アーンアウトとは?会計処理や売り手・買い手のメリット・デメリットを解説
アーンアウトは、M&Aの対価調整方法のひとつとして知られています。適切に活用することで、リスクを排除できるだけでなく、価値の高い状態で企業を買収できるでしょう。
本記事では「リスクを最小化してM&Aを実施したい」と考えている方に向けて、アーンアウトの概要やメリット・デメリット、会計処理などを解説します。
アーンアウトを理解してM&Aを成功させたい方は、ぜひ最後までお読みください。
目次
アーンアウトとは?
アーンアウト(Earn out)とは、M&Aでの対価調整方法のひとつで、取引のクロージング時に初期対価を支払い、その後の一定期間内に買収対象の業績目標達成度に応じて追加対価を支払う仕組みです。
主に業績予測が困難なベンチャー企業や事業再生が必要な企業の買収時に適用され、買収対価の支払いをM&A実施後の目標と連動させることによってリスクを分散し、売り手と買い手の認識の差を埋めることに寄与します。
アーンアウトの内容について取り決めた契約を「アーンアウト条項」と呼び、以下のような財務指標が条件として設定されるケースが多いです。
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- 売上高
- 営業利益
- 純利益
- EBITDA
- 営業キャッシュフロー
- フリーキャッシュフロー
日本国内ではアーンアウトに詳しい専門家は少なく、海外ほど多くの事例は見られません。しかし、米国やクロスボーダーのM&A取引ではよく見られるため、そちらも検討している方はよく理解しておきましょう。
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M&Aにおいてアーンアウトが用いられる背景
M&Aにおいてアーンアウトが用いられる理由は、売り手と買い手の買収価格に対する認識の違いを埋め、不満を解消するためです。
M&Aでは、売り手と買い手は以下のように認識し、不満をもつことがあります。
M&A前の認識 | M&A後の不満 | |
売り手 | 高値で買い取って欲しい | もう少し高く評価して欲しい |
買い手 | できる限りリスクを減らして買収したい | 買収当初には顕在化していなかったリスクが生じて高い買い物だった |
アーンアウトを導入し、達成目標に応じて追加料金を支払えば、買い手は隠れたリスクが顕在化したとき追加料金を支払う必要がありません。一方売り手は、目標を達成すれば追加料金が支払われるため、買収代金への不満を軽減できます。
このようにアーンアウトの活用により、買収代金に対する両者の認識のギャップを埋め、円滑にM&Aを進められます。
日本のアーンアウトの現状
日本において、アーンアウトは比較的まだまだ活発とはいえない状況です。
米国では、実施されているM&Aの約25%にアーンアウト条項が盛り込まれていましたが、日本ではそれほど高い比率ではありません。
日本では、マネックスがコインチェックを買収した際に大規模なアーンアウトが盛り込まれたことで、アーンアウトの認知が広まりました。
今後は日本においてもアーンアウトは増えていくことが予想されています。
M&Aにおけるアーンアウトのメリット
M&Aでアーンアウトを実施することは、買い手側と売り手側双方にとって以下のようなメリットがあります。
買い手のメリット | 売り手のメリット |
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ここからは、それぞれのメリットを詳しく解説します。
買い手側の2つのメリット
アーンアウトの買い手側のメリットは以下の2つです。
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- 代金支払いの後にリスクが顕在化しない
- 資金の支払いを分散化できる
順番に見ていきましょう。
1.代金支払いの後にリスクが顕在化しない
アーンアウトによってM&Aを実施することで、代金支払い後のリスク顕在化を防げます。
アーンアウト条項を盛り込んでおけば、買収当初に発覚していないリスクが後から顕在化した場合でも、追加料金を支払わずに済むためです。
一括で代金を支払うよりも、買い手のリスク軽減になるのはメリットです。
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2.資金の支払いを分散化できる
アーンアウトは買い手側の資金繰りにも寄与し、代金を分割で支払うため資金の流出を分散できます。
高額な買収代金を一括で用意することは困難です。しかし、アーンアウト条項を盛り込み分割で支払うようにすれば、大量の資金が一度に流出することを防げます。
アーンアウトを実施することで資金の支払いを分散化できるのは、買い手の資金繰りには大きなプラスです。
売り手側の3つのメリット
続いて、アーンアウトの売り手側のメリットを3つ解説します。
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- 将来の成長性を加味した対価が得られる
