M&Aの手法一覧!進める際の流れや成功事例も解説

M&Aは「Mergers(合併)& Acquisitions(買収)」を略した言葉で、会社・事業の売買取引や組織再編行為の総称です。

M&Aには様々な手法(スキーム)があり、手法によって発生する費用や必要な手続き等が大きく異なります。M&Aの目的によっても適した手法が異なるため、M&Aの手法ごとの特徴やメリット・デメリットを把握した上で、自社に合う手法を選ぶことが大切です。

とはいえ、数あるM&A手法の中からどれを選べば良いのか、そもそもどのような違いがあるのかわからないとお悩みの人も多いでしょう。

今回はM&Aの手法を選ぶポイント

  • M&Aにおける代表的な手法
  • M&Aで課税される税金 M&A手法ごとの違い
  • M&A手法別の成功事例

などについてわかりやすく解説します。

M&Aの手法(スキーム)とは?

前提として、M&Aは「Mergers(合併)& Acquisitions(買収)」の略称で、会社・事業の売買取引や組織再編行為の総称です。一口にM&Aといっても様々な手法が存在します。

M&Aの手法(スキーム)は、大きく買収・合併・提携の3種類に分けられます。

M&Aにおける買収とは会社の株式(経営権)や事業を買い取ることです。M&A手法として挙げられる形態の多くは買収に該当します。

合併は複数の会社を1つの会社に統合することです。買収との違いとして、対象となった企業が残るか否かが挙げられます。

会社買収の場合は買収対象となった会社の経営権が買い手に移り、会社そのものは存続します。一方合併の場合は、合併の後に存続するのは統合後の1社のみであり、その他の対象会社は解散・消滅する仕組みです。

提携は大きく資本提携と業務提携の2種類に分けられます。提携に該当する行為では資本関係が起こらない、もしくは株式譲渡があっても原則として経営権には影響を及ぼしません。

M&Aの手法を選ぶポイント

M&Aの手法を選ぶ上で押さえるべきポイントとして、以下の4つが挙げられます。

  • M&Aの目的
  • スキームによって発生する費用
  • 税務上のメリット・デメリット
  • 手続きやスケジュール

それぞれのポイントについて、押さえるべき理由や具体的にチェックするべき点について解説します。

M&Aの目的

M&Aの目的はM&A手法を選ぶ上で特に重視するべきポイントです。

M&Aの目的によって適した手法が異なります。たとえば、自社の事業整理が目的であれば、譲渡対象が事業のみである事業譲渡が適しており、資本関係が大きく変わる手法は適していません。一方、後継者への承継や譲渡による利益を得ることを目的とするのであれば、株式譲渡や合併等が良いでしょう。

一口にM&Aといっても実施する目的は様々です。目的に合わない手法をとってしまうと、理想とする成果が得られない恐れがあります。

M&Aが失敗となるリスクを抑えるため、事前に自社のM&Aの目的を明らかにし、目的に合った手法を選びましょう。

スキームによって発生する費用

M&A手法ごとに発生するコストを事前に見極めて、M&Aの実施に問題がないかチェックしましょう。

M&Aの手法や形態によって発生するコストが異なります。予算を超える高額の資金が必要な手法を選んでしまうと、後に資金繰りが苦しくなる恐れや、そもそも十分な資金を用意できない恐れがあるため注意が必要です。事前にコストを見極めてM&Aの実施に問題がないかチェックしましょう。

M&A手法の中でも特に高額の費用が発生しやすいのは株式譲渡です。株式譲渡では会社全体が買収対象になるため、多額の資金が必要になるケースが多くみられます。

比較的低額で済む手法として事業譲渡が挙げられます。また、株式交換や合併のように、資金を用意する必要がない手法を選ぶのも1つの手段です。

税務上のメリット・デメリット

税務上のメリット・デメリットにも注意が必要です。M&Aの売却益にも課税が発生しますが、M&A手法によって課税対象が異なります。

たとえば株式譲渡の場合、売却益が課税対象となり、売却当事者である売り手側に納税義務が生じます。一方、第三者割当増資や一定の条件を満たした会社分割では、原則として法人税や所得税が課されません。

