M&Aにおけるリスクとは?売り手企業・買い手企業別にリスクマネジメント方法も解説!
会社同士の経営を統合するM&Aの成功率は必ずしも高いとはいえず、失敗を避けるためにはさまざまなリスクに対応しなければなりません。
そこでこちらの記事では、売り手企業と買い手企業それぞれのリスクを紹介するほか、リスクを取り除くため、あるいは低減させるためのリスクマネジメント方法もわかりやすく解説します。
M&Aにおけるリスクの重要性
M&Aを検討している間は成立したあとのメリットにばかり気を取られがちですが、どのようなリスクがあるのかをしっかりと把握しておくことも重要です。M&Aはなかなか成約に至らないことも多く、スムーズにクロージングすることの方が少ないといわれています。異なる企業文化・組織体制・財務状況・歴史などを持つ2つの企業が統合するのがM&Aであり、リスクはあらゆる所に潜んでいると考えられます。
したがって、M&Aを良い形でクロージングさせるために重要なのは、リスクの存在を認めることに他なりません。加えて、リスクを回避および低減させるためのリスクマネジメントを徹底しておくことも欠かせないのです。
M&Aにおけるリスクは4種類
M&Aにおける代表的なリスクは以下の4種類です。
リスクの種類 | 主なリスクの内容 |
経営リスク | 事業の将来性や収益性、雇用、残業代未払いなど |
財務リスク | 偶発債務や簿外債務、資金繰りなど |
法務リスク | 許認可の未取得や取引先との不利な契約など |
人材リスク | キーマン人材の離職や従業員のモチベーション不足、人件費など |
これらのリスクについて、詳細に解説します。
経営リスク
M&Aにおける経営リスクとは、業績低迷や事業の将来性など、経営分野に関わるリスクを指します。例えば、M&A成立後に行われる経営統合プロセス(PMI)において、人事制度や業務フローなどの統合がうまくいかないことも経営リスクの1つです。
シナジー効果が現れるまでに、一時的に経営状態あるいは社内環境が悪化する懸念もあります。また、譲り受ける企業では従業員の労働時間が適切に管理されていなかったことがわかり、多額の残業代が未払いのままであることが発覚するといった事例も少なくありません。
経営統合が円滑に進んだとしても、特に異業種企業のM&Aの場合は、これまでとは異なった業界に参入するにあたってのリスクがあります。また、成長分野の企業を買収したとしても、右肩上がりに成長していくとは限りません。関連分野の技術革新や新規参入による競争激化などが起こりうるためです。
このように、M&Aが成立したあとのスムーズな統合や業績・事業の成長が約束されているわけではないということが、経営におけるリスクなのです。
財務リスク
財務リスクとは、譲り受ける企業や事業における財務分野に関するリスクのことです。具体的には債務や資産、資金繰りなどがあり、代表的な例をまとめたものが下表です。
リスクの種類 | 主な内容 |
簿外債務 | 財務諸表には表れていない債務のこと。具体的には従業員・役員の退職給付引当金、パート社員などの社会保険未加入、未払税金、未払残業代など。 |
資産の実在性に関するリスク | 貸借対照表に計上されているものの、実際には存在していない、あるいは現金化が難しい売掛金や在庫、貸付金など、回収が実質不可能な資産のこと。 |
偶発債務 | 現時点では債務ではないものの、特定の事由を条件に将来発生する可能性がある債務のこと。 |
棚卸資産評価損のリスク | 販売価格が仕入れ価格を下回るリスク。イベント性や季節性のある商品の在庫を抱えているケースなど。 |
このほか、譲り受ける企業が訴訟中の場合は、将来的に損害賠償金が発生する可能性もあります。また、赤字企業を買収する際には資金繰りが一時的に悪化することもあり、こうした場合も財務リスクが高いといえます。
法務リスク
法務リスクとは、譲り受ける企業や事業に関する法務分野に関するリスクのことです。M&Aでは、以下のような法務リスクが想定されます。
