廃業したら従業員に補償はある?解雇のタイミングや退職金の扱い、雇用を守れるM&Aについても解説

会社の経営が立ち行かなくなったときに、経営者は手遅れで倒産にいたってしまう前に自ら廃業という手段をとる場合があります。このような場合に従業員の給与や退職金、今後の雇用などはどうなるのでしょうか。今回は中小企業の廃業事情に詳しいSKIP税理士法人の曾我隆二さんにお話を伺いました。

1.廃業時に従業員はどうなる?補償はある?

会社が廃業する場合、従業員を解雇しなければならない点を理解しておきましょう。

会社を廃業するためには、株主総会での解散決議や資産・債務の整理などの手続きが必要です。

廃業のための手続きが完了したら、税務署や法務局に行き、会社の閉鎖手続きを進めます。

閉鎖手続きが完了したら法人がなくなり雇用関係がなくなってしまうので、必然的に従業員は解雇しなければなりません。

従業員は解雇された後、会社からの給与や仕事の補償はなく、無職となってしまいます。

2.廃業によって解雇される従業員への対応方法

廃業時には、従業員の解雇が必要です。解雇の種類や概要などは以下の通りです。

種類 概要 理由
普通解雇 整理解雇、懲戒解雇以外の解雇
(労働契約の契約が困難な事情がある場合に限る)
会社都合
整理解雇 会社の経営悪化により、人員整理を行うための解雇 会社都合
懲戒解雇 従業員が重大な規律違反や非行を行った場合に懲戒処分として
行うための解雇
自己都合

引用:東京労働局「しっかりマスター 労働基準法 解雇編」

廃業時の解雇は整理解雇となっており、要件は以下のようになります。

    • 人員削減の必要性:人員削減措置の実施が不況、経営不振などによる企業経営上の十分な必要性に基づいていること
    • 解雇回避の努力:配置転換、希望退職者の募集など他の手段によって解雇回避のために努力したこと
    • 人選の合理性:整理解雇の対象者を決める基準が客観的、合理的で、その運用も公正であること
    • 解雇手続きの妥当性:労働組合または労働者に対して、解雇の必要性とその時期、規模・方法について納得を得るために説明を行うこと

すべての条件を満たすことで、不当解雇ではなく整理解雇として認められます。

廃業によって従業員を解雇する際に会社がすべきことには、以下の3点があります。

    • (1)解雇予告をする
    • (2)退職金の支払い
    • (3)就職先の紹介

それぞれ詳しく紹介するので、スムーズな対応をするためにも理解しておきましょう。

(1)解雇予告をする

会社が従業員を解雇する際には、労働基準法第20条で定められたルールである解雇予告が必要です。

解雇予告を行う際には、以下のうちどちらかを行わなければなりません。

    1. 解雇の30日以上前に、解雇の予告をすること
    2. 解雇の予告をしない場合は、30日分以上の解雇予告手当(平均賃金)を支払うこと

ここでは、解雇予告に際して必要な以下の2つのポイントを紹介します。

    • 解雇通知をするタイミング
    • 解雇の伝え方

2つのポイントを理解しなければ、従業員とのトラブルに発展する恐れがあるので、ぜひ参考にしてください。

解雇通知をするタイミング

解雇通知は、解雇する30日以上前には行わなければなりません。

万が一、30日以上前に解雇予告ができない場合、30日分以上の平均賃金を支給しなければならないため注意しましょう。

解雇通知のタイミングは、従業員が解雇までの期間で次の職場を見つける時間を確保するために労働基準法で定められている事項です。

ただし、通知が早すぎると廃業までのモチベーション低下につながるため、適切なタイミングを見極めることが必要です。

解雇の伝え方

解雇予告は口頭でも有効ですが、トラブルを回避するためにも解雇予告通知書を用いた通達がよいでしょう。

解雇予告通知書は正社員だけでなく、パートやアルバイトに対しても必要になります。

社内が混乱する可能性がある場合は、説明会を開き経営状態や今後の対応を直接伝える方法も有効的です。

ただし、以下の場合においては解雇予告や解雇予告通知書が不要です。

    1. 日々雇入れられる者
    2. 2ヵ月以内の期間を定めて使用される者
    3. 季節的業務に4ヵ月以内の期間を定めて使用される者
    4. 試みの使用期間中の者

