストによる調査 デューデリジェンスチェックリストに基づく情報収集と分析
ヒアリング 対象企業の関係者に対するヒアリング
レポートの作成 調査結果を基にデューデリジェンスレポートを作成

正確なデューデリジェンスを行うことで、買収後の想定外の事態を避け、両当事者の期待に沿ったスムーズな取引が実現します。専門家による適切な調査と分析によって、投資のリスクを最小限に抑え、企業価値を最大化できます。

最終契約締結・クロージング

中小企業のM&Aプロセスにおける重要なフェーズの一つが、最終契約の締結とクロージングです。この段階では、買収契約が正式に締結され、事業の所有権が正式に移転されます。最終契約には、売買条件、価格、移転時期などの詳細な条項が盛り込まれ、両当事者間で合意に達した内容を正式な形で確認します。ここでは、その際に考慮すべき点や契約書のひな型について触れていきます。

最終契約には以下の情報が詳細に記載されるべきです。

情報 内容
取引の条件 売買価格、支払条件、引渡し日など、取引の基本的な枠組み
責任と保証 売り手が買い手に対して提供する事業に関する保証や、その後発覚した問題に対する責任の範囲
運営上の約束 契約締結からクロージングまでの期間、事業がどのように運営されるかに関する取り決め
雇用維持 従業員の扱いや、特定のキーパーソンの雇用条件
法的問題のクリアランス 事業譲渡に伴う法的許可や承認の状況
後続措置 クロージング後に必要とされる双方の義務や、未解決の問題に対処するためのプロセス

契約書のひな型を作成するには、法的な正確性を保証するために専門家のアドバイスが必要ですが、中小企業M&Aにおける最終契約書の基本的な骨組みの参考例を以下に示します。

このひな型はあくまで一例であり、実際の契約書作成時には各企業の具体的な状況に応じてカスタマイズし、法律の専門家によるレビューが必要です。

契約書のひな型
第1条【契約の目的】
本契約は、売り手(以下「甲」という)が所有する_______事業(以下「対象事業」という)を、買い手(以下「乙」という)に譲渡し、乙がこれを譲り受ける条件を定めるものである。
第2条【定義】
本契約において使用される以下の用語は、特に明記がない限り、次の意味を有する。
「対象事業」:甲が_______に関連して行っている事業活動の全体をいう。
「取引日」:本契約に基づき対象事業の所有権が乙に移転される日をいう。
第3条【売買の対象】
甲は、乙に対して対象事業を譲渡する。対象事業の具体的な範囲と内容については、別紙「対象事業の範囲及び内容」に記載される。
第4条【取引の条件】
売買価格
本取引における対象事業の売買価格は、_____円とする。
支払条件
乙は、取引日に売買価格全額を甲に支払う。
引渡条件
甲は、取引日に対象事業に関するすべての権利と義務を乙に引き渡す。
第5条【保証と責任】
甲は、対象事業に関して以下の事項を保証する。
対象事業が第三者の権利を侵害していないこと。
対象事業に関する重要な契約が全て有効であること。
第6条【一般条項】
契約の修正
本契約の修正は、双方の合意の上、書面によるものとする。
準拠法
本契約は、日本法を準拠法とする。
紛争解決
本契約に関して紛争が生じた場合は、______地方裁判所を専属的合意管轄裁判所とする。
第7条【署名】
本契約は、甲乙双方により署名され、各自2通作成し、甲乙が各1通ずつ保有する。
甲:
(署名)
住所:
代表者:
乙:
(署名)
住所:
代表者:

PMI(買収後フォロー)の実施

PMI(買収後フォロー)は、中小企業M&Aの成功を決定づけるプロセスです。買収が完了した後、企業価値を最大化し、統合による混乱を最小限に抑えるためには、買収した事業のスムーズな統合が必須です。

この段階では、統合方針を明確化し、異なる企業文化を統合しつつ、ITシステムや業務プロセスを効率的に統合します。また、人材が最も価値のある資源だと認識し、適切な人材管理とキャリアパス設計に注力することが重要です。統合プロセス全体を通じて、透明性のあるコミュニケーションを強化し、従業員、顧客、パートナー企業への理解と支持を得るための努力が不可欠です。

