旅行業の廃業手続きは? 具体的な方法や官報への公告について解説

はじめに

新型コロナウイルス感染症の影響で、旅行業は苦境に立たされ、多くの旅行会社が廃業に追い込まれました。外出自粛要請が解除された現在でも、物価高や円安が影響し、旅行業の業績は完全回復とは言えない状況が続いています。

旅行業の廃業手続きは登録種別に応じて窓口や必要書類が異なり複雑です。そこで本記事では、旅行業の廃業手続きについて解説します。廃業を回避するための有効な手段も紹介しますので、廃業を検討している方はご参考ください。

旅行業の廃業・倒産に関する現状

2020年に新型コロナウイルス感染症による緊急事態宣言が発表され、多くの人々が旅行を中止せざるを得ない状況となりました。これに伴って、多くの旅行会社が廃業に追い込まれました。

旅行業の廃業の増加

東京商工リサーチによると、2020年の旅行業の倒産件数は26件、負債総額は299億7200万円で、双方ともに3年ぶりに前年を上回りました。負債総額については過去20年間で最大です。2021年の倒産件数は31件で、2年連続で前年を上回っています。このうち、新型コロナウイルス関連倒産は25件(構成比80.6%)となり、コロナ禍で旅行業が大きな打撃を受けたことがわかります。

(参照元:「旅行業の倒産動向」調査 2020年(1-12月)|株式会社東京商工リサーチ

URL:https://www.tsr-net.co.jp/data/detail/1190387_1527.html)

(参照元:2021年の「旅行業」倒産は31件、7年ぶりに30件超|株式会社東京商工リサーチ

URL:https://www.tsr-net.co.jp/data/detail/1191094_1527.html)

また、一般社団法人日本旅行業協会の「数字が語る旅行業2023」によると、日本旅行業協会(JATA)の会員数は2023年で1796社と、3年連続で前年を下回っています。

(参照元:数字が語る旅行業2023|一般社団法人日本旅行業協会

URL:https://www.jata-net.or.jp/wp/wp-content/uploads/administrator/2023_sujryoko.pdf) p.47

2023年5月には新型コロナウイルスの感染症法上の分類が5類に移行され、コロナ禍の影響が落ち着きつつあります。しかし日本では人口減少・少子高齢化が進んでいることから、長期的な旅行需要は減少していく可能性があります。

(参照元:観光を取り巻く現状及び課題等について|観光庁

URL:https://www.mlit.go.jp/kankocho/iinkai/content/001461732.pdf)p.2

旅行業が廃業する主な理由

旅行業が廃業する主な理由は、主に販売不振です。

JTBやKNT-CTホールディングスなどの大手旅行会社の旅行取引総額は、2010年の6.14兆円から2020年には1.50兆円まで減少しました。大手旅行会社でさえ大幅に業績が悪化する中で、経営体力が少ない中小規模の旅行会社では需要回復への期待感が薄れ、廃業を選択するケースが増えました。

(参照元:観光を取り巻く現状及び課題等について|観光庁

URL:https://www.mlit.go.jp/kankocho/iinkai/content/001461732.pdf )p.63

近年は国内観光や訪日観光の需要が増し、旅行者数に回復の兆しが見られます。しかし、円安による海外旅行需要の低下や燃料価格の高騰などの要因もあり、長期的な旅行需要の減少が懸念されています。

旅行業における廃業手続きの流れ

旅行業はサービスの性質上、顧客や取引先などの関係者が多い業界です。事業を廃止する際は関係各所へ配慮したうえで、以下のようにさまざまな手続きを進めなければなりません。

1. 廃業までのスケジュールを確認する

最初に、廃業までの手順をリストアップしてスケジュールを立てます。事業廃止の届出には期限があり、遅れると過料を徴収されます。また、催行予定の旅行をキャンセルする場合は、予約者に通知する必要があります。

トラブルを避けるためにも、スケジュールの確認は必須です。廃業日が決まったら、そこから逆算し、何をどのように進めるかスケジュールを立てましょう。

2. 廃業までに実施すべきことを確認する

旅行会社は広範囲にわたり多くの債権者がいる業種です。自社の状況に応じて適切な手続きを確認し、漏れなく対応する必要があります。

旅行申込者への対応

旅行会社が廃業する場合、旅行者が予約していたチケットの取り消しを余儀なくされるケースがあります。その場合、旅行者からの「旅行代金を返してほしい」「チケットはまだ有効か」などの問い合わせが殺到することが予想されます。

混乱を避けるためにも、廃業に関する問い合わせ対応について体制を整備しておくことが必要です。

例えば、旅行業者が供託した営業保証の範囲内で旅行代金を保証する「営業保証制度」や、旅行業協会が供託した弁済業務保証金から一定の範囲内で弁済する「弁済業務保証制度」の案内を行います。こうした制度が利用可能な旨を案内することで、旅行申込者の不安や混乱を最小限に抑えられます。

