ホテルの廃業時に必要な手続きとは?ホテル・旅館業界におけるM&Aについても紹介

はじめに

ホテルの廃業にあたっては関係各所への対応や手続きが必要であり、トラブルを避けるには遅滞や抜け漏れなく進めることが重要です。この記事では、ホテルの廃業時に必要な手続きや対応について解説します。廃業を回避する方法としてM&Aのメリット・デメリットも紹介するので、ホテルの廃業を検討している方はぜひご覧ください。

ホテル・旅館に関する廃業手続きの流れ

ホテル・旅館に関する廃業手続きの流れは、一般的に以下の通りです。

・解散の準備

・各行政機関への必要書類提出

・株主総会での解散決議と登記

・官報での「解散公告」の掲載

・清算

1.解散の準備

ホテルの廃業が完了するまでには、さまざまな方面への対応や手続きが求められます。そのため、ホテルの廃業にあたっては、まずしっかりと計画を立てて準備することが大切です。

今後の宿泊予約や取引先との契約期間を確認した上で事業停止日を決め、停止日に向けてスケジュールを組みます。

リース会社や納入業者への廃業通知

ホテルにはさまざまな設備があります。設備のリース契約を結んでいる会社に対して、廃業の通知および契約の解除、設備の返却が必要です。

また、レストランや各種売店など、さまざまなサービスにおいて業務委託契約をしている場合は、委託している業者に廃業を通知し、解約手続きを進めなければなりません。リネン関連やそのほかの物品を納入している業者に対しても、通知を行う必要があります。

上記のほかにも、ケータリングや婚礼関係のサービスなど、幅広い業者と取引をしている場合もあるはずです。各サービスや設備・機器に関わる業者を事前に洗い出しておくことで、対応に抜け漏れがなく円滑に手続きを進めやすくなります。

宿泊客斡旋サービスやクレジットカード加盟店契約の解約

多くの宿泊施設では、インターネットのホテル予約サービスや旅行代理店といった宿泊客斡旋サービスを通じて宿泊客を獲得しています。また、宿泊費の決済のためにクレジットカード会社と契約している宿泊施設も多く存在します。

これらのサービスは、廃業時に解約しなくてはなりません。連絡を失念すると事業停止日以降にも予約が入り、トラブルに発展する恐れがあります。

予約・宿泊中のお客様に対しての対応

ホテルの廃業準備として、宿泊中や予約中のお客様への対応も欠かせません。事業停止日以降に予約が入らないように新規受付を停止し、事業停止日以降にすでに予約しているお客様に対しては十分な説明が不可欠です。現在宿泊中のお客様に対しては、廃業準備にともなう各種サービス停止の影響がでないよう、十分に配慮する必要があります。

ただし、あまりに早期に公開すると事業停止日までの予約が減る恐れがあります。そのため、スケジュールを組む際には、廃業通知のタイミングにも気を付けなければなりません。

また、経営悪化により廃業するホテル・旅館において、すでに宿泊料金の前払いを受けている場合は、破産手続き後に裁判所を通じた手続きの中で破産管財人が対応することになります。破産手続きの前の返金はできないため、注意しましょう。

ホテルマンに対する解雇通知

廃業手続きにおいては、従業員に対する解雇通知をあらかじめ行っておく必要があります。労働基準法の定めにより、解雇を行う少なくとも30日前には、解雇の予告をしなければなりません。解雇支払う予告をしない場合は、解雇予告手当を支払う必要があります。

また、資金繰りの悪化が原因で廃業する場合、給与の未払いや支払い遅延が発生しているかもしれません。事業者の廃業による未払賃金に対しては、独立行政法人労働者健康安全機構による未払い賃金立替制度を利用し、支払いの一部を立て替えてもらうことも検討する必要があります。

従業員の解雇は、従業員自身の生活に関わる重要なポイントです。トラブルの発生も考えられることから、弁護士への相談も視野に入れましょう。

資産や負債の整理

ホテルや温泉などの宿泊施設には、特有の資産や負債が存在します。こうした資産や負債の整理も欠かせません。

例えば温泉用のポンプや処理設備といった装置は、宿泊業や銭湯など以外で使われる可能性が低いため、専門業者に買い取りを依頼するケースが一般的です。

また、不動産に関してはほかの使い方も考えられますが、地方の場合は買い手が少ない可能性があります。そのため、専門家に不動産評価をしてもらい、どのくらいの資産価値になるのかを事前に確認しておくことが大切です。

