アパレル業界における廃業手続きは? M&Aを中心に解説

はじめに

近年、アパレルの国内市場は縮小傾向にあり、廃業するアパレル企業が増えています。新型コロナウイルスによる影響を受けたのは、飲食業界や建設業界だけではなく、アパレル業界も同様です。こうした状況下でアパレル企業の廃業を検討している場合、M&Aの実施も一考する価値があります。

この記事は廃業を検討しているアパレル経営者に向けて、アパレル業界のM&Aにおけるメリット・デメリット、手続きの流れ、必要なコスト、成功させるポイントなどを解説します。

アパレル業の廃業に関する現状

新型コロナウイルスによる社会情勢の変化で、アパレル業界の廃業件数は増加しています。特に中小のアパレル企業は大打撃を受け、多くが経営破綻しました。以下では、アパレル業界の業績について詳しく解説します。

回復が鈍い中小アパレルの業績

2022年9月5日時点で、コロナ関連の経営破綻は全国で3996件あり、最多の飲食業界の631件に次いで、建設業界の452件、アパレル業界の299件が記録されました。

(参照元:株式会社東京商工リサーチ「コロナ破たん 最多は飲食業の631件 建設、アパレル、食品卸、宿泊が続く」

https://www.tsr-net.co.jp/data/detail/1191484_1527.html)

東京商工リサーチの「第28回 新型コロナウイルスに関するアンケート」によると、アパレル小売業は「売上半減率」がもっとも高く、業績回復が遅れているという結果が示されました。2023年にはアフターコロナで人流が復活し、ユニクロやしまむらなどの大手アパレル企業の業績は回復傾向にあります。しかし、中小企業は未だ回復が鈍い状況です。

国内のアパレル業界は、消費者の服に対する意識やネット通販による購入方法の変化をはじめ、原材料費・物流費などのコスト上昇、慢性的な人手不足などを背景に、コロナ前から市場規模が縮小しています。

(参照元:株式会社東京商工リサーチ「第28回『新型コロナウイルスに関するアンケート』調査」P2

https://go.tsr-net.co.jp/rs/860-GOE-537/images/20230621_TSRsurvey_CoronaVirus.pdf)(参照元:株式会社東京商工リサーチ「アパレル需要は回復局面へ 大手と中小企業の業績格差が鮮明に」

https://www.tsr-net.co.jp/data/detail/1197607_1527.html)

アパレル業が廃業する主な理由

アパレル業界は、人手不足や低価格競争など、多くの問題を抱えています。アパレルの店舗スタッフは、勤務時間が長く、給与が低い傾向にあります。華やかなイメージが浮かぶ一方で、実務とのギャップにより退職する人も少なくありません。

また近年では、服にかけるコストを抑える消費者が増えていることも、アパレル業界の廃業を加速させる原因のひとつです。ファストファッションの流行は低価格競争を招くことから、資金繰りがうまくいかなくなったアパレルブランドもあります。

利益が上がらなければ従業員の待遇も改善されず、アパレルの業績は負のループに陥っているように見受けられます。そのような状況において、アパレル業界が廃業を回避する手段として、「M&A(Mergers and Acquisitions=合併・買収)」が注目されています。

アパレル業におけるM&A

アパレル業界の廃業危機に対処するには、M&Aが最適です。以下より、アパレル事業を買収する側と売却する側のそれぞれの視点から、M&Aのメリットを解説します。

買収するメリット

M&Aによって売り手の事業と買い手の事業を統合することで、事業規模を拡大し多角化を図れます。

アパレルで人気のブランドを育てるには、相応の時間が必要です。M&Aで、ある程度名の通ったブランドを獲得できれば、ブランド育成にかかる時間の短縮につながります。

また、アパレル業界は競争が激しく、生き残るにはユーザーのニーズに合った商品を提供しなければなりません。M&Aで優れたデザイナーや企画力を獲得し、そのノウハウを活用できれば、業界内での競争力を高められます。

売却するメリット

一方で、アパレル事業を売却する側にもメリットがあります。第一に挙げられるのは、経営が厳しい状況下でも廃業を選択せず、事業を存続させられる点です。資金力のある企業の傘下となれば、経営が安定し、長年育ててきたブランドを失うこともありません。

M&Aには複数の手法がありますが、なかでも「株式譲渡」を選択した場合、従業員の雇用を維持できます。アパレル業界で働くスタッフは、自社のブランドやカルチャーに愛着を持つ人が多いため、解雇通告は大きな打撃となります。従業員の雇用を守ることにより、将来に対する不安も軽減されるでしょう。