事業用店舗の対応

旅行会社が店舗を借りている場合は、賃貸の解約手続きや原状回復の手配が必要です。契約内容によりますが、事業所の解約予告期限を6ヵ月前と早めに設定しているケースもあるため、いつまでに解約の意思を伝えればよいのかを事前に確認しておきましょう。

物件を返却する際は、原状回復を条件とする契約が一般的です。原状回復や事業所の解体、設備の撤去などに費用が必要となるため、資金不足に陥ることも考えられます。事前に賃貸契約会社や解体業者に退去費用を確認しておきましょう。

旅行業予約システムの対応

旅行チケットの予約・発券のためのWebサービスを利用していたり、自社独自のアプリやWebサイトの運営を委託したりしている場合は、サービスや委託契約の解約が必要です。

ほかに、業務のために電話やコピー機、パソコンなどを月額でリース契約している場合も、事業を終了する際には解約手続きを忘れずに行う必要があります。

従業員の雇用保護

旅行業を廃業する際は、従業員の処遇も重要です。トラブルを避けるため、従業員には定められた時期に廃業を通知する必要があります。廃業に伴う解雇通知の期限は、労働基準法により、原則として解雇日の30日前までと定められています。

必要に応じて、退職金の交渉や新たな就職先の紹介なども行いましょう。特に賃金の未払いが生じないよう注意が必要です。支払いが困難なケースでは、独立行政法人労働者健康安全機構の未払賃金立替制度を利用できる場合があります。

3. 旅行業登録の廃止手続き

旅行業は、行政庁の登録に基づいて営業しています。通常、第1種旅行業・第2種旅行業・第3種旅行業、地域限定旅行業、旅行業者代理業のいずれかに登録されています。

旅行業者が廃業する場合、まず登録行政庁に事業廃止等届出書を提出し、廃業する旨を通知します。旅行業法の規定により、廃止の届出をしないと20万円以下の過料を徴収されるため気を付けましょう。廃止届を提出することで、営業保証金もしくは弁済業務保証金分担金の受け取りが可能になります。登録種別によって担当窓口が異なるため、自社の状況に合わせて手続き方法を確認します。

第1種旅行業の場合

第1種旅行業で登録している場合、監督官庁は観光庁です。ただし、届出書を提出するのは観光庁ではなく、営業所を管轄する地方運輸局の旅行業担当窓口です。事業廃止から30日以内に手続きしましょう。

主な事業所が東京都内にある場合、関東運輸局で手続きを行います。そのほかの地域の場合は、事業所の地域にある運輸局の旅行業担当が窓口です。

その他の登録種別の場合

第1種旅行業以外の登録種別の場合、担当窓口は営業所を管轄する都道府県の旅行業担当です。こちらも事業廃止から30日以内に手続きしましょう。

事業所が東京都内にある場合は、東京都庁が窓口です。提出する事業廃止等届出書は、東京都産業労働局のホームページからダウンロードできます。

4. 旅行業登録抹消通知書の受取

登録行政庁で事業廃止等届出書が受理されると、旅行業登録抹消通知書が発行されます。通知書は通常、届出書の提出から約7〜10日後に受け取れます。

旅行業登録抹消通知書は、旅行業協会を退会する際にも必要です。旅行業協会に加入している場合は、手続きまで大切に保管しましょう。

5. 営業保証金 / 弁済業務保証金分担金の受取

廃止届を提出すると、営業保証金または弁済業務保証金分担金を取り戻せます。これらは旅行業登録時に納付したものであり、廃業時に返金されます。

旅行業協会に加入している場合は弁済業務保証金分担金、加入していない場合は営業保証金が返金の対象です。返金手続きの方法はそれぞれ異なるため、自社の状況に応じて手続き方法を確認しましょう。

旅行業協会に加入している場合

ANTAやJATAなどの旅行業協会に加入している旅行業者は、旅行業協会に弁済業務保証金分担金を納めています。退会の流れは以下のとおりです。

まず、旅行会社の主たる営業所を管轄している登録行政庁に事業廃止届出書を提出します。届出書が受理されると、登録行政庁から登録抹消通知書が発行されます。次に、加入している旅行業協会に受け取った登録抹消通知書を提出します。この通知書をもって、旅行業協会は官報公告手続を進めます。手続き完了後、弁済業務保証金分担金返還請求書と資格喪失届が発行されます。

登録抹消通知書の提出から弁済業務保証金分担金の返還までには、一般的に8ヵ月ほどかかります。

旅行業協会に加入していない場合

旅行業協会に加入していない場合は、官報への営業保証金の取戻公告を自ら行う必要があるため、手続きがより複雑です。

登録抹消通知書を受け取った後、官報への掲載依頼を進めます。官報掲載後、営業保証金取戻公告済届出書と官報掲載紙の写しを登録行政庁に提出します。掲載から6ヵ月経過した後、登録行政庁に官報掲載紙の原本と証明書交付申請書、供託書の写しを提出します。最後に登録行政庁から証明書を受け取り、法務局で営業保証金の取戻し請求を行って、営業保証金の返還手続きが完了します。