適切に実施されたPMIは、単に企業価値を高めるだけでなく、組織の持続可能な成長を促進します。したがって、中小企業の経営者は、M&Aを成功させるために、PMIの計画と実施に細心の注意を払う必要があります。

中小企業M&Aでの成功ポイント

中小企業がM&Aを実施する目的は多岐にわたります。後継者問題の解決、事業の将来性に対する不安の払拭、廃業・清算の回避、引退後の生活資金の確保、個人保証の解除、企業成長の実現、従業員の雇用維持などが主な動機です。

これらの目的を達成するためには、以下のポイントが存在します。

  • M&Aの目的を明確にする
  • ステークホルダーの合意を得る
  • 適切な条件での相手探し
  • 事業シナジーを明確にする
  • M&Aの専門家に依頼する

これらのM&Aを成功に導くポイントを詳しく解説します。

M&Aの目的を明確にする

中小企業がM&Aを行う際、その目的を明確にすることが成功の鍵です。M&Aは様々な経営課題を解決する手段として利用されていますが、手段を目的化してしまわず、何を達成したいのか具体的な目標を設定する必要があります。

事業承継、事業の成長や拡大、技術の獲得など、M&Aによって解決を目指す目的は多岐にわたります。これらの目的を達成するためには、自社が直面する課題を深く理解し、M&Aで何を実現したいのかをはっきりとさせることが大切です。

また、M&Aのパートナー選定時には、互いの目的が合致しているか慎重に検討し、統合後に予想されるシナジー効果を分析することも重要です。M&Aは正しく計画され実施された場合にのみ、中小企業にとって有効な戦略となるため、明確な目的設定と戦略的な取り組みが成功には不可欠です。

ステークホルダーの合意を得る

中小企業のM&Aでは、ステークホルダーの合意を得ることが不可欠です。これには、株主や取引先、従業員、親族、金融機関など、企業運営に影響を与える全ての関係者が含まれます。M&Aプロセスの各段階において、これらのステークホルダーの期待や懸念を理解し、適切に対応することで、M&Aの成功に繋げられます。

特に中小企業においては、経営者個人の意向がビジネスに大きく影響するため、個人的な関係が事業の決定に反映されることが少なくありません。このため、M&Aの意図や期待される結果を明確に伝え、各関係者の支持を確保することが重要です。そして、M&Aによってもたらされる変化が、従業員の雇用や事業の持続性、地域社会との関わりにどのような影響を与えるかを考慮に入れながら計画を進めることが求められます。

M&Aを成功させるためには、ステークホルダーとのコミュニケーションを効果的に行い、彼らの理解と協力を得ることが不可欠です。それぞれの関係者の視点を理解し、M&Aがもたらす変化に対してポジティブな印象を持ってもらえるようなアプローチが重要となります。

適切な条件での相手探し

適切な条件での相手探しは、M&Aにおける最も重要なステップの一つです。これは、譲渡企業と譲受企業双方が公正な価値判断を共有し、適正な株式価値評価を理解するプロセスを意味します。

まず、譲渡を希望する中小企業は自社の強みと潜在的な価値を明確にし、それをアピールできる資料を準備する必要があります。これには、財務諸表や事業計画、そして成長ポテンシャルを示す各種の戦略的資料が含まれます。これらの資料はM&Aを支援する仲介会社を通じて、候補となる譲受企業に提供されます。

企業価値の算定には、コストアプローチ、インカムアプローチ、マーケットアプローチの3つの主要な方法があります。コストアプローチでは企業の純資産を基準に価値を算定し、インカムアプローチでは将来の収益予測を基に評価します。マーケットアプローチは同業他社や市場データとの比較によって価値を算定します。

これらの方法を適切に用いて算出された企業価値は、譲渡希望企業と潜在的な買い手企業双方にとって、交渉の出発点となります。公正な価格設定は、M&Aの成功における合意形成をスムーズに進める上で不可欠です。

事業シナジーを明確にする

中小企業におけるM&Aでは、買い手と売り手双方にとって、事業シナジーを明確にすることが非常に重要です。シナジーとは、M&Aによって期待される相乗効果のことであり、経営資源の統合によるコスト削減、市場シェアの拡大、新技術の獲得など様々な形で現れます。