事業譲渡の場合、売却益が課税対象で売り手側に納税義務が発生する点は株式譲渡と同じです。株式譲渡との違いとして、譲渡対象に消費税の課税対象資産が含まれている場合、消費税の納付義務も発生する点が挙げられます。

M&Aによる思わぬトラブルや金銭的な負担の増大を避けるため、負担する税金額や税務上のルールを理解しておきましょう。

手続きやスケジュール

M&A成立までの手続きやスケジュールも、M&Aの手法によって大きく異なります。

たとえば、株式譲渡は手続きが比較的容易な手法です。事情によりM&Aを急ぐ必要がある場合は、手続きが少なくて済む方法が適しているでしょう。

スケジュールに余裕がある場合でも、M&Aの手法ごとに必要な手続きやスケジュールを事前に確認しておく必要があります。手続きやスケジュールに関する認識が不足していると、手続き漏れの発生や、想定よりも時間がかかる恐れがあるためです。

M&Aの手法は、手続きやスケジュールも考慮した上で選びましょう。

M&Aにおける代表的な手法を比較

M&Aにおける代表的な手法を9つ紹介します。それぞれの特徴およびメリット・デメリットをまとめました。

特徴 主なメリット 主なデメリット
株式譲渡 買収対象会社の株式を金銭で取得することで経営権を獲得する手法 手続きが容易
(売り手・買い手双方)
簿外債務のリスクがある
(買い手側)
事業譲渡 会社の事業のみを譲渡する手法 負債や簿外債務のリスクを抑えられる(買い手側) 譲渡対象の交渉が難航する恐れがある(売り手・買い手双方)
会社分割 吸収分割:分割した事業を既存の会社に引き継ぐ手法
新設分割:分割した事業を新たに設立した会社に引き継ぐ手法
手続きが容易かつ必要な資金が少ない(買い手側) 簿外債務を引き継ぐ恐れがある(買い手側)
第三者割当増資 特定の第三者に対して新株を割り当てて発行、もしくは所有する自社株式を交付する手法 支配権を維持したまま資金調達ができる(売り手側) 必要な資金が高額になる恐れがある(買い手側)
株式交換・移転 完全子会社となる会社の株式と完全親会社の株式を交換する手法 株式交換・移転の成立後も法人格が維持される(売り手側) 手続きが煩雑
合併 複数の会社を1つに統合する手法 株式交付が対価のため資金を用意する必要がない 企業システムや風土といった現場の統合作業に労力を要する恐れがある
TOB 対象会社の株式を、証券取引所を通さずに市場外で不特定多数の投資家から買い付ける手法 事前に計画した期間・株価・株式数で買取りができる(買い手側) 買収防衛策によりTOBが失敗に終わるケースもある(買い手側)
MBO 経営陣や従業員が資金調達をして自社を買収する手法 従業員や役員へスムーズな承継ができる 経営体質が固定化されてしまう
資本提携・業務提携 支配権の変化なく企業間の協力関係を築く手法 互いに補い合える、シナジー獲得が期待できる 機密情報が流出する恐れがある
  • 一口にM&Aといっても、手法によって特徴やメリット・デメリットは全く異なる
  • ケースや希望に適した手法を選ばなければM&A成功の可能性が下がる恐れがある
  • それぞれの手法についてしっかり押さえた上で、自身に合う手法がどれか検討する必要がある

M&Aの代表的な手法についてそれぞれ詳しく解説します。

株式譲渡

株式譲渡は、買収対象会社の株式を金銭で取得することで経営権を獲得する手法です。会社を丸ごと引き継ぐ包括承継(権利義務を一括して承継する方法)のため、会社の組織構造や資産・負債に変化はありません。株式譲渡後も会社は存続します。