また、解雇が無効であると認められる場合は、当然解雇予告通知も無効となる点も理解しておきましょう。

(2)退職金の支払い

廃業時に従業員を解雇する場合、労働通知書や就業規則の内容次第では、退職金の支払いが必要です。

労働通知書や就業規則に明記されていない場合は、支払いの義務が発生しません。

支払い義務はありませんが経営者の判断で退職金を支払うことは可能なので、廃業時の資金状態で決められます。

(3)就職先の紹介

廃業によって従業員を解雇する場合、就職先の斡旋や再就職の支援をする必要があると雇用対策法の第6条で定められています。

事業縮小や廃業などの理由で解雇になった場合、他の企業に転職できるように再就職支援をする再就職支援サービスがあります。

再就職支援サービスを使えば、従業員が次の仕事を見つけやすくなるため、利用を検討しましょう。

面接や再就職に関する研修を受講する際には、有給休暇が取得できるようにしたり、費用負担をしたりするサポートもおすすめです。

3.廃業した後の従業員の給与の扱い

廃業した後の従業員の給与の扱いを以下の2点から紹介します。

    • 給与未払いがある場合
    • 未払い金の回収が難しい場合

対応を間違えるとトラブルに発展する恐れがあるので、しっかりと理解しておきましょう。

(1)給与未払いがある場合

廃業によって解雇をした際、給与未払いがある場合は、従業員から請求が可能です。

後継者問題や経営者の高齢化によって廃業をする場合は、資金がある可能性が高いため給与の支払いに応じなければならない可能性があります。

従業員が未払い請求をする場合、未払いであることを証明できる書類が必要となります。

退職してからでは会社がなくなり請求が難しくなる恐れがあるので、在籍中に請求しておきましょう。

(2)未払い金の回収が難しい場合

会社の状況によっては、未払い金の回収が難しいことがあることを理解しておきましょう。

たとえば、倒産状態で廃業を選択している企業の場合、支払い能力がなく回収が難しくなってしまいます。

回収が難しい場合は、国が運営している未払賃金立替払制度の活用がおすすめです。

未払賃金立替払制度を活用すると、未払賃金の一部について立替払を受けられます。

未払い金があり、対応に困ったら労働基準監督署へ相談すると正確な方法を教えてもらえます。

4.廃業した後の従業員の有給休暇

廃業した後の従業員の有給休暇は、廃業することを知ったタイミングによって対応が異なります。

たとえば、廃業を前もって知っていた場合には、廃業日までに有給休暇を消化できます。

有給休暇は労働者に与えられた権利なので、廃業前に消化しても会社が断ることはできません。

廃業までに有給休暇を使いきれない場合には、会社へ買い取り請求をすることも可能です。

廃業直前に知らされ、消化するための日数がない場合は会社への買い取り請求しか選択肢がなくなります。

ただし、法律上は有給休暇の買い取りは例外とされており、会社に義務はないため対応してもらえない可能性があります。

廃業後は有給が消えてしまい買い取り請求もできなくなってしまうので、廃業を知ったら早めに消化しましょう。

5.廃業した後の従業員の年末調整

廃業したあとの従業員の年末調整は、廃業タイミングで異なります。

年末調整とは、1月〜12月の一年間の給与にかかる税金額を算出し、源泉徴収との差額を精算する手続きのことです。

12月時点で廃業していない場合、会社は従業員の年末調整を行わなければなりません。

会社は12月時点で在籍していない社員の年末調整を行う義務はなく、源泉徴収票の発行のみとなります。

会社が対応できない場合は、従業員自身で確定申告を行うか、源泉徴収票を持って新しい会社で年末調整を行うかを選択しなければならない点には注意が必要です。

6.廃業が従業員に与える影響

廃業が従業員に与える影響には以下の3つがあります。

    • (1)給与を得る手段がなくなる
    • (2)保険や年金を切り替える必要がある
    • (3)失業保険を得られるようになる

廃業をすると従業員にどのような影響が出てしまうかを理解し、実施すべきかを検討する材料にしてください。