具体的には、買い手企業は売り手企業が持つ強みや資産を如何に自社の成長戦略に活かすかを検討し、売り手企業は自社が持つ価値を最大限に引き出せる買い手を見つける必要があります。この過程で、双方にとって適切な評価を行い、M&A後の計画において実際にどのようなシナジーが実現可能かを検証することが求められます。

M&Aの事業シナジーを明確にすることは、ただ経営資源を統合するだけではなく、新しい市場機会の創出や組織の強化、そして最終的には企業価値の向上に繋がるための重要なステップです。従って、M&Aを成功に導くためには、買い手も売り手も自社の戦略に沿った明確なシナジー計画を持つことが不可欠です。

M&Aの専門家に依頼する

M&Aプロセスは複雑で煩雑な手続きを伴います。特に中小企業においては、内部にM&Aの専門知識を持つ人材がいないケースが多く、専門家のアドバイスが不可欠です。M&Aの専門家や仲介会社に依頼することで、適切な企業価値の算出、マッチング、基本合意から最終契約に至るまでの各段階をスムーズに進行できます。

専門家は、財務、法務、税務などの高度な知識を提供し、M&Aを成功に導くための戦略立案を支援します。また、適切な候補企業の選定から交渉、価値評価、契約の締結までを総合的にアドバイスし、中小企業経営者が直面するさまざまな課題の解決をサポートします。

このように、M&Aの専門家に依頼することは、M&Aの成功率を大幅に向上させるために、また煩雑なプロセスを効率良く進めるために、非常に重要なステップとなります。専門家の知見に基づく的確なアドバイスは、中小企業がM&Aを通じて事業承継や成長を実現する上で欠かせない要素です。

中小企業M&Aでの注意点

中小企業M&Aでの注意点は、事業承継、事業の成長・拡大、技術・ノウハウの獲得、経営の効率化、財務改善、資金調達など、M&Aを行う目的に直結する要素を把握し、譲渡側と譲受側双方の視点で検討する必要があります。

以下のポイントを注意深く検討することが成功につながります。

  • 情報漏洩
  • 人材の離反リスク・モチベーション維持
  • 情報は隠さず全て伝える
  • デューデリジェンスは実施する
  • 買収後の経営統合

それぞれの注意点を詳しく解説します。

情報漏洩

情報漏洩はM&Aの成功を左右する重要な要素です。経営秘密や財務状況、顧客リストなどの機密情報が競合他社や市場に漏れることで、企業の価値が損なわれるリスクがあります。安全なデータルームの使用、秘密保持契約の厳格な適用、情報の段階的開示などによって、情報漏洩のリスクを最小限に抑えます。

人材の離反リスク・モチベーション維持

M&Aが発表されると、従業員の間には不安や動揺が広がります。その結果、重要な人材が退職する可能性があります。このリスクを抑えるためには、変化に関する透明なコミュニケーションと、従業員が将来のビジョンを理解し、自分たちの役割を見出せるよう支援することが重要です。

情報は隠さず全て伝える

M&Aを成功させるためには、関係者への正確な情報の開示が必要です。譲渡側も譲受側も、隠し事をせず、企業価値評価に影響を与える可能性のある全ての情報を共有することが推奨されます。これにより、両社は信頼関係を築き、不確実性を減少させることが可能です。

また情報が隠されていた場合に備えて、契約書の中の表明保証で担保することも一般的な対応となります。

デューデリジェンスの実施

買収対象の財務、法務、税務、環境、労務など全方位的な調査を行うデューデリジェンスは、M&Aの不確実性を減らし、正しい意思決定をするために不可欠です。これはM&Aの価格交渉や、将来の経営戦略を立てる際の重要な基盤となります。

買収後の経営統合

買収が完了した後、両社の組織、文化、システムを一つに統合するプロセスは、しばしば大きな課題を伴います。事前にしっかりと計画を立て、統合後の目指すべき方向性を明確にし、組織内のコミュニケーションを密にすることが、PMIの成功には欠かせません。また、統合プロセスには、従業員の教育プログラムや文化調和の取り組みも含まれます。