M&Aの手続きの流れ

前述したように、アパレル企業はM&Aを実施することで多くのメリットを得られますが、手続きには専門的な知識が必須です。そのため、実施する際は信頼できる専門家への依頼をおすすめします。

1. 戦略策定

M&Aを始めるにあたって、まず自社事業の分析から始めましょう。具体的には、「M&Aの実施が自社にとって最適かどうか」「M&Aの目的」「現在の経営・財政状況」などを検証します。これらを明確にした上で、買い手企業による条件などの戦略を策定していきます。

M&Aは長期にわたるプロセスで、多くは完了まで半年~1年かかり、中には約3年かかる場合があることも留意する必要があります。買い手とよい条件で契約するためにも、M&Aの実施には十分な準備期間を確保することが重要です。

2. 買い手を選ぶ

戦略策定で明確にした内容に基づいて、M&Aの相手となる企業の候補をリストアップします。取引企業の候補は、企業データベースや業界情報が掲載された書籍などを参考に選定します。

M&Aは専門的な知識が必須となるため、アパレル企業の経営者だけで実施するのは困難です。信頼できる専門家に相談することが望ましく、窓口としてはM&A専門の仲介会社やアドバイザリー、事業承継・引継ぎ支援センター、商工団体、公認会計士や弁護士などの士業、金融機関などが挙げられます。

3. マッチング

専門家の協力のもと、相手企業との「マッチング」を行いますが、この際にM&Aを進めていることが外部に漏れないよう注意しなければなりません。なぜなら、外部への情報漏洩が発生してしまうと、進捗に支障をきたすおそれがあるからです。

最初の情報開示には、匿名の資料(ノンネームシート)を使用します。その後、秘密保持契約を結んだ後に、具体的な事業の情報が書かれた資料(インフォメーションメモランダム)を開示します。

4. 交渉

両社がM&Aを希望した場合、経営者同士のトップ面談により、おおまかな条件交渉が行われ、基本合意書が取りまとめられます。基本合意書には、以下の内容が含まれます。

・買収の対象

・M&Aのスキーム(株式譲渡や事業譲渡など)

・買収価格

・従業員・役員の処遇(引継ぎや雇用条件など)

・今後のスケジュール(最終契約締結日やクロージング日など)

・デューデリジェンスに関する内容(売り手の協力義務を明記する)

・独占交渉権・違約金

・秘密保持義務

・善管注意義務

・クロージングの前提条件(許認可の取得、不採算部門の撤退など)

・公表

・基本合意の有効期限(約3~6カ月が目安)

・法的拘束力の有無

そのほかにも、以下の内容の記載が可能です。

・準拠法(契約内容の解釈に問題が起きた場合、どの国の法律に従うのかを明記する)

・裁判管轄(紛争が起きた場合、どの裁判所で手続きを行うのかを明記する)

・費用負担(弁護士や公認会計士への報酬分担方法など)

5. デューデリジェンス

基本合意後は、「デューデリジェンス」を実施します。デューデリジェンスとは、売り手企業を買収する際に、前もってリスクを洗い出すための実態調査です。

売り手企業が抱える問題は、M&Aにより買収した企業に引き継がれます。まれに、契約終了後に多額の簿外債務が発覚するケースもあります。こうしたリスクを避けるためにも、入念な調査が必要です。

買い手企業は、デューデリジェンス専門の業者に調査を委託するケースが一般的です。売り手側が事業情報の開示を求められた場合は、積極的に協力するとよいでしょう。

6. 最終

デューデリジェンスを実施したら、最終的な契約として買収の可否や買収価格の調整を行います。最終契約書には、以下の内容が含まれます。

・定義(関連法令、許認可等、クロージング、本株式、本株式譲渡、本譲渡価格など)

・取引対象物の特定(株式や事業、価格、価格の調整方法、支払方法・時期)

・クロージングの前提条件

・表明保証

・誓約事項

・補償条項

・解除条件

そのほかにも、以下の内容の記載が可能です。

・秘密保持条項

・公表条項

・準拠法・裁判管轄条項

・分離可能条項

・完全合意条項

・誠実協議条項

最終契約書は、デューデリジェンスの結果を反映したものであり、法的な拘束力があります。専門家とともに、内容を確認することが重要です。

7. クロージング

M&Aの取引の実行段階である「クロージング」では、株式の譲渡や買収対価の支払いが行われます。クロージング条件を注意深く確認し、期日までにすべての作業を完了させるよう進めましょう。