(1)給与を得る手段がなくなる

廃業する場合、従業員は給与や賞与を得る手段を失ってしまいます。

先述の通り、労働通知書や就業規則に記載があれば退職金が得られますが、確実にもらえるものではありません。

解雇された後、すぐに次の職場を見つけなければ生活に支障が出てしまうことを理解しておきましょう。

(2)保険や年金を切り替える必要がある

解雇された従業員は、社会保険から国民健康保険、国民年金に切り替えなければなりません。

退職時には自分だけでなく家族全員の保険証を会社に返さなければならず、切り替えを行わないと医療費が全額自己負担になってしまいます。

健康保険は、以下の2つからひとつを選べます。

    • 社会保険の任意継続
    • 国民健康保険への加入

どちらを選ぶかによって健康保険料が異なるため、相談してから決めるとよいでしょう。

退職後は厚生年金から国民年金へ自動的に切り替わります。

切り替えを忘れると滞納していると判断され、給与や家財が差し押さえられてしまう可能性もあります。

(3)失業保険を得られるようになる

解雇された従業員は、失業保険を受け取れます。

自己都合退職の場合は待期期間がありますが、廃業時の解雇は会社都合退職なので手続き完了後すぐに受け取りが可能です。

受給金額は年齢に応じて1日当たりの上限金額が設けられており、実際の受給金額は概算で給料の6~7割程度になります。

雇用保険の加入期間や受給時の年齢などにより最短で90日、最長でも330日と日数が条件となっています。

失業保険の受給はハローワークにて手続きが必要なので、退職後に申請しに行きましょう。

7.廃業時に従業員を解雇するリスク

廃業時に従業員を解雇するリスクには、以下の2つがあります。

    • 訴訟される可能性がある
    • ノウハウが流出する

トラブルなく対応するためにも、リスクを理解しておきましょう。

(1)訴訟される可能性がある

廃業によって訴訟されるリスクがあることを理解しておきましょう。

たとえば、サービス残業をしている従業員がいたことが廃業によって明らかになった場合、廃業後に残業代をまとめて請求される可能性があります。

日頃から法令順守を浸透させるだけでなく、廃業に対する不満を解消できるように説明会を行ったり、丁寧なサポートをしたりしましょう。

(2)ノウハウが流出する

廃業によって従業員を解雇することにより、長年培ってきたノウハウが流出してしまうというリスクがあります。

廃業による人材流出は避けられませんが、同業界で似た事業を続けようと考えている場合は痛手になってしまいます。

蓄積してきた技術力やノウハウを失いたくない場合は、廃業以外の選択肢も検討しましょう。

8.廃業検討時のM&Aという選択

廃業を決断する前に、M&Aという選択肢も存在します。

(1)変貌してきたM&Aの価値観

従来のM&Aといえば、大型買収や敵対的買収というイメージが強かったのですが、現在はそうではなくなってきています。実際、小規模のM&Aは頻繁に行われるようになってきています。

現在、高度成長期の頃に企業を立ち上げた人たちが高齢になって、どんどんリタイアしているのです。二代目が継ぐ場合もありますが、一旦継いで少し経営してからほどなく売却している場合もあります。

ひと昔前では、廃業寸前の中小企業にとってM&Aなどという選択肢はないも同然でしたが、最近では創業者自身が売却を選択することも少なくありません。このことからも、M&Aに対するイメージが変化してきたと言えるでしょう。

(2)事業は「換金化」できる時代

今は会社や事業が換金化できることが常識になってきています。新事業を一から立ち上げるよりも買ったほうが早いという買手側の考え方から、「時間を買う」という形でのM&Aも当たり前になってきています。

売手にとっては、M&Aを行えば、たとえば会社をまるごと株式譲渡で売却することはできなくても、事業譲渡という形で利益が出ている部門だけを譲渡することも可能です。他にもさまざまな形が考えられ、極端にいえば、社名やブランド名だけでも売却できる可能性はあります。