中小企業M&Aの事例紹介

中小企業におけるM&A事例では、後継者不在問題、経営者の高齢化、親族内承継の減少、そして縮小する国内市場への対応といった背景が挙げられます。これらの課題に対処する手段としてM&Aを選択し、事業承継、事業の成長・拡大、技術・ノウハウの獲得、経営の効率化、財務改善、資金調達といった多様な目的を達成しています。

今回ご紹介するのは以下の事例です。

  • M&Aによって地元企業をグループ化した事例
  • 地方企業がM&Aにより首都圏に進出した事例
  • 業績不振の同業他社をM&Aした事例

ひとつずつ詳しく見ていきましょう。

M&Aによって地元企業をグループ化した事例

地元の企業同士が双方の強みを統合し、M&Aによってグループ会社化した事例を紹介します。

譲渡企業について

株式会社PAL構造(以下、PAL構造)は長崎県に本社を持つ、各種構造物の基本設計・構造解析に強みを持つ企業。従業員数は約117名。

譲受企業について

不動技研工業株式会社(以下、不動技研)は長崎県に本社を持つ、火力発電プラントのボイラー、タービン、舶用機械の設計を手がける企業。資本金2,400万円、従業員数は約345名。

M&Aの目的と背景

不動技研は2018年度に過去最高益を達成しましたが、火力発電事業の先行きが不透明であり、新規顧客の獲得や新規事業への展開など、事業領域の見直しが必要でした。一方、PAL構造は業績は好調でしたが、後継者不在が経営課題でした。PAL構造から不動技研に直接M&Aの提案があり、それに伴いM&Aの準備が開始されました。

M&Aのスキーム・手法

M&Aの交渉過程で、PAL構造は不動技研に対し、経営陣・従業員の継続雇用、事業内容を当面は変更したいことなどが条件として提示されました。2019年4月、PAL構造は不動技研工業のグループ企業となりました。両社の間でPMI委員会を設置し、複数の事業領域の課題抽出を実施しました。

出典:中小企業庁

地方企業がM&Aにより首都圏に進出した事例

地方の中小企業が市場縮小の打開策として、M&Aによって首都圏進出を加速させた事例を紹介します。

譲渡企業について

株式会社キョウワ(以下、キョウワ)は東京を中心に食品業界などの顧客を持つ印刷会社です。

譲受企業について

株式会社タカハシ包装センター(以下、タカハシ)は島根県に本社を持つ、食品トレーなどの包装資材を漁業者、食品加工業者、スーパーなどに卸す企業です。資本金3,500万円、従業員数は約170名。

M&Aの目的と背景

タカハシは、地域市場の縮小に対応するため、M&Aを通じた首都圏への進出を計画していました。地元に根ざした事業展開を続けながら、人材の獲得、顧客の廃業などで成長が頭打ちとなったため、M&Aを活用して首都圏の同業者の人材を含む経営資源を獲得する方針を採用し、異業種の印刷会社であるキョウワとのM&Aを実行しました。

M&Aのスキーム・手法

キョウワの社長の親族が公認会計士、タカハシの社長が中小企業診断士の資格を持っていたため、仲介業者が介在しないM&Aとなりました。自社の会計士、弁護士によるデューデリジェンス、リーガルチェックが行われました。

出典:中小企業庁

業績不振の同業他社をM&Aした事例

業績不振だった同業他社の事業を譲り受け、自社の事業拡大を実現したM&Aの事例を紹介します。

譲渡企業について

日測エンジニアリング株式会社(以下、日測)は温度試験に必要な装置である特殊チャンバーなどの製造および受託試験事業を行う企業です。

譲受企業について

エミック株式会社(以下、エミック)は東京都に本社を持つ、複合環境試験装置の製造・販売を行う企業です。資本金9,080万円、従業員数180名です。

M&Aの目的と背景

エミックは創業当初は振動試験装置のみの取り扱いのみでしたが、ニーズの変化に合わせて複合環境試験技術にも力を入れていました。ただし、複合環境試験装置が景気変動の影響を受けやすい背景があるため受託試験事業にも参入し、事業の多角化を検討していました。一方、エミックと協力関係にあった日測は経営危機に直面し、事業譲渡先を探していました。エミック株式会社は日測が譲渡先を公募していることを知り、入札に参加して落札。