リスクの種類 | 主な内容 |
株式に関するリスク | 過去の株式の異動に瑕疵がある、株券が適切に発行されていないなど。 |
取引先との契約に関するリスク | 取引先との契約が難しくなる、譲り受けた企業が取引先と不利な契約を結んでいたなど。 |
許認可に関するリスク | 譲り受ける企業が取得している許認可を買い手企業が承継できないなど。 |
資産契約に関するリスク | 賃貸物件やリース契約などが継続できないなど。 |
重要な取引先との契約を継続できない、事業に不可欠な許認可を承継できないといった事態に陥ると、事業の継続自体が困難になることもあります。したがって、これらの法務リスクがないか事前に確認し、問題がある場合には対応しておく必要があるのです。
人材リスク
人材リスクとは、従業員や役員に関するリスクを指します。M&Aでは、以下のような人材リスクが考えられます。
リスクの種類 | 主な内容 |
従業員の運用に関するリスク | 人材評価や労務管理などのマネジメントがうまくいかないなど。 |
従業員の人件費に関するリスク | 条件の良いほうに合わせて給与体系を統合する場合は人件費が増大するなど。 |
従業員のモチベーションが低下するリスク | 新しい就労環境への戸惑いや将来への不安から、従業員のモチベーションが低下するリスク。生産性が上がらないばかりか、大量離職につながる可能性もある。 |
役員の貢献不足リスク | 役員が経営にマッチせず、業績悪化に直結する可能性がある。 |
従業員や役員のモチベーションの低下は大量離職につながるほか、組織内のモラルの低下や、従業員同士の関係悪化につながることも考えられます。これらも人材リスクの1つに数えられるでしょう。
M&Aで注意しておくべきリスク
M&Aと一言で言っても、売り手企業と買い手企業では立場が異なります。情報が漏れる・経営統合に失敗する・人材が流出するといった共通のリスクもありますが、ここでは、売り手企業と買い手企業がそれぞれ注意しておくべきリスクについて解説します。
売り手企業のリスク
M&Aを進めるにあたって注意しておくべき売り手企業の代表的なリスクには以下のようなものがあります。
- 情報漏えい
- 買い手が見つからない
- 損害賠償を請求される
- 相場より安値で買収される
- 敵対的買収リスク
これらのリスクについて、詳細に解説していきます。
情報漏えい
M&Aに関する情報は秘密情報として扱われるのが一般的です。しかし、情報が漏えいしてしまうリスクは常にあります。
情報漏えいには2つの場合があります。具体的には、従業員に漏えいしてしまう場合と社外に漏えいしてしまう場合です。売り手企業にとってはどちらもデメリットになり、企業価値が下落する懸念があります。
従業員に情報が漏えいした場合は、不安が募ってM&A前に離職する従業員も出てくるでしょう。一方、取引先や得意先などに漏えいした場合も相手方を不安にさせ、これまで通りの取引が困難になるといったケースも想定されます。なお、売り手企業が上場している場合は、インサイダー取引規制に抵触する恐れがあります。
買い手が見つからない
売り手企業にとって最大のリスクといえるのが、買い手企業が見つからないことです。後継者がいない、あるいは経営状況が悪いといった理由でM&Aを模索している場合は、倒産や廃業を選択せざるを得ない可能性が高まります。
M&Aは商品や不動産と同様に、時期やタイミングを逃してしまうと買い手が見つかりにくくなってしまうことがあります。こうした事態を避けるためにも、自社にとってふさわしいM&A仲介業者や専門家を選定することが重要です。
損害賠償を請求される
売り手企業が簿外債務や偶発債務などを抱えていて、それらを買い手企業に適切に伝えていなかった場合は、M&A後に買い手企業から損害賠償を請求されるのが一般的です。これは、売り手企業と買い手企業の間で交わす株式譲渡契約書などに記載する表明保証条項に違反することになるためです。