株式譲渡は数あるM&A手法の中でも手続きが容易なため、比較的スムーズに進められる方法です。中小企業のM&Aでは最も多く用いられる手法といえます。

メリット

株式譲渡の最も大きなメリットは、売り手側・買い手側どちらにとっても手続きが比較的容易な点です。

売り手側・買い手側それぞれが得られるメリットも紹介します。

売り手側の主なメリットは以下の2つです。

  • 譲渡対価として現金を得られる
  • 後継者問題を解消できる

買い手側のメリットとして、以下の2つが挙げられます。

  • 会社の経営権を取得できる
  • 従業員や許認可を含め丸ごと引き継げる

デメリット

株式譲渡のデメリットについて、売り手側・買い手側それぞれの目線で紹介します。

売り手側の主なデメリットとして以下の2つが挙げられます。

  • 負債が大きい場合、譲渡先がなかなか見つからない恐れがある
  • 不採算事業や懸念事項の存在により譲渡価額が低下する恐れがある

買い手側の主なデメリットは以下の通りです。

  • 包括承継のため債務も引き継ぐ必要がある
  • 簿外債務のリスクがある
  • 買収資金の準備が必要

手続き・スケジュール

株式譲渡の手続きの流れを大まかに紹介します。

  1. 当該株式が譲渡制限株式の場合、株式譲渡の承認請求を行う(売り手側)
  2. 臨時株主総会の開催日を決定し、株主へ招集通知を送付する(売り手側)
  3. 2の臨時株主総会で株式譲渡の承認決議を行う(売り手側)
  4. 3の株主総会での決定事項について承認請求を行った人へ通知する(売り手側)
  5. 株式譲渡についてデューデリジェンス(DD)や交渉を行い、契約を締結する(買い手側・売り手側双方)
  6. 会社に株主名簿の書き換え請求を行う(買い手側・売り手側双方)

1〜6までの必要期間の目安は、1〜3カ月です。中でも特に時間を要する工程は、5の交渉およびデューデリジェンスです。

なお、M&Aの事前検討や買い手企業の選定を含めると、トータルで半年〜1年程度が目安です。事業規模や財務状況によっては1年以上かかるケースもあります。

事業譲渡

事業譲渡は、会社の事業のみを譲渡する手法です。対象となる事業に関連する資産および負債を一体として譲渡します。譲渡する資産は有形資産や売掛金等の流動資産だけでなく、取引先やノウハウといった、財務諸表に記載されない無形資産も対象にできます。

事業譲渡の特徴は企業全体を譲渡するわけではない点です。譲渡対象になるのはあくまで事業のみであり、仮に事業すべてを譲渡しても、会社はそのまま存続します。事業譲渡の成立後に経営者や株主構成が変化することもありません。

M&Aの手法として事業譲渡が選ばれるケースとして、以下の例が挙げられます。

  • 自社の事業を整理したい(売り手側)
  • 負債や懸念事項の存在により株式譲渡では買い手先候補を見つけるのが難しい(売り手側)
  • 買収により簿外債務のリスクを負うことを避けたい(買い手側)
  • 買収に要する資金を抑えたい(買い手側)