M&Aのスキーム・手法

再生支援協議会の主導で財産査定が行われていましたが、それとは別に監査法人に委託して独自のデューデリジェンスを行うなど徹底した調査を行いました。エミックが受託試験事業と特殊チャンバーの製造販売事業を譲受することで合意し、M&Aが成立しました。

出典:中小企業庁

中小企業M&Aで発生する税金

M&Aはただ企業を売買するだけではなく、そのプロセスには複雑な税金の問題が伴います。中小企業のM&Aにおける税金は、経営者にとって重要な経済的負担となり得るため、その理解と適切な対策は不可欠です。

中小企業M&Aで発生する税金について

  • 株式譲渡にかかる税金
  • 事業譲渡にかかる税金
  • 税制度の改正や優遇について

を詳しく解説します。

株式譲渡にかかる税金

株式譲渡とは、会社の所有権を示す株式を売り手から買い手へ移転することを指します。中小企業M&Aにおいて、株式譲渡は企業買収の主要な方法の一つであり、企業の経営権が直接的に移転することになります。株式譲渡によって企業の完全なコントロールを得られるため、M&Aの目的を達成する上で重要な役割を果たします。

株式譲渡によって生じる利益には、個人株主の場合は原則として所得税が課されます。所得税の計算は、譲渡価格から取得費や必要経費を差し引いた金額が課税対象となります。株式譲渡の所得は「譲渡所得」として分類され、その所得に対して所得税が課されます。

株式譲渡所得に対する税率は、短期(保有期間が5年未満)と長期(保有期間が5年以上)で異なります。短期譲渡所得には、所得税率が20.315%(所得税15%+復興特別所得税0.315%+住民税5%)が適用されます。一方、長期譲渡所得の場合は、税率が15.315%(所得税10%+復興特別所得税0.315%+住民税5%)となります。

例えば、株式を1,000万円で取得し、後に1,500万円で譲渡した場合、譲渡利益は500万円となります。この利益に対して長期保有の場合の税率15.315%を適用すると、支払う税金は約76,575円となります。

事業譲渡にかかる税金

事業譲渡とは、企業が保有する事業の全部または一部を他の企業に譲渡することを指します。中小企業のM&Aでは、新たな事業機会を探求するため、または経営資源を集中させるために行われることがあります。

事業譲渡に伴って生じる主な税金には、法人税、消費税があります。これらの税金は、譲渡される事業の価値や譲渡によって得られる利益に基づいて計算されます。

例えば、ある中小企業が事業部門を他社に1億円で譲渡し、その事業部門の帳簿上の価値が6,000万円だった場合、譲渡利益は4,000万円となります。この利益に対して法人税が適用され、税率が25%だと仮定すると、支払うべき法人税は1,000万円となります。

税制度の改正や優遇について

2023年に発表されたM&Aに関する減税措置は、「経営資源の集約化による生産性向上」を目的とする計画の認定を受けた中小企業が、計画に基づいてM&Aを実施した場合に適用される優遇税制です。この優遇税制には、設備投資減税や、M&A後のリスクに備えた準備金の設置、雇用確保に関する税額控除が含まれます。

具体的には、M&Aによる設備投資に対しては、最大10%(資本金3,000万円超の中小企業は7%)の税額控除または全額即時償却が可能です。また、雇用確保に向けた措置として、M&A実施後の雇用確保の促進措置として、給与など支給総額を前年度より2.5%以上増加させる場合、増加額の最大25%を税額控除できます。

これらの減税措置を活用することで、M&Aを行う中小企業は資金的な負担を軽減し、経営資源の最適化、生産性の向上、さらなる成長への投資をより積極的に行えるようになります。

また、新型コロナウイルスの影響を受けた企業支援として、様々な税制の適用期限の延長や、支援対象の拡充などの税制改正が進められています。経営者はこれらの最新の税制改正情報に注意を払い、M&A戦略において利用可能な制度を活用することが求められます。

中小企業M&Aに関する助成金・補助金

中小企業がM&Aを行う際、税金負担は大きな課題となります。しかし、政府は中小企業の経営資源の効果的な活用や経済成長の促進を目的として、M&Aに関する減税措置を提供しています。