2.各行政機関への必要書類提出

廃業に向けた準備が整ったら、各行政機関へ必要書類を提出します。個人経営の場合、基本的な提出書類は以下の通りです。

・個人事業の開業届出・廃業等届出書

提出先:納税地を所轄する税務署

期限:廃業から1ヵ月以内

・所得税の青色申告取りやめ届出書

提出先:納税地を所轄する税務署

期限:青色申告を取りやめる年の翌年3月15日まで

・事業廃止届出手続(消費税の課税事業者の場合)

提出先:納税地を所轄する税務署

期限:速やかに

・給与支払事務所等の開設・移転・廃止の届出

提出先:給与支払事務所等の所在地の所轄税務署

期限:廃業から1ヵ月以内

・旅館業営業停止(廃止)届出

提出先:所在地を管轄する保健所

期限:廃止から10日以内

ホテルや旅館においては、風俗営業や旅館業などさまざまな許可を得ていることが一般的です。そのため、廃業を進めるにあたっては、上記以外にも、それぞれの許可に対して廃止や取り消しの手続きが必要になる可能性があります。また法人の場合はさらに複雑な手続きが必要なので、士業などの専門家へ相談することをおすすめします。

3.株主総会での解散決議と登記

株式会社の場合、廃業日が決まったら、株主総会を開催して株主から解散の承認を得る必要があります。解散決議は定時株主総会だけでなく、臨時株主総会でも実施可能です。すべての株主に対して、株主総会の詳細を記載した招集通知を発送します。

企業の解散には、「特別決議」が必要です。特別決議には、議決権を行使できる株主の過半数が出席し、その3分の2以上が賛成する必要があります。

また株主総会では、会社の解散以外にも清算人の選定が必要です。清算人は原則1人以上必要であり、清算人会を設置するなら3人以上の選定が求められます。

清算人を選任したら、管轄の法務局にて解散登記および清算人の選任登記を行います。

4.官報での「解散公告」の掲載

次に、政府が発行する機関誌である「官報」にて解散公告の掲載を行います。解散公告とは、企業の解散を開示する行為のことです。解散公告は法律で義務付けられており、公告期間は2か月となっています。

公告が義務付けられる理由は、債権者の保護にあります。企業が解散して消滅してしまう前に一定期間を設けることで、債権者が自らの権利を主張して弁済を受ける機会を設けることが目的です。公告期間に申し出をしなかった債権者がいた場合、清算手続きから除外されます。ただし、個別に把握している債権者については個別の催告が必要となり、申し出がなかった場合でも清算手続きから除外できません。

5.清算

解散の公告期間が終了したら、最後に清算を行います。清算とは、企業の債務や債権を整理することです。株主総会で選定された清算人が、債務の弁済や債権の取り立てを行います。この段階で、明らかになっていない借金がないか確認する必要があります。

清算を行った後の残余財産は、株主に対して分配を行い、清算が完了します。清算完了後は決算報告書を作成して株主総会で承認を受け、管轄の法務局にて清算結了登記を行い、手続き完了です。ただし解散から2ヵ月が経過しないと清算結了はできず、法務局でも受け付けてもらえません。

ホテル・旅館における廃業以外の代表的な閉館手続き

廃業以外の代表的な閉館手続きとしては、特別清算手続きと法人破産手続きがあります。

特別清算手続き

特別清算とは、債務超過の株式会社に対して、裁判所の監督下で行われる廃業手続きのことです。株主総会にて清算人を選定できるため企業側に一定の主導権がありますが、利用には大口債権者の賛成が必要です。特別清算には、「協定型」と「和解型」の2種類があります。

協定型:出席議決権者(書面投票者も含む)の過半数かつ総議決権額の2/3以上が必要

和解型:債権者と個別に和解契約を締結

特別清算手続きは比較的簡便で早期に進められ、さらに費用も抑えられる手続き方法です。しかし、債権者の同意がないと利用できない点は理解しておきましょう。

法人破産手続き

法人破産手続きとは、事業所の所在地を管轄する裁判所を通じて行う手続きです。債務弁済ができなくなった企業に対して裁判所が開始を決定し、破産管財人のもとで財産の処分や債務返済を行う手続きを指します。

裁判所へ申し立てて破産管財人を選定し、債権者集会や財産の処分などを経て債権者に分配するのが基本的な流れです。法人破産をすれば法人格は消滅しますが、債務の負担を免れることが大きなポイントです。

法人格を持たない個人経営の場合は、個人破産(自己破産)手続きを進めていきます。

ホテル・旅館業界の廃業に関する状況

東京商工リサーチの調査によると、2021年における宿泊業の倒産件数(負債1000万円以上)は86件でした。前年比で27.1%の減少であり、2年ぶりに前年を下回っています。倒産件数の内47件はコロナ禍を原因としており、全体の半数以上を占めました。