表明保証とは、契約の当事者が相手方に対し、一定の事実が真実かつ正確であることを表明して保証するものです。そのため、表明保証条項に違反した場合には、表明保証条項とともに定める解除条項・補償条項・損害賠償請求条項に基づき、損害賠償請求や契約解除などの手段を用いてトラブルの解決を目指すことになるのです。
もちろん財務状況などを正確に伝えていれば、損害賠償請求や契約解除などのリスクに晒される心配はありません。
相場より安値で買収される
M&Aでは、売り手企業と買い手企業が交渉して譲渡価格を決定します。売り手企業の価値を認めつつも、買い手企業はできるだけ安値で買収しようとするのが通例です。したがって、売り手企業は本来の相場よりも安値で買収されてしまうリスクがあります。
特に注意したいのが、売り手企業が未上場のケースです。上場企業の場合は、PBR(株価純資産倍率)やPER(株価収益率)といった指標を用いて企業価値を算出することができますが、未上場企業の場合はこうした試算ができないため、相場がわからずに安値で売却してしまうことがあるのです。このようなリスクを避けるため、売り手企業は類似企業の譲渡価格を可能な範囲で調べ、自社の譲渡価格の相場を把握しておくようにしましょう。
敵対的買収リスク
敵対的買収は「同意なき買収」とも呼ばれ、売り手企業の意向とは異なる形、あるいは事前の合意なく買収を仕掛けられることです。通常のM&Aであれば、株式譲渡を行う前にトップ面談や交渉の場などを設け、双方で条件を詰めていきます。対する敵対的買収では、合意を得る前に買い手企業が譲渡価格を提示したり、株式の購入を開始したりします。通常のM&A、つまり友好的買収がうまくいかない場合に、このように買い手企業に敵対的買収を仕掛けられるリスクがあるのです。
敵対的買収が成功した場合、不本意な形で経営権を取得されることになります。経営者をはじめとする役員の交代や商品・サービスの内容変更などが行われる可能性があるため、売り手企業にとっては大きなリスクであるといえるのです。なお、敵対的買収リスクがあるのは基本的に上場企業に限られます。未上場企業の場合は株式が市場で流通しておらず、自由に売買できるわけではないため、敵対的買収リスクは特段想定されません。
買い手企業のリスク
一方、買い手企業の立場でM&Aを進めるにあたって注意しておくべきリスクには以下のようなものがあります。
- 人材流出や経営統合失敗
- のれんを過大評価してしまう
- 資金調達がうまくいかない
- 会社が不正を行っている
これらのリスクについて、詳細に解説していきます。
人材流出や経営統合失敗
M&Aは売り手企業の事業を承継することが目的ですが、これは業務フローに慣れた優秀な人材がそのまま残ってくれることが前提となります。しかし、従業員の引き継ぎが買い手企業の思い描いた通りに進まないこともあり得ます。仮に人材が流出してしまえば、期待した収益が得られるか不明確になってしまいます。
また、業務システムや人事システムなどの統合がうまくいかないリスクもあります。それぞれ独立していたシステムを1つに統合する必要があるため、軌道に乗るまでに時間がかかる可能性や、想定外の事態に陥る可能性もあります。さらに、新しいシステムを設置する場合は、コストが膨大になる懸念も否めません。こうした事態を回避できるよう、M&Aを進める際には、社内はもちろん取引先との調整も済ませておくことが重要です。
のれんを過大評価してしまう
売り手企業のイメージを過大評価してしまい、割高な価格で買収してしまうこともリスクの1つです。これはシナジー効果を過大に見積もってしまうことに起因することが多く、、結果として想定していた成果を上げられない、買収資金を回収できないといった事態に陥る恐れがあります。
また、のれんの大きさに惑わされ、簿外債務や偶発債務を見落としてしまう、または金額を見誤ってしまうことも想定されます。このような事態に陥らないためにもデューデリジェンスを徹底し、売り手企業の将来性はもちろん、取引先の事情や財務状況などについても慎重かつ丁寧に調査することが重要です。