- 売値が高くなる可能性がある
- 売り手企業のモチベーション向上になる
順番に見ていきましょう。
1.将来の成長性を加味した対価を得られる
アーンアウト条項を盛り込むことによって、M&A後数年の成長分も加味された代金を受け取れます。
成長産業を買収した場合、売り手側は「今後はさらに成長が予想できるのだから、もっと高く評価してくれてもいいのに」という不満をもつことが珍しくありません。
アーンアウトを盛り込むことで将来の成長に対しても対価を支払えるので、価格に対する売り手と買い手の溝を埋められます。
通常、M&Aでは買収時における対価しか受け取れませんが、アーンアウトによって買収後の成長分の対価まで得られるのはメリットです。
2.売値が高くなる可能性がある
アーンアウトによって追加の代金を受け取ることで、一括で代金を受け取るよりも総額が高くなる可能性があります。
目標達成に応じて追加代金が支払われるため、達成度が高ければ想定を超える対価の受け取りが可能です。
売り手企業とすれば、目標を達成すればさらに多くの金額を受け取れるため、M&A後も業績拡大のために仕事に励むインセンティブをもたせられます。
3.売り手企業のモチベーション向上になる
アーンアウトは目標達成に応じて追加代金を受け取れる性質上、ノルマ達成時のボーナスと捉えることも可能です。そのため、売り手企業のモチベーションが向上します。
M&Aによって売り手企業側は「どうせ他社のものになるのだから」とモチベーションが下がってしまうケースは少なくありません。
しかし、アーンアウトを実施することで、売り手企業や従業員のモチベーションを高められるため、買収後の業績拡大が期待できるでしょう。
M&Aにおけるアーンアウトのデメリット
アーンアウトには、メリットだけでなくデメリットも存在します。
買い手のデメリット | 売り手のデメリット |
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買い手と売り手双方のデメリットを見ていきましょう。
買い手側の2つのデメリット
アーンアウトの買い手にとってのデメリットは以下の2つです。
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- 買い値が高くなる可能性がある
- 買い手企業の経営悪化によって支払いができない可能性がある
順番に解説します。
1.買い値が高くなる可能性がある
アーンアウト条項を盛り込むことで、買い値の総額は高くなる傾向があります。
売り手が目標を達成したら追加料金の支払いが生じるため、基本的に、総額は一括でアーンアウトを盛り込んだほうが高額になります。
少しでも安く買収したいと考える企業にとってアーンアウトは不向きです。
2.買い手企業の経営悪化によって支払いができない可能性がある
アーンアウトの期間は1〜3年程度になることが一般的です。
その間に買い手企業の経営が悪化してしまったら、売り手が目標を達成した際に代金を支払う資金が残っていない可能性があります。
一括で買収する場合は、計画的に資金を用意できるので支払いには問題ありません。
しかし、アーンアウトは後から高額な支払いが発生するため、目標達成時に経営不振であれば買い手の資金繰りが悪化するリスクがあります。
売り手側の2つのデメリット
アーンアウトの売り手側のデメリットは以下の2つです。
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- まとまった資金を一度に確保できない
- 目標値が未達成であれば受け取れる資金が減る
順番に解説します。
1.まとまった資金を一度に確保できない
アーンアウトは買収代金を分割で受け取ることと変わりません。
そのため、会社売却時に入金される資金は、アーンアウトなしで売却したほうが多くなります。
「まとまった資金を確保したい」という企業にアーンアウトは向いていません。
2.目標値が未達成であれば受け取れる資金が減る
アーンアウトは、目標が未達成であれば追加代金は支払われません。目標が達成できない場合は、アーンアウトなしで売却したほうが多くの代金を受け取れる可能性が高くなります。
「M&Aによって、さらに会社の業績や従業員の給料を引き上げたい」といった前向きなモチベーションがない場合、売り手にとって不利になる可能性があります。
M&A実施後に会社と関わっていく気持ちがないのであれば、アーンアウトを盛り込むことは売り手に不利になるので注意してください。
M&Aにおけるアーンアウトとのれんの会計処理
アーンアウトの会計処理のルールは、日本基準とIFRS(国際会計基準)とで異なります。
それぞれの違いを理解しておきましょう。
日本基準
アーンアウトについて「企業結合に関する会計基準」では以下のように明記されています。
条件付取得対価が企業結合契約締結後の将来の業績に依存する場合には、条件付取得対価の交付又は引渡しが確実となり、その時価が合理的に決定可能となった時点で、支払対価を取得原価として追加的に認識するとともに、のれん又は負ののれんを追加的に認識する。 |