また、最終契約の締結後からクロージングまでは、早くて数カ月、遅くて1年かかることがあります。これは、デューデリジェンスで発見された問題の修正や法的手続きなど、さまざまな手続きが必要とされるためです。

8. PMI

M&Aの取引が成立しても、これで終わりではなく、「PMI(Post Merger Integration)」を実現させなければなりません。PMIとは、M&Aにおける経営統合を成功に導くためのプロセスを指します。

統合すべき内容には、業務プロセスや業務フローの統合、会計システムや人事システムなどの基幹システムの統合が含まれます。

アパレル企業では、従業員が自社のカルチャーに愛着を持っていることが多いため、異なる企業文化の統合においては、従業員間の相互理解を深めることが重要です。

アパレル業のM&Aに必要なコスト

企業価値評価とも表せるアパレル業界のM&A費用は、おおよそ「時価純資産+営業利益×2~5年」で算出できます。1店舗あたりの費用は250万円以上が目安ですが、ブランド力や売上高によって変動します。

相場を把握せずに価格交渉に臨むと、安値で買い叩かれるリスクがあるので、正確な価値を知りたい場合は、専門家のアドバイスを受けましょう。

アパレル業のM&Aを成功させる3つのポイント

売り手側が大切なブランドを譲渡する際、成功させたいと思うのは当然のことです。以下より、アパレル業界のM&Aを成功させるための3つのポイントを紹介します。

ブランド力を高める

よい買い手を引き付けるためには、買い手側が求める強みを持つ、つまりブランド力の強化が欠かせません。

そのためには、デザイン力や企画力などの希少な強みを築く必要があります。アパレル業界では、独自のファンを多く獲得していることが取引時に有利に働きます。

ブランド力は、売却価格や成約率に大きな影響を与えるため、高値で売却したい場合は、他社にない強みを持つべく、企業価値の向上に努めましょう。

利益が出ているタイミングで売却する

M&Aの成功は、事業を売却するタイミングによっても左右されます。売却価格などの条件は、基本的に買い手との交渉で決まります。したがって、自社の事業が好調であり、市場が成長している時期に、M&Aを進めるのが最適です。

ただし、アパレル業界は市場規模が減少傾向にあるので、早めにM&Aの準備を進め、最適な実施タイミングを見極めることをおすすめします。

また、労働問題などの負の要素を排除することも、M&Aの成功には重要です。そのほか、不良在庫や未払残業代なども、買い手側からネガティブに受け取られてしまうため、これらの問題は売却前に解決しておきましょう。

異業種との取引も検討する

M&Aでは、同業他社だけではなく、異業種との取引も可能です。例えば、現在のアパレル業界ではEC販売がトレンドとなっています。EC販売に強いIT企業と取引すれば、販売チャネルの強化も実現できます。

上記のような目的でM&Aの相手企業を探す際は、自社ブランドがどのような新しい販売チャネルに参入できるかを考慮し、適切なアピールを行うことが求められます。それが上手くいけば、新たな市場を開拓し、M&Aによるシナジー効果が最大限に活用されるでしょう。

まとめ

アパレル業界では、新型コロナの影響を受けて多くの企業が廃業しました。現在、大手企業の売上は徐々に回復しているものの、中小企業の業績回復は乏しい状況です。人手不足や低価格競争、消費者の価格重視傾向が業績不振の主な理由となっています。

こうした状況において、M&Aは廃業を避けてブランドを存続させるために有効な手段です。成功させるためには、ブランド力の強化や利益が出ているタイミングでの売却、異業種との取引などを検討することをおすすめします。

▼監修者プロフィール

岩下 岳

岩下 岳(S&G株式会社 代表取締役) S&G株式会社

新卒で日立Gr.に入社。同社の海外拠点立上げ業務等に従事。
その後、東証一部上場のM&A仲介業界最大手の日本M&Aセンターへ入社ディールマネージャーとして、複数社のM&A(株式譲渡・事業譲渡・業務提携等)支援に関与。IT、製造業、人材、小売、エンタメ、建設、飲食、ホテル、物流、不動産、サービス業、アパレル、産業廃棄物処分業等、様々な業界・業種でM&Aの支援実績を有する。現在はS&G代表として、M&Aアドバイザー、及び企業顧問に従事している。