資金調達がうまくいかない
売り手企業を買収する際に手元資金のみで必要な額を用意できない場合は、資金調達も並行して行うのが一般的です。金融機関からの融資や第三者割当増資などの資金調達方法が想定されますが、これらが予定通りに進まないリスクもあります。
M&Aでは、買い手企業が必要な資金を調達できるものとして交渉が進んでいきます。そのため、資金調達ができないとなると、M&A自体が頓挫することになってしまうのです。
会社が不正を行っている
譲り受けた企業が不正を行っていた場合、M&Aによる効果が得られなくなるだけではなく、損害を受けるリスクもあります。簿外債務や偶発債務などのほか、従業員への残業代の未払い、有給休暇の未消化、税金の未払いなども買い手企業に支払い義務が生じることになります。
また、粉飾決算などの不適切会計(不正会計)が発覚した場合、会計帳簿を修正した結果、売上高や売掛金などが減少するケースもあります。そのほか、贈賄などの事件に関与していた場合には、買い手企業のイメージ下落につながりかねません。
M&Aにおけるリスクマネジメント方法
これまで紹介してきたように、M&Aを進めるにあたっては、売り手企業・買い手企業ともに注意しておくべきリスクがあります。これらのリスクは回避したり、低減させることが重要です。M&A専門家に相談するなど、双方に共通のリスクマネジメント方法もありますが、ここでは、売り手企業と買い手企業それぞれの立場で行うべきリスクマネジメント方法について解説します。
売り手企業のリスクマネジメント
M&Aを成功に導くにはリスクマネジメントが欠かせません。売り手企業が行うべき代表的なリスクマネジメントは以下の5つです。
- 信頼できる専門家に相談する
- 買い手探しの選択肢は幅広く検討する
- 仲介業者は複数業者と面談する
- 表明保証や補償条項などを活用する
- 買収防衛策を用いる
これらについて、詳細に解説していきます。
信頼できる専門家に相談する
M&Aにはさまざまなリスクがあり、経営者やリスク担当者で対応しきれなくなると、M&A自体が前に進まなくなります。そのため、信頼できるM&A専門家を早期に見つけ、アドバイスをもらうようにしましょう。
M&A専門家としては、M&A仲介業者、FA(ファイナンシャル・アドバイザー)、公認会計士・税理士などの財務の専門家、戦略コンサルタントなどが挙げられます。
なお、M&A専門家から情報が漏れるリスクを避けるため、秘密保持契約(NDA)を締結してから交渉に移ってもらうのが通例です。
買い手探しの選択肢は幅広く検討する
はじめからチャネルを絞りすぎると良い買い手が見つかる機会を逃してしまうかもしれません。そのため買い手企業を探す際は、幅広い選択肢を持っておくことが重要です。
M&A仲介業者はもちろん、公認会計士・税理士、金融機関などのステークホルダー、公的機関、友人・知人などにあたってみるほか、マッチングサイトを活用して自ら買い手候補企業を見つけるといった選択肢もあります。
仲介業者は複数業者と面談する
M&A仲介業者と言っても業態はさまざまであるため、業者選びは慎重に行いましょう。その際のポイントは以下の通りです。
- 得意な業界(業種)
- 得意な案件の規模
- 取り扱いエリア
- サポート体制
- 手数料体系
- 成約実績など
M&Aは案件や規模によっては1~2カ月程度で完了することもありますが、長い場合は2〜3年かかることもあります。M&A仲介業者との間に信頼関係が築かれていないことが原因で、交渉が円滑に進まないことも考えられます。自社に最適なM&A専門家を選定するためにも、複数の業者と面談を行い、さまざまな項目で比較検討するようにしましょう。
表明保証や補償条項などを活用する
前述しましたが、表明保証とは最終契約書に記載される項目の1つで、財務や事業に関する事項が正確であることを表明して保証するものです。買い手企業は、売り手企業が表明保証に違反した場合、補償条項などによって定められた損害賠償や契約解除などを求めることができます。