なお、個人事業主の事業を対象としたM&Aも事業譲渡に該当します。

メリット

事業譲渡のメリットについて、売り手と買い手それぞれの目線で紹介します。

まずは売り手目線のメリットです。

  • 経営権を手放す必要がない
  • 売却対象の事業を選択できるため、負債があっても譲渡先候補を見つけやすい

買い手目線のメリットとして以下の3つが挙げられます。

  • 負債や簿外債務のリスクを抑えられる
  • 特定の事業のみの買収ができる
  • 株式譲渡に比べて買収に必要な資金が少なくて済む

デメリット

事業譲渡のデメリットについても、売り手と買い手それぞれの目線で紹介します。

売り手目線での大きなデメリットは以下の2つです。

  • 債権者の同意を個別に得る必要がある
  • 譲渡益が法人税の課税対象になるため、その年の税負担が重くなる恐れがある

買い手側のメリットとして、以下の2つが挙げられます。

    • 取引先や従業員との契約を結びなおす必要があるため手間がかかる

<li>譲渡対象の資産によっては消費税が発生する

※消費税の課税対象になる資産の具体例は後述します</li>

また、売り手と買い手の双方に共通するデメリットとして、譲渡対象の決定が難しい点が挙げられます。買い手が買収したいと考える範囲と売り手が譲渡したいと考える範囲が異なる場合、交渉が長引く恐れが大きいです。

手続き・スケジュール

事業譲渡の手続きの流れを大まかに紹介します。

  1. M&A仲介会社やアドバイザーと契約する(売り手側)
  2. 買い手先候補を探す(売り手側)
  3. 秘密保持契約を締結、基本合意を実施する(買い手側・売り手側双方)
  4. 売り手側に対してデューデリジェンスを実施(買い手側)
  5. 事業譲渡契約を締結する(買い手側・売り手側双方)
  6. 臨時報告書の提出(買い手側・売り手側双方)
  7. 公正取引委員会への届出を行う(買い手側)
  8. 株主への通知・公告および株主総会の特別決議による承認を得る(買い手側・売り手側双方)
  9. 名義変更や許認可の取得等、各種手続きを進める(買い手側)

会社分割

会社分割とは、会社の事業を分割して他の企業に承継する手法です。

会社分割には吸収分割と新設分割の2種類があります。それぞれの違いは以下の通りです。

  • 吸収分割:分割した事業を既存の会社に引き継ぐ手法
  • 新設分割:分割した事業を新たに設立した会社に引き継ぐ手法

企業を分割して一部のみを承継するという点が事業譲渡と似ていますが、会社分割と事業譲渡には以下のように様々な違いがあります。

会社分割 事業譲渡
組織再編行為 該当 該当しない
個別承継/包括承継 包括承継
取引先や雇用関係をそのまま承継する
個別承継
個別に契約し直す必要がある
対価 株式 現金
債権者保護手続 必要 不要
消費税 発生しない 譲渡対象となる資産の種類によっては発生する
簿外債務を引き継ぐ可能性

メリット

会社分割のメリットとして、以下の4つが挙げられます。

  • 特定の事業のみの譲渡が可能(売り手側)
  • 自社株を対価にできるため買収資金を用意する必要がない(買い手側)
  • 自社と関連性のある事業のみを引き継げるため早期のシナジー獲得が期待できる(買い手側・吸収分割の場合)
  • 包括承継のため、雇用契約や取引先との契約もそのまま引き継がれる(買い手側・売り手側双方)

事業譲渡に比べて、手続きが容易かつ必要な資金が少ない点が大きなメリットといえるでしょう。

デメリット

続いて会社分割のデメリットです。会社分割のデメリットとして以下の4つが挙げられます。

  • 譲渡対価が株式のため売り手側企業が買い手側企業の株主になり、株主構成が変わる可能性がある(買い手側)
  • 簿外債務を承継するリスクがある(買い手側)
  • 買収した事業との統合作業により現場に混乱が生じる恐れがある(買い手側)
  • 負債や簿外債務のリスクが大きい場合、交渉が難航する恐れがある(売り手側)

手続き・スケジュール

会社分割手続きの流れについて、吸収分割と新設分割に分けて解説します。

まずは吸収分割の流れです。

  1. 分割契約書を作成する(買い手側・売り手側双方)
  2. 事前開示書類の備置をする(売り手側)
  3. 会社分割の内容や分割後の事業内容等を従業員に通知する(売り手側)
  4. 反対株主に対して株式買取請求通知を行う(売り手側)
  5. 債権者保護手続きを行う(売り手側)
  6. 株主総会の特別決議で承認を得る(売り手側)
  7. 分割元会社と承継会社それぞれについて登記を行う(買い手側・売り手側双方)
  8. 効力発生日から6カ月間、事後開示書類を備置する(買い手側・売り手側双方)