(参照元:宿泊業の倒産は2年ぶりに減少、100件割れ【2021年】|東京商工リサーチ

URL:https://www.tsr-net.co.jp/data/detail/1191098_1527.html

昨今では新型コロナウイルスの感染拡大に伴う規制解除や、外国人観光客によるインバウンド需要の高まりなどを理由に、ホテル・旅館業界の需要は回復しつつあります。一方で競争が激しくなることが考えられ、特に都市部の競争や中小・零細規模の事業者の競争は激化する可能性があるでしょう。

ホテル・旅館の廃業を回避する「M&A」も検討

ホテル・旅館の廃業を回避するためには、M&Aを行うことも視野に入れておきましょう。M&Aとは、「Mergers and Acquisitions(合併と買収)」の略語です。合併とは複数の企業がひとつになることを指し、買収とは一方の企業が他方の企業を買うことを指します。アフターコロナの時代においては、インバウンド需要の高まりを背景に、投資を目的とした宿泊施設の買収や資金提供が行われています。廃業手続きを行うよりも経済的な負担や労力が少なく、後継者問題の解決や従業員解雇の回避などにつながる手段でもあります。

M&Aのメリット

M&Aは、売り手と買い手の双方がメリットを得られる手段です。売り手は、施設の廃業を回避して従業員の雇用を維持できます。また、後継者不足による廃業についても、M&Aによって外部の人的資本を投入することで解決が可能です。買い手企業の財政基盤やブランド力次第では、経営基盤の強化による事業拡大も期待できます。さらに、企業を売却することで、譲渡益を得られることも大きなメリットです。受け取った譲渡益を原資にして、次のビジネスをスタートさせるなど選択肢が広がります。

買い手企業は、売り手側企業のノウハウや技術、人材を獲得することで、時間をかけずにホテル・旅館事業に参入できます。すでにホテル・旅館事業を展開している企業は、事業拡大やスケールメリットの獲得につながります。

M&Aのデメリット

M&Aの売り手側にとってのデメリットとしては、従業員や事業の関係各所との関係が変化するリスクが挙げられます。特に長期にわたって経営しているホテルや旅館の場合、長く勤めている従業員が環境の変化に対してネガティブな反応を見せることがあります。場合によっては、新しい労働条件や環境に反対する人材が流出するかもしれません。

買い手側にとってのデメリットは、売却企業が抱えるリスクも承継する可能性があることです。買収後に想定した利益を得られない場合、買い手からすると事業や設備の維持コストだけが増える結果になる可能性もあります。

ホテル・旅館業界におけるM&Aの流れ

ホテル・旅行業界におけるM&Aの流れは、以下の通りです。

・M&A仲介会社をはじめとする専門家へ相談

・売却先企業の選定

・売り手・買い手の経営者同士の面談・条件交渉

・基本合意の締結

・デューデリジェンスの実施

・最終契約の締結

・クロージング

「デューデリジェンス」とは、買い手側が売り手側に関する情報を精査し、買収リスクの有無や金額の妥当性を判断する作業のことです。最終的な金額や条件に影響を与えるだけでなく、M&A自体を進めるべきかどうか判断するために重要なプロセスです。

M&Aの話を進めるにあたっては、仲介会社をはじめとする専門家への相談が欠かせません。専門的な知識や経験が豊富にあるだけでなく、交渉先の調達や交渉、契約書類作成などの手続きをサポートしてくれます。

まとめ

ホテルの廃業時には、予約状況や取引先との契約などを把握した上で事業停止日を決め、しっかりとスケジュールを立てることが大切です。リース業者や納入業者、従業員、予約客、宿泊客など、各関係者への対応をしっかりと行い、混乱を回避しましょう。

また、廃業を回避する手段としてM&Aを行うことも一案です。M&Aによって事業を継続させることで、従業員の雇用や後継者などの問題を解決できる可能性もあります。

▼監修者プロフィール

岩下 岳

岩下 岳(S&G株式会社 代表取締役) S&G株式会社

新卒で日立Gr.に入社。同社の海外拠点立上げ業務等に従事。
その後、東証一部上場のM&A仲介業界最大手の日本M&Aセンターへ入社ディールマネージャーとして、複数社のM&A(株式譲渡・事業譲渡・業務提携等)支援に関与。IT、製造業、人材、小売、エンタメ、建設、飲食、ホテル、物流、不動産、サービス業、アパレル、産業廃棄物処分業等、様々な業界・業種でM&Aの支援実績を有する。現在はS&G代表として、M&Aアドバイザー、及び企業顧問に従事している。