この補償条項は、買い手企業の同意があれば、売却後に売り手企業が損害賠償を負う必要がない旨を定めることもできます。この点については、買い手企業との交渉次第といえるでしょう。
買収防衛策を用いる
上場企業は敵対的買収を仕掛けられるリスクがあるため、防衛策に関する知識を得ておくことが重要です。代表的なものとして次の6つがあります。
買収防衛策の種類 | 概要 |
ポイズンピル | 一定の条件を満たした場合に、既存株主のみに株式購入の権利を与える手法。 |
黄金株発行 | 株主総会などで拒否権を発動できる株式を第三者に発行する手法。 |
ゴールデンパラシュート | 取締役の退職金をあらかじめ高額にしておく手法。 |
ホワイトナイト | 第三者企業に友好的買収をしてもらう手法。 |
パックマン・ディフェンス | 買収企業に対して買収を仕掛ける手法。 |
スコーチド・アース(焦土作戦) | 優良な資産を譲渡するなどして、企業価値を大きく下げる手法。 |
ポイズンピル、黄金株発行、ゴールデンパラシュートは敵対的買収の予防策として、ホワイトナイト、パックマン・デイフェンス、スコーチド・アースは敵対的買収を仕掛けられたあとの防衛策として使われることが一般的です。リスクマネジメントとしては、そもそも敵対的買収を仕掛けられないようにすることが重要なため、予防策を施しておくとよいでしょう。
買い手企業のリスクマネジメント
M&Aを進めるにあたっては、買い手企業にも注意しておくべきリスクがあります。以下の5つが、代表的なリスクマネジメント方法です。
- 早期からのPMI実施
- デューディリジェンス(DD)の徹底
- 表明保証規定・補償規定の設定
- ノンリコースファイナンスの利用
- 契約関連はM&A専門家に相談する
これらについて、詳細に解説していきます。
早期からのPMI実施
買い手企業がM&Aの効果を早期に上げるには、成立後に実施する経営統合プロセス(PMI)をいかにスムーズに進めるかが重要です。以下が具体的な経営統合プロセスです。
- 新経営陣の構築
- 新しいビジョンの策定および実現に向けた計画の策定
- 業務プロセスおよび業務フローの統合
- 会計システムや人事システムといった基幹システムの統合など
PMIをスムーズに行うことができれば、従業員のモチベーション維持・向上や取引先との関係強化などにつながり、リスク回避が可能になります。そのためには、双方の経営陣と従業員が十分にコミュニケーションを取り、信頼関係を深めながらPMIを進めていくことが重要です。
デューデリジェンス(DD)の徹底
デューデリジェンスとは、最終契約の前に売り手企業が行う調査のことです。財務・法務・事業・人事・税務・IT・環境などの分野に分けて、それぞれ専門家が精査を行います。
譲り受ける企業の財務状況や将来的な収益力などの洗い出しができるため、買い手企業にとってはM&A成立後のリスクの把握にも役立ちます。費用が高額なため範囲を縮小するケースもありますが、リスクマネジメントのためにも過不足なく行うようにしましょう。
表明保証・補償条項の設定
売り手企業と同様に、買い手企業にとっても表明保証および補償条項を適切に活用することがリスクマネジメントとなります。
例えば、M&A成立後に簿外債務が見つかった場合、売り手企業が「簿外債務はない」と表明保証をしていれば、補償条項に則って損害賠償請求や契約解除などの手続きをとることができます。反対に補償条項が設定されていなければ、損害賠償請求や契約解除はできません。つまり、表明保証や補償条項を適切に設定しておくことが、リスク回避につながるのです。
ノンリコースファイナンスの利用
M&Aにおけるノンリコースファイナンスとは、売り手企業の返済能力に基づいた資金調達の手法を指します。責任範囲を限定できるため、不測の事態によって返済ができない場合でも他の事業や資産に影響が及ばないというメリットがあります。