新設分割は分割した事業を引き継ぐのが新たに設立される会社のため、吸収分割とは譲渡元および譲渡先の考え方がやや異なります。そのため今回は買い手・売り手という表記は使用していません。

  1. 分割計画書を作成する
  2. 事前開示書類の備置をする
  3. 新設分割の内容や分割後の事業内容等を従業員に通知する
  4. 反対株主に対して株式買取請求通知を行う
  5. 債権者保護手続きを行う
  6. 株主総会の特別決議で承認を得る
  7. 分割元会社と新設会社それぞれについて登記を行う
  8. 効力発生日から6カ月間、事後開示書類を備置する

第三者割当増資

第三者割当増資とは、特定の第三者に対して新株を割り当てて発行、もしくは所有する自社株式を交付する方法です。株式の発行および交付は有償で行われ、買い手側は対価として現金を支払います。

第三者割当増資はM&A手法の一つとして挙げられますが、買い手としては買収ではなく出資に該当する行為です。売り手側からみると増資による資金調達となります。あくまで出資・増資行為のため、実施による課税を受けません。

第三者割当増資を行う主な目的として以下の例が挙げられます。

  • 事業再生や企業再生の局面における資金調達のため
  • 他社による敵対的買収を防ぐため
  • 資本提携の一環をはじめとした協業関係を築くため

メリット

第三者割当増資のメリットについて、売り手・買い手それぞれの目線で紹介します。

売り手目線の主なメリットは以下の2点です。

  • 支配権を維持したまま資金調達ができる
  • 新株の割当および保有する自社株式の交付先を選べる

買い手目線のメリットとして以下の2つが挙げられます。

  • 売り手企業に対する影響力を強めることができる
  • 買収による子会社化よりもリスクを抑えられる

また、手続きが比較的容易な点は、売り手・買い手の双方に共通するメリットです。

デメリット

第三者割当増資のデメリットについても、売り手・買い手それぞれの目線で紹介します。

まずは売り手側のデメリットです。

  • 株主構成に変化が起こり、既存株主の持株比率が下がる
  • 増資に該当する行為のため既存株主は譲渡対価を受け取れない

会社そのものというより、株主にとってのデメリットといえるでしょう。

買い手側のデメリットとして以下の2つが挙げられます。

  • 100%の支配権の獲得は不可能
  • 必要な資金が高額になる恐れがある

株式交換・移転

株式交換・株式移転は、いずれも完全子会社となる会社の株式と完全親会社の株式を交換する方法です。

両者の違いとして、親会社となる会社が既存の会社であるか、新たに設立される会社であるかが挙げられます。

株式交換は既存の会社が完全親会社になります。主にグループ内の子会社の完全子会社化や、グループ連携強化のために用いられる手法です。

株式移転は新設会社が親会社になります。主に持株会社体制をとる際に用いられる手法です。

株式交換・移転では、売り手側株式の対価として買い手側株式を使用できます。そのため多額の買収資金を用意する必要がありません。

メリット

株式交換・移転のメリットについて、売り手側と買い手側それぞれの目線で紹介します。

  • 売り手側:株式交換・移転の成立後も法人格が維持される
  • 買い手側:対価として自社株式を使用できるため、対価として多額の現金を用意する必要がない

売り手と買い手の双方に共通するメリットは、経営統合が容易な点です。

デメリット

株式交換・株式移転は、それぞれ異なるデメリットを持ちます。

まず、株式交換の主なデメリットとして以下の3つが挙げられます。

  • 債権者保護や株券の提出公告等、煩雑な手続きが必要
  • 買い手側企業の株主構成が変わる(買い手側)
  • 資産だけでなく、簿外債務を含む負債も引き継ぐ必要がある(買い手側)