旅行業の廃業に伴う官報への掲載方法

旅行業協会に未加入の会社は、官報への掲載を自社で行う必要があります。手続き窓口は官報販売所です。原稿雛形には、営業保証金取戻公告用を使用します。

公告しなければならない事項は、以下のとおりです。

・商号

・旅行業の業務の範囲

・登録番号

・代表者の氏名、住所

・主たる営業所の名称、所在地

・旅行業の登録年月日

・登録の抹消年月日

・営業保証金の金額

・申出書提出先

・掲載者の氏名、住所

旅行業登録簿の内容と相違がある場合、訂正や再公告が必要です。掲載が確認できたら、登録行政庁に完了報告をします。このとき官報掲載紙の該当箇所のコピーを提出する必要があるため、官報掲載紙は1部手元に残しておきましょう。

旅行業を廃業する際の注意点

旅行業を廃業する際には、上記のような手続きを踏むだけでなく、旅行者の保護や廃業資金の準備が欠かせません。

旅行者を保護する

旅行者から旅行代金の払い戻しを求められた場合、すぐに支払う必要はありません。旅行会社が事業を廃止すると、旅行者は債権者となります。旅行会社の破産手続きを進めるうえで、返金の方法は管財人が判断します。

旅行者を保護する制度として、先述した営業保証金制度と弁済業務保証金制度があり、これらに基づいて返金が行われます。注意点として、旅行者が債権者から漏れないようにすることが重要です。

廃業資金を準備する

旅行業の廃業時に負債が資産を超えると、特別清算(法的整理)が必要となり、裁判所で手続きしなければなりません。

法的整理をするには弁護士などへの依頼が欠かせないため、報酬が必要です。ほかに物件の原状回復や設備の処分、登記などの手続きに関連する費用もかかります。これらの費用を合計すると、会社の規模によっては数百万円の費用がかかるケースもあります。

廃業のためにコストを計算して、十分な資金を用意しておくことが重要です。

廃業に伴う負担を減らすM&A

上記のとおり、旅行業の廃業には相応の費用や手間がかかります。廃業に伴う負担がかかるのは経営者だけではありません。従業員や取引先、旅行者にも影響を及ぼし、多大な迷惑をかけることになります。

こうした負担を最小限に抑える手段として、M&Aによる事業継続という選択肢があります。

旅行会社をM&Aで売却するメリット

自身が運営する旅行会社をM&Aで売却するメリットとして、まずは従業員の雇用維持が挙げられます。M&Aには複数の方法がありますが、特に株式譲渡の場合は事業とともに従業員の雇用が継続されるため、解雇する必要がなくなります。業績のよい企業の傘下に入り、経営が安定すれば、従業員も安心して働き続けられるはずです。

旅行者への影響を最小限に抑えられるのもメリットです。M&Aによる事業継続により、旅行を予約していた顧客は予定を変更せずに済みます。

売り手の経営者にとっては、事業の売却金を得られることも大きなメリットです。売却金は、新規ビジネスの資金やセミリタイアの生活資金などとして使えます。

旅行会社をM&Aで売却する手順

まずは、M&Aの目的を明確にし、戦略を練ることが重要です。目的が不明確だと納得のいく結果を得られません。旅行会社のM&Aには専門的な知識が欠かせないため、M&Aで売却を検討中の場合は、M&A仲介会社など信頼できる専門家に相談することをおすすめします。

専門家とのアドバイザリー契約を締結した後は、目的や条件にマッチする取引相手を見つけ、M&Aの交渉に入ります。次に、経営者同士のトップ面談を実施し、基本合意を締結します。その後、専門家によるデューデリジェンスが行われます。財務や法務、税務などの各項目で調査が行われ、その結果をもとに詳細な条件交渉を行います。最後に、最終的な契約書を作成し、取引の実行に移ります。すべてを実行し、M&Aを完了します。

まとめ

新型コロナウイルス感染症の流行により、多くの旅行が中止され、旅行会社の廃業が相次ぎました。販売不振が旅行業界全体の課題であり、廃業を余儀なくされる旅行会社も少なくありません。しかし、旅行業の廃業にはコストや複雑な手続きを要します。

旅行業の廃止を回避するにはM&Aが有効です。M&Aで事業を継続することで、従業員や顧客への負担を低減できます。旅行業を廃業する前に、M&Aを選択肢のひとつとして検討してみましょう。

▼監修者プロフィール

岩下 岳

岩下 岳(S&G株式会社 代表取締役) S&G株式会社

新卒で日立Gr.に入社。同社の海外拠点立上げ業務等に従事。
その後、東証一部上場のM&A仲介業界最大手の日本M&Aセンターへ入社ディールマネージャーとして、複数社のM&A(株式譲渡・事業譲渡・業務提携等)支援に関与。IT、製造業、人材、小売、エンタメ、建設、飲食、ホテル、物流、不動産、サービス業、アパレル、産業廃棄物処分業等、様々な業界・業種でM&Aの支援実績を有する。現在はS&G代表として、M&Aアドバイザー、及び企業顧問に従事している。