助成金・補助金 内容
設備投資減税 M&Aの効果を高めるための設備投資に対して、最大10%の税額控除または全額即時償却が可能です。
雇用確保を促す税額控除 給与総額を前年比2.5%以上増加させた場合、増加額の最大25%が税額控除となります。
準備金の積立 M&Aによるリスクへの備えとして、投資額の70%以下を損金算入できる準備金積立が可能です。

これらの減税措置は、中小企業が経営資源の集約化によって生産性を向上させたり、会社の基盤を強化することを目指して、M&Aを促進するために設計されています。また、認定を受けた中小企業は、中小企業経営強化税制の利用や所得拡大促進税制上乗せ要件の認定が不要となるなど、さらなるメリットがあります。

中小企業M&Aの相談先

中小企業がM&Aの相談を行う際に頼りになるのは、その道の専門家たちです。M&Aは単なる売買取引ではなく、会社や事業の未来を左右する重要な決断です。適切な相談先を知っておくことは、成功に向けた第一歩と言えるでしょう。

ここでは中小企業M&Aの重要な相談先

  • 公的機関
  • 金融機関
  • 商工団体
  • 士業などの専門家
  • M&A仲介・マッチングサイト

について解説します。

公的機関

公的機関は、中小企業のM&Aに関する基本的な情報提供や、補助金・助成金に関するアドバイスを提供可能です。特に、中小企業庁や経済産業局などは、M&Aに関連する様々な政策や支援策を提供しています。これらの機関を利用することで、政府が提供するM&A支援の最新情報を得られます。

金融機関

金融機関、特に中小企業向けのサービスを展開している地方銀行や信用金庫は、M&Aに必要な資金調達の相談に応じてくれます。また、金融機関には企業の財務状況を把握している専門家が多く在籍しており、M&Aによる財務影響のシミュレーションなど具体的なアドバイスを受けることが可能です。

商工団体

商工会議所や業界団体は、同業他社や業界内のM&A事例に詳しいことが多く、業界特有の動向やM&Aの戦略に関するアドバイスを提供できます。また、ビジネスマッチングの機会を提供している場合もあります。

士業などの専門家

M&Aには法律、税務、会計など多岐にわたる専門知識が必要です。弁護士、税理士、公認会計士、M&Aアドバイザーなどの専門家は、それぞれの分野で深い知識と経験を持っており、契約書の作成やデューデリジェンス(買収監査)、税務処理など具体的なM&Aの手続きをサポートします。

M&A仲介・マッチングサイト

M&A仲介会社やマッチングサイトは、売り手と買い手のマッチングサービスを提供しています。特に中小企業の場合、適切なM&Aパートナーを見つけることが難しいため、これらのサービスを利用することで、希望に合った企業との出会いが期待できます。

まとめ

中小企業M&Aは、多くの企業が直面する後継者問題や成長の限界といった課題への対応策として、また新たなビジネスチャンスを掴む手段として注目されています。

M&Aは企業の成長や継続にとって有力な選択肢であり、適切な計画と実行が成功への鍵です。明確な目的設定、ステークホルダーとのコミュニケーション、適切なパートナーの選定、そして専門家への相談が、M&Aを成功に導くためには欠かせません。

中小企業M&Aは単に企業の売買に留まらず、企業の持続的な成長や社会的な課題解決に貢献する可能性を秘めています。M&Aを通じて、従業員の雇用維持、地域経済貢献、経営資源の最適化を通じて、新たな価値を生み出せるでしょう。

▼監修者プロフィール

岩下 岳

岩下 岳(S&G株式会社 代表取締役) S&G株式会社

新卒で日立Gr.に入社。同社の海外拠点立上げ業務等に従事。
その後、東証一部上場のM&A仲介業界最大手の日本M&Aセンターへ入社ディールマネージャーとして、複数社のM&A(株式譲渡・事業譲渡・業務提携等)支援に関与。IT、製造業、人材、小売、エンタメ、建設、飲食、ホテル、物流、不動産、サービス業、アパレル、産業廃棄物処分業等、様々な業界・業種でM&Aの支援実績を有する。現在はS&G代表として、M&Aアドバイザー、及び企業顧問に従事している。