株式移転の主なデメリットは以下の2つです。

  • 会社の数が増えることで管理コストが増大しやすい
  • 特定の条件を満たす場合は有価証券届出書等の提出が必要

合併

合併は複数の会社を1つに統合する手法です。

株式譲渡や事業譲渡のような買収との違いは、実施後に1つの会社になるか否かです。

株式譲渡は経営権が買い手に移るのみで、会社自体は存続します。事業譲渡は承継対象になるのが事業のみであり、会社が存続するのはもちろん、経営権も売り手側が保有し続けます。

合併は前述のように複数の会社を1つに統合する手法です。合併後は1つの会社を除き合併対象企業のすべてが消滅します。

なお、合併は以下の2種類に分けられます。

  • 吸収合併
  • 新設合併

吸収合併

吸収合併は合併対象会社のうち存続する1社が、他の会社の権利義務をすべて吸収する手法です。存続する1社のことを存続会社といいます。後述する新設合併よりも経営統合までのスピードが速いです。

吸収合併の主なメリットとして以下の3点が挙げられます。

  • 株式を対価として交付できるため資金を用意する必要がない
  • 経営統合までのスピードが速いため早期のシナジー獲得を期待できる
  • 雇用契約や取引先との契約もそのまま承継できるため、個々に手続きをする必要がない

また、吸収合併ならではのメリットとして、許認可も引き継がれる点が挙げられます。

吸収合併のデメリットは以下の通りです。

  • 他社を取り込むため、システムや企業風土といった現場の統合作業に労力を要する恐れがある
  • 存続会社の株主構成が変化する
  • 簿外債務を引き継ぐ恐れがある

新設合併

新設合併は新たに設立される会社が被合併会社の権利義務をすべて吸収する手法です。新設合併の成立後、被合併会社の法人格はすべて消滅します。

新設合併の基本的なメリット・デメリットは、前述した吸収合併の内容と同じです。ここでは新設合併ならではのデメリットを2つ紹介します。

  • 吸収合併と違い、許認可や免許の引き継ぎはできない
  • 登録免許税が資本金全額に対してかかるため、吸収合併よりも支出が大きくなりやすい

TOB

TOBはTake-Over Bidの略称で、株式公開買付けを意味します。対象会社の株式を、証券取引所を通さずに市場外で不特定多数の投資家から買い付ける手法です。

TOBの対象となる会社をA社、TOBを行う会社(A社を買収したいと考える会社)をB社とし、TOBの流れを紹介します。

    1. B社がA社株式の買取情報として、買付け期間・価格・買付予定数等を公表する
    2. A社が公開買付けに対する意見表明を行う。質問が記載されている場合、B社は報告書の中で回答を記載する

※A社の株主の投資判断において重要な手がかりとなる情報です

  1. B社の買取情報に対して納得したA社株主が応募する
  2. 買付株式数が目標数に届いた場合TOBが成立。TOB不成立の場合は応募キャンセルとなる

買い手側のメリットとデメリットは以下の通りです。

  • メリット:事前に計画した期間・株価・株式数で買取りができる
  • デメリット:買収防衛策によりTOBが失敗に終わるケースもある

売り手側のメリット・デメリットとしては以下が挙げられます。

  • メリット:自社株を市場価格よりも高く買い取ってもらえる
  • デメリット:公開買付けに対する意見表明が必要であり、やや手間がかかる

なお金融商品取引法において、上場企業の株式を一定以上取得する場合は、公開買付けの手法を用いることが強制されています。

MBO

MBOはManagement Buyoutの略称で、経営陣や従業員が資金調達をして自社を買収する方法です。自社内の人間が既存株主から株式を買い取り、経営権を獲得します。