買手にとっても、売手をまるごと買収するよりは、一部分だけ買収するほうが望ましい場合もあります。そういった形のM&Aも浸透してきているのです。

最近は、M&Aの仲介をする企業も軒並み最高益を出すような流れになっており、M&A関連企業の新規上場もしばしば見受けられます。こういったことも、M&Aの活発さを裏付けているのではないでしょうか。

9.M&Aにおける従業員の存在

多くの場合、M&Aにおいて従業員の雇用を継続するという項目が契約の中に含まれます。M&Aを行うことによって、従業員にはどのような影響があるのでしょうか。また、逆に従業員の存在がM&Aにどのような影響を及ぼすのでしょうか。

(1)従業員の雇用が守られる

通常、会社を売却するときに、何年間かは従業員の雇用を保障するという項目を設定することが多いです。もちろん会社の業績の悪化や経営者の交替などの理由で雇用を維持できないことも起こりえます。

しかし、契約の中で従業員の雇用を保障すれば、会社を売却したときに従業員が解雇される心配はありません。廃業すれば従業員をやめさせざるを得ませんが、M&Aによって事業を継続できれば、従業員の雇用を守れるのです。

(2)M&Aは従業員にとっても新たなチャンス

M&Aによって経営者が変わり、新しい取り組みを始めることで会社が大きく変わる場合もあります。企業にとって成長の可能性が広がることは、従業員にとっても、飛躍のチャンスと捉えられるでしょう。

(3)従業員によってM&Aの価値が上がる

会社の従業員は企業価値の一部を担っています。現在は人材を確保することも簡単ではなく、コストも非常にかかるので、有能な社員が数多くいれば買手は売手の価値を高く見出します。実際に、業種によっては人材を買うという意味合いでのM&Aもあるのです。

10.廃業はマイナスしかなくM&Aはプラスを生む

M&Aに対するイメージの変化や、企業を存続させたいという思いなどから、M&Aという選択肢を検討する経営者は少なくありません。

廃業すれば、ほとんどの場合、廃業にかかる費用や従業員に対する賃金や退職金の支払い、税金の支払いや残債の支払いなどで何も残りません。借金が残る場合もあります。

M&Aという方法をとれば、会社なり事業なりを売却することで売却利益が得られて債務から解放されたり、事業を存続させられたりと、さまざまな恩恵が受けられます。廃業よりも売却する形を考えたほうが、経済的なメリットは大きいでしょう。

なにより、M&Aによって従業員の雇用を守れることは大きなメリットでしょう。廃業すれば従業員を解雇しなければなりませんが、M&Aを行うことで従業員の雇用を継続できます。

廃業はプラスを生まず、マイナスになる場合もありますが、M&Aを行えば多くのプラスを生むのです。

11.従業員の仕事を補償するために廃業ではなくM&Aも検討しよう

廃業をする場合、従業員は職を失い給与や賞与がもらえなくなってしまいます。

企業は30日以上前に解雇予告を行ったり、退職金の支払いや就職先の紹介をしたりする義務があることを理解しておきましょう。

従業員を守るためには、廃業ではなくM&Aを検討してみてはいかがでしょうか。

M&Aを検討する際には、当社が運営する「TSUNAGU」への相談がおすすめです。

戦略立案や適切なパートナーの選定、法務・税務アドバイスなどを無料で実施しているので、お気軽にご相談ください。

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廃業をすると従業員は解雇され、給与や賞与は補償されません。本記事では、廃業が従業員に与える影響や企業ができる対応を紹介したうえで、M&Aという選択肢を紹介します。

▼監修者プロフィール

岩下 岳

岩下 岳(S&G株式会社 代表取締役) S&G株式会社

新卒で日立Gr.に入社。同社の海外拠点立上げ業務等に従事。
その後、東証一部上場のM&A仲介業界最大手の日本M&Aセンターへ入社ディールマネージャーとして、複数社のM&A(株式譲渡・事業譲渡・業務提携等)支援に関与。IT、製造業、人材、小売、エンタメ、建設、飲食、ホテル、物流、不動産、サービス業、アパレル、産業廃棄物処分業等、様々な業界・業種でM&Aの支援実績を有する。現在はS&G代表として、M&Aアドバイザー、及び企業顧問に従事している。