出典:企業結合会計基準第27項1号
条件付取得対価とはアーンアウトのことです。
日本基準では、アーンアウトの取得が確実になったときに会計処理を実施するという旨が明記されています。M&Aでアーンアウト条項を盛り込んだときには、何も会計処理はおこないません。
アーンアウトの取得が確実になった際、売り手と買い手は追加の買収代金を会計処理し、買い手はのれんの計上もおこないます。
IFRS(国際会計基準)
IFRS(国際会計基準)では、アーンアウトについて以下のように明記されています。
取得企業は条件付対価の取得日公正価値を、被取得企業との交換で移転された対価の一部として認識しなければならない |
出典:IFRS第3号39項
国際会計基準では、取得企業は条件付対価(アーンアウト)を譲受企業から受け取った対価の一部として認識しなければならないとされているので、M&A実施時にアーンアウトも対価として会計処理します。
日本基準は追加の支払いが確実になったとき、国際基準ではM&A実施時と、会計処理をおこなうタイミングが異なる点に注意してください。
M&Aにおけるアーンアウト実行時の注意点
M&Aでアーンアウトを実施する際は、買い手・売り手・双方にそれぞれ注意点があります。
ここからは、それぞれの立場において注意すべきポイントを詳しく解説します。
買い手
買い手における注意点は以下の2つです。
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- 評価指標(財務指標)を操作・改ざんされるリスクがある
- 再売却についても契約時に決めておく
アーンアウトは通常、財務指標の目標を定めておき、目標達成度に応じて追加代金を支払います。売り手とすれば、目標を達成したものと判断されたいため、悪意をもって財務指標を操作したり改ざんするリスクがあるのです。
財務指標の正確性を担保するため、管理は買い手側でおこなうか、定期的にモニタリングするなどの対応が求められます。
また、M&A実施後に買い手が再売却するかどうかについても、あらかじめ取り決めておきましょう。
アーンアウトの期間中に買い手企業が別の企業へ再売却してしまったら、売り手企業が権利を損ね、目標達成のために取り組んでいる努力が無駄になってしまいます。
買い手側にアーンアウト期間中に再売却の可能性を盛り込みたい場合には「再売却の際には目標達成時に支払う追加代金相当額を支払うことで、アーンアウト条項を取り消せる」といった条件を設けておきましょう。
売り手
売り手はアーンアウト期間中、M&A実施前の従業員をできる限り社内に留める必要があります。
目標達成は、業務を理解している従業員でなければ困難です。
また、買い手も売り手がM&A実施前と同じような人員で、目標達成に取り組むことを前提としている場合が多いです。
M&Aによって自社が買収されると退職してしまう従業員は多いですが、目標を達成して追加料金を受け取るため、できる限り従業員を社内に留めるようにしてください。
双方
買い手・売り手の双方ともに、評価期間が長くなりすぎないことが重要です。期間が長ければ長いほど、再び買収金額に対する認識のズレが生じ、業績の変化で仕事に対する価値も変動します。
アーンアウトによって埋めた認識のズレが再び生じないよう、評価期間は長くても3年程度にしておくのが無難です。
アーンアウトは専門家へ相談して進めよう
アーンアウトとは、M&A実施時に定めた数値目標を売り手が達成した場合、買い手が追加の代金を支払うことです。売り手と買い手と双方の認識の差を埋め、リスクを軽減するためには有効ですし、売り手にとっても受け取れる代金が多くなります。
しかし「どのような場合に代金を支払うのか」「いくらが適正なのか」などを決める際に、手間や時間がかかってしまいます。結果的に、M&Aが失敗に終わってしまう可能性もあるでしょう。
これらを専門知識のない人間が解決するのは困難なため、アーンアウトを盛り込みたい場合には、専門家へ相談するようにしてください。
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【ディスクリプション】
アーンアウトとは、M&A実行後、条件に応じて追加代金を支払う義務のことです。この記事では、売り手・買い手双方にとってのメリット・デメリットや、会計処理について詳しく解説していきます。
▼監修者プロフィール

岩下 岳(S&G株式会社 代表取締役) S&G株式会社
新卒で日立Gr.に入社。同社の海外拠点立上げ業務等に従事。
その後、東証一部上場のM&A仲介業界最大手の日本M&Aセンターへ入社ディールマネージャーとして、複数社のM&A(株式譲渡・事業譲渡・業務提携等)支援に関与。IT、製造業、人材、小売、エンタメ、建設、飲食、ホテル、物流、不動産、サービス業、アパレル、産業廃棄物処分業等、様々な業界・業種でM&Aの支援実績を有する。現在はS&G代表として、M&Aアドバイザー、及び企業顧問に従事している。