MBOは自社株式すべての買い取りを前提とするケースが一般的です。そのため上場企業のMBOが成立すると、買収対象の会社は上場廃止となります。この仕組みを活用し、上場廃止を目的にMBOを行う企業も多くみられます。

MBOの主なメリットは以下の2点です。

    • 従業員や役員へスムーズな承継ができる
    • 意思決定のスピードが早くなる

※経営陣=株主になるため、経営陣の会議だけで会社の意思決定が可能になります</li>

デメリットとして以下の2点が挙げられます。

  • 上場廃止について既存株主から反対を受ける恐れがある
  • 経営体質が固定化されてしまう

資本提携・業務提携

資本提携は、相手方の株式を支配権を持たない範囲で保有することで企業間の協力関係を築く手法です。資本提携の方法は大きく以下の2つに分けられます。

  • 相互に株式を持ち合う
  • 一方の会社による第三者割当増資を行う

資本提携のメリット・デメリットは以下の通りです。

  • メリット:両者とも経営権を失うことなく技術やノウハウを獲得できる
  • デメリット:経営に介入される恐れや、提携関係を簡単には解消できない恐れがある

業務提携は会社同士が提携し共同で業務を行う手法です。資本提携と違い、資本の移動を伴いません。

業務提携のメリット・デメリットを紹介します。

  • メリット:資本取引が不要
  • デメリット:提携関係の解消が容易なため、期待した効果を得られない恐れがある

資本提携と業務提携に共通するメリット・デメリットは以下の通りです。

  • メリット:互いに補い合える、シナジー獲得が期待できる
  • デメリット:機密情報が流出する恐れがある

M&Aの手法で課税される税金

M&Aで課税される税金は譲渡対象および用いる手法によって異なります。特に多く用いられる手法で課税される税金は以下の通りです。

株式譲渡 事業譲渡 組織再編
納税者 売却代金を受け取った株主 譲渡益にかかる税金:売り手
資産にかかる消費税
税制適格要件を満たす場合は課税されない
課税される税金 売り手が個人の場合:所得税、住民税
売り手が法人の場合:法人税等
売り手が個人の場合:所得税、住民税
売り手が法人の場合:法人税等
課税対象資産:消費税
税制適格要件を満たす場合は課税されない
税率 売り手が個人の場合:20.315%
(所得税15.315%/住民税5%)
売り手が法人の場合:所得額や法人の規模等によって変動
譲渡益にかかる税金(法人税等、所得税・住民税):所得額によって変動
消費税:10%
税制適格要件を満たす場合は課税されない

課税される税金について、M&Aの手法ごとに詳しく解説します。

株式譲渡の場合

株式譲渡の場合、納税義務を負うのは売却代金を受け取った株主です。

株主が個人の場合は所得税および住民税が課されます。株式譲渡における売却益は譲渡所得に該当し、分離課税を行う必要があります。

※分離課税:他の所得と分けて税額の計算を行うこと

譲渡所得の税率は、所得税と住民税を合わせて20.315%です。

株主が法人の場合は法人税等が課されます。法人税等は以下の税金をまとめた呼び名です。

  • 法人税
  • 法人住民税
  • 法人事業税
  • 特別法人事業税

4つを合わせた税率は約29〜42%で、所得額や法人の規模等によって変動します。

個人と違い、法人税の場合は株式譲渡益と通常の事業による利益を合算して税額を計算します。

事業譲渡の場合

事業譲渡において、譲渡益にかかる税金の納税義務を負うのは売り手側です。売り手が個人の場合は所得税および住民税、法人の場合は法人税等が課されます。

所得税の場合、譲渡する資産の種類によって所得区分および課税方式は以下のように異なります。

  • 土地建物:分離課税 短期譲渡所得の場合は所得税30.63%・住民税9%
  • 棚卸資産:事業所得 総合課税
  • 減価償却資産:譲渡所得 総合課税
  • 営業権:譲渡所得 総合課税
  • その他:事業譲渡所得 総合課税