M&Aでは、売り手企業の信用力に依拠して資金調達し、買収する方法をレバレッジドバイアウト(LBO)と呼びます。買い手企業にとっては、売り手企業の担保範囲内で資金調達ができ、万が一の際にも手元の資金への影響がないため、リスク回避の手法として活用されています。
ただし、借入金が高額になることに加え、高金利となる傾向があることに注意が必要です。
契約関連はM&A専門家に相談する
M&Aでは重要な局面で契約書を作成し、双方の合意を得てから進めたり、株主総会で決議を採ってから進めたりすることがあります。この際、契約に関する認識不足などによってトラブルが発生すると、M&A自体が前に進まなくなることや、最悪の場合は自社にとって不利な契約を締結しなければならない恐れがあります。
契約関連はM&Aを進めていくなかで特に専門性の高い知識が必要なため、M&A専門家に相談し、適切に対応するようにしましょう。
その他M&Aにおけるリスク
昨今はM&Aの活用範囲が拡大しており、海外企業とのM&Aや、個人経営者が小規模な企業を買収するといった小規模M&Aも数多く見られるようになっています。
ここでは、海外企業とのM&Aにおけるリスクと、小規模M&Aにおけるリスクについて、詳細に解説していきます。
海外企業とのM&Aにおけるリスク
人口減や物価高といった国内事情を背景に、海外企業とのM&Aに活路を見出すケースもあるでしょう。しかし、海外企業とのM&Aは国内企業とのM&Aに比べてハードルが高くなることが多いです。
まず懸念されるのは、言語の違いによるリスクです。専門知識が必要になるシーンが多く、ビジネスに精通した翻訳者や通訳を介したとしても、勘違いや解釈の不一致が起こる可能性があります。また法律や文化、商習慣が異なるため、デューデリジェンスやPMIなどが円滑に進まないことも考えられます。
ほかにも、物理的な距離や時差など、国内事情とは異なることも多く、専門家のサポートが欠かせません。海外M&Aの実績を積んでいることはもちろん、現地事情に精通しているM&A専門家に依頼することがリスクマネジメントの第一歩となります。
小規模M&Aにおけるリスク
小規模M&Aとは、名前の通り小規模な企業とのM&Aを指します。一般的には年間売上が1億円以下の企業のことで、個人でも可能な数十万円から数百万円規模のM&Aも含まれます。事業承継などが困難な個人経営の企業が多く、飲食店や学習塾などのサービス業で多く見られます。
売り手企業が個人経営などのため、財務諸表や経営計画書などが作成されておらず、判断基準となる情報が少ないことも珍しくありません。従業員の労働環境が整備されていない、会計処理が適切に行われていないといった事態も想定されますので、法務・財務・税務などのリスクを見落とさないよう、小規模な企業とはいえ、事前に徹底した調査を行ったうえでM&Aを検討することが重要です。
まとめ
M&Aはあらゆる所にリスクが潜んでおり、そのリスクは交渉や手続きを進めるうえで障害になることがあります。そのため、どのようなリスクがあるかを事前に適切に把握し、リスクマネジメントを行うことが欠かせません。
本記事では、売り手企業と買い手企業の立場から、リスクとリスクマネジメント方法を解説しました。売り手企業と買い手企業の双方が良い形でM&Aのクロージングを迎えるためには、自社のリスクはもちろんのこと、相手企業の事情を理解しておくことが望ましいです。本記事を通して理解を深めていただければ幸いです。
▼監修者プロフィール
岩下 岳(S&G株式会社 代表取締役) S&G株式会社
新卒で日立Gr.に入社。同社の海外拠点立上げ業務等に従事。
その後、東証一部上場のM&A仲介業界最大手の日本M&Aセンターへ入社ディールマネージャーとして、複数社のM&A(株式譲渡・事業譲渡・業務提携等)支援に関与。IT、製造業、人材、小売、エンタメ、建設、飲食、ホテル、物流、不動産、サービス業、アパレル、産業廃棄物処分業等、様々な業界・業種でM&Aの支援実績を有する。現在はS&G代表として、M&Aアドバイザー、及び企業顧問に従事している。