総合課税で適用される税率は所得額によって異なります。

法人税等の税率は前述した株式譲渡と同様に約29〜42%です。

また、譲渡資産の中に消費税の課税対象になる資産が含まれている場合、売り手側に消費税の納税義務が生じます。

組織再編の場合

組織再編の場合、組織再編税制の税制適格要件を満たしていれば課税されません。

組織再編税制では一定の要件を満たす組織再編について、財産の移転を時価ではなく簿価で行ったものとみなします。譲渡益が発生しないため、組織再編に関する税金が発生しません。

組織再編税制の対象になるM&A手法は以下の通りです。

  • 会社分割
  • 株式交換・株式移転
  • 合併

ただし、上記の手法であれば必ずしも非課税になるわけではなく、個々に定められた税制適格要件を満たす必要があります。

M&Aの手法別の成功事例

最後に、M&Aの手法別の成功事例を紹介します。今回取り上げたのは、事業承継引継ぎ支援センターで公開されている以下の事例です。

  • 株式譲渡:池島酒造株式会社
  • 事業譲渡:とんfe麦多朗

それぞれのM&Aに至った経緯やその手法を選んだ理由、成立までの大まかな流れを紹介します。

株式譲渡の場合

「池島酒造株式会社」は日本酒の製造・販売をする会社です。株式譲渡を決めた理由からM&A成立までの流れを紹介します。

  1. 元代表取締役である池嶋氏の体調不良が頻発し、将来への不安を覚える
  2. 杜氏が体調を崩したため知人の酒蔵に製造を委託。これを機に後継者探しに本腰を入れる
  3. 自身でM&Aを決めかけたものの、最終段階で破談となる
  4. 栃木県事業承継・引継ぎ支援センターに相談、情報提供やサポートを受けるようになる
  5. 信用金庫の仲介により紹介された後継者候補者に共感、承継を決意
  6. 株式譲渡契約書を締結

事業譲渡の場合

承継対象である「とんfe 麦多朗」は個人が運営する飲食店でした。事業譲渡を決めた理由からM&A成立までの流れを紹介します。

  1. 年齢による体のつらさを感じ、よろず支援拠点に相談。事業承継を勧められる
  2. 岩手県事業承継・引継ぎ支援センターに相談、同センターによる支援内容の検討および引継ぎ先探しが開始される
  3. 「とんfe 麦多朗」のファンである舘石氏が同店で後継者探しをしている旨を聞き、ぜひ事業を引き受けたいと相談する
  4. センターを通じてマッチング、その後事業承継に向けた交渉が開始される
  5. 岩手県及び県内の金融機関が連携した事業承継支援スキームを活用し事業承継資金を確保
  6. 事業譲渡契約が成立

まとめ

  • M&A手法によって、適した目的・発生する費用・税務面・必要な手続き等が全く異なる
  • M&A手法ごとの違いを押さえた上で、自身に合う手法を選ぶ必要がある

M&Aを実施する際は、一括りに考えるのではなく、どのような手法をとるか入念な検討が必要です。今回紹介した内容をもとに、M&A手法それぞれについて理解を深め、自社に合った手法を選びましょう。

▼監修者プロフィール

岩下 岳

岩下 岳(S&G株式会社 代表取締役) S&G株式会社

新卒で日立Gr.に入社。同社の海外拠点立上げ業務等に従事。
その後、東証一部上場のM&A仲介業界最大手の日本M&Aセンターへ入社ディールマネージャーとして、複数社のM&A(株式譲渡・事業譲渡・業務提携等)支援に関与。IT、製造業、人材、小売、エンタメ、建設、飲食、ホテル、物流、不動産、サービス業、アパレル、産業廃棄物処分業等、様々な業界・業種でM&Aの支援実績を有する。現在はS&G代表として、M&Aアドバイザー、及び企業顧問に従事している。